第三話 作戦会議と敵の襲来
そんなこんなで神と戦う事になった僕たちは、作戦会議をしていた。
「僕が今神になっているという事は分かったけど、具体的にはどんな事ができるんだ?」
まずそこが分からなければ話にならない。自覚していない能力など、宝の持ち腐れだ。
「ええっと、まずは神域の説明からですね。
麻布さんが私達を発見したとき、戦いの余波すら全く知覚できない状態から一歩踏み出しただけで、いきなり私達の戦闘が目に飛び込んできたでしょう?
あれは、麻布さんが神域に紛れ込んだからです」
「神域?」
「はい。神様の周囲には、常に神域が展開されています。
神域の外から見れば、そこにはいつもと何ら変わらない風景が広がっていますが、ある程度神様に近づいてしまうと、麻布さんのように神域に入り込んでしまう事があるのです。
当然、神様が離れればそこは神域ではなくなりますが、この時、神様の行為によって起こった世界の変化は、修正力によって元に戻ります。もちろん、神様が意図的にその変化を残そうとすれば、変化したものはそのまま残りますけど。
神様が多く存在しながら、その御姿を拝見した事のある人間が殆どいないのは、この神域があるからですね」
「さっき、いきなり目の前の風景が、巫たちの戦闘の場面に変わったのはその所為か……。他には、どんな能力があるんだ?」
「そうですね……。筋力や反応速度など、身体能力全般は普通の人間を遥かに超えている筈です。あとは自然治癒力――治癒能力も飛躍的に上昇します」
「ああ、さっきも凄い勢いで再生したもんな、僕の胴体。でも、それにしたってあの治癒速度は速すぎるだろ。あれなら死ぬ事なんてないように思うけど」
胴体が全部なくなっているのにも関わらず、一秒足らずで再生したのだ。正直、どんな重傷でも立ち所に治りそうである。
しかし巫は頭を振った。
「いいえ。神様のエネルギー源とは自身の中にある霊力です。霊力が多く残っていれば残っているほど、治癒能力は強くなります。
先程の場合、神様になりたてで霊力がフルにあったからこそ、あそこまで早く傷が治ったのです。逆に言えば、残っている霊力が少なければ、治癒能力は弱まります。
もちろん霊力は自然に回復しますが、戦闘になると霊力の消費量が回復量に追いつかなくなる場合もありますので気を付けなければなりません」
「なるほど。治癒能力に頼りきりってわけにもいかないのか。なるべく手傷を負わないようにしないとな」
「はい、治癒能力は便利ですが、霊力がどんどん削られていきますからね。
それに、戦う相手も神様ですので、麻布さんと同じく高い治癒能力を持っています。
私が戦った時にはまだ本気を出していないようだったので彼の実力は分かりかねますが、それでも相当の力を持っているように見えました」
「一筋縄ではいきそうにないな……」
実力も治癒能力も相手のほうが上。さらにこちらは神になりたてで、実戦経験が皆無。互いに高い治癒能力を持っている以上、運よく強い攻撃が当たって勝利なんていう展開も望めない。これは相当厳しい戦いになりそうだ。
「はい。確かにそう簡単にはいかないと思います。
ですが、神様というのは生まれた時に最も強い光を放つものです。神様になりたての麻布さんならば、その力を十全以上に発揮できる事でしょう。
それに、いくら戦力差があろうとも、それを覆せる物が一つだけあります。それが神器です」
「神器?」
「はい。神器とは、神様がそれぞれ固有に持っている特殊な物です。
武具であったり勾玉であったり、あるいは鏡であったりと形状は多種多様ですが、どれも強力である事には変わりないので、上手く使えば不利な状況から一発逆転できる可能性があります。
まあ、それは相手にも言える事ですが」
なるほど。それは確かに役立ちそうだが――
「その、僕はそんなもの持ってないんだけど……」
「うーん、神様を生み出すなんて事は初めてなので、私にも少々分かりかねますね……。おそらく、不定形の霊力を凝縮させ、形を与える事で神器を創造できるのではないでしょうか」
よく分からないが、何となくイメージする事は出来る。そのイメージをもとに、何とかやってみるしかないか……。そんな風に思ったとき、
「へー、なんだか面白え事になってるじゃねえか」
唐突に、後ろから声がした。
慌てて振り返ると、そこには先程の男――すなわち僕たちが倒そうとしている神が、立っている。
「……っ」
あまりに急な登場に驚き、僕と巫が絶句していると、神はニタリと笑い、言葉を続けた。
「なーに鳩が豆鉄砲を食ったような顔してんだ。こっちだって驚いてるっつーのに。いやー、まさかそいつを死なせない為に神にしちまうとはな」
軽い調子で放たれる言葉。それなのに何故こいつが言うと、ここまで恐ろしいものに感じてしまうのだろうか。
とにかく何か言い返さないと、と思っていると、僕より先に巫が口を開いた。
「どうしてこんなにも早く、私達の居場所が分かったのですか!? 最大限の隠蔽術式で、居場所を隠していたのに……っ!」
「はっ、人間の隠蔽術式なんて、神にとっては子供のかくれんぼと何ら変わらねえんだよ」
「いえ、いくら神様でも、この短時間であの術式を破るのは不可能です。それをいとも容易く解くなんて、相当高い神格を持っているとしか考えられません。あなたは一体何者なのですか?」
そう問いかける巫を、神は一瞬不思議そうな顔で見たが、次の瞬間弾かれたように爆笑し始めた。
「ふ……ははははは! 高い神格ときたか! 確かにそうだ。俺はそこいらの神とは格が違う。いいぜ、教えてやろう。この名を聞けば、おまえら二人ともビビッて動けなくなっちまうかもしれねえが、まあ、どの道ここで殺すつもりだし、どっちでもいいか」
そして神は、残忍な笑みと共に口にした。
――あまりにも有名な、最強の英雄神の名を。
「俺は――素戔嗚だ」