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遠き日の隠れ里

 あれはいつだったか

 そう、数十年前。私がまだ学生だった頃の話だ・・・・



 むせるような暑さが大地を照りつけ、休みだというのに一歩も外に出る気が起きない8月の中旬の日。盆なので祖父母の家に向かうことになり山奥にある村に向かうこととなった。

 昔ながらの建物が立ち並び釣りができる川もある、田舎なので当然自然も多く空気も美味しいのだがPCゲーができず近くにコンビニもない場所に行くのには少々不満があったが仕方がない。


 道中スマホで音楽を聴きながらビル行列が埋め尽くす都会の情景から次第に少なくなり田んぼ広がる田園風景へ、そして山の木々をすり抜けて行く道へと移り変わる光景を呆けながら眺めていた。


 到着した時の時刻は五時過ぎ。夏なのでまだ周囲は明るいが太陽は西へ傾き始めていた。


 母方(ははがた)の祖父母が住んでいる戸建(こだ)ての日本家屋、そのスライド式の扉をガラガラと開け中へと入る。


「お邪魔しまーす」


 親と声を合わせて挨拶をする。が返ってくる声は無い。


「婆ちゃん、爺ちゃんお邪魔しまーす」


 再度私の母が呼びかけたが返答はなく、「畑に行っているのかしら、今日の夕方あたりに到着するって言ってたのに」と呟いた。

 家に誰も居ないのに扉に鍵をかけてないことに驚いたが、まぁ小さなコミュニティーなのですぐ犯人がわかることをする人がいるとも思いづらい。ご近所付き合いも悪くはなく都会と比べれば人との関係は暖かいものだ。

 そんなくだらないことを考えるも束の間、両親から男だから力仕事はするべきという理不尽な理論により手伝ように言われ宿泊道具を運ぶことになった。


 こっちには五日ほど泊まるらしくそのせいなのかレジャー道具が多かったのか荷物が多い、手伝い終わった時はすでに二十分ほど過ぎていた。


 ようやく休めるとスマホをつけるが充電切れのメッセージ、道中の車の中で使い過ぎたらしいスマホの充電が終わるまで暇になってしまった。どうしたものだろう。

 こうなるなら携帯ゲーム機でも持って来ればよかったと思ったが後の祭り、久しぶりの里帰り(と言っても正式には母の里帰りな訳だが)らしく自然を堪能もとい散歩に出かけることにする。



 周りは山、山そして川。

 古風の民家が建ち並び猫が自由に行き交う光景はとても趣のあるものだが小学校の頃に探索し尽くした私からすれば久しぶりの知った道以外の他ならない、神社近くの開いてるのか閉まってるのかわからない駄菓子屋まで向かい開いていたらラムネでも買って帰ることとしよう。そう思った。


 目の前を元気よく走る小学生の姿が横切る。そういえば母が通った小学校はまだ存在しているらしい、全校生徒が10人程度になっているらしいが。


 私は小学生の姿を見て自身が小学校の頃のことをふと思い出した。あの時期はここに来ることを何よりの楽しみにしていたのだが、今では楽しみではなくなっている。

 やはり何回も来るうちに飽きてしまったのだろうか?それとももう無邪気にワクワクできなくなってしまったのだろうか?

 そんなことを考えていると周りが木々だらけになっていることに気がついた。どうやら久しぶりすぎて道に迷ってしまったらしい。

 直感だがおそらく来た道だろうと思う道を辿る。


 しかしこの時私は気がつかなかった。すでにここはよく知っている村付近の森の中ではなく到着した際に確認した太陽の位置が東側に、つまりは夕方ではなく朝の位置に存在していたことが。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 この森はここまで深かっただろうか?そう思いながらも森の中を歩き続ける。


 木々は風に揺れ、土の匂いを運ぶ。木漏(こも)()が差す苔むした大木は幻想的でこれ程までに自然とは美しいものだったのかと認識を改め段々と開けてた方へと向かっていた。


