三章⑤
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セオドール・ドラゴニア。
東方の海上に浮かぶ魔力浮遊列島群一帯を国土とする、ドラゴニア竜王国。
彼はこの魔法大国の第一王子にして、当代一の魔法士だ。
魔素の濃いこの地で生まれ育った人間は魔法士の才に恵まれ、その身に竜の力を宿すと言われている。頭部に二本の角、背には収納可能な翼、鱗に覆われた蛇のような尾を持ち、通常の人間の十倍もの寿命を生きる。
いわゆる、〝竜人族〟と呼ばれる亜人種だ。
(強大な魔力を有しながら、内向的で人嫌いなところのある竜人族だけど、アストレイア王国とは昔から繋がりがある。かの伝説の聖女がこの地に魔王を封印したとき、ドラゴニアの王子が助力をして以来、ずっと友好的な交流が続いているのよね。最近では、ドラゴニアの魔法技術を取り入れるために交換留学が行われているけれど、王族の、しかも王位継承権第一位の王子様が他国に留学するのは、過去に例を見ないこと……か。セオドール王子に関するマリンローズの記憶は、ゲームの設定通りだわ)
マリンローズの身体に染みついた感覚を頼りに、初日の授業を無事に終えた私は、放課後、学生寮へと続く外廊下を急いでいた。
やはり、と言うべきか、授業の出席状況は酷いものだった。今日こそは、新プリで新装されたプリンスたちに会えると楽しみにしていたのに、なんとプリンス全員に加え、悪役令嬢シルヴィアと、彼女率いる取り巻き令嬢軍団にもまとめて欠席されてしまったのだ。
アンジェリカの言葉通り、ハードモードが発生しているのは間違いないだろう。
「そうとわかれば、ヒロイン不在だと諦めるわけにはいかないわ。ゲームでは、ヒロインは神聖属性の聖獣の力を借りてプリンスたちの心を開き、問題を解決していた。でも、私は教師だもの。聖獣の力がなくったって、学級崩壊のひとつやふたつ解決してみせる……!!」
前世の私は不慮の事故により、教え子たちと幸せな卒業式を迎えることができなかった。
同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。
プリンスたちは私の推しーーいや、なにものにも変えられない、大切な生徒たちだ。彼等の未来に凄惨なバッドエンドが訪れるのなら、なんとしてでも回避しなくては。
必ず、全員を救ってみせる。
そして今度こそ、みんなで幸せな卒業式を迎えるのだ。
ーーよし、と決意を新たに前を見据えたとき、廊下を抜けて学生寮の中庭に出た。
学生寮は全部で四棟。王族・公爵家専用の王族寮。辺境伯・侯爵家専用の上級貴族寮。伯爵・子爵専用の中級貴族寮。最後に、男爵・騎士階級専用の下級貴族寮だ。
建てられた当初は同じ建物だったのだが、生徒たちの親御様方の支援金による改築がされるうちに、有力貴族出身者の寮ほど豪華絢爛な造りになった。表向きには平等を掲げているくせに、この学園にはこうした差別待遇がいたるところに存在する。
ちなみに、平民出身のヒロインには荒屋のような粗末な小屋があてがわれていた。ゲームならともかく、実際にそんな扱いをされたら心が傷つく。アンジェリカが入学を嫌がったのも当然だ。
(学園に入学しなかったことを責めるつもりはないんだけど、アンジェリカは魔法を使えるようになりたいとは思っていないのかしら? せっかく才能があるのに、もったいないと思うのよね)
なにしろ、彼女は伝説に伝わる神聖属性の聖獣の加護を持つ聖女なのだから。
無理強いをするつもりはないが、もし、彼女が魔法を習いたいのなら力になろうと思う。
私は各寮を巡り、授業を休んだ生徒たちの部屋を訪ねていった。前世のノウハウを活かして、授業内容をまとめた〝宿題のプリント〟を作成してみたのだ。コピー機はないが、マリンローズの記憶にある転写の魔法を使えば、何枚でも複製することができた。
「シルヴィアさん! 授業内容をまとめた宿題を作ったから、必ずやっておいてね。明日はきちんと出席するように。先生、貴女が来てくれるのを待ってますからね!」
「…………」
どの生徒にも尽く居留守を使われてしまうが、こんなことでめげてはいられない。
次から次へとドアの郵便受けにプリントを入れていき、最後はいよいよ、問題のセオドール・ドラゴニア王子の自室である。
天井にはシャンデリア、豪華なレッドカーペットが敷き詰められた王族寮、三階の廊下を進んでいた私の足が、しかし、行手を阻む凶々しい代物にピタリと止まった。
「……なるほどね。これが、アンジェリカが言っていた超高位レベルの魔法結界。《魔力》パラメータが180以上必要なだけはあるわ。なんて強力な魔力の壁なのかしら……!」
慄きながらも素晴らしいと口元が緩んでしまうのは、一流の魔法士であるマリンローズの性である。
通常、目には見えないはずの魔法結界が、込められた魔力の凄まじさ故に巨大な壁として具現化している。表面には翡翠色の宝玉を取り巻く、雨雲と雷を纏った竜の刻印。ドラゴニア竜王国の国章だ。どうやら、《魔力》180以上のパラメータで攻撃魔法を放ち、この宝珠を壊せば結界が解けるらしい。
近づく者を排除するような機能はないようで、手を伸ばせば触れることもできた。
硬くて、氷のように冷たい。まるで、これを生み出した魔法士の心の壁そのものだ。
(どこからか、視線を感じるわ。きっと、セオドールくんがこの宝玉を通して私のことを見ているのね。だったら、声も届くのかしら……?)
試してみる価値はある、と咳払いする。
「ーーセオドール・ドラゴニアくん! 聞こえているかしら? 貴方の担任のマリンローズ・メルリーヌよ。今日の授業内容をまとめた宿題のプリントを持ってきたから、受け取って欲しいの。あと、よければ休んだ理由を聞かせてもらえないかしら?」
返答はない。
反応もない。
ーーなら、致し方あるまい。
私は魔法結界から距離を取り、スッ、と左の袖口から教鞭を引き抜いた。深呼吸をし、前に突き出した教鞭の先に意識を集中させて、魔力を高めていく。
「壮麗なる天雷の聖獣よ! 宇宙をも貫く久遠の咆哮を轟かせよ!! 〝蒼雷の咆哮〟!!」




