仲良く喧嘩しな
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ヨーロッパ風の町並にそびえる、白亜の城……ここは豊かで輝ける王国、ヴァルマール王国。
その城内では今まさに、国王陛下と王太子妃の結婚式の準備が進められていた。
「綺麗だ、マリアーネ……愛している。君をもう、絶対にこの手から離さないと誓うよ。」
蜂蜜色の髪に、整った顔立ちの男性……王太子、アルベルト・ヴァルマール様が目の前の相手の手をとり囁く。
「アルベルト様……私も、同じ気持ちです。絶対に、お側を離れません。」
手をとられ、幸せそうな笑顔で王太子を見つめ返す、王太子妃となる女性……元伯爵令嬢、マリアーネ様が言葉を返す。
婚姻の準備の間で見つめ愛ながら囁き合う二人の美しさに、思わず感嘆のため息を漏らす周りの侍女達、護衛の騎士達、そして-
「うっ…こんなに…っこんなにお綺麗になられて、うぇっ…こんなにご立派にっひっ…なられてぇ…っ!!!」
ぶえぶえと号泣しながらマリアーネ様を褒め称える私……マリアーネ様専属侍女の、エマ。
「ありがとう、エマ。でもそんなに泣くと目が溶けてしまうわ。」
ついにぶええびええ、と汚い声まであげ始めた私の肩に触れながら、私をお気遣い下さるマリアーネ様…なんと、なんとお優しいことか!
「この一年間、あんなに…っ苦労されたのに…っだめです思い出すだけで涙が止まりません!誰が止められるものですか!無理です無理!」
ぶええ、を通り越してびゃああと雄叫びをあげる私の肩を優しく撫でて下さるマリアーネ様の隣には、私たちを優しく見守るアルベルト様。
このマリアーネ様とアルベルト様、今でこそこうして無事に結婚式をあげようとしているのだが、ここに至るまでの道のりは長かった。それはもう、波乱万丈といっても過言ではなかった。
ド田舎のド畜生貧乏伯爵の一人娘として生まれたマリアーネ様。家を建て直すため、マリアーネ様のご実家……フラール家が代々魔法使いとしての力を受け継いでいるというアピールポイントを生かし、何とか王太子様の婚約者になったは良いものの、アルベルト様の家柄、財産、はたまた顔(アルベルト様の顔は神が直に造形したのかと思うほど美しい。激ヤバである。)に並々ならぬ執着を持つ悪役令嬢やら異世界から呼ばれた聖女やら騎士(ちなみに男だ)やらなんやらはそれを許さなかった。悪役令嬢からの犯罪紛いのいじめを受けたり、王太子が聖女に騙されそうになったり、騎士とのウホッな罠に陥りそうになったり…二人は時にすれ違い、時に想い合いながら、だんだんと距離を縮めあっていった。ただの政略結婚相手から、次第に想い合う仲に。私もなかなか思うようにいかないお二方を、もだもだしながらはらはらしながら見守っていたのだが…。
ようやく!やっと!この時が!!!
「よがっだでず…ぼんどうに、よがっだでず…」
ついに声に濁点が着くようになったが、気にしない。多分顔面デロデロだけど、気にしない。
慈悲深く、カリスマを持ち、公平で秩序と正義を愛す、アルベルト様。正直、いくらマリアーネ様が美しくお優しく意外と逞しいとはいえ、無事に王太子に嫁ぐのはかなり厳しいのではないかと思っていた。それにあくまでこれは政略結婚だ。アルベルト様がマリアーネ様を愛すようならなければ、また逆にマリアーネ様がアルベルト様を愛すことがなければ、これはただの悲劇の結婚式だ。
だからこそ、マリアーネ様がこんなに幸せそうな笑顔を見せるときが来るとは思わなかった。この笑顔がこの先も輝くのならば、私はもう何もいらない。不満などあるはずもない。
そう。不満など、あるはずがない。のだが…
その時、コンコン、とドアを叩く音、そして「失礼します」と硬い声が部屋に響いた。
その声を聞いた瞬間、私はピタリと泣き止み、そしてドアを、正確に言えば、ドアの向こう側に居るやつを睨む。
ガチャリ、とドアノブを鳴らしながら入ってきた男を見て、私は苦虫を口のなかで磨り潰してしまったような、マリアーネ様に言わせれば「天敵発見!」とでもいうような顔をした。
一人だけ。一人だけ、この城でどうしても気にくわないやつがいるのだ。
王太子第一護衛騎士、堅物ゴリゴリ鬼畜御騎士様(これは私がつけたあだ名だ)、ルーカス・フィクセル。
私の天敵であるこいつの存在だけは、解せない。
出ていけ~さっさと出ていけ~お前に用はねえ~。そう念を込めて部屋に入ってきた男を睨み続けると、自分を見つめる熱い視線(もしくは殺意)に気づいたのか、ルーカス・フィクセルはこちらを横目で見て、目を細め、「ふん」と小さく鼻を鳴らした。
な~にが「ふん」よ気どってんじゃないわよこの鬼畜騎士!何よ!気に入らないとこがあるならはっきり言いなさいよ!そりゃまあまずは先に王太子様とマリアーネ様への挨拶を済ませなきゃいけないでしょうけど!?だったら私なんてスルーしなさいよ何先に私の方見んのよあげくの嘲笑やめろや!ぐぎぎぎぎ!!!