 森も抜けた先には民家が並び立つ光景が出迎えたがそれは私が知るものとは違ったものだった。


 山奥の森の先なのにも関わらず平地が広がっている。それだけでも違和感のあるものだったが寂れた村のように人が少なくなく、遠目で見る感じだがそれなりの人が行き来しているように見える。


 村の周囲の地図は見たことがあるが徒歩で歩ける距離には下った先にある街以外には集落はなく自身は降りたつもりはない。それに街とつくだけにそれなりに都心に比べれば少ないが近代的な建物も立ち並ぶ景色であるはずにも関わらず目に見える範囲には木造の家屋しか見当たらない。極め付けは人々の服装だ、TシャツやYシャツの人間は愚か作業着を来た人間すら見当たらず全員が()()()()()()()()()


 まるで時代劇の中、いや昔の時代にタイムスリップしたような目の前の時代錯誤した光景は私に()()()を思わせるには十分だった。


「ギィ、ギィ」と軋み回転する水車の音に思わず体が反応する。流れる川の音に草木が揺れる風の音、本来なら心を安らがせる音は私が知ってる世界とは別の世界。例えるなら幼き日に道に迷いだんだんと日が暮れ始めたようななんとも言えない()()()を掻き立て始める。


 もしかしたらただのドラマの撮影だったのかも知れない、何かのイベントだったのかも知れない、しかし確かな違和感を感じたその場から私は逃げ出していた。

 白昼夢(はくちゅうむ)を見ているような感じの中、ひたすらに目が醒めるように願いながら来た道を引き返す。

 もはや一心不乱に走る中、いま森をどれくらい走ったのかは人にぶつかるまで気がつかなかった。



「すまない」そう反射的に謝った相手からは「わりぃ」と謝罪が返される。

 起き上がりながらぶつかった相手を視認した。

 そこには白髪で虹彩が赤かったものの灰色のパーカーを着た普通そうな少年が居た。


 普通そうな人に会えたことで少し安心したんだろう。もやもやとしたなんとも言えない恐怖の感情が爆発して今までの訳を全て話す。

 興奮していたし息も切れていたしきっと滅茶苦茶な文法で話していたと思う、しかし目の前の少年は話を遮ることなく説明を最後まで聞いてくれた。


 肩に手を置き落ち着くようなだめた後で少年は現状の説明をし始める。


「災難だったなあんた。まぁまだ本当に厄介なものに目を付けられてない分マシな方だろうぜ」


 落ち着いて少年はそう話し始めた。


「ここには何か、あなたが言う厄介なものがいるんですか?」

 返答を返す。


「あぁもうそりゃもうウジャウジャと。まぁここは本来その厄介なもの、俗に言う妖怪、霊、鬼に神が集まり住まう場所だからな。つまりはお前や俺が元いた現世とは違う現世(うつしよ)常世(とこよ)の狭間にある(さと)だからな」


 急にオカルトな話題を投げかけられる。疑問符が頭を埋め尽くすが少年は構わず続けた。


「よは天国や地獄みたいな現実では無い場所、そこに迷い込んだって話だよ。昔から迷い家(まよひが)とか隠れ里とか隠れ世とか伝承でよくいうだろう?あっ知らない?さいですか。まぁ理解できないなら迷っているうちに他県に来ちまったと思えば良い。なんなら外国に来てしまったとでもな。安心しろよ俺も出口は知らないが出口知っている人のとこまでは案内できる」


 そう言い終わると森の奥の方へ手招きしている。どうやら付いて来いということらしい。

 成り行きでだが少年に案内をしてもらえるようになった。

 正直言っていることは意味不明で厨二病や電波入っている説明だったが、道中の会話する分は普通に受け答えしていた。ゲームやアニメの話によくも知らない政治の話などいろんなジャンルについて語り合えたし少しオタクな話題も話せてまるで友人と話してるように思える。ただ好きなゲームが一世代もしくは二世代前のものだったり喋っているネットスラングが少し前に流行ったものだったり、ゲームが好きという割には最新機種の名前を聞くと驚いたりと少しずれているようには感じられたがやっぱり田舎にいる分少し情報が遅いだけかもしれない。


