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三章③


(ひぇえええっ!! み、耳に息があああ……っ!? も、もう駄目っ、尊すぎて語彙力が死ぬ! 無理いいい……っっ!!)


 少しでも身じろげば、逃がさないというようにますます抱きしめる腕に力がこめられる。ローブ越しに伝わる引き締まった体躯。シリウス兄様の真っ白な首筋から、とんでもなくいい香りがするーーいや、駄目だ。ここで〝せっかくなので、くんかくんかする〟など選択してしまったら、兄様に失望されるばかりか、バッドエンドが確定してしまう……っ!


「……っ、か、っか……! もう、やめてくださ……っ、いくらなんでも、おたわむれが過ぎますよぉ……っ!」


「ーーっ!?」


 感激と興奮のあまり、息が荒くなってしまうのがたまらなく恥ずかしい。シリウス兄様は飛び退くように身を離し、ゆでだこよろしく真っ赤になってしまっているであろう私の顔を、ふたたび凝視した。


 かと思いきや、片手で眉間を抑えて深く嘆息する。


「…………参ったな。そんな潤んだ目をして、君が色まで使ってくるのなら仕方がない。降参するよ。もう、なにを企んでいようが構わない。好きなだけたぶらかすといい」


「た、誑かす……? あの、そもそも、私はなにも企んでおりませんし、い、色なんて使ってません! 目が潤んでるのは、その……か、閣下のローブ姿が、素敵すぎるからいけないんです……!」


「おや、いい皮肉だね。一応弁解しておくが、君への嫌がらせのために着てきたわけではないよ。実は、これから魔物討伐に出向く予定でね。聖女の遺跡付近に出没する魔物が増加していて、騎士団や部下たちでは歯が立たないそうなんだ。ちなみに、シルヴィアとのことをとがめに来たわけでもない。少し長くかかりそうだから、出立の前に君の顔を見ておきたくてね」


「顔、ですか……?」


「そう。もっとも、僕の役目は後衛からの補助だから、滅多なことはないとは思うが。ーーそうだ、君にも例のリストを渡しておこう。期待はしているが、くれぐれも無理はしないように」


 〝例のリスト〟というのは、国王陛下のご病気を治療するための秘薬の素材のことだろう。ローブの懐から取り出された封書を受け取ったとき、妙に胸がざわついた。ーーさっきの彼の言葉、もしや、かの有名な死亡フラグというやつではあるまいか。


「魔物討伐……それじゃあ、しばらくお会いできなくなるんですね……?」


 蒼ざめる私に、シリウス兄様はにっこりと笑む。


「寂しいかい? そうだ、マリンローズ。僕が無事に帰還したら、一緒に食事でもーー」


「だっ、駄目ですっっ!!」


「えっ?」


(死亡フラグなんかへし折ってやるわ!! 人生初の最推しを、二度目のイベントで失ってたまるもんですかっ! お食事のお誘いは死ぬほど嬉しいけど、死亡フラグそのものの台詞を言わせるわけにはいかない……っ!)


「駄目……なのかい?」


「駄目に決まっています!! そういう約束は、無事に帰ってからにしてください! 後衛だから大丈夫なんて、気の抜けたことを仰っていてはいけません! 後衛だからこそ、常に背後からの不意打ちを警戒しなければ! それに、宮廷魔法士長自らが赴かれるのですから、相当危険な魔物なのでしょう? 本当に気をつけてくださいね」


「あ、ああ、肝に銘じるよ。だが、まさか本気で心配してくれているわけではないのだろう?」


「なにを仰っているのですか? いくら閣下がカンスト……お強くても、心配なものは心配です。ーーそうだ! 学園の隣にあるカフェの前で止めてもらえますか? いいものをお渡しします」


「いいもの?」


 丁度、開店前の〝プティ・アンジュ〟の前では、アンジェリカが掃き掃除をしていた。馬車から降り、彼女のもとへ駆け寄った私は、昨日のメニューに載っていた〝あるもの〟を注文した。


 ほどなくして、アンジェリカが店内から持ってきてくれた小さな包みを受け取り、お代を渡して馬車の前へと戻る。


「閣下、こちらをお召し上がりください」


「これは……?」


「〝プティ・アンジュ〟特製の、『幸運のフォーチュンクッキー』です。貴方の身を、幸運が守りますように」


 可愛いリボンでラッピングされた包み紙の中には、二つ折りにして焼き上げたおみくじ入りのクッキーが入っている。


 勿論、ただのクッキーではない。食べると敵の攻撃をランダムで回避できるという優れものだ。ちなみに回避の確率は、おみくじの内容によって変化する。


 馬車から顔を出したシリウス兄様は、大仰に驚いた。


「君からの贈り物なんて、初めてだ……! さっきの君の言葉がよくわかった。食べてしまうのがもったいないよ」


「駄目ですよ。ここのスィーツは装備品と違って、食べないと効果がないんですから。ほら、ここで一つ食べてください」


 リボンを解き、包みの中の小さなクッキーを摘んで、彼に手渡そうと腕を伸ばす。


 シリウス兄様はそんな私をじっと見つめていたが、おもむろに、クッキーを摘んだ私の手を取った。


(ーーえっ?)


 カリッ、と薄い唇がクッキーを咥え取っていく。


 形の綺麗なそれが、ほんの僅かに指先に触れた。

 

 ひょわあっ!? と叫ばなかった自分を、褒めてやりたい。


「ーー甘くて美味しい。ふぅん、中には占いの書かれた紙が入っているのか」


「そ、そうです……! あの、な、なんて書いてありました?」


 シリウス兄様はクッキーから取り出した紙片を手に、人差し指を口元に当てて、「内緒だ」とほくそ笑んだ。


 そのいたずらっぽさたるや。心のスクショボタンが連打しすぎて壊れてしまいそうだ。


「マリンローズ、素敵な贈り物をありがとう。残りのクッキーは、ゆっくりと味わって食べさせてもらうよ」


「は、はい……! お気をつけて」


 握られた手が名残惜しそうに解かれ、シリウス兄様を乗せた馬車は、高台に見える王宮に向かって遠ざかっていった。

 

(や、柔らかかった! 柔らかかったあ……っ!)


 指先に残る感触を全力で思い出していたら、離れた位置から様子をうかがっていたアンジェリカが血相を変えてやって来た。


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