わたしがあなたを嫌う理由2
閲覧ありがとうございます!
前回の続きです、今回でとりあえず一区切り。
最後の方にルーカス視点が入ります。
おや。
思いもよらなかった言葉に、思わず顔をあげる。視線の先にいたルーカス・フィクセルは相変わらずカチコチの顔をして、真っ直ぐに騎士を見ていた。
「な…フィクセル様は、フラール家の肩を持つと言うんですか!?いくら王太子の正式な婚約者だからって…」
上司の賛同を得られなかったことに焦ったのか、新人騎士が少し声を荒げる。そりゃそうよね、私だって驚いたわ。こんな物言い、まるでフラール家に肩入れするみたい。
「肩を持つ持たないの話ではない。ただ、王太子妃は人とは違う力を持っている。それだけの話ではないのか。確かに過ぎたる力は悪を生むとは言うが、王太子妃はやたらに力を誇示するお方ではないようだ。判断材料が無い今、良い悪いは断言できない。魔女など、滅多なことは言うべきではない。」
「いや、それは…」
「それに、侍女にしたってそうだ。彼女は仕事をしているだけではないのか。魔法で生み出されるものは、全て王宮の検閲済みなはずだ。であれば害はないはず。周りのものと仕事のしかたが違う、それだけで差別をするのは感心できない。」
なんとまあ、どこまでも真面目で、どこまでも堅くて、だからこそ、どこまでも平等で公平な人だ。しかも物言いまで率直。今時、ここまで実直な人も珍しいのではないか。
正直に言おう、とても嬉しかった。マリアーネ様の婚約者である、王太子の一番の部下がこんなに実直な人なのだ。王太子が、悪い人なはずがない。
だが新人騎士にとっては、この台詞は自分の考えの足りなさを指摘されるものであったのだろう。恥じ入ってそのまま黙れば良かったものを、焦った騎士はとんでもないことを言い放った。
「…ル、ルーカス様、そんなことを仰るだなんて…まさか、フラール家にたぶらかされたのですか!?確かにどちらもなかなか整った顔の女ですが……ああ、ルーカス様ともあろう堅いお方が、女性に陥落するとは……」
な、な、なんて失礼な!
思わず壁を掴んだ手に力が籠る。怒りで滲み出た魔力が水に姿を変え、壁と地面をびしょびしょに濡らす。
なんて侮辱。数々の悪口を受け流してきた私でも、今のだけは許せないわ。マリアーネ様が、王太子以外の方を惑わせたとでも?私が、はしたない手を使って男を囲いこんだとでも!?許せない、絶対に!
処罰覚悟で、新人騎士に魔法で水のひとつでもひっ被らせてやろうと思った瞬間、ルーカス・フィクセルは、騎士に向かってまたもピシャリと、恐ろしい程の迫力をもって言い放った。
「滅多なことを言うべきではないと言っただろう!マリアーネ様は、王太子の婚約者だ。それを、お前は…どういう意味かわかっているのか!」
それを聞いた新人騎士が、はっとした顔をし、思わずといった体で背筋をピンと伸ばす。これは、凄いぞ。ヴァルマール王国名物、ルーカス・フィクセルのお説教。噂には聞いていたが、物凄い迫力だ。思わず叱られてない私の背筋までピンと伸びてしまった。
いやしかし、さすがだルーカス・フィクセル。私の言わんとすることを全力で言ってくれた彼を、私は心の中で褒め称える。
そうだそうだ!マリアーネ様はそんな人じゃない!わかってるじゃないかルーカス・フィクセル!いい人だなルーカス・フィクセル!
心の中でやんややんやと勝手に歓声を送っている間にも、彼のお説教は続いているようだ。そこで調子にのって、もう少しだけ、と壁から身を乗り出したのがまずかったのか。
「…それに、侍女殿にたぶらかされるなど。いい加減にしろ、彼女はそのような人間ではない。そもそも…」
ふと視線をあげたルーカス・フィクセルと、突然、目があってしまった。
あっばれた。
ぶわっと冷や汗が全身から出る。心臓がばくばく音をたてる。トキメキじゃない、これは危機感。
驚いたのは向こうも同じようで、珍しく、その目が少しだけ見開かれた。
ど、ど、どうしよう。
私が呼吸も瞬きも何もできずに「しまった!」という顔で固まっていると、先に硬直が解けた相手がスッと目を細める。えっ何だその顔は。何だ、その…氷のような、鋭い視線は。
まさか先程のように厳しいお説教でも飛んでくるのか。盗み聞きしていたから?なんてこった。完全に私が悪い。
恐怖でさらにカチコチになった私を鋭い目で貫きながら、相手は、ルーカス・フィクセルは---
---冷たく笑いながら、こう言った。
「……彼女のような体型の女性に、私は欲情できない。」
……は?
