5 薫と弟とスマホ
小坂と自転車置き場で別れた後、帰宅したらちょうど夕食間際だった。
「ただいまー」
「お帰り、遅かったのね」
玄関で帰宅の挨拶をする薫に、台所から顔を覗かせた母がそう告げる。
「うん、お饅頭作りが意外と難しくってさぁ」
その後に小坂と喋っていたから遅くなったのは、言わぬが花である。
薫が「不良狩り」に絡まれた事件を、未だ心配している母なので、不良と仲良くなったとは言わずにおきたい。
「ならいいけど。
早く着替えてらっしゃい」
「はぁい」
薫は部屋へ向かいがてら、リビングのテーブルに饅頭の入った紙袋を置く。
それを、リビングで夕食待ちしていた弟の祐樹が、いそいそと寄って来て開ける。
「お、今日は饅頭だ」
祐樹が夕食前だというのに、早速一個口に放る。
「なんか感想は?」
「饅頭なんて、味はこんなもんだろ」
食べたのならと感想を求めると、祐樹は可愛くないことを言う。
いつも褒めてくれる小坂とは大違いだ。
「なあねーちゃん、だんだん持って帰る量が減ってなくね?」
しかも文句まで言う始末。
「おねーちゃんにも、付き合いというものがあるの!」
薫はそうビシッと言い置いて、着替えるために部屋へと向かう。
「ねーちゃんに付き合い?
お菓子をあげるような相手と?」
祐樹が疑わしそうな顔をしていたなんて、知る由もない。
それから、薫が帰ったすぐ後に帰宅した父も交えて、夕食となった。
本日のメニューは肉野菜炒め。
薫は一口食べて味が物足りなかったので、七味を足す。
――うん、これでよし!
味見をして満足できる状態になった肉野菜炒めに、薫が一人頷いていると。
「薫あなた、それって味がわかるの?」
全体的に赤味が増した薫の肉野菜炒めに、母が眉をひそめる。
「ねーちゃん、舌が馬鹿なんじゃねぇの?」
祐樹も「うへぇ」と言いたそうな顔で、しかめ面をする。
「私はこれでちょうどいいの!」
ムッとした言い返す薫に、父が「まあまあ」と宥める。
「いいじゃないか、好きに食べれば」
父はそう言って、薫の七味まみれの皿のことを特にコメントしたりしないが、美味しそうとも言わないのだ。
薫好みのこのピリッとしたカンジを、家族は誰も共感してくれない。
こういう時、味覚が合わないことを不幸だと思う。
――食べ物の好みが合うって、すっごく大事よね。
一緒に味わえなくとも、「美味いのか?」という一言が欲しい。
それを思うと、小坂は薫の食習慣に共感してくれる大事な人である。
そんな風に夕食を済ませた後、薫は風呂に入り、寝るまでの間に授業で出された課題や予習をしなければならない。
けれども、現在の薫は勉強するどころではなかった。
机に置いてにらめっこをしている相手は、スマホである。
『喋りたかったら連絡していいんだぞ?』
小坂はそう言った。
もしかしたら社交辞令的な言葉かもしれないが、ここは試してみるチャンスだろう。
というか、今しなかったらズルズルとできないままな気がする。
というわけで、スマホを前にかれこれ三十分悩んでいるのだが。
――文章、なんて打つべきかな?
美晴とやるSNSで悩んだことなんてない。
その時浮かんだどうでもいい内容を、お互いに送り合って笑うだけ。
しかし、相手が小坂となるとそうはいかない。
しかもこれが一番最初の送信なのだ。どんな言葉遣いで、どんなテンションで文章を考えればいいのか。
絵文字を使ってもウザがられないか。
考えることは色々ある。
勉強する前に知恵熱が出そうなくらいに悩んだ末、小坂に送信した内容はというと。
『今日の夕食は野菜炒め。
私好みの味に七味たっぷりにアレンジしたら、家族からは嫌がられる。
一人だけ辛党は辛い(ダジャレじゃないよ)』
夕食の内容を報告するような文章になった。
これが今の薫の精一杯なので、「えいっ」と送信する。
「はぁ~、もう寝ようかな」
薫は勉強する気にならず、課題は明日美晴に写させてもらおうかと、ズルいことを考えていると。
ポーン♪
スマホが鳴る。
なんと、小坂からすぐに返信が来る。
『馬鹿野郎、夕飯出るだけマシ。
ウチは親が作ることのが珍しくて、自分で作った焼きそばだ』
なんとまさかの、自炊発言だった。
いかにも男飯な焼きそばなのだろうか。
いや、案外野菜たっぷりヘルシー系もあり得る。
――ヤバい、気になる!
ぜひ画像付きで欲しかった。
『そこは焼きそばの写メでしょうがぁ!』
心の叫びを返信してから、スマホを抱えてゴロンゴロンしているうちに、授業の課題のことをすっかり忘れてしまった薫だった。
翌日、美晴に拝み倒して写させてもらったのは、言うまでもない。




