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辛い×甘い=恋の味?  作者: 黒辺あゆみ
1話 お菓子と不良と私
3/31

2 効率的胃袋使用法

そんなことがあって時は過ぎ、週末。


「やっぱ並んでるわねー」


薫が美晴に連れられてやって来たのは、つい先日ニューオープンしたばかりのケーキ屋だ。

 有名なホテルで修業したパティシエが作るケーキが美味しくて、見た目が可愛いと評判となっている。

 店内で食べられるようにもなっていて、テラス席が満席なのが窺えた。

 薫たちは持ち帰りではなく、店内で食べるのが目的である。


「よぅし、私たちも並ぶのよ!」


「こっちにも付き合う約束だからね」


薫がそう釘を刺す。

 美晴のケーキ屋巡りに付き合い、その代わり昼食を薫のリクエストの店で食べる約束なのだ。


「わかってるって」


美晴が頷いたところで、二人は行列の最後尾に加わる。


「でさぁ」


「なにそれー!」


薫は美晴と他愛のないお喋りしながら順番を待つ間、ぼうっと視線を巡らせていると、とあるものを見つけてしまった。

 どこぞのビルの前になにをするでもなく立っている、背が高くて人相が悪くて、茶髪のソフトモヒカンの男。学校で見る制服ではないので雰囲気が違うが、見間違えるほどではない。