その台詞を聞いた私も、新人騎士も、ぽかんと口を開けてしまった。
私のような体型には、欲情はできない?
自分の胸に手を当ててみる。……絶壁、もとい慎ましやかである。
自分の慎重を思い出してみる。…平均より、大分低い子供身長である。
ちなみに私は18なので、両方ともこれ以上の成長は見込めない。大人でありながら子供体型、別の世界で言う"合法ロリ"である。
つまり、彼が言いたいのは。
「つるぺた合法ロリは残念ながらノーサンキュー」
……り、り、立派な悪口じゃねえか!こいつ!
カッと頭に血が昇る。許してなるものか、ルーカス・フィクセル!ただじゃすまねえぞ、ルーカス・フィクセル!この、この…!
勢いのまま、角から飛び出して二人の前に仁王立ちする。突然の登場に驚く二人を無視して短く、鋭く詠唱を唱える。食らえ、最大出力。いっそのこと二人とも溺れてしまえ!
「この、変態騎士!ルーカス・フィクセル、あなたなんて、こっちからお断りよ!」
その日、王宮裏では突然の小さな津波と、その後にびしょ濡れになりながら呆然とする二人の騎士、そして涙目で奇声を発しながら逃走する侍女の姿が目撃されたそうだ。
---これが、私がルーカス・フィクセルを天敵として認識した切っ掛けである。お分かりいただけただろうか。彼が、最低最悪な変態騎士であると言うことを。
その日、全身全霊で魔力を放出した私は駆け込んだマリアーネ様の部屋でぶっ倒れた。…私が保持することのできる魔力量は、見た目の通り、元々とんでもなく少ないのだ。小さくても津波は津波、大量の水を一気に飛ばした私は限界だった。
熱を出しながらうんうん唸り、たまに「豊胸…豊胸って、どうすれば良いんでしょうか…」とうわ言のように呟く私を、べしょべしょの絞りきれていないタオルを私の頭にのせながら、「マッサージかしら…?あとは食べ物かしらね…?」と真剣に返答し懸命に看病してくれたマリアーネ様。やっぱりなんて優しい人なんだ。その優しさが胸につまっているからこそ、マリアーネ様のは大き…いや、何でもない。なんて失言だ。
ともかく、こうして私にとって、ルーカス・フィクセルは天敵となったのだった。許さない、決して。
「…ルーカス様、今のお言葉はちょっと…」
「ああ…」
いましがた起こったことに呆然としながら、先程の台詞を言い放った自分の口に手を当てる。
「彼女のような体型の女性に、欲情できない」、彼女にとっては、最悪の罵倒だろう。彼女自身、無自覚ではあるものの、体型を気にしているように思えたから。
自分でもあそこまで言うつもりは無かったのだ。そもそも、女性の、しかも本人の目の前で性事情について話すなどとんでもないことである。そして女性の魅力は、決して豊満な胸や高い身長だけではない。彼女、エマだって十分魅力的な女性である。それをわかった上で、それでもあの台詞を言ってしまった。
有り体に言って、先程の自分は最低だろう。普段であれば、絶対にしないことであった。
「話を降った私も悪いのですが、ちょっと、いやかなりまずい発言だったのでは……」
「……わかっている、わかってはいたんだ。」
「ではなぜ、ルーカス様らしくもない…」
そう。なぜ、そんな心にも無いことを言ったのか。自分でも、はっきりとしたことはわからなかった。ただ、1つだけ言うのならば。
「彼女を……泣かせて見たかったのかもしれない。」
「えっ」
あの強気で、いくら悪口を言われようとも決して屈しない彼女を、この手で。
客観的に見れば、とんだ変態である。