私があなたを嫌う理由1
閲覧頂き、ありがとうございます!
今回は長くなってしまったので2部制です。
そもそも、あいつを……ルーカス・フィクセルを天敵として認識するようになったのは、マリアーネ様が婚約を結ばれた直後。つまり、私達が揃ってこの城に越してきたすぐ後の、とある事件がきっかけなのである。
その事件について話す前に、私達の身の上について、少しばかりご説明させて頂きたい。
マリアーネ様が、そして私が住んでいたのはヴァルマール王国の中でも端の端、ド田舎のメーエル地方だった。その地に家を構える伯爵家が古より代々続くフラール家。なんでも聞いたところによると、昔々、まだ隣国との大規模な戦争が行われていたとき。フラール家は不思議な術を使い、王家を助けたそうな。その後戦が終わり平和な時代が訪れると、当時の王家は恩賞としてこのメーエル地方を領地として与え、術を後世へ伝えていくようにと定めたそう。まあメーエル地方は最も戦いが激しかった隣国と接する土地だから、念のための防衛を任されたとも言える。術が使えるのは国中を探してもフラール家と家に仕える使用人達の家系だけ。
因みにマリアーネ様は希少とされる聖なる術や癒しの術を得意とされている。さすがはマリアーネ様!勿論私も使えますとも、なんてったってマリアーネ専属侍女だもの。得意なのは水の術。お洗濯とお掃除に物凄く役に立つ、使用人として誇り高き術です。ええ。
そういうことで、フラール家の人間は、昔から不思議な術……魔法を生計を立ててきた。国内で反乱があれば、そこへ行って国の傭兵をし、また国内に病魔の手が忍び寄れば、聖術を使って人を癒し。辺境といわれるこの地で、採れる資源こそ決して豊かではないものの、フラール家は魔法のおかげでそれなりに良い生活を送ってきた。
……20年くらい前までは。
ここ20年、フラール家はゆっくりと貧乏貴族になっていった。現当主であり、マリアーネ様のお父上であるハロルド様によれば、理由は「平和になりすぎたせいで魔法が必要とされなくなったから」らしい。確かに最近はめっきり反乱も起こらず、また流行り病も医療の進歩のおかげで大きいものは無く。つまり、フラール家に依頼が全く来なくなったのだ。
いやまあ、平和なことは良いことである。良いことではあるのだが、魔法の他に収入の手段がほぼないフラール家にとっては頭の痛い問題であった。因みにメーエル地方は過疎地も過疎地なので税による収入は見込めません。なんてこった。
しかしこのまま黙って没落する訳にもいかない。フラール家は一大決心、マリアーネ様を王家へと嫁がせることにしたのだった。本人も「お父様とお母様の、フラール家のためになるなら」と覚悟を決め、王都であるヴァルマール直轄領へやって来たのだった……。
少し前置きが長くなってしまったが、まあつまりはこうだ。
「気味の悪い怪しい術を使う貧乏貴族が、金目当てで嫁いできた。」
自分で言うのもなんだけど、印象は最悪ね。
そんなこんなで、フラール伯爵家令嬢マリアーネ様は王宮にやって来たときから周りに避けられ、ヒソヒソと噂され、悪意が向けられることはあれ善意なんてこれっぽっちも向けられることはなかった。なんてお痛わしい…。
そして、勿論マリアーネ様の侍女である私も例外ではなく。王宮の新たなる仕事仲間にはじめましての挨拶をしたときから避けられ、普段の仕事をしていても目も合わせられず、あげくのはてに陰口まで叩かれる始末…泣いてない、泣いてないわ。ええ、誰が泣くものですか。マリアーネ様が直面されている苦しみはこんなものじゃないのよ!そう自分を鼓舞しながらマリアーネ様に寄り添い、仕事をこなしていたある日---ようやくここまで来た、長かった---事件は起こったのだ。
それは、私が仕事を終えてマリアーネ様のお部屋に急いで戻ろうと王宮の裏道を歩いていたとき。
ふと、目の前の曲がり角から男性の話し声が聞こえてきた。
「……は……フラール家が………」
そしてそのまま足を止め壁に張り付いた。いや別に、盗み聞きしようとか、そういうわけではない。そういうわけではないが、やっぱり自分が所属する家について話されている場に堂々と出ていくのは、少し気まずいのだ。特に王宮で腫れ物扱いされているフラール家にとっては。
角からそっと顔を出して、様子を伺ってみる。そこにいたのは、王家に所属する騎士二人のようだった。
一人は、新人だろうか。真新しくピカピカとした剣を携え、パリッとした制服を着ている。そしてもう一人は……
(……確か、ルーカス・フィクセル……王太子の唯一の直属騎士、だったはず…)
そう、アルベルト様とマリアーネ様の初めての顔合わせの時に、アルベルト様の近くに控えていた人物だった。お二方がお互いのあまりの美しさに見惚れあっている間、私も彼に挨拶をした覚えがある。
表情までカチコチの、いかにも真面目でお堅そうな騎士だった。あと物凄いイケメン。でもこちらが誠実に挨拶をすれば、微妙に顔を緩めてまた誠実な挨拶を返してくれるような、なかなか好感が持てる人だったのだが……。
「…にしても、やっぱりフラール家の力は怖いですよ。何ですか、一瞬で怪我を治せるって…ありえません、きっと何かの弊害を生むだけです。それに、あの侍女だって魔法で変なところから水を出して洗濯掃除し始めるって噂だし…訳の分からないところから持ってきた水で、王宮を汚されたらとんでもない。…正直、魔女なんて今時気味が悪いです。そう思いません?」
新人騎士だと思われる方が、ルーカス・フィクセルにそう話す。どうやら新人騎士は、フラール家がお嫌いらしい。
ああ、またか。気づかれぬよう、静かにため息を吐く。こんな陰口を聞くのは、これがはじめてではない。もう何度も聞いてきた。でもだからって、何度聞いても、人の悪意に慣れることはできない。ずん、と心が重く沈み混む。
あの真面目そうに見えるルーカス・フィクセルも、仲間にこんなことを言われれば「ああ、そうだな」なんて同調してしまうのだろうか。ここで同意しないということは、つまりフラール家の肩を持つということ。王太子の正式な婚約者とはいえ、王宮内でほとんど味方のいない今は立場の不安定なフラール家につくということは、同時に彼の立場を危うくするということだ。要するに虐めだ。甚大な権利と金と地位が絡んだ、ただの虐めなのだ。
いくら王太子に一番近い者とは言え、彼だってそれなりに地位は惜しいはずだ。正直、ここでフラール家を批判しても、おかしくはない。しょうがないのだ。これが、貴族社会なのだ。
彼がそう言ってしまう場面を見たくなくて、うつむきそうになった私の耳に、しかし、意外な台詞が入ってきた。
「いや、そうは思わないな。」