「そういやお前はここにどうやって来たんだ?」


 そんなたわいの無い会話の最中に少年が問いかけた。

 歩いて来たと答えると「へぇ徒歩でも迷い込めるわけねぇ、ちな俺は電車で来たぜ」と返す。

 この辺には電車は通ってないはずでは?その返答に疑問を持ち問いかけようとしたその時だった。


「グォォォォォォォ」


 低い唸り声が森の木々を振動させる。

 鳥たちは一斉に飛び立ちこちらに向かってくる音がだんだんと大きくなる。


 少年が何やらその辺にいた鼠に話しかけると鼠は去っていき鼠と入れ違いで乗用車のほどはありそうな狼のような獣が現れた。


 空気が張りつめる。獣の息遣いはまるで耳元から聞こえるかのように響き眼は鋭くこちらを睨む、目力に気圧され足が動かない。口の中にはナイフのような牙が並び爪は土を抉っている。


 先ほどとは比べ物にならない明確な恐怖を鮮明に憶え体に鳥肌が立ち足が笑い始める。しかし怯える私とは逆に少年は獣にまるで知り合いと出会ったかのような気楽さで話し始めた。


 獣が口を開く。しゃがれた老婆のような、又は威厳のある老兵のような低い声で言葉を話している。

 獣が喋っていることにまずは疑問を持つべきなのだろうがひと睨みされ動けなくなっている私にそんなことを考える余裕はなかった。


 しばらく獣との会話が続き少年がやれやれと頭を振ると急に獣の目の前で火柱が立ち獣は後ろに飛び避けた。


「すまん交渉決裂した。この森をさらに奥に進むと綺麗なねぇちゃんがいる、その人に頼めば帰れるはずだ。俺のことは気にせずとっとと逃げるが吉だぜ」


 そう言い終えると、私の近くでまた火柱が立つ。幸か不幸かその火柱のお陰で驚き我に戻った私は言葉通りにその場を離れ駆け始める。


 最後に振り向くと至る所に火柱が立ち獣の牙や爪を避けている少年の姿。

 獣の唸り声と木々が燃える焦げた匂いを嗅ぎながら、彼を囮にした罪悪感を感じ心の中でごめんなさいと謝罪しながらそれ以降は振り向くことはなく全力で走り続けた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 必死に走り息切れで少し休憩していると、急に雨が降り始める。急いで近くの木の下に避難し雨宿りしているとさっきも見た鼠がこちら目掛けて走ってきた。


 その後ろから和傘を持つ髪の長い十二単衣(じゅうにひとへ)を来た少女が向かって来た。ついさっきまでなら少女の服装にツッコミをいれるところだろうが今はそんな心境ではない。


 私より年下に見えるその少女は私の目の前に立つと座り込んでいる私の目線に合うように屈み話しかけてくる。


「あなたが迷い込んだ人で間違いありませんか?」


 透き通った少しあどけない声で語りかけた。


 私は少し首を動かし頷かせる。


「どうかしましたか?」


 こちらの心境を察したのか少女は優しい声で私に問いかけた。


 私はその時罪悪感で苛まれていた。あの少年は逃げるように言ったがそれでも怪物を目の前に少年を囮として自分だけ逃げて来たのはまぎれもない真実だ。人間と獣は人間が武器を持つことで初めて対等だと言う。クマほどの大きさの獣相手に素手で迎え撃っていた少年の結末など火を見るよりも明らかだろう。おまけに火まで上がっていたし逃げ道も無くなってしまったのではないだろうか?