何処までも気にくわない男だ。まずそのイケメンな顔面から気にくわない。こんなに性格が悪いくせに、猫かぶりが上手いのかどうか知らないが、他の侍女達からは絶大な人気があるところも…皆騙されるな、特にそこの侍女3人組、うっとりするのはやめなさい。「今日もお美しい…」じゃないのよ。あいつが美しいのは顔面だけ。心なんて真っ黒よ。
ふーっしゃーっと猫宜しく威嚇し続ける私を無視し、あいつは真面目ゴリゴリの表情でマリアーネ様とアルベルト様の前に進み、片膝をつける。
「本日は、誠におめでとうございます。アルベルト様、マリアーネ様が末永く寄り添われますよう、心から願っております。」
おっかた~い挨拶をカタカタカタカタ。アルベルト様でさえ堅苦しさに苦笑してるじゃない。
「全く…お前は変わらないね、ルーカス。しかしありがとう。いつも一番側にいてくれた、お前から手向けられた言葉は何より嬉しいよ。」
「申し訳ありません、生まれつきですので。…しかし、ええ、本当にご立派になられた。マリアーネ様も、本当にお綺麗に。」
褒められたマリアーネ様は、軽く微笑み会釈をする。
まったく当たり前だろう!何だってマリアーネ様だからな!これでマリアーネ様に何も言わなければ、ドロップキックのひとつでもかますとろこだった。なんたって私は今威嚇体制だからな、ノーコンでできる。ノーコンで。
「本当に、お二方はこんなにご立派にされている…」
そこであいつは不自然に言葉を切り、ついでに息を大きく吸い、盛大なため息を吐く。あっもしかしてこれ。
「…と、いうのに。」
突如、ルーカスは立ち上がりくるっとこちらを向く。その表情は、そう、例えるなら氷。絶対零度。マリアーネ様を褒めたときは微笑んでたのに。この豹変ぶり。
やっぱこれあれだ、お説教モード。やばい。
あまりの変わり身の早さにぞっとし、うっかり反応が遅れた。その一瞬が、命取り。
ずかずかと私との距離を詰めたルーカス・フィクセルは、その無駄に大きな手で、私の非常に柔らかいほっぺをわしづかむ。それはもう、がっしりと。
い……痛い!!!
「いひゃいいひゃいいひゃいいひゃい!」
「なんだお前は!この顔面は!この顔で式典へ出るつもりか!?」
王太子夫婦の御前だというのに、ガミガミ怒鳴り始めるルーカス・カタブツ・フィクセル。
頬が痛くてお説教どころじゃない私。
ちょっとした修羅場である。
「いひゃいーーー!」
私の柔肌が!乙女の柔肌が!蹂躙される!
助けて、か弱い侍女が騎士に暴力を振るわれてるのよ、助けて!
そんな気持ちを込めて周りを見渡すも、周囲は「また始まった…」とでも言わんばかりの呆れ顔。
えっどうして。あっマリアーネ様まで、そんな、どうして困った顔されるんですか!アルベルト様、貴方の第一の部下ですよ!止めて下さっても良くないですか!?
必死に周りに助けを求めようとする私を見て怒りが増したらしい、ルーカス・フィクセルはさらに力を手に込める。あれっ今メキッて言わなかった?
「話を聞け!!!」
「びゃあああ!!!」