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ドクターアサシン  作者: いらの庵
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不敵な笑み

汽車に揺られて微かに聞こえる鼻歌、青年は希望に満ち溢れていた。

 新しい場所で生活し大きな夢を持っている彼は故郷では職に就かずに自堕落な日々を過ごしていた。しかしその生活に終止符を打ったのは「友人の成功」であった。彼の友人はハンキューといい。ハンキュ―は事業に成功し巨富を築いた。


 彼とハンキュ―は小さい頃からの仲で、彼にとって大親友と言える存在だった。

 しかし、今ではもう遠い存在になってしまった。村の大金持ちと村のプータロー、相違という言葉より格差という言葉の方がしっくり来た。

 そんな自分が嫌になり彼はハンキュ―を避けて生活していた。変化に気づいたハンキュ―は彼の家を訪ねた。


 彼はハンキュ―を家に招き入れた。内心、何を言われるか分からず緊張していた。しかし、いつものようなフランクな口調で世間話から始まった。共通の友人の話や自分の事業の話、ハンキュ―は変わっていなかった。と、彼が安堵しているとハンキュ―は「本題に入ろう」と言った。


 「お、おう…………。んッ」


 ハンキュ―の声色が変わって彼は固唾を呑んだ。


 「なあ、サグロ。今何してる?」


 この質問に、この青年サグロは俯くしかなかった。サグロはプータローというのは周知の事実であり今では村の中心人物のハンキュ―が知らないはずは無い。


 「知ってるだろ……」


 サグロは俯きながら言う。


 「ああ、皆知ってる。そして皆心配してるんだよ、お前の事」


 ハンキュ―は真剣な声色と表情でサグロにサグロ自身の価値を説いた。


 「それは分かってる。分かってるよ……。村一番の金持ちが俺の目の前で説教垂れてんだからよ」


 俯いたまま言った。


 「サグロ、お前な……」


 ハンキュ―の言葉を遮るようにサグロは口を開く。


 「分かってる、俺がお前の成功に嫉妬して捻くれてることなんて…………分かってるっつーの!」


 少々怒鳴り声で心情を吐き出した。

 サグロは何かが破裂したようだった。

 今までに溜めてきた自己嫌悪をさらけ出した。


 「俺は、俺は挫折した夢を理由にして、何もかも投げやりで、将来の話になると逃げだして、一応考えてたりするとか言って、本当は何も考えてなくて、いやむしろ考えることまで逃げ出して……」


 ――ここで言わないと何も変わらない。


 ハンキュ―に言い聞かせる半面で自分にも言い聞かせたようだった。

 溢れ出したサグロの心情をハンキュ―が受け止めた。


 「ごめん、俺はお前の気持ちを分かってるようで全く分かってなかった。親友として情けない……」


 サグロの心情を知り、ハンキュ―は自分の理解の足りなさに反省した。


 「これから進もう。俺たちがついてる」


 サグロに手を差し伸べる。


 「ありが……とう……」


 ハンキュ―が親友だと言ってくれた事と今までの心情を吐き出したことでサグロは涙腺が緩んだ。

 



 そんなこんなでサグロはハンキュ―と村の皆に支えられ挫折した夢を叶えることにした。

 汽車が停まり、駅を出る。


 ――よし、夢を叶えるぞ!


 サグロはここで夢を叶えるまでは故郷の村に帰らないと決意した。


 サグロの夢とは画家である。美術の学校は二回目の不合格通知が家に届いた時点でもう志してはいない。


 サグロはこの大都会の路上で絵を売れば有名になれるのではという甘い考えでここへ来た。しかし、もしも一枚も売れなかったらハンキュ―が自身のコネでギャラリーに置いてくれると言ってくれた。ありがたいことだが、ただでさえ三日分の宿代を貰っているのに、これ以上世話になるわけにはいかないと思った。


 とりあえず駅から出てすぐの繁華街は避けて静かな商店街の門の下で以前から描き溜めておいた絵画をタイルに敷いた布地の上に並べた。六枚ほど並べて、あぐらをかいた。商店街と言っても人が通るのはまばらであり、駅近くの繁華街に客は吸い取られたようだった。そのため開店している店はほぼ無く開いているにしても老婆が客に自分の武勇伝を語ったりしているだけだった。


 結局一時間待っても客と呼べる人は来なかった。


 ――やっぱり俺、才能無いのかな……。


 少々焦りが見えてきた。すぐ売れたいというよりかはあまり苦労したくはなかった。

 場所を変えようかと悩んでいると。


 「これいいですね。なんて題名ですか?」


 突然目の前に人が立っていてサグロは目をパチクリさせた。


 ――昨日は荷造りしてて遅く寝たから疲れてるのか、俺。まあいいや、接客するか!


 初めての客は背が高くて銀色に近い白髪の長髪、前髪で目が片方隠れていて謎めいた男性だった。


 「これは、えーと……」


 絵画を裏にする。サグロはいつも完成した絵画の裏に題名を書くのだが、この絵画には書かれていなかった。


 「これ多分、子供の時に書いた絵なんで題名は無いですね」


 子供の時に描いたのを間違えて持って来てしまったらしい。


 「無題ですか……。それじゃあ、これはいくらですか?」


 男性の言葉に耳を疑った。自信作も何も自分が子供のころに描いた絵画を買ってくれるなんて信じられなかった。サグロは自分の才能を確信した。


 ――これなら、イケるぞ。


 男性が買い取ったのは中心に一つの目がありその目の瞳は青く輝いている。当の作者は描いた事を忘れていて素直に喜べないがとりあえず一日分の宿代を稼げた事に安堵した。


 「この絵のどんな所が気に入りましたか?」


 サグロは興味本位で聞いてみた。そうすると男性は語り始めた。


 「この絵を見てると懐かしいというか過去の自分を見てるみたいでさ。なんかいいなって思って」


 彼のその瞳の奥に悲惨な情景が一瞬映ったような気がした。


 「じゃあ、僕はもう行くよ」

 「ありがとうございました!」


 そう言って男性はサグロのアトリエを後にした。

 手持ちの絵画が一つ減り、その代わりに紙幣が増えた。

 夕方になり宿屋に泊まることにした。



 サグロはベッドに入り、目を閉じる。今日の功績(自分の絵画が初めて売れた)を思い出して余韻に浸った。


 ――明日は何が売れるんだろうか、そもそも売れるんだろうか。


 期待と不安の両方を明日に訴えた。


 

 一方、サグロの絵画を買った男性は帰宅し絵画を壁に掛け、不敵な笑みを浮かべた。 


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