色眼鏡
サグロはラスカと話がしたかった。それは正義感に駆られるというよりは『知りたい』という気持ちだった。
そして、ラスカの家に行った、が家の前で止まってしまった。
サグロが静止していると車が停まる。
「お前、さっきの」
車から出たのはさっき老婆の遺体を運んだ男だった。
「何してんだ?」
「いや、そのラスカ先生とお話を……」
ラスカより背の高い大男で強面だったため、サグロは萎縮してしまった。
「わかった。ちょっと待ってろ」
「や、やっぱりいいです……」
「あっそ」
――やっぱり、言わなきゃならねぇ……。
「あ、あの!」
男がラスカの家に入ろうとするとサグロは怖いけど、どうしても聞きたいことがあった。
「ラスカ先生について聞きたいことがあって」
男はサグロの発言に頭を抱えた。
「はぁ、俺はただのビジネスパートナーだ、プライベートは知らん」
「そ、そうすか」
「二年くらい一緒にやってるがあいつは分からん」
「に、二年もこの仕事をやってるんですか……」
「ああ、仕事と言っても金は発生しない」
――なぜこんなことを無償でやってるんだ?
サグロは素朴な疑問を抱いた。
「失礼なのは分かってんですけど、なんでこの仕事をやってるんですか? しかも無償で」
恐る恐る男に尋ねた。
「俺がしたいからやってんだ」
「それに苦しくて苦しくて、楽に死ぬことを求めてる人がいる」
男は遠い目をしていた。
「俺の妻は十年前に闘病生活の末、永遠の眠りについた」
男はサグロに自分の過去を打ち明けた。
「あいつの病気は医者が言うには難しい病気らしい。俺はあいつに一日でも長く生きて欲しくて病院を転々とし、やっとのことで助かる見込みが立った。しかし、手術の成功率は低くて微妙な線だった。俺は、なんとしても早く治っていつもの日常を取り戻したかった。祈るしかなかった。」
「――――そして、手術は失敗した」
心なしか男の表情は曇っていた。
「後から聞いた話によればあいつは痛いのをずっと我慢していたらしい。俺の目の前では」
「それを聞いたら、俺のやってきたことってエゴだなって思った」
「あいつを助けたいと思うばかりであいつの意見は無視していた」
「そうとう苦しめてたんだと俺は思った」
「……これがこの仕事をやってる理由だ」
「大変でしたね……」
「ああ」
「すみません、俺が無知なだけでした……すみません」
サグロは俯き、謝罪した。
「ああ。もういいか?」
「すいません……じゃあ俺はもう帰ります、お話ありがとうございました」
男に背を向ける。そうすると男はサグロに忠告した。
「色眼鏡は自分の世界を狭くするぞ」
「…………!」
サグロはハッとさせられたようだった。
男はラスカの家に入っていった。
――色々理由があるんだな。
サグロは自分の視野の狭さを実感し宿に戻った。
「おかえり、ニーク。家の前で誰かと喋ってた?」
ドアを開けるとラスカが昼食をとっていた。
「ちょっとな」
「ふーん」
「そういえば、お前って医者やる前は何してたんだ?」
サグロの影響だろうか、前から気になっていた事をラスカに尋ねた。
「ニークが僕の事聞くなんて珍しいね、ふふ」
いつもは仕事以外に干渉しないニークの変化に頬が緩む。
「お前は普段、自分の事を語ったりしないからな」
「そんなに気になるなら教えてあげるよ」
「――――――――僕は暗殺者をやっていた」
「暗殺……?」
今の仕事から察するに普通ではないだろうと思っていたが、まさかの展開であった。
「まあ、それはもう昔の話だからね」
「そうか」
「もっと他のを期待してた?」
「いや、お前のその髪と目、外国から来たのかと思ったからよ、もっと海に近い職かと思っただけさ」
「やっぱりこの髪、目立つ?」
「ああ、その青い目もな」
「クルノミア人特有だからね」
「……。クルノミア人?」
ニークは初めて聞く名前だった。
「え、知らないのかい?」
「知らないな、どの国なんだ?」
「分からない、僕はこの国の生まれの父さんとクルノミア人の母さんの間に生まれたんだ。この国でね」
「お前の母と父はどこで出会ったんだ、旅行とかか?」
「いや、クルノミア人の住んでたところで疫病が流行り始めてクルノミア人の九割が死んだらしい、そこで残りの人たちは船に乗って生活できる場所を探したんだ」
「ということはクルノミア人が住んでいたのは孤島ということか」
「そう、母さんが言ってたけど本当に小さな孤島だったらしい」
「そして、その船で新大陸を目指したらしい。でも嵐で船は壊れちゃったんだ」
「よくお前の母は助かったな」
「うん、僕の母さんだけね」
「そうか……」
「目が覚めると沖にいたらしい。そこで母さんは栄えている街を探した」
「何をしようとしていたんだ?」
「職を探しにじゃない?」
「そうか」
「でも、言葉が通じなくて、働けなかった。母さんは路頭に迷った。そんな母さんを金持ちな男が拾った」
「それがお前の父か」
「そう、そして子供が生まれた。それが僕さ」
「ほう。だが『金持ち』と『暗殺者』って対義語みてぇだな」
「そう?」
「俺からすれば暗殺のターゲットが暗殺者になるようなもんだ」
「ふーん、まあここからは捨てられるんだけどね」
「…………どういう事だ?」
いきなり話が重くなる感じがした。
「僕が五歳くらいになった時、母さんと一緒に家を出たんだ。母さんが僕の手を引いたのは今でも覚えてる」
「大人になって分かったけど、母さんと僕はあの金持ちにとって浮気相手と隠し子だったんだ」
「……」
ラスカの過去が悲惨すぎて言葉にならなかった。
「僕らは小さな家に住んでたんだけどさ金持ちは一週間に二回ほどしか帰ってきてなかった、僕と母さんは騙され続けた挙句、裏切られた」
「捨てられてから母さんは働き口を探した。でも、母さんはカタコトでしか喋れなくてなかなか雇ってもらえなかった」
「僕も母さんの力になりたくて僕も働きに出た。僕はクルノミア人の言語は喋れない。でも、この国の言語の方は喋れた。あの小さな家に家政婦さんがいて、家政婦さんが言語を教えてくれた」
「僕は活字拾いや新聞配達をして母さんと二人で金持ちが残した小さな家で静かな生活を始めた」
「ここから本当の幸せが始まる、と思ってたんだ」
ニークは嫌な予感がした。
「母さんが病気を患ってしまった」
「患ったというかずっと我慢していたらしい。母さんは病院で闘病生活を始めた」
「僕は手術代のためにいつもより倍に働いた」
「…………結局、母さんは手術をする前に死んでしまった」
「僕が無力だったんだ。僕がもっと頑張っていれば救えた命だった」
「そして身寄りのなくなった僕は拾われたんだ」
「誰にだ?」
「暗殺部隊にね」
「ここまで、長かったんだな」
自分の妻とラスカの母を重ねて、悲惨な過去を共感した。
「そうだよ。もう涙も出ない」
淡々と語っていたのは涙が枯れてしまったからである。
「暗殺部隊での活躍も聞くかい?」
「いや、また今度にしとく」
「そう」
「俺はもう帰る。仕事見つけたら電話するから、じゃあな」
ニークはラスカの家を後にした。
次話近日公開。