四章①リメイクされた乙女ゲームの隠しイベントを攻略しようと思います!
『…………今日で、十日目か』
前触れもなくやって来て、凄まじい雷撃魔法で魔法結界を消し飛ばしていった、嵐のような担当教師マリンローズ・メルリーヌ。
二度と来るなと言ったのに、彼女はあれから毎日、放課後になるたびにこの部屋を訪れるようになった。
授業を休んだことを咎めるためではない。二言三言、とりとめもない会話を交わして去っていくだけだ。
彼女の足音が聞こえなくなったあと、セオドールはそっと扉を開き、ドアの前に置かれたサンドイッチ入りのバスケットと、彼女が〝宿題のプリント〟と呼んでいる課題を回収した。
机に向かい、紙面に目を落とす。
『……また、少し難しくなってる』
初日に渡された魔法学の基礎問題は、こちらを馬鹿にしているのかと思うほど簡単だった。だが、次の日からぐんと難解になり、今ではほどんどが授業内容の応用問題。加えて、およそ授業で習うことはないであろう、専門的な知識が必要になる問題も増えてきた。
これを、一般の生徒が解くのは難しい。きちんとセオドールの力量に合わせて作られているのだ。手書きで丁寧に仕上げられたプリントは、心を込めて綴られた手紙のようで、ぞんざいに破り捨ててしまうことはできなかった。
だから、面倒だと思いながらもこなして、ドアの前に置いておくのが習慣になっている。
今日の内容は一段と難解だった。それも、セオドールが苦手とする専門分野を見事に見抜かれていた。なんだか悔しくて、その悔しさがやる気を起こさせる。きっと、それがマリンローズの思惑なのだろうが、無回答でできないと思われるのはもっと嫌だ。
(……それにしても、今まで授業を休んでもなにも言われなかったのに……どうして、急にこんなこと)
稀有な雷の聖獣の加護を持つ、天雷の魔女。
彼女の名前は母国ドラゴニアでも有名で、この国に来るまでは、会うことを楽しみにしていた人物だった。
ーーだが、二年前。担任になった彼女と出会って、その期待は失望に変わった。
彼女は誰よりも強く優れた魔法士であり、故に、誰よりも傲慢だったのだ。
授業内容はスパルタそのもの。もともと気が強い方ではないセオドールは、ついていけない者は容赦なく切り捨てる高圧的な態度に、すっかり嫌気がさしてしまった。
力を持つ者故の傲慢さ。それは、ドラゴニアで最も忌み嫌われる禁忌の感情だ。ドラゴニアには優れた魔法士が多く生まれる。だからこそ、魔法による争いが国を滅ぼさないよう、力を持つ者はそれを抑制しなければならないと戒められて育つのだ。
けして、己の力に心を蝕まれてはならないと。
だから、マリンローズが得意げに魔法結界を消し飛ばしたとき。セオドールの心に湧き上がったのは力量を賞賛する気持ちではなく、激しい嫌悪感だった。挙句、ドアまで消し飛ばされそうになったので、てっきり力づくで引っ張り出されると思っていたのに。
ーーなのに、彼女はけっして無理強いすることなく、毎日毎日根気強く、セオドールに会うためにやって来る。
『…………本当に……変な人だな』
今日の分の宿題を終え、ふと傍に視線を移せば、プリントと一緒に置いてあったサンドイッチ入りのバスケットが目に入った。美味しそうな焦げ目のついたベーコン。色とりどりの新鮮な野菜がふんだんに使われた品からは、セオドールの食生活を心から心配する気持ちが溢れている。
『……一口だけ、なら』
恐る恐る、手に取ったサンドイッチを口元に運び、ほんの少しだけ齧りとった。
ーーだが、その瞬間、胃の底から激しい嘔吐感が突きあげた。堪え切れるものではなく、浴室に駆け込むや、洗面台にすべて吐き戻してしまう。
『……っ、やっぱり、駄目か…………くそ……っ!』
わかっている。身体がとっくに限界を迎えていることは。
けれど、このことを誰かに知られてしまったら……。
〝「待ってて、セオドールくん! 今、先生が助けてあげるから!!」〟
ふいに、マリンローズが初めてここにやって来たとき、ドアの外で叫んでいた言葉が脳裏を過ぎった。
まさか、彼女はこのことに気がついているのだろうか……?
ーーいや、それなら放っておくはずはない。
(…………どうしていいか、わからない。でも、このまま……なにも残せないまま、国に帰りたくない……)
胃の中身をすべて吐いても、なおも嘔吐感は治らない。
苦い胃液を吐きながら、セオドールは手探りで浴室の棚からポーションの硝子瓶を掴み取り、無理矢理に喉に流し込んだ。




