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一章① リメイクした乙女ゲームに転生したんだと思います!

 

 ドンッーー!! 


 襲いかかった衝撃に、しかし、私の身体はトラックのバンパーに跳ね飛ばされることも、全身の骨を粉砕されることもなく、ただその場でよろめいただけだった。


「あれ……っ?」


 目に入る光がキラキラと眩しい。


 倒れるまいと踏み出した靴のかかとが、鏡のような漆黒の大理石の床をカツンッと鳴らす。


 しかも、この爪先がピンと尖った靴はなんだ。


 深みのあるモスグリーンの絹張りに、金のビーズをあしらった一角獣の刺繍。足の指が悲鳴をあげるほど高い踵。

 

 ピンヒールなんて、友人の結婚式でも履いたことがない。長時間立ちっぱなしでも足が疲れない女性教師の味方、愛用のローヒールパンプスはどこへ行ったのか。


 驚いて足を引くと、尖った爪先は同じ色味のドレスのすそに隠れていった。


 ……ドレス?


 私、どうしてドレスなんか着てるの??


「マリンローズ・メルリーヌ!! 聞いているのか!? 先ほど言ったように、君との婚約は破棄させてもらう!!」


「……はい?」


 怒りを含んだ声に顔をあげると、豪奢ごうしゃなシャンデリアの光の下、黒のタキシード姿で腕を組む男性と目が合った。


 どう見ても日本人ではない。


 巻き癖のある茶色い髪にも、こちらを忌々しそうに睨みつけるブルーグレーの瞳にも、まったく見覚えはない。


 どなたですかと尋ねかけた瞬間、こめかみがズキリと疼いた。痛みとともに、脳内にまったく異なる二人の人物の記憶が存在することに気がつく。


 一つは、日本人に生まれ、教師として生き、トラックにかれて事故死した成海しずくの記憶。


 もう一つは、マリンローズ・メルリーヌという女性の記憶だ。


 二つの記憶にもまれるうちに、今こうしている私は、マリンローズその人であるのだとはっきり自覚した。だが、成海しずくの記憶によれば、それは大好きだった乙女ゲームに登場するキャラクターであるらしい。


(マリンローズ・メルリーヌ!? 伝説の乙女ゲーム〝プリンス&プリンセス 〜恋からはじまる学園生活〜〟に登場する悪役令嬢ーーーーじゃなくて!! 攻略対象のパラメータと攻略のヒントを教えてくれる、サポートキャラクターーッッ!?)


 慌てて足元の大理石に視線を落とす。


 後毛一つなくぴっしりと結い上げられた、深みのあるラズベリーレッドの髪。鋭い琥珀色の瞳。キラリと光る縁無しの眼鏡が知的な、長身の美人ーー間違いない。ゲームに出てきたマリンローズ先生そのものだ。


 彼女はこのアストレイア王国でも指折りの魔法士であるとともに、ヒロインの通う王立魔法士学園の担当教師、二十四歳独身の辺境伯令嬢である。


(なんてことなの……)


 教え子たちとともに、受験合格の御礼参りに行くーーついさっきまで現実だと思い込んでいた出来事は、前世に生きた成海しずくの記憶だったらしい。


 公爵家主催の夜会パーティーで、婚約者であるウィルフレッド・ブライトナー侯爵子息に突然の婚約破棄を言い渡されたショックのあまり、それまで眠っていた前世の記憶ーー成海しずくの記憶ーーが鮮明に蘇ってしまったのだ。


 ついでに、ウィルフレッドがゲームにはまったく登場しないモブキャラ以下であること。今の状況とよく似た設定のライトノベルを、生徒たちにすすめられて読んだことがあることも思い出した。


「つまり、これはいわゆる断罪イベント……? でも、それは悪役令嬢の見せ場よね。どうして脇役サポートキャラの私が……」


(ーーいいえ! そんなことよりも大事なのは、ここがプリプリの世界だってことよ!! それなら、もれなくプリンスたちもいるはず!! はわわわっ、な、生プリと同じ世界の空気を吸っているだなんて、くはあっ! 尊いしんどい無理……っ!! ーーていうか、どうして学園の授業中に記憶を思い出さなかったの!? もしそうなら秒で会えていたのに、私の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿……っっ!!)


「なにをブツブツ言っている!」


 悔しさのあまりギリリと親指の爪を噛む私を、荒々しい声音が叱咤した。


 そうだった。今は婚約破棄を言い渡されている真っ最中なのだ。


 まずは、この状況をなんとかしなければ。


 マリンローズの記憶を掘り返してみると、彼女の婚約者ウィルフレッド・ブライトナーはチャーミングな上目遣いが素敵な、四つ年下の可愛い恋人であったらしい。


 だが、こうして目の前でふんぞり返っている彼は、別人のように横柄だ。


 彼は苛立たしげに嘆息し、白い手袋を嵌めた手でビシリとこちらを指差した。


「君のそういう、ひとの話を聞かないところも不快に思っていたんだ! 頭の良さや魔法士の才をひけらかし、婚約者である私の顔を立てようともしない! 挙句の果てには、私になんの相談もなく、挙式に必要な費用は自分が支払うと父に持ちかけたそうだな!? 君は私のみならず、侯爵家の面目をも潰すつもりなのか!? いくら寛容な私でも、その傲慢さにはほとほと愛想が尽きた!!」


「い、いきなりそんなこと言われても……『ーーそれは、そちらのお父様、ブライトナー侯爵様からお願いされたことを了承しただけでございます』」


(おや……?)


 勝手に舌が動いた。どう対処すればいいのかと慌てる反面、頭の中は冷静で、心の中は酷く冷たい。


 なんだこれはと思った途端、膨大な記憶が一気に押し寄せて、なかば強制的に理解させられた。


 前世の私の意識ではない意識がある。さっきのは、これまで生きてきたマリンローズ自身の気持ちであり言葉だ。


 記憶を辿る限り、どうやら、彼女はこうなることを薄々覚悟していたらしかった。


 私のこの発言に、それまで私とウィルフレッドを取り巻いていたパーティーの参列者ーー美しい装いの貴族たちーーが、にわかに騒然となった。


 彼にとっても予想外だったのだろう。蒼くなった顔を見つめていると、妙に見覚えのあるパネルのようなものが、パッと空中に現れた。


(これは……!)



ウィルフレッド・ブライトナー(20)

学力 30

魔力 30

強さ 20

リッチ度 5

流行 80

可愛さ 100


 ブライトナー侯爵家子息。マリンローズの婚約者。一人息子のため、両親に甘やかされて育った。婚期を過ぎてなお独身のマリンローズに近づき、年下男性の小悪魔的な魅力を武器に、彼女がこれまで教職によって蓄えた莫大な財産をだまし取ろうとしている。



(ま、間違いないわ……! これは、ウィルフレッドのパラメータよ!!)



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