第二十七話 縮まらぬ差
私――中住古久雨は、伊梨炉秀と対峙していた。
私がずっと追い続けてきた相手。
高天原という最高の舞台で、遂に私は、この男と戦う事が出来るのだ。
この争乱に紛れて多くの神を取り込んだ今、私の力は確実に炉秀を凌ぐ事が出来る。
私の胸は、その高揚感で一杯だった。
対して、炉秀は普段と何ら変わらない、何を考えているのか分からない表情で、私を見つめている。
そうでなくては、おまえらしくない。まあ、精々いつもの如く、余裕振っているといいさ。今ここで私が、史上最高の霊能者の座を奪い取ってやる。
そう思い、私は叫んだが……
「この時を待っていたぞ、伊梨、炉し――」
「伊梨、炉秀ゥゥゥゥゥ――――――ッ!」
その叫びは、さらに大きな叫びに掻き消される。
玖導励志。
彼は、大切な人の霊が悪霊と化し、それに祟られても変わらずその人を思い続けた者だ。
そして、炉秀にその霊を消され、以降悪霊の研究にのめり込み、その怨念を自ら受け入れた者でもある。
そんな男が、炉秀を前にして、冷静でいられる筈がない。
神にも匹敵する力を得た怨念をその身に纏い、励志は炉秀に突撃する。
しかし、
「邪魔だよ」
そんな恨みの籠った攻撃を、炉秀は子供をあしらうかの如く、跳ね返した。
「ぐは……っ!」
玖導励志は多大なダメージを受け、弾き飛ばされる。
その様子を横目で見ながら、私は笑う。
「はは……っ、そうでなくてはなあ! 神を生み出す札さえ作れる男を、神に匹敵する力を得た程度で倒せるはずがないものなあ! だが、神一柱分の力ではどうにもならずとも、多くの神々を取り込んだ私の力は流石に防げまい!」
「そう思うなら、試してみれば?」
「言われずとも、そうするに決まっていよう!」
そう言って、私は多くの神の権能を、一斉に炉秀に放った。
その結果は――
「な……っ、無傷、だと……っ!」
「残念だったね。たしかに君の言う通り、一柱の神ではなく、複数の神に攻撃されたら、流石にひとたまりも無い」
「だったら……っ!」
「でもさ、君は複数の神の力を持っているだけで、複数の神そのものではない。つまり、君一人の思考を読めば、対処可能なんだよ」
簡単に言ってくれるが、しかし、その難易度は計り知れない。
複数の神の権能が同時に襲ってくるのを、たかが思考を読んだだけで防げる技術など、常人では到底到達し得ない。しかも、一手でも読み違えれば確実に即死。
そんな危険な綱渡りすら、この男はやってのけるのか……。
「はは……っ! やはりおまえは最高だよ! だが、これならどうだ!」
私は、神産みの権能を発動し、数柱の神を生み出す。伊梨は自分で言っていた。複数の神を同時に相手取るのは厳しいと。ならば、これで勝てる筈だ。
しかし、
「なるほど。君にしては考えた方だ。でも、同じ事さ」
これでも通じなかった。
「神産みの権能は術者の力量に左右される。伊弉冉ならば完璧な神をいくらでも生み出せるんだろうけど、君じゃあ力不足だ。いくら神を量産できても、質が伴わない。
これにちなんで、君たちの組織の名前、黒霊衆じゃなくて烏合の衆に改名したら?」
わざわざご丁寧にこちらの敗因を解説し、どころか上手くない嫌味まで言う余裕があるときたか。
今度こそ追いついたと思ったのに……なんなんだこの差は。あの頃から全く縮んでいないじゃないか……っ!
