四章②
気がつくと、暗闇の中にいた。
部屋が暗いのとは違う。天井も床もない真っ暗闇に、ぽつんと佇んでいる私……。
(あれ……? おかしいわね。さっきまで学園の教室に泊まりこんで、宿題のプリントを作っていたはずなのに)
一体ここはどこだろうと首を傾げたとき、背後から咳払いがした。
『夜中まで課題作りなんて……貴女、こんな馬鹿げたことをいつまで続けるつもり?』
振り向くと、ゲームで見たままのかっちりした格好のマリンローズ・メルリーヌが仁王立ちで立っていた。形の良い眉をつりあげ、険しい顔をしている。
あれ、じゃあ自分は……と見ると、グレーのスーツにパンプスを履いた、成海しずくの姿になっていた。
たしか、前世で事故に遭った日に着ていた服だ。
「えっ、なにこれっ!? もしかして私、ついに成仏しちゃったの!?」
『ジョウブツ? ……ああ、あの世に行くという意味ね。残念ながら、ここは無意識下の亜空間よ。貴女にもわかるように言えば、夢の中』
「夢の中……それじゃあ、貴女は私の夢なの?」
いいえ、と彼女は首を振る。
『私は、これまで二十四年間生きてきた、マリンローズ・メルリーヌの自己意識が具現化したものよ。前世の記憶ーー別の人間だったときの自我を取り戻したとはいえ、今まで育ってきた自我が、そう簡単に消えるわけないでしょう?』
ということは、彼女は胸の中にしつこく残っていた、マリンローズの意識そのものというわけだ。
「丁度よかった! 貴女には一言物申したかったのよ! 一体今まで、生徒たちにどんな教育をしてきたの!? なにをどうしたら、朝の挨拶をしただけで悲鳴をあげられるほど怖がられるのよ! ーーというか、馬鹿げたこととは失礼ね! 宿題のプリントの効果は絶大なのよ? 休んだ生徒たちもちゃんと授業内容について来れているし、何人かは登校してくれるようになったわ!」
『やる気のない者は放っておけばいいのよ。どうせ、卒業後にプロの魔法士になれる者なんて一握りもいないんだから。せいぜい聖獣を暴走させないよう、制御方法を習得させればそれでいいの』
「よくないわ! 学校は子供に勉強を教えるだけの場所じゃない。様々な人間と接することで、社会性を学ぶ場でもあるの。それなのに、学級崩壊するほどほったらかしているなんて、責任放棄もいいところよ! セオドールくんが不登校になるのもわかるわ。彼があんなに悩みを抱える前に、どうして寄り添ってあげなかったの?」
『……言いたい放題言うじゃない。相手は魔法大国の第一王子よ。そんな相手に毎日会いに行って、〝学園の横にあるカフェのショートケーキには、苺が二つも乗ってるの!〟なんて、どうでもいい話ができる貴女の神経がおかしいのよ』
「どうでもよくなんてない! セオドールくんだって興味を持ってたわ。それに、心を開いてくれている証拠に、前よりもずっと長く会話がつづくようになった。宿題のプリントも、毎日完璧にこなしてくれてる。ご飯は相変わらず、食べてくれないけど……」
そう。どうやら彼は、本当にポーションを食事代わりにしているようなのだ。これまで差し入れたものは、ことごとく手付かずで返されている。
ポーションは体力や体内の魔素量を回復してくれるが、栄養ドリンクで大きくなれるわけがない。竜人族に成長期があるかどうかは知らないが、とにかく身体に良くないと思う、とぼやく私に、マリンローズはやれやれとため息をついた。
『……まあ、セオドール王子のことには口出ししないわ。関係が良好化しているのも認める。ーーでも、シリウスロッド・フレースヴェルグ!! あいつとの婚約の約束は、即刻断りなさいっ!!』
「ど、どうして!? シリウス兄様は人生初の最推しなのに!」
『なにが最推しよ! 私の記憶を探れるなら、わかってるんでしょう!? 私とあいつは、血で血を洗うほどの犬猿の仲なのよっ!!』
「犬猿の仲? でも、シリウス兄様はとても優しいじゃない。それに、彼に関する記憶はぐちゃぐちゃしていてよくわからなかったから、詳しくは知らないのよ」
それにしても、血で血を洗うとは物騒だ。一体なにがあったのかと尋ねると、マリンローズは仁王立ちの姿勢から、さらに偉そうに腕を組んだ。
『王立魔法士学園を首席で卒業後、宮廷魔法士に着任した私は、すぐに頭角を表したわ。そして、当時の宮廷魔法士長だったおじいさまが亡くなったあと、空席になった長の座を巡って、シリウスロッドと争うことになったの。伝統ある魔法戦での決闘よ。負ける気はしなかった。ーーでも、試合の直前、あいつが卑怯な手を使って私を嵌めたのよ! その結果は惨敗……!! いいこと、私が魔法士学園の教師なんてやってるのは、あいつの部下になるのが死んでも嫌だったから! 好きでこんな仕事についてるわけじゃない! やりがいなんかない、生徒なんかに慕われても嬉しくないし、あんな子たちどうでもいいわ……っ!!』
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすマリンローズは、それまで私が想像していた、聡明でかっこいい魔法士の印象とはかけ離れていた。
これではまるで、自分の思い通りにならないと駄々をこねている小さな女の子だ。
「どうでもいいだなんて……貴女は生徒たちのことを、自分よりもずいぶんと下に見ているのね」
『当然じゃない。どいつもこいつも気位ばかり高い、傲慢で我儘な差別意識の塊ばかり。平民より少し魔法が使えるくらいで威張り腐ってーー』
「そう。私には、その言葉は貴女自身を指しているように聞こえるわ。マリンローズ。人を育てるときは、自分も一緒に育つものよ。生徒たちの成長が不十分だと感じるのなら、それは、貴女自身が未熟だということ」
『あらそう? なら、ベテラン先生のお手並み拝見といこうじゃない。貴女はハードモードとやらのバッドエンドから生徒たちを救おうとしてるみたいだけど、果たして、今の貴女のパラメータで、そんなことができるのかしら。たしか、〝攻略するにはカンストレベルのパラメータ値が必要〟なのよね?』
「私の……って、貴女には自分のパラメータを見ることができるの!?」
『当たり前じゃない。今までのパラメータだって、私が表示してあげてたんだから。見たいのなら、見せてあげてもいいわ。そのかわり、後悔したって知らないわよ。ーー〝パラメータ・オープン! マリンローズ・メルリーヌ〟!!」
意地の悪い笑みを浮かべて、マリンローズが叫んだ瞬間。
私と彼女を隔てる壁のように、パラメータが表示された。
マリンローズ・メルリーヌ(24)
学力 200
魔力 200
強さ 200
リッチ度 10
流行 20
可愛さ 3
「は…………はああああああああっ!?」




