第二十四話 高天原
高天原へと入った瞬間、僕は戦慄した。
「なんだ、これ……」
多くの神々が、二つに分かれて戦闘を繰り広げていたのだ。
これではまるで戦争。それに、何よりも驚くべきものはその規模だ。
一つ一つの攻撃が桁違い。高天原では神々が全力を出せる、と伊梨炉秀が言っていたが、正直なところ、想像以上だ。
「へえ、ここまでとはね。古久雨の奴、中空の術式で取り込んだ神産みの権能でここまで神を量産していたとは」
「それってつまり、今戦っている二つの陣営は……」
「ああ。従来の神々と、中住古久雨が神産みの権能で生み出した神々さ。
神としての質は……当然従来の神の方が高いか。いくら古久雨と言えど、完全に神産みの権能を使いこなすのは無理だろうしね。
しかし、古久雨には戦局をひっくり返す一手がある。それが、神を取り込む術式だ。
神同士の戦闘に紛れ込み、一瞬でも隙を見せた神がいたらその神を取り込む。そうする事で、どんどんと力を付けられるからね。
今のところは従来の神々が優勢でも、長期戦になればなる程、黒霊衆に勝ちの目が出てくる。早急に何とかしなくちゃならない」
伊梨の言葉に頷き、僕は戦況に目を見張る。
すると――
「あ、あれは何だ? 炎……?」
戦場の中心。神々の攻撃が飛び交う中でも一際目立つ、途方もない程の霊力が籠められた炎を操り、敵を殲滅している女神がいた。
「炎、というより太陽だね。太陽を部分的に召喚して、攻撃に利用しているんだろう」
「じゃあ、あの神は――」
「ああ、彼女こそ、天照大御神だ。丁度良い。僕らもあそこに行ってみようか」
「行くって言ったって、どうやって……」
あそこは戦場の中心。これ程苛烈な戦いの間を縫って、あそこまで辿り着けるなんて到底思えない。
「その点については心配いらないよ。前に何度か、高天原にお邪魔した事があってね。その時に、空間転移の移動地点を数多く用意しておいたのさ」
そんな軽く買い物しておいたみたいなノリで言われても……
本当にこの男は、どこまで規格外なのか。
「じゃあ行こうか」
その、何とも軽い伊梨の声と共に――
僕と妃香華と伊梨は、いつの間にか天照大御神の前に現われていた。
「遅かったじゃない、伊梨炉秀」
天照大御神は、僕たちを見て言った。
「いやあ、まあいろいろあってね。こっちも準備が大変だったのさ」
神様に向って、何でそんな口調で話せるんだ……いやでも、その点については僕も人の事は言えないか。素戔嗚相手には、かなりずけずけと物を言っているからな。
「本当にしっかりしてよね。人間が起こした問題は人間で始末するって言っていたでしょう?
結局、私達も巻き込まれているじゃない!」
「その点についてはすまなかったね。それはそうと、戦況はどうだい?」
「既に数柱取り込まれてしまったわ……。ほんと、勘弁してほしい。あなた以外に、神を手玉に取る人間がいるなんてね。
ともかく、取り込まれる可能性がある私達では、奴らに近づくなんてリスクが高すぎる。ここは頼まれてくれないかしら?」
「オーケイ。でもその前に、この新米神に、力を分けてあげてくれないかな?
僕の御札で生み出しておいてなんだけど、この神は戦力的にちょっと不安だ」
伊梨炉秀は、いきなり僕に話を振ってきた。
驚いていると、天照大御神もこちらに話しかけてくる。
「う~ん、確かに、見るからに頼りなさそうな男ね。素戔嗚を倒したっていうから期待していたのだけど……マグレだったのかしら」
ぐぬぬ……。あの戦い、かなり必死だったのだが……。
「分かったわ。この中のどれか1つを、あなたにあげるわね」
そう言って、天照大御神は三つの勾玉を取り出した。
「これらは八尺瓊勾玉の複製品よ。
それぞれに、太陽の力を一時的に引き出せる――太陽神の権能、霊力を最大値まで回復出来る――癒しの権能、どんな攻撃も防ぐ防御結界――天岩戸を召喚する権能を籠めておいたわ。
どれも一回きりの使い捨て用だから、使いどころには十分注意してね」
この三つの中からどれか一つを選べという事だろうか。
そう言われても、難しいな。こういう時は……
「そうですね……あの、おすすめってありますか?」
迷った時は、やはりおすすめを聞くのが賢明だろう。
「そうねえ……。やっぱり一番は、天岩戸を召喚する権能かしら。
実はこの天岩戸、防御結界としての機能だけじゃなくて、中で生活出来るようになっているの。昔、この結界の中でしばらく生活していたことがあってね。そのときに便利に改装したのよ」
その機能、戦闘に必要あるのだろうか……
まあでも、せっかくおすすめしてくれたものを断るわけにもいかない。そもそもおすすめをきいたのはこちらなのだし。
「では、これをもらいます。ありがとうございます」
「いいのよお礼なんて。じゃあ、よろしく頼むわね」
「分かりました」
なんと器の広い神様だろう。
そんな風に思っていると、
「麻布君、あれが見えるかい?」
伊梨炉秀が遠くを指さした。
神としての視力を限界まで拡張して、眺めたその先にいたのは……
「素戔嗚が、他の神と戦っている!?
その近くに、黒霊衆の奴らもいる!」
「よし、ここは二手に分かれよう。
君は素戔嗚のもとへ、そして僕は黒霊衆のもとへ行く。作戦としては、そうだな……」
暫し考える素振りをしてから、伊梨はこう提案してきた。
「素戔嗚は、おそらく敵対する神に、認識阻害の術式をかけられている。このままでは、素戔嗚は敵の姿を認識できず、一方的にやられるだけだ。そこで、君の神器を使う」
妙刀・神薙を? 一体どう活用するのだろうか。
「対象そのものに干渉する術式っていうのは、基本的に術者と被術者の間に、霊的な回路を繋げてはじめて成立する。霊力を吸い取る君の神器なら、その回路を断ち切れる筈だ」
「具体的にはどうすれば?」
「あの二柱の神を結んだ直線上。そこに君を転移させる。君はそこで神器を振るうだけでいい」
「そんな簡単な事でいいんですか?」
「本当は簡単な事じゃないんだけどね。回路を強引に断ち切るなんて、君の神器の特性あってこそだ。
それでも、一瞬しか回路は途切れないだろうけど、しかし一瞬途切れさえすれば、あとは素戔嗚がなんとかできる」
良く分からないが、しかし、僕のやる事は明白だ。
そう思い、僕はこくりと頷く。
「うんうん、良い覚悟だ。じゃあ、頼んだよ」
そう言って、伊梨は空間転移術式を発動した。
そして僕たちは、それぞれの戦場へと向かう。
僕と妃香華は素戔嗚のもとへ、伊梨は黒霊衆のもとへと。