第十八話 神すら霞む人の業
俺――素戔嗚の、神剣・羽々斬から解き放たれた霊力と、黒霊衆三人の攻撃がぶつかり合う。
暫しの拮抗の末、押し勝ったのは俺だった。
凄まじい轟音と共に、敵の攻撃を打ち破った神剣・羽々斬の霊力が、黒霊衆を飲み込まんとばかりに襲い掛かる。
しかし、その攻撃が黒霊衆に届くあと一歩のところで、何者かによって相殺された。
だが、それこそ計算通り。
神剣・羽々斬の神器開放を、真正面から相殺する事など、余程の神にしか出来ない。そんな事が出来るとしたら、そうはいない筈の、俺と同格以上の神。
その中でも、黒霊衆に味方しているのならば、俺に抑霊衆討伐を頼んだ神に違いない。これで、敵の正体を見極められる!
そう、思ったのだが、しかし。
「どういう……事だ……!?」
神の存在を認識できない。
まさか、抑霊衆討伐を俺に頼んだ神が、俺に仕掛けたのは、記憶操作の術式ではなく――
「自身の存在を、俺に知覚、認識できなくする術式か――!」
完全に当てが外れた。
俺と同格以上でなければ防げない一撃を放てば、記憶操作の犯人を誘い出せる。そういう算段だったが、しかし知覚できなければどうしようもない。
いや、それどころかこの状況は……非常にマズい……っ!
気付いた時には遅かった。
「ぐは……っ!」
知覚できない攻撃が、俺に襲い掛かる。
しかも一撃ではない。攻撃が、何度も繰り返し襲い来るのだ。
反撃を恐れているのか、はたまた慎重を期したいのか。間隔をあけて、細かい攻撃を繰り返してくる。しかも、こちらの治癒が追い付くか追い付かないかの瀬戸際の配分で。
こいつは確実に、俺を良く知っている神だ。俺の治癒能力の速度についても理解しているし、それにこの、知覚されない状態にも関わらず、慎重に慎重を重ねるような攻撃の仕方。明らかに、俺との戦闘方法を分かっているという感じがする。
調子に乗って、どんどん攻撃してきてくれれば、知覚できずとも居場所の目安をつけて反撃する事が可能だが、この状況ではどうしようもない。
と、その時、黒霊衆の者達が、大規模な術式を発動させた。
この、霊力から伝わる感じ……まさか。
焦る俺を後目に、黒霊衆の長らしき人物が言う。
「遂に辿り着いたぞ、黄泉平坂に」
刹那、異界への境が現れた。
「励志は今や、悪霊を纏いし生者――すなわち、生と死が曖昧な状態となっている。つまり励志は今、生と死との境界としての記号を持っているという事」
こちらに見せびらかすように、男は言った。
「それを利用して術式を組み上げれば、御覧の通り、黄泉国へ行けるというわけだ」
「待て――!」
止めようとしたが、認識できない敵に攻撃されて阻まれる。
「く……っ!」
そして、ただ攻撃に耐えるしかない俺を他所に、黒霊衆は、黄泉平坂へと足を踏み入れた。
◇◇◇
黄泉国の玉座。その前に、黒霊衆は辿り着いた。
「お初にお目にかかります。黄泉津大神……いえ、伊弉冉尊」
恭しく挨拶する中住。対して、目の前にいる神は、訝し気に尋ねた。
「葦原中津国で生を謳歌する人草よ。斯様な日陰の地に何用で参った」
「我らの狙いは貴方ですよ、伊弉冉尊。多くの神を生み出したその権能、見せてもらおうと思いましてね」
「そうか。ならば、望み通りにしてやろう」
中住の言葉に敵意を読み取り、伊弉冉尊は臨戦態勢をとる。
(相手は、黄泉国へと自力で踏み込んでくる程の人草。何か策を弄しているに相違ない。
ならば、不用意に接近せず、神産みの権能を最大規模で展開。こちらに干渉する隙を与えず、速やかに処理するが最善。
加減はいらぬ。刹那の内に縊り殺さむ)
そして、伊弉冉尊は一瞬で数多の神を生み出し、その神々に黒霊衆を襲わせた。しかし、その選択は失敗だった。
生み出した神が、中住に近い方から消滅、否、彼の中に取り込まれたのである。
対して、ニヤリ、と中住は笑う。すべてこちらの狙い通り。中空の術式。初めて発動したが、これはなかなか良い。
