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触りし神に救い有り  作者: 白き悪
黒霊衆篇
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第十五話 悪霊を集めし男

 そこには、大量の怨念が渦巻いていた。おそらく、悪霊から抽出したものだろう。


 確かに変だとは思っていた。霊力が乱れている時は、悪霊による被害もより甚大になる筈なのに、悪霊の被害はあまり増えていなかった。

 それも、全国からこの一ヶ所に悪霊を集めていたとすれば納得がいく。悪霊を大量に集め、その怨念を使って、今、何かをしようとしていると考えるのが自然だ。


 先程の中住の台詞から、霊力を乱したのは伊梨さんをおびき寄せる為だったというような印象を受けたが、それよりもむしろ悪霊を多く生み出す事の方が、メインの目的だったのかもしれない。


 そして、渦巻く怨念の中心に、一人の男が立っていた。

 彼は、私の方を見てゆっくりと口を開く。


「ほお、昨日捕らえた抑霊衆の女か。貴様の所持品は全て回収しておいた筈だが、よくあそこから出られたな。

 だがまあ丁度いい。この儀式を見届けるのが、執行者であるこの俺だけというのも、寂しいと思っていたところだ。

 おめでとう。おまえはこれから、歴史的瞬間に立ち会う事となる」


「歴史的瞬間? 一体あなたは、なんの儀式をしているのですか?」


「神を生み出す儀式」


 男は、平然と言ってのけた。


「な、何を言っているのですか!?

 悪霊の怨念から神を生み出すなんて事できる筈が――」


「確かに、数人の霊では無理だろう。しかし、これほど集めたのなら出来ない事はない」


「だとしても!

 悪霊の怨念が寄り集まり、神の力を持つなど、大災厄を引き起こしかねません!

 神を生み出すなら、穢れに憑かれていない純粋な霊力を利用すべきです」


「貴様らがやったようにか?

