2 ナイショは難しい
薫とて別に、美晴との間に秘密を作りたくないとか、全てをオープンにする付き合いをしたいというわけではない。家族にだって言わないでいることがあるのだから、友人との間にだって秘密はあっていい。
――けどこう、なんかムズムズするというか。
悪いことをしている気持ちになるのは何故だろう。小坂は美晴とは違うタイプの知り合い、ただそれだけのことのはず。
一方で、それだけの関係なら、「こんな人と知り合っちゃったよ」と簡単に話題にできるのではないか、とも思える。
小坂が有名な不良だから言い辛いという面も、もちろんある。
薫が他校の不良に絡まれたことは、当然美晴の耳にも入った。
『薫ってば、なんて運が悪い娘なの!』
小坂云々の話は漏れていないため、美晴の感想としてはこうなる。
そして情報を得て一週間程度は、せめて校門まででも一緒に帰ろうかと言ってくれた。しかし同じ中学出身でも、美晴の方がより遠方でバスで通学している。バス停に行くには、いつも薫が使う校門とは違う校門から出なければ遠回りになる。そこまでしてもらうと、遠回りをする美晴の安全は大丈夫かという問題が出て来る。
――それに、あれは小坂先輩の問題に巻き込まれただけだし。
犯人も捕まってしっかり叱られたらしいので、もうないだろうと薫は考えているのだ。
そんな呑気な薫を見ていて、美晴も心配するのが馬鹿らしくなったようで、数日経つともう言わなくなったのだが。
そんなこともあって、不良の小坂と会っていることを言い難いのもあるが、長い付き合いの美晴なら、わかってくれるのではないかとも思っている。
わかって欲しいけど、秘密でいたい。そんな相反する気持ちに、薫は自分がわからなくなる。
――そんな難しい話じゃなくて、最初に言えなかったから、きっかけがなくてズルズルしているだけかもね。
なんてことない話だって、喋るきっかけを逃すと話題にし辛いことがあるもの。今回もそれだろうと、一人結論付けたところで。
キーンコーンカーンコーン♪
ガラガラッ!
「皆、席に着け」
本鈴が鳴ったと同時に教師が入って来る。
「うわ、教科書出してない!」
薫は慌てて鞄をガサガサ漁った。
そして放課後。お菓子同好会の活動が終わった時刻。美晴たちと別れた薫は一人、空手部が練習している体育館へ向かっている。
「なんだろう、イイコトって」
どんなことが待ち受けているのか、想像がつかない。
体育館を使う部活動は既に練習は終えているらしく、辺りは静かなものだった。
――私らと違って、身体を使って練習するんだしね。
長時間練習しても、体力が続かないのだろう。薫たちが帰るのが遅い理由は、主にオーブンの焼き上がり待ちの時間だったりする。
その閑散とした中、薫は窓から体育館の覗くと、空手道着を来た男子二人だけ残って練習していた。
「ふわぁ……」
二人の練習の様子に、薫は思わず声を漏らす。
あれは組手というのだろうか。技を決め合っているようで、時折バシッ! と音が鳴る。息をつく間もない攻防で、緊張感がこちらにまで漂ってくるものの、その姿がとても綺麗だ。
一人は今日の中休みで会った矢口だ。そしてもう一人は、茶髪のソフトモヒカン頭の男子――
「って、小坂先輩!?」
薫の声は、結構響いてしまった。
小坂の動きが一瞬止まったかと思ったら、矢口から足払いをするかの如く蹴りが入り。それでバランスを崩した小坂が転倒する。
「……ってぇ」
「はっはぁ、油断大敵だな」
床に転がった小坂に手を貸した矢口が、互いに礼をした後で薫の方を振り向く。
「やっと来たなにゃんこ、待ってたんだぞ」
「なんだ、そのにゃんこってのは」
薫に「おいでおいで」と手招きをする矢口に、小坂がツッコむ。
一方薫は、空手道着姿の小坂に見惚れていた。
――先輩ってば、空手をする人だったんだ。
意外なような納得なような。小坂が案外イケメンだとわかっていたが、道着姿が殊の外似合う。というより着慣れている。
「今日はいつもより遅かったな」
小坂に話しかけられ、ぼうっとしていた薫はハッと我に返ると、靴を脱いで体育館に上がった。
「すごい迫力ですね! あれ、組手っていうんですか? 私初めて見ました!」
薫は駆け寄りながら興奮気味に話す。
「まあ、空手やってないヤツだと、あんま見ないもんだろうな」
そう返す小坂は全身汗だくで、結構長時間組手をやっていたのかもしれない。
「痛かったりするんですか?」
薫の疑問に答えたのは、横で汗を拭いていた矢口だ。
「あれは全部寸止めだぞ。当ててやる流派もあるが、大会じゃ大抵寸止めでやるからな」
どうやら空手の流派によって、やり方が違うらしい。
「へー、でもうっかり当たりません?」
「そんな時もある。当たれば当然、痛い」
寸止めでも、痛いものは痛いようだ。
それにしても、小坂の喧嘩強さはこれが原因だったのかと、納得である。腕っぷしもあるのだろうが、戦い方を知っているのか。
「先輩、空手なんてしてたんですね」
そう話す薫に、小坂も床に置いていたタオルを拾って、汗を拭いながら答える。
「中学までな。矢口さんの通う道場に、俺も行ってた」
なるほど、矢口とは昔からの知り合いらしい。だったら世間話なんかをするだろうし、そこで薫の話がポロリと出たわけか。
「でも前に、部活してないって言ってませんでした?」
尋ねる薫に、小坂はしばし斜め上を見上げて「あー」と声を漏らす。
「……今日、雨降ってんだろ」
それで時間を潰すのにいつもの場所が使えず、場所を探しているなら練習に参加していけと誘われたのだとか。
「ふぅん」
そんなこともあるのだろうか。しかしスポーツで爽やかな汗を流す不良ってなんだろう。ギャップ萌えでも狙っているのか。
わかったような、そうでないような。微妙な心境の薫に小坂が告げた。
「着替えて来るから、ちぃっと待ってろ」




