3 イケメン怖い
出かける先は、前回と同じエリアとなったのだか。
「大丈夫ですかね?」
薫は不安を口にした。
なにせ例の「不良狩り」のリーダーの男子に目撃された縁起の悪い場所なので、当然一抹の不安はある。
薫の心配に、小坂が返した答えはというと。
「むしろ、一番の不安材料がアイツだからな。
逆にアイツさえ押さえておけば、他は心配ない」
だそうだ。
不良というのは基本的に自分たちのテリトリーがあり、その外ではあまり活動しないらしい。
理由は、他の学校の不良に絡まれるから、とのこと。
――なんか、野生動物みたい。
それで言うと、小坂は一匹狼ということか。
その点、このエリアにある学校は進学校が多く、不良人口が圧倒的に少ないのだとか。
例外があの「不良狩り」というお坊ちゃん型不良である。
ちなみにあのリーダーの彼は、薫と小坂を予備校のテストに行った帰りに偶然見かけたらしい。
――そう言えば、駅前に大きな予備校があるね。
「出没の心配があるのはアイツだけで、アレはシメといたからもう大丈夫だろう」
小坂が自信ありげに告げる。
確かに彼以外の人に、二人で出かけたことを知られた形跡はない。
それに、あのエリアは遊ぶのに便がいいのも確かだ。
というわけで、迎えた週末。
そわそわウキウキしているのが美晴にもバレるが、誤魔化しながら今日まで凌いだ。
前回同様に電車内での待ち合わせで、薫は指定された車両まで移動する。
――あ、いた。
小坂は目立つ人なので、すぐに発見できた。
というか、目立ち過ぎている。
帽子で茶髪のソフトモヒカンを隠し、メガネを装着したことで、確かに一見小坂とわかり辛くなった。
けれど、一方でイケメン度が増している。
――誰よ、あの人に眼鏡をかけさせたの! 私なんだけど!
薫は自分の提案を後悔していた。
不良アピールをしているソフトモヒカンが無くなれば、カッコよくなるのは知っていた。
けれど、伊達眼鏡一つでここまで印象が変わるとは。
イケメンおそるべしである。
周囲にいる中高生の女子どころか、大人の女も小坂を気にしている。
チラチラどころではなく、ガン見されている小坂は居心地が悪そうだ。
イライラしている様子が、手に取るようにわかる。
――ヤバい、前に増して近寄り辛い!
このまま駅に着くまで隣の車両に乗っていたくなった薫の存在に、とうとう小坂が気付く。
バチッと目が合った、次の瞬間。
『早く隣に座りやがれ!』
ギン! とこちらを睨む目が、そう語っている気がした。
この小坂の本気の視線の圧力に、薫が抵抗できるはずもなく。
「へへ、どうも、すみません通ります」
周囲の刺々しい視線を集めながら、乗客の間を縫うように進んだ薫は、ようやく小坂の隣に座る。
「遅ぇんだよ!」
「やぁ、混んでたんで、ハハハ」
小坂の文句にそう応じる薫は、自分でも言い訳が白々しいと思う。
ところで、前回は昼食に合わせて待ち合わせだったが、今回は午前九時頃に目的の駅へ着く予定である。
朝から出て来たのには、理由があった。
本日の目的地の一つである、プラネタリウムの上映時間に合わせるためだ。
プラネタリウムという場所を提案したのは、なんと小坂の方である。
「プラネタリウムなんて、幼稚園の時に連れて行っててもらったきりです」
「俺は小学生の頃、学校の課外授業で結構来たぞ」
なんと小坂の方が薫よりもプラネタリウム経験度が上らしい。
学校付近に文化施設が充実していると、課外授業も楽しそうで羨ましい限りだ。
――それにしても、意外なんだけど。
小坂からプラネタリウムという選択肢が出て来るとは、思いもしなかった。
遊ぶ先にゲームセンターなどのアミューズメント施設を選びそうなのに。
これが薫と美晴だったら、雨の日に出かける先はショッピングモールでウィンドウショッピングだとほぼ決まっている。
――女より男の方がロマンチストだってテレビで言ってたけど、本当なんだなぁ。
そんな感想を抱きつつ電車に揺られること三十分。
電車を降りて週末で込み合う駅の構内を脱出し、今度はバスに乗ってプラネタリウムのある科学館に向かう。
そして到着した科学館は、雨という出かけるのに向いていない悪天候にも拘わらず、客で混み合っていた。
「へぇ~、プラネタリウムって人気があるんですね」
プラネタリウムが身近でない薫は、この混みようがいまいちピンとこない。
「雨だからじゃねぇか?」
そんなことを言う小坂の説明によると、梅雨の雨続きで天気が悪いこの季節、「綺麗な夜空を体感したい」という人が多いそうで。
「なるほど、気分だけでもスカッとしたいんですね」
その気持ちは薫にもわかる。やはり梅雨時期の晴れた空は格別に気分がいいものである。
加えて入館料が映画に比べて安く、ここは高校生までが三百円、大人が六百円。
星の勉強にもなるし、雨の日のお出かけ先にはぴったりというわけだ。
薫たちはプラネタリウムのチケットを買って、館内の自由に見学できるスペースをウロウロしながら上映時間まで待つ。
同じように時間を潰す人々が、薫の視界に入るのだが。
――なんだかなぁ。
プラネタリウムという場所柄、子供連れが多いのはわかっていた。
けれど、予想外にカップルが多い。あれか、暗闇の中でムードが出るからとかいう理由だろうか。
――これ、美晴と来たら寂しくなるヤツかも。
自分たちも、傍から見るとカップルに見えるのだろうか。
そんなことを考えているうちに上映時間となり、プラネタリウムの入り口に並ぶ。




