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辛い×甘い=恋の味?  作者: 黒辺あゆみ
4話 餌付けしたのか、されたのか

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24/31

1 小坂のフルネーム

雨の季節も末期となり、最近土砂降りの雨が続いていたが。

 今日は梅雨の中休みなのか、珍しく朝から晴れている。


「あー、体中から湿気が湧き出てそう」


渡り廊下を歩く薫の気分は、日向で干されている布団だ。

 着ている制服もどこかジメッとしていたのが、だんだんパリッとしてきている。

 やはりお日様の力は偉大である。

 現在、昼休みが始まったばかり。

 薫は今日弁当がなく、尚且つ寝坊してコンビニに寄る暇がなかったため、売店にパンを買いに行った帰り道。

 美晴は弁当なので教室で待っているため、薫は今一人だ。

 無事パンをゲットして美晴の待つ教室へ帰っているのだが、途中で例のヌシ猫を見つけてしまい、ナデナデしていたりする。


 そんな薫だが、実はここのところ、ずっと気になっていることがあった。


 ――小坂先輩、下の名前はなんていうんだろう?


 小坂は「小坂先輩」としか知らず、フルネームは情報が出回っていないのだ。

 小坂とは一緒にいるのを見られることで、薫の普段の素行を疑われるのを避けるため。

 そして先日の「不良狩り」のように、いらぬトラブルを招かないために、校内での接触をできるだけ控えている。

 なので薫の方でも予防策として、小坂のスマホの登録名をただの「先輩」にしていた。

 けれど「小坂」ではなく、下の名前だったらバレないのではないかと、先日思いついたのだが。

 そこで下の名前を知らないことに気付いた次第である。


 ――うーむ、盲点だわ。


 小坂と知り合ってから、教室や廊下で彼の話題が出ていることに気付くようになった。

 昨日はどこかの不良グループを壊滅させたとか、とあるビルの地下で夜な夜な喧嘩相手を求めて戦っているとか。概ね小坂のイメージ通りの噂である。

 薫は改めて、小坂の有名人っぷりを思い知った。

 近寄ると怖いけれども憧れもある。それが小坂という男らしい。


 ――でも残念、先輩は昨日家にいたもんね。


 弟への愚痴を文章では伝えきれずに電話で話していて、テレビの音がしたので、少なくとも喧嘩会場ではないことは確かだ。

 けれどそんな話題は入って来ても、小坂の下の名前については誰も口にしてくれない。

 調べようにも個人情報に厳しい昨今、図書館にも生徒名簿はない。

 だからといって本人に「下の名前はなんですか?」とも聞き辛い。

 これだけ会って話しておいて、知らないことにショックを受けられるかもしれないではないか。


「ねえ、気になり出したら、すっごく気になるよねぇ」


薫はヌシ猫の毛並みを撫でながら、話しかけていた。

 ヌシ猫も雨が止んだ隙に日向ぼっこなのか、日当たりの良い場所でゴロンと転がっている。


「あの先輩のことだから、名は体を表すような厳つい名前だと思うの。

 お前もそう思わない?」


「ウミャア」


鳴き声が「そうだね」なのか「そんなの知らん」なのかは定かでないが、興味がなさそうなのは間違いないだろう。


 こうしていると、ヌシ猫相手に会話をしている怪しい女子だと思われかねない。

 美晴も待っていることだし、サッサと退散するかと思っていたら。


「なにが気になるんだ?」


背後から声がした。振り返った先にいるのは、知った顔の大柄な男子だ。


「あ、矢口先輩こんにちわ」


「おう、にゃんこ」


薫はペコリと頭を下げると、矢口がひらひらと手を振る。

 それに相変わらずのにゃんこ呼びだ。


 ――私はにゃんこじゃないですから!


 けれど抗議してもたぶん矢口には通じないように思えるので、スルーするのがいいだろう。

 それにしても薫のどのあたりが、にゃんこに見えるというのか。

 背か、ちっちゃいのがにゃんこっぽいとでも言いたいのか。


「私、キミの仲間かなぁ?」


「ニャウ」


重たいヌシ猫を抱えて顔の前にもってくると、うっとうしそうな仕草が返ってくる。

 少なくとも、このヌシ猫とのコミュニケーションはとれそうにない。


「で、なにが気になるんだって?」


ヌシ猫と戯れる薫に、矢口がもう一度同じことを聞く。

 そしてふと気づいた。昔馴染みだというこの人なら、当然知っているだろう。


「えっと、先輩って、下の名前ってなんていうのかなって」


この薫の疑問に、誰のことかわかったらしい矢口はきょとんとした後に、ニヤアっとした顔になった。


「知りたい、知りたいか? 知りたいよな!」


 ――あ、なんか聞いたら駄目なヤツかも。


「いいですやっぱり」


そう断っても、矢口は止まらない。


「アイツの下の名前はな、雅美っていうんだ。雅に美しいでマサミだ」


薫の脳に衝撃が走った。


「雅で美しい!」


なんというか、小坂に抱く印象とは真逆の名前である。


「なんでまた、そんな優雅な名前になったんですかね?」


雅な世界で生きていてい欲しいとか、そういう願いでも込められているのか。

 残念ながら当人は喧嘩に走ってしまい、願いは叶っていないようだが。

 これにも、矢口が笑いを堪えるように答えた。


「アイツが生まれる前、親は女の子だと思っていたらしいぞ。

 だから女の子の名前しか考えてなくて。

 でも生まれたのは男の子だろう?

 まあいいかってんで、そのまま付けたって話だ」


「うわぁ……」


名前なんて一生ものなのに、「まあいいか」で済まされた小坂が哀れである。

 けれどこの瞬間、小坂の登録名は「まさみん」で決まった。

 そんな小話をした後、急いで美晴の待つ教室へと帰る。

 猫を触ったので、途中できちんと手を洗うのも忘れない。


「ごめーん、遅くなっちゃった」


薫は謝ったものの、待たされた文句を言われるかと思いきや。


「アンタ、ああいうのが好みだったの?」


弁当を広げ始めた美晴に開口一番、そう言われた。


「なにが?」


何の話かと首を傾げる薫に、美晴は窓から見える渡り廊下を指さした。


「あそこで、なんか筋肉ムキムキな男子と話してたじゃない」


どうやら矢口と話しているのを見ていたらしい。確かにここから丸見えである。


「ああ、あの人は猫好きの先輩。

 あの猫と遊んでいると現れるの」


小坂のことを省いて上手いこと説明した薫は、早速昼食を食べようと、美晴の机まで椅子をガタガタと動かす。


「……最近ピンクな空気をしてると思ったのは、アタシの考え過ぎか」


なので、美晴の小さな呟きは聞こえていなかった。

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