「くそ……どうしてだ。ここまでやってもまだ、私はおまえを超える事ができないのか……っ!」
「いやいや、そんなに自分を卑下する事はないよ。
僕もつい嫌味を言ってしまったけど、君は霊能者としては頂点に立っていると言っていい。複数の神を取り込んだ霊能者なんて、前代未聞だ。
やれやれ、僕を越えようとなんてしなければ、君はもっと良い人生を送れただろうに。どうして君は、そこまで僕に固執するんだい?」
どうしてか、だと……? 私はずっと、この男を越える為だけに、人生の全てを使ってきた。だか、それは何故だ? そんな事は、考えた事もなかった。だが――
「そんなもの、おまえが気にくわなかったからに決まっているだろう……」
多分、その筈だ。その為に私は、この男に挑んでいる……と、思う。
「ふうん……、でもまあそうか。僕の周りの奴らは皆、僕を恐れるか、嫉妬心を抱いていたからね。君もその類と同じか」
「ああ……そうだ」
「はーあ、僕も何変な事聞いちゃったんだろう。それ以外に答えなんてないだろうに。まあ、いいや。無駄話はこれくらいにして……」
「ふん、そうだな」
私と炉秀は、見つめ合い、そして――
「「決着を付けよう」」
その言葉と共に、全ての力をぶつけ合った。
◇◇◇
抑霊衆は、悪意の獣への対策に奔走していた。
霊能者の頂点に位置する四人は、その類稀なる分析力で悪意の獣の構造や習性を把握し、遂には悪意の獣の出現場所を探知する術式まで完成させた。
さらに、悪意の獣への対策術式を編み出し、それの入った御札や礼装を各地の霊能者に配布、加えて悪意の獣の出現場所を伝達するなどして、多くの悪意の獣を屠っていた。
しかし、抑霊衆の傘下である霊能者達以外によっても、悪意の獣は倒されている。
おそらく、それは――
「悪魔憑きの仕業、でしょうね」
マモンの悪魔憑きが悪意の獣を取り込み、その力を高めたという話は、抑霊衆のメンバーも麻布灯醒志から聞いている。
他の悪魔憑きも同じように悪意の獣を取り込もうとするのは、ごく自然な流れと言っていいだろう。
「このペースだと、悪意の獣を十分に取り込んだ事で、完全復活を果たした悪魔がいてもおかしくはない。問題は、人間の器から解放され、全盛期の力を取り戻した悪魔がどういう行動にでるかだが――」
守繁蘇羽は溜息を吐いて言った。
「そんなものは決まっているか。唯一神への反逆。悪魔は、天界に向うに違いない」
そうなってしまえば、高天原に続いて、唯一神のいる天界にまで混乱が広がる事になる。
「多くの悪魔を復活させ、天界を混乱に陥れる。黒霊衆の奴らの狙いは、最初からこれだったのか……!」
気付いたところでもう遅い。事態は着々と、黒霊衆の思い通りに進んでいる。
この状況、どうしたものか――そう、抑霊衆の四人が考えていると。
「久しぶりだな、蘇羽。なにやら、大変な事になっているようだが」
来客がやってきた。
「……遅い。待ちくたびれたぞ、多真志」
守繁が、そう返答する。
「ええっと……守繁さん、この方は……」
「こいつは魂の専門家、早流多真志だ。十六夜の問題を解決する為に呼んでおくって、俺が麻布と約束してただろ」
「……! では、これで十六夜さんの件は何とかなるのですね……!」
「ああ、おそらくな。だが、肝心の十六夜は麻布と一緒に高天原にいる。呼びに行くか、こちらから会いに行くかしなくちゃならん」
そう言って、守繫は、伊梨炉秀が繋げたままにしてある、この世と高天原を繋ぐ境を指さした。
「俺と多真志、それから神無月で、高天原に向かう」
「何故私まで……?」
「高天原は広い。人間の足じゃあ、麻布と合流できる保証がない。しかし、神を自らに降ろす能力をもつおまえなら、その限りではないだろう。俺達に先行して、麻布を呼びに行ってほしいんだ」
「たしかにそうだな。承知した」
神無月雪那は納得し、頷いた。
方針が決定したところで、巫御美が早流多真志に話しかけた。
「では、よろしくお願いします。ええっと……早流さん」
「ああ、わかった」
その様子を見ながら、上代陽華がポツリと呟いた。
「ふーん。なんというか、綺麗な女性ね」
その言葉をきいて、早流は苦笑した。
「一応訂正しておくが……私は男だ」
「「「……!?」」」
驚く三人を見ながら、守繫がケタケタ笑う。
「よく間違われるんだよ、こいつ。まあ、巫が子どもに間違われるのと同じで、こいつも見た目が女なだけで中身はがっつり男だ。
しかし、女と間違われるのが嫌なら髪を切るなり体鍛えるなりすりゃあいいと俺は思うがな」
「……長髪でないと落ち着かないんだよ、私は。体を鍛えるにしたって、私の運動嫌いはおまえも重々承知しているだろうに」
「はは……まあそうさな。今のままが、一番おまえらしいや。ともかく行こうか。
麻布と十六夜を助けるのもそうだが……高天原や天界が、これからさらに混乱しそうだしな。様子を見てこなきゃならんだろう。
下手したら、炉秀ですら対応しきれない事態に発展する可能性すらある」
「そうだな……」
そして、守繫蘇羽、神無月雪那、早流多真志の三人は境の前に立ち――
「じゃあ、行くぜ」
守繫の合図とともに、高天原へと一歩を踏み出した。




