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辛い×甘い=恋の味?  作者: 黒辺あゆみ
2話 不良とエリートと巻き込まれた私
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3 ついでに甘味も

お腹も胸もいっぱいになったところで、二人は店を出た。

 待っている客のためにも、長居は厳禁である。


 ――私はすっごい満足なんだけど。


 小坂の方はどうだろうか?

 薫の弟だと「今から本番!」だとか言いそうだが。

 食後のデザートなんかはいらないのだろうか?


「先輩、甘いものも行きますか?」


薫がうかがうように見ると、小坂が見下ろしてきた。


「お前は入るのかよ?」


薫の腹具合を気にしてくれるらしい。


 ――少し歩けば、一口分くらいは入るかな?


 今幸せな気分なので、一口のために頑張れる気がする。


「食べれなくても、鑑賞するのは好きです。

でも一口貰いたいです」


一口しか食べられないので、率先して甘味へ突撃はできないが、付いて行くのは大歓迎。

 薫の立場としてはそんな微妙なものなのだ。


「ま、お前がいいって言うなら、行くか」


やはり小坂は物足りなかったらしく、すぐにその気になる。

 というわけで、薫たちは甘味巡りもすることとなった。


「食べるのは先輩ですから、店のチョイスは任せます」


薫がそう告げると、小坂はしばし考える素振りをする。


「クドいもん食う気分じゃねぇなぁ」


小坂がそんなことを呟きながら歩き出す。


「あ、私の消化促進のために、遠回りでよろしく!」


「……のんびり歩くか」


薫のお願いに、小坂は面倒がらずに頷いてくれた。

 出会った最初のイメージとは違い、なかなか親切な不良である。

 近くに広い公園があったので、そこを散歩しながら進み、しばらくしてたどり着いたのは。


「喫茶店、ですか」


薫は看板の下がった古めかしい造りの建物を観察する。

 先程の中華食堂とは違って行列もなく静かで、いかにもツウが通いそうな店である。

 薫一人だと入り辛いであろう店の入り口を、小坂は物怖じせずに開ける。


「いらっしゃいませ」


いかにも「マスター」といった雰囲気のおじさんが、カウンターから落ち着いた声で挨拶をする。

 時刻は昼を過ぎたところで、店内には数人客がいる。

 食後のコーヒーを飲みに来た人たちだろうか、年齢層は若い人から年倍まで幅広い。


 ――なんか、先輩のイメージと合わない店だなぁ。


 不良はこんな喫茶店を知っているものなのだろうか。

 首を捻る薫を余所に、小坂は丁度開いていたボックス席へと向かう。


「ここ、コーヒーが美味いんだけどな。

 コーヒーゼリーもイケるんだ。

 井ノ瀬、ゼリーなら食べれるんじゃないか?」


小坂が席へ座りながら、そんなことを言う。


 ――まあ、ゼリーってほぼ水分だし。


 スイーツの中でも薫に優しい部類だろう。

 そこまで考えてくれてのチョイスだとしたら、少し、いや、かなり嬉しい。


「ふへへ」


薫は変な声を漏らしつつ、メニューを見る。

 コーヒーの種類が豊富で気になるところだが、ここはやはり小坂お勧めのコーヒーゼリーだろう。

 二人でコーヒーゼリーを注文したところで、薫は気になることを聞いてみた。


「先輩、このあたりに詳しいですね」


小坂を誘った時は、これほどこの場所に詳しいと思わなかった。

 疑問顔の薫に、小坂がネタばらしをする。


「小学校まではこの近くに住んでたからな。

 今でもよく出てくるし」


 ――なるほど、元地元か。


小坂がこの辺りを歩き慣れていると思っていたが、やはり土地勘があったのだ。

 今でも遊びに来るのも、地元では顔バレしやすいのと、慣れている土地だということがあるのだろう。


 ――小学生の頃の小坂先輩か、その頃はそれなりに可愛かったのかなぁ。


 それとも当時から恐れられる存在だったのだろうか。

 いわゆる悪のカリスマという奴である。

 なんとなく、カリスマであって欲しい気がする薫なのだった。


 こんな風に小坂の昔に想いを馳せていると。


「お待たせしました」


マスターが注文の品を持って来た。

 ガラスの器に入ったコーヒーゼリーで、クリームとシロップをお好みでかけるスタイルらしい。

 最初からかけてないのは、薫には嬉しいサービスである。


「いただきます!」


薫は早速、スプーンをコーヒーゼリーに刺しこむ。

 プルンとした弾力のある塊を取り分け、口の中へと運ぶ。

 ほんのりと甘さが感じられながらも、コーヒーのほろ苦さが上手い具合に効いている。

 薫には珍しく、食が進む甘味と言えよう。


「これ、イイ!」


薫の輝く笑顔に、小坂も微かに笑みを浮かべる。


「だろ? たまに食べたくなるんだよ」


 ――おおぅ、先輩の笑顔が眩しい……!


 滅多に笑わない人の笑顔というのは、一段と尊い気がする。

 けれど、薫はおかげさまでコーヒーゼリーを一個、ペロリと食べることができた。


「さぁて、満足したか?」


「はい、おかげさまで大満足です!」


店を出ての小坂の問いかけに、薫は両手を上げて肯定する。

 ゲームのように薫の満足ゲージが見えるなら、きっと満タンを振り切っていることだろう。


「じゃあ、帰るかぁ」


「了解です!」


というわけで、薫は小坂の後について駅までの道を戻り始める。

 ちなみに現在地がどのあたりなのか全くわからないので、もしここで喧嘩でもして放り出されたなら、迷って駅までたどり着けない自信がある。

 身長が違うので当然歩幅も違い、歩くのが断然早い小坂なのだが。

 意外と気配り屋なのか、ちゃんと薫の少し前を歩いてくれるのだ。

 なんとも気の利く不良である。


「でですね、美晴ってば……」


「お前ら、んなことばっかしてんのかよ」


小坂と世間話をしながら駅まで歩くと、丁度電車が到着する頃合いだった。


「わ、人が多い」


「はぐれるなよ」


駅へ移動する人波に乗る薫たちは、とある視線に気付かない。

 駅前の予備校のビルから出て来た男子が一人、笑い合ってお喋りをする薫と小坂を見ている。


「あれって、三校のキングじゃないか。へぇ、女連れねぇ」


そう零しながら舌なめずりをしているなんて、薫は思いもしなかった。



帰りの電車に揺られること三十分、先に降りるのは薫だ。


「では先輩、また学校で放課後に!」


薫は席を立ってビシッと敬礼して見せる。


 ――不良とまた会う約束とか、変なカンジ。


 ちょっと前ならば避けていた存在である小坂。

 けれど今では不良である以前に、大事な激辛仲間である。

 仲間との別れの挨拶は、「またね」しかない。

 こんな薫に小坂がびっくりした顔をした後、苦笑した。


「ああ、そうだな。また学校で」


薫はヒラリと手を振った小坂と、電車の出発ベルを合図に分かれた。

 電車のドアが閉まり、走り出す電車の窓越しにもう一度手を振る。

 あちらも軽く手を上げてくれた。


「……帰ろっと」


薫はそれから駅を出て帰る足取りも軽く。


 ――今日、楽しかったなぁ


 帰宅してもしばらくニマニマしていた薫が、弟から気味悪がられたのは言うまでもない。

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