いろんな出会い、いろんな別れ
宿屋を出て、またあの商店街に行く。
布地をタイルに敷き、その上に昨日の残りの絵画を並べる。
――あと五枚か。
故郷の村から持ってきた絵画が全部売れる前に新しい絵画を完成させないと暮らしていけなくなる。
昨日は宿に一泊できるくらいの値段で売った。サグロの画家としての価値は無に等しく、というか無名である。無名の画家の絵画を高値で買い取るなんてのはありえない。
――宿に帰ったら新しいの書こうかな。あと明日は場所を変えてみよう。
場所を変えてもいいのでは、と思うくらい今日は客が来ない(昨日も)。
今日は商店街もひときわ静かだった。
いつも静かではあるが、武勇伝を語る老婆がこの商店街をにぎやかに(うるさく)している。
しかし今日は老婆の姿が見えない。サグロは商店街の門をくぐって老婆の店を覗く、店は何を取り扱っているのか分からないが変な置物や異国の地で買ったと思われる洋服など様々な物があった。
興味本位で店の中に入ると奥の方でうめき声がした。サグロは恐る恐る奥へと進む、扉を開けると昨日元気に武勇伝を語っていた老婆が倒れていた。
サグロはどうすればいいのかとあたふたした。そんな時、死にそうな声で老婆は口を開いた。
「――――医者を。ラスカ先生を……」
「そ、そのラスカ先生はどこにいるんですか!?」
老婆は指を指した。その指の指す方向に紙が壁に貼ってあった。紙を見ると手書きの地図が書かれていた。
この地図はおそらく、この店からラスカの家までの経路が書かれているとサグロは推測した。
壁に貼ってある地図をちぎり取って店を出る。地図を見るとこの店と思われる四角から赤い線が引いてある。赤い線の先には四角の中に『ラスカ』と書かれていて線はそこで止まっていた。
――この赤い線をたどっていこう。
地図の赤い線をたどり、ラスカの家を探した。
数分走って、ようやくラスカの家にたどり着いた。
ドアを叩く。
「すみません、ラスカ先生はいますかっ!」
サグロは大きな声で言う。焦りと息切れで力一杯の声しか出せなかった。
「はい……。おや、昨日の」
ドアが開く。その先には昨日、サグロの絵画を買った男性がいた。
「ラスカ先生って、あんただった……のか……」
「奇遇……ですね」
ラスカは目を細めた。
「それで今日は絵画のセールスか何かですか?」
冗談じみたように言う。
「いや、そうじゃなくて! 商店街の婆さんが倒れたんだ!」
そう言うとラスカは顔をしかめる。
「なに……」
「とりあえず早く!」
「ああ」
二人は老婆の店を急いだ。
店に到着し、ラスカは老婆に声を掛ける。
「おばあさん、ラスカですよ」
老婆は目を開けて、力の無い声で言った。
「もうあたしは終わりでいいですよ」
続けて言う。
「もう死んでもいいです、殺してください」
――は?
サグロは老婆の発言に耳を疑った。
「わかりました、遺言などはありますか?」
「ちょっ、待って」
二人の会話を遮る。明らかにこれは。
――おかしい、殺される? 殺され屋と殺し屋なのかこいつらは。
「婆さん、何言ってんだよ、ラスカ先生もさぁ! 早く容態を見てやってくれよ」
「お孫さんはおばあさんに聞いてませんでしたか?」
「いや俺は孫じゃないです、今日知り合ったっていうか……。それより、殺すってなんすか。医者って死にそうな人を助ける仕事ですよね……」
老婆の発言を信じられず笑うしかなかった。
「僕はね。医者ではあるが、ただの医者ではないんだよ」
サグロは眉をひそめる。
「――――僕は安楽死専門の医者なんだ」
「アンラクシ?」
「人を楽に死なせる医者だ」
ラスカの正体に驚愕した。
「お、俺は田舎から出てきて知らないことばかりだ。安楽死なんて言葉も今初めて聞いた。なあ、ラスカ先生。それは国が認めてるのか?」
「どうゆうこと……かい……?」
サグロの発言に目を尖らせた。
「医者じゃなくて殺し屋。というか医者の名を借りた殺し屋なんじゃないかと」
右脚を震えさせながら言う。内心は怖くて逃げ出したい。しかし、老婆をこのまま放っておけばラスカに殺されてしまう。サグロは正義感に駆られた。
「まあ、そりゃこの国ではまだ認められてないが必要なんだ。必要な人がいるんだ」
ラスカは語り続けた。
「おばあさんは難病でもう助からないと言われた。身体全体に痛みがあって苦しい思いをしながら暮らしている」
「だから、楽にさせてやりたい」
「……」
サグロは何も言えなかった。
「邪魔しないでくれ」
サグロはその場に立ちすくむ。
「では、始めます」
ラスカがそう言うとカバンの中から注射器を取り出す。
今なら止めることはできるはずだ、と思った瞬間……。
「若いの。あたしはさぁ、たっぷり生きたよ。いろんな出会い、いろんな別れ。足りないものなんかないよ。もし足りなかったとしてもさぁ、それはあたしには必要ないと思うんだ。だからもういいんだ」
老婆はサグロに語りかける。
「もう、生きた」
サグロに微笑みかけた。
老婆の顔を見て止めるのをやめた。何故ならとても満足そうな顔をしていたのだから。
その後、老婆の腕に注射器を刺して受話器を取り、電話を掛けた。
「来てくれ」
そして数分後、車に乗った男が来た。
「待ってたよ。よろしく頼む」
男は車から出ると丁寧に老婆の遺体を運んだ。老婆の顔は喜色を浮かべていた。
「後は彼に任せてある、僕はここを出る。では」
ラスカは店を後にした。
「……」
サグロはまだ立ちすくんでいた。