5 この不良、侮れず
美晴の追及は未だ止まず。
薫は今日のお菓子同好会の活動中もジト目で見つめられ、先輩に不思議な顔をされてしまった。
「あーもう、無駄に疲れたぁ」
美晴を躱すのに疲れ果てた薫が、自転車置き場まで歩いてると、いつものごとく小坂がいた。
――悩みの原因発見!
しかしあちらは、薫に気付いていない。
「あー、ダリぃ」
しかもなんだか不機嫌そうにスマホをいじっている。
――なんか、怒ってる?
「こんにちは、先輩」
それでも薫が声をかけると、小坂は少し表情を和らげてこちらを見た。
「おぅ、井ノ瀬」
――怒ってるわけじゃないみたい。
小坂から特に「こっちに来るな」というあしらわれ方をしなかったので、薫は隣に腰を下ろす。
「先輩、なんか機嫌悪そうですね?」
薫がズバリと聞くと、小坂はバツの悪そうな顔をした。
「ちげぇし……ただ明日が嫌なだけだ」
なんでも明日用事があるらしく、それが憂鬱の種なのだとか。
――不良の用事かぁ。
それはもしやどこぞの族への強襲とか、もしくは少年漫画のように猛者が集まってファイトしたりする的な用事なのだろうか。
ちょっとだけ好奇心に襲われたが、なんとか聞かずにいた薫だった。
ともあれ、気分を上げるのにうってつけのものが、薫の手にあるではないか。
「気分が落ち込む時は、甘いものを食べて元気出してください!」
薫は先程作ったものを、持っていた紙袋からいそいそと取り出す。
「ジャン! 本日の作品はガトーショコラでっす!」
効果音付きでお披露目したはいいが、実は一つ問題がある。
「今日のはですねぇ、思ったほど膨らまなかったんですよねぇ。
味は美味しかったようですけど」
大失敗でもなければ大成功でもない、微妙な出来栄えと言えよう。
故にガトーショコラへの再チャレンジは、お菓子同好会での課題となった。
薫に言われたからか、小坂がガトーショコラを受け取りしげしげと眺める。
「言われてみれば膨らみが足りない気もするが、
こんなもんと言われればこんなもんだと思うぞ?」
小坂的にはさほど気にならない程度の失敗のようだ。
「さっきも言いましたが、味は美味しいらしいですから」
薫が「どうぞどうぞ」と勧めると。
「ふぅん」
小坂はカットされたガトーショコラを袋から出し、逆に薫に突きつけて来た。
「ほれ、一口」
「……え?」
薫はなにを言われたかと、目を瞬かせる。
――えっとぉ、どういうこと?
困惑する薫に、小坂が言うには。
「一口なら、いいんだろう?」
どうやら一口食べろと言っているらしい。
これまで薫は弟に持って帰るのに、一口齧った残りを渡すのは食べ残しみたいだと思って、口を付けずにいた。
美晴から「私の一口食べなよ」と誘われるが、自分の取り分があるのに貰うのも気が引けるため、遠慮していたのだが。
「言っただろ、俺はそういう細けぇことは気にしない。
よくアネキに一口強奪されるしな」
「えー、あー」
薫はどうすればいいのかと困惑する。
中華屋では料理を皿に取り分けたし、シェアするのにそこまで気にならなかった。
普段美晴と分けるのだって、フォークで取り分けるので問題ない。
けれどこれは、薫に直に齧りつけと言っているらしいのだが。
それにこの体勢は、まるで「アーン♪」をしているように見える。
――わざと? 天然? どっちだこの人!?
顔が赤くなりつつあるのを感じる薫の口に、痺れを切らしたのかガトーショコラが突っ込まれた。
「んぐ!」
しっとりとしたチョコレート生地の味が、口の中に広がる。
――味は成功だな。
「……美味しい」
モグモグごっくんした薫の感想に、小坂が満足そうな顔をしてから、薫が齧ったガトーショコラの残りを、一口で食べてしまう。
齧りたてホカホカのガトーショコラが、小坂の口の中へ消えていく。
「ん、イケる」
そう言って頬を緩める小坂を、薫はジトリと見つめる。
――この不良、どうしてくれようか……!
これが間接キスであることを、意識せざるを得ない薫なのだった。