 しかしそれを聞いた少女はなにかが可笑しかったのか、少し笑いながら話し始める。


「なるほど、そんなことがあったんですね。でも貴方がそこまで責任を感じる必要はありませんよ。仮に無残な姿になろうが彼の責任ですし何よりあの程度に負けるほど弱くはありません」


「それはどう言う・・・・・

 私が言いかけた言葉を遮り少女は続ける。


「彼から説明は受けていると思いますがここには妖怪が存在します、貴方が見たと言う大きな獣は妖怪のうちの一つで彼も貴方と同じ人間だったもので現在は半分妖怪です。火とかが出ていたのでしょう?あの火を出しているのが貴方が残して来た少年です。貴方から見れば彼も大概に化け物なので気負う必要は無いんですよ?」


 少女の言葉に少し気が楽になる。気がつくと雨も降り止んだ。通り雨だったようだ。


「そういえば本題を言い忘れていました。貴方には二つ選択肢があります。一つは元の世界に戻ること、おそらく二度とここに迷い込むことはなくなるでしょうが現世に生きるのが人間の正しい在り方です。それに今回は案内人が付いたので貴方が死ぬ事はありませんでしたが基本的にここは人にとっては厳しい場所です。二つめはここへ留まる事です。貴方を案内して私に連絡をよこした彼みたいな感じに現世を捨てここへ留まることができます。もっとあの人は出る出ないの選択以前の問題に妖怪になったため出られなくなったんですけどね・・・ 貴方が止まる場合勿論安全な場所は提供しますがそこを出ると命の保証はしかねます。彼みたいに妖怪になれば安全地帯にいる必要もなくなりますけどあまりお勧めはしません、何より今まで積み上げて来た友人や家族を捨てることにもなりますからね」


 少女は二択を私に与えた。

 一択目の帰ること。これは当初の目的でありそのためにこの少女が来てくれたのだろう。

 二択目は一見デメリットに満ちてると思えるが本来交わることのない異形の存在や偉大な神を身近に感じられる、これはこの先どんなに努力して手に入れることのできないものだろう。


 しかし私は迷いなく帰ることを選んだ。

 家族を捨てる選択を選ぶ事はできないしまだ私はやりたいことがある。


「承知しましたではこの泡沫の夢を終わらせましょう」


 その選択を聞き終えると少女はそう言葉を告げ衣服から取り出した鈴を鳴らす。


 少女の言葉と鈴の音を聞き終えるとともに視界がぼやけ眠気が襲ってくる、次第に目の前は暗闇に包まれていった。




「はっ!?」


 目を開くとそこは目指していた駄菓子屋が近くにある神社の縁側だった。

 周囲は完全に暗闇に包まれている、暗さ的に少なくとも九時以降だろう。


 さっきまでの経験は一体なんだったのだろう。本当にあった出来事なだろうか?それとも夢だったのだろうか?意味のない自問自答をしていると遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。


 私の経験したことを両親と祖父母に話したが信じてもらえることはなかった。


 しかし仮に先程までの出来事が夢であろうと現実であろうとも私は現世で生きることを選んだのだ。ならばあの経験は一生に一度の貴重な経験だと思えば良いのだろう。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 随分と昔の出来事のを懐かしみながら思い出す。

 あれから色々と調べた。彼が言っていた迷い家や迷い里と呼ばれる伝承は本当にあり、その昔から語り継がれる怪異現象にあそこでの経験は類似していることや髪は黒く目も黒色だったがあそこで出会った少年に似た人物が私が迷い込んだ数年前に行方不明になっていることを知った。それも彼が行方不明にになった際は電車で一人旅をしに行った時のことらしい。


 私は今、数十年前に通った道をなぞり歩いている。あの少女が言った通りに二度目は無いのかもしれない、そもそもあの記憶は現実だったのか夢の産物だったのかも定かではない。しかしもう一度行けたのなら今度はあの人里を見て見たいと思う。


 祖父母の村は来年にはダムに沈むことが決定された。今年までしかこの場所に来ることができない。


 ならば駄目元で試し、運良く迷い込めたのなら今度は案内してくれた彼に最新のゲーム機にソフトのみやげでも渡してお礼の一言でも言おうじゃ無いか。

誤字脱字、また感想等がありましたら気楽にコメントください。

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