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辛い×甘い=恋の味?  作者: 黒辺あゆみ
1話 お菓子と不良と私
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1 不良と遭遇した日

時はゴールデンウィーク直前の放課後、場所は公立三野河(みのかわ)高校の調理室にて。


「うーん、いい香り!」


「成功じゃない?」


「ちゃんと膨らんでますように!」


そう言って祈るようにオーブンを見つめる女子三人の姿がある。


 ピピピピ♪


 焼き時間をセットしていたタイマーが鳴ったので、オーブンから天板を取り出す。


「おお!」


「いいんじゃない?」


「成功だ!」


見たところ天板に乗っているマフィンは綺麗に膨らみ、美味しそうな甘い香りを放っていた。

 出来上がったマフィンを一つはこの場で試食して、残りを持ち帰るのだが。

 二人はいそいそとテーブルに座り、お茶を淹れて早速食べようとする。

 しかし一名だけ、座らずに窓際に立つ者がいた。


「薫は食べないの?」


「美味しそうだよ~?」


二人が呼びかけた薫と呼ばれた女子は、しかし離れた窓際から動こうとしない。


「私はここにいるので、どーぞどーぞ楽しんで!」


ニコニコ笑顔で手をヒラヒラと振るのは井ノ瀬薫(いのせ かおる)、今年高校に入学したばかりのピカピカの一年生だ。

 どちらかというと低めの身長に、ショートヘアと大きめの目は、小動物を彷彿とさせる。

 ゴールデンウィーク前の時期、すでに気温は高くなっているとはいえ、まだ教室のエアコンは入らない。

 故に窓を開けて風を入れていたのだが。薫は暑いからここで風に当たっているわけではない。

 今日は薫が所属するお菓子同好会の活動日で、本日はマフィンを作ることになっていた。

 その出来上がったマフィンを試食する楽しみな瞬間だというのに、薫が一人だけ離れた場所にいて、仲間外れっぽくなっているのには訳がある。


「薫、あんた。誘ったアタシが言うのもなんだけど、本当にこの部活にいる甲斐がないわね」


薫の中学からの友人である佐藤美晴が、呆れたように言う。

 そう、薫が窓際にいるのは、食べたくないからである。

 薫は窓際から「ブー!」と文句を言う。


「あのね 私はお菓子を作るのは好きなの、食べないだけで!」


 お菓子を作るのはいいし、ケーキショップを覗くのも好きだ。

 昨今のお菓子は可愛らしい出来栄えのものが多くて、それを鑑賞するのは楽しい。

 そして自分で作って、可愛く美味しそうに出来上がっているのを見るのも好き。

 ただし自分では食べない。

 薫はそんな矛盾した娘なのだ。


 こんな「お菓子大好き!」とは胸を張って言えない薫が、お菓子同好会に所属している理由。

 それはズバリ、部員確保のためである。

 三年生が受験で同好会を抜けた今、薫を除く活動メンバーは、調理室にいる二人だけだったりするのだ。

 これでは同好会存続の危機とあり、入学当初から仲のいい先輩に誘われていた美晴が、薫に白羽の矢を立てたというわけだった。

 お茶だけ飲んでお喋りする薫に、美晴が薫の分のマフィンの入った紙袋を渡す。


「ほら、薫の分」


まだホカホカと温かいこのマフィンは、家に持ち帰って弟の口に入る予定である。

 弟は薫と違い、甘いものを食べるのが大好きだ。


「よぅし、片付けまでがお菓子作りだからねー」


「「はーい」」


先輩に言われ、薫と美晴は使った器具を洗う作業に入る。

 この時薫は気付いていなかった。

 窓から甘い匂いが外に漏れ、調理室の外にいるとある人物の胃袋を直撃しているなんて。


調理室の片付けが終わり、三人で鍵を職員室へ返却すると解散だ。

 調理と試食しながらのおしゃべりに片付けと、お菓子同好会は結構遅い時間に活動を終える部活動なのである。

 故に現在は部活動の生徒も大半が帰っている、そろそろ暗くなる時間だった。


「じゃあねー」


「また今度の活動日に」


「さよなら!」


それぞれ電車、バス、自転車と通学手段が違うため、校舎を出たところで手を振って別れる。

 自転車通学の薫は、荷物を持って自転車置き場に向かうのだが。


 ――なんかいる……


 校舎から自転車置き場までの途中の明かりの届かない場所に、誰かが立っていた。

 こんな時間のしかも暗闇にポツンと一人立っていられると、心臓に悪いのでやめて欲しい。


 ――学校の七不思議に会ったかと思うじゃないの!


 ちなみに七不思議は定番のトイレの花子さんに動く人体模型、勝手になる音楽室のピアノというお約束のものからはじまり、色々あるものを数えると七では収まらなかったりする。

 その中に暗闇に一人立つ男子学生というのも、きっとあると思うのだ。

 しかし相手は七不思議ではなかった。


 ――あれ? あの人って……。


 着崩している制服には校章が付いており、二年生と知れた。

 しかも茶髪のソフトモヒカンという特徴的な髪型をしている。

 背が高くて、暗い場所でも怖そうな顔であるのが見てとれる。

 背が高くて人相が悪く、茶髪のソフトモヒカンの二年生なんて、薫の脳内データベースで該当するのは一人しかいない。


 あれはもしや、噂の最凶最悪の不良、小坂先輩ではなかろうか。

 ヤクザも避けて通るという噂のあの伝説の男が、まさか薫の前に立ちはだかるとは。


 とっさに遠回りをして自転車置き場に向かうルートの検索に入る薫だったが、しかしふと考える。

 薫はただ自転車置き場に用があるだけであり、小坂に気付いていない体で通ればいいのではなかろうか。


 ――「暗かったから誰かいるなんて気づかなかった」よし、これで行こう。


 方針が決まったところで、薫はごく自然な足取りで歩きだす。

 同じ方の手足のが同時に出ているのはご愛敬ということで。

 薫の自転車までもう目の前まできて、「勝った!」と内心叫んだ時。


「おい」


小坂に声をかけられた。目の前を歩いて通れば気付くのも当たり前で、これは想定内だ。


「あ、すみません! 暗いもので誰かいるなんて気付かなくて」


言い訳しながらも速足で通り過ぎ、さっさと自転車に跨ろうとしていると。


「お前……」


なんと小坂が歩み寄ってきたではないか。

 薫のなにが興味を引いたというのか。

 ガンつけているように見えた?

 はたまた喋り方が癪に障った?

 どちらにせよ、ボコられる未来しか浮かばない。


 ――負けた!


 薫はこの瞬間、即座に次の作戦へ移行した。


「すみませんごめんなさいここを通った私が悪かったです!

 コレあげるから許してください私は逃げます!」


早口で謝り倒し、手に持っていた紙袋をブン! と男子に向けて投げる。

 そう、まだほんのり温かいマフィンが入ったそれを。


「あ、てめぇそれは……!」


小坂は薫が投げた紙袋を、何故か必死の形相で確保する。


 ――この隙に逃げる!


「ではさらば!」


「こら、食いもんを投げる奴があるか!」


不良に正論を吐かれてしまった薫だが、それでも即座に自転車の鍵を外して猛ダッシュをかけて逃げ切った。

 このマフィンを犠牲に逃げたせいで、家に帰って本日のおやつを期待していた弟に文句を言われるのだが、そんなものは薫の身の安全の方が大事である。

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