7 待ち人来たらず
薫が見上げると、そこにいたのはあの公園にいた体格のいい男子だった。その後ろには残りの三人もいる。
「ねえ、これってどういうこと?」
薫が目の前の彼に疑問をぶつけると。
「さすが三校、頭よわーい!」
「拉致られたに決まってるだろう」
「餌だよ餌!」
彼の背後にいる三人が、囃し立てるように喚く。
――拉致? 私が? この人たちに?
エリート高校の生徒が自分を拉致する意味がわからない。呆ける薫に、彼がしゃがんで話しかけて来た。
「キミ、いつかキングと歩いてたでしょう?」
「……キング?」
――ってなに? ミュージカルかなにか?
キングと言う単語で薫にとっさに思い浮かぶのは、有名なライオンのミュージカルしかない。それと歩いていたとは、どんな謎かけだろうか。首を捻る薫に、相手は焦れたような顔をする。
「惚けたって無駄だよ。三校の小坂と、仲良さそうに歩いてたじゃないか。僕、見ちゃったんだよね」
――え、キングって小坂先輩のことなの?
こんな状況にも関わらず、薫は吹き出しそうになった。しかし笑っていい状況でないのは重々承知なので、懸命に堪えて頬をピクピクさせるに留まった。
それにしても、なんだからしいというか、似合うというか。一体誰が言い出したあだ名なのだろうか。
緊迫した場面なのに妙に脱力してしまった薫に、彼は話を続ける。
「小坂にオンナが出来たなんて、見逃せないネタだろう?」
――オンナって、私のこと?
薫は目をパチパチさせる。
この場合のオンナとは、付き合っているとか恋人という意味合いで使われているのだろう。薫の場合、ただ激辛巡りに付き合ってもらっただけなのに。
――それにしても小坂先輩、変装失敗じゃないですか!
他校の生徒に身バレしているなんて、変装の意味はあったのだろうか? 今度はよりバレないように、付け髭付き眼鏡でもかけてやろうか。いや、そんなのの隣を歩くのもちょっと嫌だ。
妙なことに悩む薫を余所に、彼らはこちらの品定めをする。
「こんな地味なのが趣味とか、意外~」
「身体で堕としたに決まってんだろう?」
「味見しちゃう?」
「やめとけ、病気うつされるのがオチだぞ」
――失礼! コイツら色々失礼!
盛り上がる彼らを、薫は憤然とした気持ちで睨みつける。しかし男子対女子、四対一、どう考えても変に抵抗したらひどい目に遭いそうだ。しかし、このまま大人しくしていていいはずがない。
――それにしても、私って馬鹿だなぁ。
思えば知らない相手に、のこのこと付いて行った薫も迂闊だった。
まだ学校が終わったばかりの明るい時間であること、そして相手が見知らぬ男子でもエリート高校の生徒で、変なことをするはずがないという思い込みがあり、警戒心が働いていなかったのだ。「知らない人には付いて行かない」なんて、今時幼児でも知っている注意事項なのに。
――私、どうなるんだろう……。
落ち着いてくると不安と恐怖に襲われ出した薫は、転がされた床の冷たさと相まって、ブルりと震える。
「心配ない、僕らは乱暴者の不良連中とは違うからね。大人しくしておけば、なにもせずに帰してあげるよ」
そう言って、彼が優等生っぽい顔でニコリと笑った。
――拉致っといて言うセリフじゃないし!
彼のその優等生っぽい笑い方が、逆に彼を薄っぺらいものに見せる。薫はどちらかというと、小坂のちょっと幼く見える笑い方が好きだ。
これまで聞いた話を繋ぎ合わせると、彼らは薫を餌にして小坂を呼び寄せたいらしい。ならば自分は小坂が来るまで、ここで踏ん張らなければならない。
――アレ、ちゃんとある?
薫はガムテープでぐるぐる巻きにされた両手で、スカートのポケットに忍ばせていたはずのブツを確認する。ちゃんと固い感触を確かめると、出来るだけ静かにモゾモゾとして、なんとかポケットから出して手の中に納めた。
それからしばらくして。
「……なんで返事がないんだよ」
彼は苛立っていた。何故なら、小坂に連絡を入れたのに、なんの音沙汰もないからだ。
――そう言えば先輩、用事があるんだったよね?
ならば、スマホを見ていない可能性がある。
「あのぅ、先輩今日は忙しいって言ってたような……」
薫がそう進言しようとすると。
「今度は写メ送るか?」
「少し過激なくらいがインパクトがあるかもな」
「裸に剥いた動画はどうだ?」
他三人から、そんなとんでもない提案がなされていた。
「……それもいいかもな」
しかも彼もそれを容認する。
――なにもしないんじゃなかったんかい!
あっさりと前言撤回する彼に、そもそも悪人を信用すべきではなかったのだと、薫は悟る。
「よし、いい絵を撮るぞ」
三人の手が伸びて来る。どうやら彼は高みの見物のようで、後ろで悠然と立っているのがまた憎らしい。
「なにすんのよ、触るなぁ!」
「いいから、大人しくしてろよ!」
大人しくと言われて、本当に大人しくする馬鹿がどこにいるのか。それに裸に剥かれてそれで終わりだなんて思うほど、そんなおめでたい頭もしていない。
これは、まさに貞操のピンチだ。
「うぎぃ!」
「うわ、噛みつかれた!?」
「おい、コイツ意外と凶暴だぞ!」
「小坂め、どんなシュミしているんだか」
薫の制服を巡る攻防の中、思いっきり胸を掴んだ手がある。
――今、胸揉んだヤツ誰だ!?
ジロリと睨めば、鼻の下を伸ばしたメガネがいた。とりあえずそいつの鼻っ柱めがけて、ガムテープで巻かれた両手を振り上げておく。美味い具合にかすったらしく、痛がって手が引っ込んだ。
こんな状況ながら幸いなことに、少なくとも彼以外の三人は腰が引けているというか、乱暴をするのに慣れていない節がある。薫の制服に何度か手がかかるものの、自分が最初に事を起こすのを無意識に忌避しているのか、すぐにパッと離れるのだ。
これは小坂が現れるまで、粘れるかもしれない。
薫は三人に抵抗して思いっきり暴れながら、両足をピタリと閉じて必死に蹴りを繰り出す。胸を揉まれるのも気持ち悪いが、最悪スカートの中身だけは死守である。
――っていうか、見捨てないでよね先輩!?
薫がそう祈りつつも、上着が三人の手によって半ば剥され。見えた下着に、三人が興奮した息遣いが聞こえる。
いよいよヤバいと、手の中に持っているモノを使うタイミングを見計らっていた時。
ドガァアン!
倉庫の鉄扉が鳴った。
「……来たな」
彼が視線を鉄扉に向ける。
ドガァアン!
もう一度音が鳴ると、もともと蝶番が壊れていた扉が開く。
果たして、そこにいたのは。
「井ノ瀬、無事か!?」
――小坂先輩だぁぁあ!
薫はこの時の小坂に後光がさして見えた。