一か八かの賭けだった。この中空の術式は、効果範囲内にいる神を問答無用で取り込み、自らの力に出来る、という規格外のものだ。
しかし、逆に言えば、この術式にはその効果しかない。普通に遠距離から攻撃されれば、神を取り込むまでもなくやられてしまう。これが、素戔嗚相手には使えなかった理由。そして、今回の行為が一か八かの賭けだった理由だ。
伊弉冉尊が最初から神産みの権能を発動しなければ、あるいは、その神産みの権能を中途半端に発動されていたら、中住はここで死んでいただろう。
彼女に警戒心を抱かせ、最初から最大規模の神産みの権能を使わせる事が出来たからこそ、こうして立っていられるのだ。
ともかく伊弉冉尊を取り込み、その神産みの権能を手に入れれば、中住古久雨は、伊梨炉秀と同じく、神を生み出すという偉業を為せる。加えて、このまま他の神も取り込んでいけば、中住古久雨は伊梨炉秀を超える事すら出来るかもしれない。
「神をも取り込むこの力。こいつで、いつかおまえを越えてやる。待っていろ、伊梨炉秀――!」
ここから。
黒霊衆の進撃が始まる。
◇◇◇
攻撃を受け続け、そろそろ霊力も尽きそうだ。
このままではマズい。
何とか、ここを切り抜けないと。
「来たれ、大蛇の剣……その八岐の頭にて……眼前の輩を贄とせん……っ」
攻撃を受けながら、なけなしの霊力を必死でため――
「顕現……せよ……蛇剣・都牟刈――!」
その霊力で顕現させた蛇剣・都牟刈を、思いっきり地面に突き刺す。
そして。
「剣よ! 大蛇となりて全てを喰らえ――!」
大蛇の八つの頭が、それぞれ違う場所から、地面を割いて飛び出す。
大蛇を出すときは、戦闘時だ。流石に戦闘時は、俺も警戒しているわけで、認識阻害の術式をかけられたりはしない。よって、大蛇にまで認識阻害が掛けられている、ということはないだろう。
万が一掛けられていたとしても、この規模ならば、どこにいても避けられない筈。しかも今回は、地面を割いて出てくるという特別仕様だ。それでも何らかの対処はしてくるだろうが、しかし、それは逆に好都合だ。
そして、大蛇の一首に傷が走った。その刹那。
俺は、そこに向かって、再び神剣・羽々斬の神器開放を行った。
轟音が鳴り響き、そして。
俺に対する攻撃は止んだ。
おそらく、手傷を負ったため退散したのだろう。神剣・羽々斬の神器開放を受けて、かつ八岐大蛇特別仕様の包囲網を抜けて逃げたのだから、見事な手際だ。
本来ならば、これで倒せていてもおかしくない。やはり、俺と同程度か、もしくはそれ以上の神格の持ち主なのだろう。
「はあ、はあ……っ」
ボロボロの身体を引き摺り、俺も黄泉平坂への境を開く。
「さあ、行くか、妣が国へ」
そして俺は、境を潜った。
しかし、時すでに遅し。
黒霊衆も、そして我らが妣たる黄泉大神までも居なくなっていた。
黄泉国の支配者たる黄泉大神が、黄泉国から消える事はあり得ない。
つまり、現状が意味するところは――
「黒霊衆――ッ!」
黒霊衆に対する恨みが、また一つ増えた。
沸々と湧き上がる怒りを胸に抱いたまま、俺は再び葦原中津国に戻る。これ以上、人間に神を利用されるのは我慢ならない。
一刻も早く黒霊衆を潰そうと、俺は誓った。
◇◇◇
「ふむ……不完全な神しか生み出せないな……。いくら伊弉冉尊を取り込んだとはいえ、完全に神産みの権能を使いこなすのは、私には無理だったか。
とはいえ、質の面では不十分でも、量に関しては問題なさそうだからいいが……しかし、一柱くらいは完全な神が欲しい。
やはり、何らかの触媒を使うしかないか。ああ、丁度良いものがあったじゃないか。抑霊衆との戦いで得た――否、あの新参神が勝手に落としていった戦利品が」
神産みの権能を使い、抑霊衆との戦いで手に入れた産物に形を与える。
さすれば、完全な神を生み出せる筈。
それを生み出せれば、伊梨炉秀と並び立ったと言えるだろう。
何故なら、今から生み出そうとしている神とは、■■■■■なのだから。