「ねえあれ、小坂先輩じゃない?」


「どれ、ホントだ」


薫が小声で尋ねると、美晴もその人物だと認める。

 誰かと待ち合わせでもしているのだろうか? 時折小坂に気付いて絡む不良っぽい連中を、鬱陶しそうに追い払っている。


 ――そんなとこに立ってるから、絡まれるんじゃない。


 もっと静かで人の通らない場所で待ち合わせればいいのに、と他人事ながら忠告したくなる。


「次でお待ちの方、どうぞー」


小坂ウォッチングをしていたら、いつの間にか列が進んでいたらしい。

 薫たちはいよいよ店に入る。

 テラス席に案内され、それぞれにケーキとコーヒーを選ぶ。

 ちなみに薫のケーキは一口食べた後、美晴の胃袋へ入る予定だ。


「お待たせしました~」


店員が持って来た可愛らしいケーキたちに、美晴の目がキラキラと輝く。

 薫が選んだのはラズベリータルト、美晴が選んだのは季節のフルーツのムースだ。

 薫はまずはタルトをじっくりと観察する。

 味の前に見た目で楽しませるのが、ケーキの醍醐味であろう。

 評判通り、とても可愛くて飾っておきたい出来上がりである。

 お互いに写メに納めてから、一口食べると。


「うん、美味しい!」


薫が選んだラズベリータルトは、ラズベリーの甘酸っぱさとクリームの甘さが口の中で程よく溶け合っている。


「こっちも一口食べなよ」


美晴がムースを勧めて来るので、遠慮なく一口貰う。

 フルーツの食感とムースの食感が絡んで、とても美味しい。

 薫は一口づつ食べただけだが、ケーキの残りは全て美晴の前に並ぶ。


「遠慮なくどうぞー」


「いただきます!」


薫の勧めに、美晴は目を輝かせる。

 断っておくが、薫は甘いものが食べられないわけではない。

 アレルギー持ちなわけでも、偏食で口にできないのでもない。

 ただ、甘いものを食べると胸焼けしてしまうのだ。

 許容量は一口か二口程度。今日はこれで甘味終了である。

 とにかく薫としては、ケーキの可愛さを愛でて味を確認できれば十分なのだ。


「あー幸せ♪ これは確かに並ぶ価値ありだわね」


一方、本当に幸せそうにケーキ二つを頬張る美晴は、きっと家に帰って体重計に乗れば絶望で落ち込むに違いない。


「そーだねー」


コーヒーを飲んで相槌を打っていた薫は、ふと視界の隅でまだ小坂がいることに気付いた。

 待ち人は未だ来ずといったところらしい。

 難儀だなと薫が思っていると、小坂がこちらを見た気がした。


 ――目が合ったとか、まさかね


 たぶん小坂の方は、このケーキ屋の行列を見て「物好きだな」と考えているに違いない。


ケーキを堪能したところで、二人はショッピングモールをうろついてカロリーを消費する。

 そして腹を空かせた昼食時になると、約束通り薫チョイスの店に行くこととなったのだが。


「ジャーン、ここでっす!」


「こりゃまた、すごいわね」


効果音付きで店の前で立ち止まった薫に、美晴は苦笑している。

 ここがなんの店かなんて、香りでわかる。

 数十メートル先にまで香っているカレーの香りで、しかもスパイスがキツめ。

 そう、薫チョイスの店は激辛カレーの店だった。


「最近激辛仲間に『行ったことないなんて信じられない!』とか言われてさぁ。

 カレーはチェックしていたつもりだったのに、この店は情報網から漏れていたみたいなんだよねー」


そう話す薫の目は期待でキラキラしていた。

 薫が極力甘いものを食さない理由は、ここにもある。

 それは胃袋のスペースを甘いものに使うより、辛いものに使いたいという、胃袋の効率的な使用方法に則っているものだった。


「人生で食事をする回数はほぼ決まっているんだから、できるだけ辛い物を食べたい」


薫は普段からそんなことを言っている筋金入りだ。

 甘いもので胸焼けを起こしている場合ではないのである。


「普通のカレーはあるんでしょうね?」


「あるみたいだよ、あまり出ないみたいだけど」


辛さの耐性が人並みの美晴は、それだけを確認できると安心したようだ。


「じゃあさっさと行くわよ」


「オッケー! 楽しみだなぁ♪」


薫はテンション高めで店に入っていく。


「いらっしゃいませ!」


威勢のいい掛け声に迎えられた店内は、空気中に漂うスパイスの香りで若干目に染みた。

 これはなかなか良さそうだと、薫は目をシパシパさせながら期待で胸が膨らむ。

 店内はそう広くなく、カウンター十席とテーブル席三つという席数で、なかなかに混みあっている。

 テーブル席は埋まっており、カウンターも二席続けて空いていなかったが、先客が親切にも詰めて空けてくれた。


「ありがとうございます」


薫が動いてくれた客に礼を言うと、先方はニヤリと笑う。


「若い女の子かぁ、ここは辛いよ~?」


恐らく知ってて入ったのかと聞きたいのだろう。

 激辛料理は知らずに食べると酷いことになるので、相手なりの親切だと思われた。


「そんなに? うわぁ俄然期待しちゃう!」


「……普通のカレーは、本当に普通なんでしょね?」


キラキラ顔の薫と、若干引き気味の美晴。


「ノーマルの奴は、一般的な辛口程度だよ」


「あ、そう? ならよかった」


あまりにビビっている美晴は、逆隣の客にそう教えてもらって安心していた。

 薫が頼んだのは、当然激辛度最強のカレーだ。

 そしてそれぞれに注文して、待つことしばし。


「お待たせしましたー」


「うわぁ!」


「うわぁ……」


店員によって運ばれて来た明らかに色が違う二皿に、二人同時に声を漏らす。

 しかし同じ声でも薫と美晴でテンションが異なる。


「なに薫の皿のこの色、見ただけで口の中が辛いんだけど」


「わぁお、わぁお!」


げんなりする美晴と、テンションマックスの薫。


「こちらもどうぞー」


そして薫の前に練乳ドリンクが置かれる。

 恐らく辛くてギブアップする人用のものだろう。

 あまり知られていないが、辛さを中和させようと水を飲むのは逆効果だったりする。

 激辛界の常識である。


「いっただっきまーす!」


薫は早速スプーンに掬ったカレーを口に入れる。


 ――うん、そこそこ痺れる辛さ! そして美味しい!


 評判通りの味に、薫は食べながら身悶えする。

 辛さと美味しさを両立するのは、味がスパイスに負けてしまいがちで意外と難しいのだ。

 そんな薫をジト目で見ながら、美晴も恐る恐るカレーを口に運ぶ。


「いだだきます……あ、美味しい」


恐れていた辛さが襲ってこなかったのか、美晴の頬が緩む。


「えー、一口食べたい、交換しよ!」


「いいけど、私はアンタのは絶対いらないわ」


薫が一口欲しがると、美晴はお返しを断固拒否して皿を寄せてくれた。

 食べたら普通以上に美味しいカレーである。


 ――このカレー屋、激辛を売りにしなくてもきっと流行るんじゃない?


 ということは、激辛は店主の趣味だろうか。

 ともあれ、本日の激辛昼食は非常に大満足な結果となった。

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