 ふん、くだらない。そんな神など、従来の神と何も変わらないだろう。

 いいか。霊の思念が力を持つ事こそが肝要なのだ」


 本当に嬉しそうに男は話す。完全に狂っているとしか思えなかった。

 とにかく、このままでは大変な事になる。その儀式とやらが完成する前に、何としてでもこの男を止めなくてはならない。


「儀式をやめる気はないのですね」


「ああ、当然だ」


「そうですか――なら、力尽くで止めてみせます!」


 私は、そう言って御札を放った。

 しかし、


「……っ!?」


その攻撃は、悪霊の怨念によって防がれた。


「この儀式の糧は怨念だと言っただろう。

 怨念には純粋な霊力とは違い意志があり、その意志が、儀式の完成を望んでいる。大いなる力を手に入れる事を渇望しているのだ。

 だから、その成功率を最大限に上げようと、怨念が勝手に動いてくれる。儀式の術者へ向けた攻撃を未然に防いだり、あるいは――」


 そう言って、男はニヤリと笑った。


「危険因子を自ら排除しようとしたり、な」


 刹那、怨念が四方八方から襲い掛かってきた。

 しかし、


「その程度、予想済みです」


 そう言って、私は(しゃべ)っている間に密かに準備していた防御術式を発動させる。


「穴熊の陣」


 怨念の攻撃を、完全に遮断する。


「なるほど。確かに堅い。だが、そう長くは維持できまい」


「ええ。ですが、それでもあなたを倒すくらいの時間はありますよ」


 そう言って、私は防御陣を維持しながら攻撃を放つ。


「はっ、器用だな。このレベルの攻撃と防御を両立させるとは。普段の俺ならば、すぐにやられていただろう。だが、それでも、この量の怨念を相手にするのは不可能だぞ」


 確かに、攻撃は怨念に阻まれ、男のもとへは届かない。

 しかし、私は何度でも攻撃を放つ。


「諦めが悪いな。一体、いつまで意味のない事を続けるつもりだ?」


 呆れたように言う男。

 確かに、傍から見ればこれほど意味のない攻撃はないだろう。しかし、私にとってはちゃんと意味のある攻撃だ。

 とっておきの秘策。私の奥の手を確実に決める為の、大事な布石。


「これで終わりです。急撃・鬼殺し――!」


 そう言って、私は大量の霊力を籠めた御札を、男に向けて叩きつけた。

 しかし、


「なるほど。怨念を散らしたところでとっておきの一撃か。しかし、そんな策など俺には通じんぞ」


 男は、無傷で立っていた。

 だが、それももちろん予想済みだ。


「ええ、分かっていますよ。だって、今までの攻撃は怨念を散らすだけでなく、その行動パターンを読む為に放ったのですから」


「なっ、それはどうい……がっ!」


 言いかけた男に、私の攻撃が突き刺さった。


「急撃・鬼殺し。まあ、今回の場合は鬼殺しではなく悪霊殺しとでも言うべきかもしれませんが。

 怨念の行動パターンを把握し、そのパターンの外から攻撃させてもらいました。その前の攻撃はただのブラフです。

 超火力の攻撃をメインだと思わせておいて、本命はその裏から奇襲する。

 鬼のように強い相手を倒す為の秘策。まあ、一種の奇襲攻撃ですね」


 男はその場にうずくまる。まだ意識はあるようだが、それでもこのダメージから立ち直る事は不可能だろう。

 だと言うのに。


「ふは、ふはは、ふはははははっ!」


 この男は、何故こんな状況で笑っていられるのか。


「ククッ。やれやれ、どうやらこの勝負、俺の完敗のようだ。しかしそれでも、目的は達成した。もう儀式は完成するぞ」


 その言葉とともに、周囲の怨念が一気に男の周囲に寄り集まる。


「そんな……っ!」


 そして、その様子を見てふと気付く。この男は神様を生み出すと言っていた。

 だが、いくら莫大なエネルギーがあっても、依り代がいなくては神様にならない。

 しかし、この部屋に依り代となるようなものはなく、怨念は男の周囲に寄ってきている。それはつまり――


「ひょっとして、神様を生み出すための依り代は……」


「当然、俺自身だ」


「な……っ、先程あなた自身が言っていたじゃないですか!

 怨念は純粋な霊力と違い意思を持っていると。

 これほど大量の怨念があなたに入ったのならば、その意思によってあなたの心は食い殺される。

 穢れと怨念に押しつぶされて、通常の悪霊の何倍もの苦しみを永久に味わう事になるのですよ!」


 その言葉に、男は笑いながら答えた。


「無論、そんな事は百も承知。だからこそ、依り代となるべき者は俺しかいない」


 瞬間、大量の怨念が、一斉に男の中に入っていく。


「あがぎががぎがががぎぐごががあああああっ!」


 男が苦しそうに、しかしそれでいて嬉しそうに呻く。怨念がその身に入る度、人としての原型を留めない程に、姿かたちが別の何かへと変貌していく。


「何なんですか……これは」


 私は思わず、そう呟かざるを得なかった。それほどまでに、目の前のものは醜悪極まりなかったのだ。


 それは、ただ破壊するだけの存在。所かまわず怨念をまき散らし、破壊の限りを尽くし、そして最後には自らをも滅ぼしてしまう、そんな存在なのだと、一目で分かってしまう。それほどまでに、悍ましいものだった。


 こんなものを、あの男は神だと言うのか。私にはまったく理解できない。これは確かに絶大な力を持っているが、その力は破壊にしか使えないだろう。そんなものは神様ではなく、ただの化け物だ。


