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二章⑤


 気がつけば、両目いっぱいに涙が溜まっていた。瞬きとともに、ポロポロと溢れていく。


「何故……まさか、今の私の言葉でですか!? 信じられない、魔王も逃げだす〝天雷の魔女〟が、あれしきの詰問で涙を流されるなんて……! 一体、どうされたのです! 貴女らしくもない!」


「……っ、……ごめんなさい。なんでもないの。貴方のせいではないのよ。悪いのは、現実を受け入れることのできない、心の狭い私なんだわ……生徒の前で、こんな風に泣いてしまうなんて、先生失格ね」


「……」


 止まらない涙を拭いたくて、眼鏡を外して手の甲で擦ろうとした。それを、別の手のひらに阻まれる。おずおずと触れてくる。大きくて、温かい手のひらだった。ぼやけた視界の中で、レオンハルトの気配がすぐ近くにあるように感じた。


 濡れた頬に、柔らかな物が当てがわれる。


 ーーハンカチだ。


 上質な絹のそれからは、花のようないい香りがした。


「あ、ありがとう……」


「……いえ」


 お礼を言ってハンカチを受け取り、目元を拭う。微笑んだつもりだけど、ぎこちなかったかもしれない。再び眼鏡をかけたとき、こちらを見つめるレオンハルトの顔は怒ったように赤くなっていた。

 

 いきなり泣き出したのだ、気分を害してしまったのだろう。しかし、謝罪を口にする前に、彼の唇から深いため息が吐きだされた。


「……どうやら、配慮を怠ってしまったようです。厳格な貴方が入学式典を休まれるほどだ。昨夜のショックから立ち直っておられないのですね。婚約者にあんな場所ではずかしめられたのですから、無理のない話です」


「あんな場所……? もしかして、貴方も昨日のパーティーにいたの?」


「当然です。フレースヴェルグ嬢は私の婚約者ですから。私だけでなく、彼女はクラスのもの全員を招待していましたから、学園中の皆が知っているはずですよ」


「そ、そう……なの」


 どうやらレオンハルトは、私が泣いたのは、あの婚約破棄の一件のせいだと誤解しているようだ。


 正直、そんなことは忘れかけていたくらいだが、『新プリでリメイクされた貴方に腹黒属性が追加されたせいです』とは言えないので、そのままにしておいたほうがいいだろう。


「そ、そうなのよ! 私ったら、あのときのショックのあまり、色々と混乱しちゃってて……!」


「やはり、そうだったのですね。ーー非礼はお詫びします。ですが、私はこの学園の生徒会長として、秩序を乱す事柄は見過ごせません。フレースヴェルグ嬢との間になにがあったのか、話していただけませんか?」


 こちらを見つめる真っ直ぐな眼差しに、かつてのレオンハルトの面影が重なった。学園のため、生徒たちを守るために、彼が誰よりも懸命になるのは、いずれ自分が就かねばならない王の座に相応しい人間になるためだ。


 私はうなずいて、先ほどの一件を伝えることにした。


 話を聞いたレオンハルトは、ふむ、と思案する。


「……なるほど。では、魔法の行使は防衛のためだったと仰るのですね」


「ええ。狙ったのはシルヴィアさんの〝杖〟だから、怪我はさせていないわ。それでもなんらかの処分を受けなければならいのなら、もう弁解はしないから、遠慮なく罰を下して頂戴」


「いいえ、適切な対処かと。しかし、タイミングが最悪です。フレースヴェルグ嬢のことですから、貴女が魔法を行使した事実のみを学園中に触れ回るでしょう。この学園には、まだ去年の事件の爪痕が深く残っています。皆、私的な魔法の行使に過敏になっているのです」


「去年の事件?」


「二年の冬に起きた、ベオウルフ公国第一王子アルベルト・ベオウルフが起こした聖獣の暴走事件ですよ。巻き込まれた生徒たちの多くは、フレースヴェルグ嬢と親しくしている令嬢たちでした。先ほどの現場を彼女たちにも見られてしまったのでしょう? 風当たりが強まってしまうのは避けられないかとーー」


「アルベルト・ベオウルフ!? そ、それに、今なんてーー二年? 二年って言った!?」


 アルベルト・ベオウルフ。それは、攻略対象のプリンスの一人だ。約二十年前、このアストレイア王国と隣国であるベスティア獣王国との国境沿いに建国された公国、ベオウルフ公国の第一王子である彼は、アストレイア王国現国王の王弟陛下を父に、ベスティア獣王国の姫君を母に持つ、人間と獣人との混血児ハーフ


 長身でがたいがよく、その鍛え抜かれた肉体は歴戦の戦士そのもの。あらゆる武術に優れ、野性味あふれる男性的な魅力で、この学園の令嬢のみならず令息たちをも惹きつけている。


 優しい面立ちのレオンハルトと対をなす、兄貴肌なイケメン俺様キャラだ。


(そのアルベルトが聖獣を暴走させた……!? そんなイベント知らないわ。これもリメイク版の変更点なの……? ーーっていうか、二年ってどういうこと!?)


「メルリーヌ女史? 大丈夫ですか、お顔色が悪いようですが」


「だ、大丈夫……じゃないわ! 私のことより、教えて欲しいことがあるの! レオンハルトくん、貴方は今、何年生なの!?」


「レ、レオンハルトくん……? なんですか、その妙な呼び方はーー」


「いいから教えて!! 大事なことなの!!」


 ずっと、勘違いしていた。


 無意識のうちに思い込んでいたのだ。


 転生した新プリの世界。


 そのスタートラインは当然、〝一年生の入学式〟だと。


 しかし、胸の中に生まれた悪い予感は、訝しげな顔をしたレオンハルトの回答によって確信に変わった。


「今年から最終学年クラスですよ。つまり、三年生です」


「ーーっっ!!」



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