3話 透明
『さて、ここで無駄な時間を過ごすわけにはいかないよ。
仕事に取り掛かるよ。
お前も職場に案内させるからね。』
『はい。』
『ツネ、ツネはいるかい?』
『はい。内儀さま。お呼びですか?』
『この子に吉原の仕来りを教えておやり。』
『わかりました。』
『それと、この子は桜木の禿に付けるからね。』
『えっ?この子は、まだ、新人で何も出来ませんのに太夫の禿にするんですか?』
『あぁ、その子には何か光るものを感じるからね。
上手くいったら、引きこみ禿候補だよ。その子は。』
『は、はぁ。それではそのようにいたします。』
『あぁ、そうしとくれ。それと、楼主が帰ったら教えとくれ。』
『かしこまりました。それじゃあ、行くから付いて来なさい。』
『は、はい。』
いろいろと聞き慣れない言葉があったと思うので、少しだけご説明を。
楼主:遊郭の店主のこと。
内儀:店主の奥方様。
ここの遊女だったのだが、先代の楼主と内儀に見初められ
内儀になったお方。
遊郭では実質的な最高権力者らしい。
鎗手:元遊女で、女衒から買った遊女の格や客の酒宴内容を決め
たり、禿の基礎教育をしたりをしている。
これに当たるのが、ツネさんだ。
禿:遊郭で、働く太夫や上級遊女の身の回りの世話をする5歳〜
10歳の幼女で、ある。
引きこみ禿:楼主や内儀に見初められ、直接芸事や教養を教え込
まれたエリート。
将来の太夫候補。
太夫:吉原での最高位の遊女。
美貌も教養も備えたものしかなれない存在。
そのほかにもいろいろありますが、追い追いご説明を。
では、本編に戻ります。
『さて、まずは部屋に案内しようかね。』
ツネに着いていくと、いわゆる大部屋の作りの部屋に通された。
そこにはすでに3人ほど、さくらと同じか少し上の年齢の幼女がいた。
『みんなちょっといいかい?』
ツネが声をかけると、各々していたことを中断してこちらに集まってくる。
皆が集まったことを確認すると、ツネは私の紹介を始めた。
『今日から、入った新入りのさくらだ。
わからないことも多いと思うから、いろいろ教えてあげとくれ。』
『わかりました。ツネさん。』
ツネの言葉に、3人の中ではおそらく一番歳上であろう子が返事する。
『それじゃあ頼んだよ。私は仕事に戻るからね。』
『はい。お任せください。』
ツネはさくらを預けると、部屋をあとにした。
『さて、えっと…さくらちゃんだったかしら?』
『はい。そうです。
さくらといいます。これからよろしくお願いします。』
『こちらこそよろしくね。
私はお美和。10歳なんだけど、多分さくらちゃんより歳上よね?』
『は、はい。私は8歳なので。』
『何か困ったことがあったりしたら、遠慮なく聞いてね。』
お美和は、すらりとしたスタイルで色白な美少女だ。
さくらの住む田舎では、見かけたことがないくらいの美少女だ。
『私の隣にいるのが、お滝。その隣が、ヨネ。
2人ともさくらちゃんと同い年だから仲良くしてあげてね。』
お滝と言われた子は、さくらとは同い年と思えない程。
端正な顔立ちで、大人っぽい子だ。
一方、ヨネはタレ目の愛らしい顔立ちの子だった。
『さくらって呼んでもいいかしら?私のことはヨネって呼び捨てで構わないから。』
『うん。よろしくヨネ。』
『ほら、お滝も挨拶して。』
『よろしく…。』
『もう少し、愛想よく出来ないわけ?』
『どうせ、あんたと同じで農村の出でしょ?そんな子と馴れ合うつもりはないわ!』
投げかけられた言葉に、驚いて鳩が豆鉄砲を食らったみたいな表情にさくらはなってしまう。
『下級武士の出だからって、売られたんだから。
私達農村の出と大差ないじゃない。
何を、そんなお高くとまってるのよ!バカみたい!』
『なんですって?』
『本当のこと言ってるだけじゃない。』
2人の間に、バチバチと火花が見えるんじゃないかっていう状態で、一触即発だっだが。
『2人ともやめなさい!さくらちゃんが困ってるじゃないの。』
『『ごめんなさい…。』』
着いて早々先制攻撃を受けたような感じがしてしまった、さくらでありました。