 ともかく、この化け物を倒さなくてはならない。これほど強大な力が、ただ悪霊の怨念のみで行動しているのだ。野放しにしたら、大災厄が起きてしまうだろう。


 一度使ってしまった以上、もう鬼殺しは効かない。それでも、まだ攻撃手段はいくつもある。私はペース配分など考えず、持っているすべての火力を化け物に向けて放つ。

 しかし、化け物はそれをものともせずに、こちらに突き進んできた。


「面を護れ、矢倉の陣――!」


 私は、前方を守護する防御陣を発動する。だがそんな事はお構いなしに、化け物は拳を振り下ろす。


 ぶつかり合う攻撃と防御。その均衡は数秒で崩れた。

 防御陣に裂け目が入る。駄目だ。これ以上は防ぎきれない。


 この化け物を構成している怨念は、私を殺した後も、恨みの()け口を探して暴れまわるだろう。だから私は、この化け物を倒さなくてはならないのだ。絶対にこんなところでやられるわけにはいかない。


「ああああああああああっ!」


 限界を超えて、防御陣を強化する。

 それでも、化け物の攻撃を抑えきれず、防御陣は無残に砕け散った。

 もう私を守るものは何もない。無防備な体に、化け物の拳が突き刺さる――


 その直前。

 何者かが、化け物を蹴り飛ばした。

 化け物は、そのまま部屋の端まで飛ばされ、壁にめり込む。


「遅くなってすまなかったな、巫」


 化け物を蹴り飛ばした彼――麻布さんは、私の方を見て言った。


「助けに来たぜ」


 その表情は、何だか前よりも(たくま)しく見えた。


「ありがとうございます、麻布さん」


 そう言うと、麻布さんは心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。


「その……大丈夫か? 僕と同じく、今まで捕まっていたんだろう?」


「ええ。麻布さんの方こそ大丈夫ですか? 相当に消耗しているようですけど。それに、そこにいる霊は一体……?」


「十六夜妃香華。ちょっと前までは悪霊になっていたけど、今はもう普通の幽霊だ」


 麻布さんがそう言うと、その霊――十六夜さんは控えめに会釈(えしゃく)した。

 黒霊衆に捕まる前、麻布さんが話していた人だ。まさか、悪霊となって再会したとは。

 と、その時。


「がぐぎがああああああああああっ!」


 化け物が叫び、こちらに襲い掛かってきた。


「……っ!」


 麻布さんが迎撃する。そこから、あまりにも苛烈な攻撃の応酬が始まった。

 神になった人間と、神と同等の力を持った破壊の権化。流石に素戔嗚尊との戦闘には及ばないが、しかしそれでも凄まじい事に変わりはない。


 単純なスペックならば麻布さんに分があるだろう。しかし、麻布さんは見るからに消耗している。これでは非常に不利だ。ならば、私も出来る事をしないと。


 しかし、具体的にどうする。考えていると、ふと、隣にいる十六夜妃香華さんが目に留まった。

 そうだ。麻布さん曰く、十六夜さんは少し前まで悪霊だった。


 ここにいた悪霊はおそらく、皆日本全国から集められたもの。

 悪霊が集まりやすい場所というのはあれど、いくら何でも限度がある。これ程莫大な量の怨念を集められる数の悪霊となると、全国の悪霊に何らかの回路パスを繋ぎ、呼び寄せたと考えるのが妥当だ。


 そんな芸当が出来るといえば、目の前の化け物の依り代となった、あの男しかいるまい。悪霊や怨念に対して並々ならぬ執着を見せていた彼こそ、十中八九その術者だ。


 ならば、十六夜さんが悪霊だった時に繋がっていた回路パス――その残滓(ざんし)から、あの化け物に介入出来るかもしれない。

 あの男と悪霊を繋ぐ回路(パス)。その構造(システム)を利用し、化け物を内側から壊す。


 もともと、悪霊の怨念から神を生み出すなどあまりにも荒唐無稽な試みだ。そんな事を実現させるとなると、あらゆるところに無理が生じる。

 そこを刺激する事によって、絶妙なバランスで何とか動いている化け物を、崩壊させる事ができるだろう。

 おまけに、私は先程怨念の行動パターンを既に解析している。ならば、きっと可能な筈だ。


「十六夜さん、あの化け物を倒す為に、協力してくれませんか?」


 私がそう言うと、十六夜さんはコクリと頷いた。

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