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三章②



            ***



 その後、マーサ率いる侍女軍団によってピカピカに磨きあげられた私は、ペールブルーのサマードレスをまとい、馬車でお待ちのシリウス兄様のもとへ大急ぎで駆けつけた。


「お待たせいたしました、閣下!」


 御者にエスコートされつつ馬車に乗り込む。だが、天鵞絨ビロード張りの座席に腰掛けた彼の姿を目にした瞬間、ピシャーーンと目に見えない雷が脳天を直撃した。


(ロ、ロロロロローブ姿ーーーーッ!! 何故!? どうして!? まさか、コスプレッ!? ーーい、いやいや、違うわ。確か、パラメータによればシリウス兄様は宮廷魔法士長のはず。これはきっと制服よ。朝っぱらから推しの制服姿が見られるだなんて、眩しすぎて尊い無理ぃ……っ!!)


 あまりの眼福さに、もはや口元を押さえプルプルと震えることしかできない。そんな私に向かい、シリウス兄様は深い藍色のローブを揺らして手を差し伸べ、隣席へと導いた。


 馬車はゆっくりと進みはじめる。


 話の切り出し方を迷っていたら、至近距離にある芸術品のような顔が、柔らかな微笑みを浮かべてくれた。


「おはよう、愛しい人。朝早くから押しかけてすまなかったね」


「い、いえいえ……!! 閣下のイベントーーじゃなくて、ご訪問でしたら、いつでも大歓迎ですよ!」


 推しが尊い、空が蒼い……!!


 ダダダダダと心のスクショボタンを連打している成海しずく的表現を、うっかり口に出してしまいそうで危ない。


 それくらい、目の前にいるローブ姿のシリウス兄様は麗しかった。夜会の時のタキシードの凛々しさとは、一味違ったミステリアスさが良い。光沢のある藍色の布地は絹のようだが、しっかりした厚みがあり、防具としての性能も高そうだ。裾や襟元には銀糸で呪術的な文様が緻密に刺繍されている。胸元に垂れるタッセル。首の後ろにフードもある。流石、国家最高位の魔法士。素晴らしい制服だ。


 馬車が街路樹の下を抜けているのだろう。窓からこぼれる木漏れ日に、くせのない銀沙の髪が新雪のようにキラキラと光っている。人間離れした美しさとはこういうことを言うのかと、私はただただ見惚れるばかりだ。


「マリンローズ」


 薄いモノクルの奥で、アイスブルーの瞳が眩しそうに細まった。


「そのドレス、よく似合っているね」


「……っ! あ、ありがとう、ございます……」


「ふふっ。ーーだが、本当に着てくれていたのだね。昨日、シルヴィアから君の話を聞かされて耳を疑ったよ。君が僕からの贈りものを身につけてくれるとは思わなかった」


「そうなのですか? 確かに、どのドレスも着るのはもったいないくらいでしたけど。でも、せっかく贈ってくださったドレスを着ないのは、もっともったいないと思いまして」


「もったいない……?」


 ああ、駄目だ。普通に話そうとするのに、つい口元がにやけてしまう。


 しかし、私の言葉を聞いた聞いたシリウス兄様は、明らかに表情を曇らせてしまった。


「そう、か……確かに、着ずに捨ててしまうのはもったいないね。君は、物を大切にする女性だから」


「……っ!?」


(しまったああーーっ!! 回答選択肢を間違えたーーっ!! これじゃあ、もったいないから仕方なく着てるって思われてしまうわ! 油断しては駄目よ。これはただの会話じゃない、兄様との大事なイベントなんだから!)


「ちち違うんです! 贈り物は本当に嬉しかったんです! で、でも、ドレスの贈り物なんて初めてで、なんとお礼を言ったらいいかわからないと言うかですね! と、とにかく嬉しいです! ありがとうございます……っ!!」


「そうかい? それならよかった」


 セーフ。


 ……セーフ、なのだろうか? ゲームと違ってリロードができない分、こうしたフォローは有効であって欲しい。ふたたび穏やかに微笑む彼を見つめながら、私は大切なことを切り出した。


「そ、それよりも、閣下にお詫びしなければならないことがございます。シルヴィア嬢から伺われたことと存じますが、昨日、彼女に対して攻撃魔法を行使しました。彼女の魔法発動を防ぐための判断でしたが、今の学園の状況を考えると、軽率であったと猛省しており……あ、あの、閣下?」


 思わず言葉を途切れさせてしまうくらい、シリウス兄様は私を凝視していた。


 なんだろう、またもや好感度が下がるようなことを言ってしまっただろうか。宝石のようなアイスブルーの瞳を見開いて、あまりにもじっと見つめてくるので、流石に気まずくなってしまう。


 あの、と再度声をかけようとした瞬間、握られたままの手を強く引かれた。


「きゃっ!?」


 逆の手に腰を引き寄せられる。気がつけば、私の身体はシリウス兄様の腕の中に抱きとめられていた。


 さらさらした冷たいローブに包まれて、自分の体温が急上昇するのが嫌でもわかる。「マリンローズ」と耳元に囁かれる響きは、ゾクリ、と背中が泡立つほど妖艶だった。


「君が僕に謝るだなんて、嵐でも起こりそうだね?」


「そんなこと……! ま、間違ったことをしたら謝るのは、当然かと思いますけど……!?」


「そうかな? 今までの君はなにをしようが、僕に対して自分の非を認めることなんてなかったじゃないか。それだけじゃない。婚約の申し出をあっさりと受けてくれたり、贈り物を喜んでくれたりーーそろそろ教えてもらおうか。君は僕を蠱惑こわくして、なにを企んでいるんだい?」


「た、企む……?」


 耳朶じだに吐息がかかるたび、ゾクゾクして落ち着かない。前世の私は声優陣にはあまり詳しくなかったが、低く、しっとりとした、脳髄を震わせるような声がたまらない。このまま囁かれ続けたら、耳から溶かされてしまいそうだ。


「さあ、答えてマリンローズ……君は、この僕をどうしたいのかな?」


「ど、どどどうしたいと言われましても……っ!!」



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