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触りし神に救い有り  作者: 白き悪
黒霊衆篇
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第十四話 決意

 妙刀・神薙。僕の生み出した、霊力を吸収する神器。その刀身で、妃香華の外側を覆う靄――すなわち、穢れにそっと触れる。

 刹那。あの苦痛が、再び僕を襲った。


 闇が、僕の存在を押し潰していく。自分の存在が侵食され、腐敗し、溶けていく。極限まで研ぎ澄まされた負の感情が、僕の心を塗り潰していく。


 だけど。

 濃密な、全てを覆うような闇の中。その先に、一筋の光が見えた。


 ああ――あれが妃香華の魂。こんなに黒々とした闇に覆われてしまっても、それでも尚輝きを放っている。


 そうだ。僕は、(穢れ)を取り除き、この()を守らなくてはならない。

 僕は光に手を伸ばす。その刹那、景色は一変した。



――これは、あの日。あの廊下での光景だ。

 おずおずと、妃香華が僕の方を見てくる。あの時、僕は目をそらしたんだ。

 だけど、今度はそらさない。


 触らぬ神に祟りなし。関わらなければ、見てみぬふりをして逃げてしまえば、自分の身に火の粉が降りかかる心配はない。


 だけど――関わらなければ得られない物もある。

 だから今度こそ、僕は目をそらさず、しっかりと妃香華の方を見据えて話しかけた。


「久しぶり、妃香華。その……遅くなって、すまなかった」


 そう言うと、


「灯醒志は、やっぱりヒーローだね。死んで、悪霊にまでなったわたしをこうして助けに来てくれるなんて。こんなに傷ついて、ううん、わたしに傷つけられているのに。

 でも駄目なんだよ、わたしと関わっちゃ。だって、わたしの中には……」


 妃香華がそう言った瞬間、彼女の影が、別の()()に形を変えた。

 その()()から、悪霊など比ではない程の、邪悪な気配が感じられる。


「これが何なのかは分からない。でも、良くないものだって事は確かだと思う。だから灯醒志、わたしの中から出て行って。そして、わたしの意識が保たれている内にわたしを――」


 殺して、と。妃香華は言おうとしたのだろう。その言葉を遮るように、僕は言葉を紡いだ。


「関係ない。妃香華の中に何があろうと、ここで妃香華を見捨てるなんて、絶対にしない。

 一度見捨てておいて今更こんな事を言うのは身勝手すぎると自分でも思うけど、それでも僕は、妃香華の為に何かをしたいんだ」


 本当に、今更過ぎる。あの時見捨てた時点で、既に手遅れなのだ。もう妃香華は死んでいる。取り返しなんて、絶対につかない。


 だけど。それでも。せめてその魂だけでも慰められたら。

 そう思い、僕は妃香華に向けて手を伸ばした。

 妃香華は驚いたような表情を浮かべ、(しば)躊躇(ためら)った後、ゆっくりと僕の手に触れた。



 刹那。

 僕の思考は現実へと帰還した。


「ぐ、ああ……っ!」


 途端に精神への負荷が倍増する。

 それもそのはず。曖昧な意識の時ですら耐えるのが難しかったのに、今は完全に意識が戻っているのだ。鮮明になった感覚が、その苦痛を如実に伝えてくる。


 だが、これでもまだ足りない。通常の感覚では、穢れと魂の境い目で神器を離すなんて芸当、出来る筈がない。

 だから僕は神の力で、第六感も含めた全ての感覚を限界まで拡張した。当然、感覚を鋭敏化させれば苦しみも倍増する。


 だが、ここで我を失ってはいけない。穢れをすべて吸収し、放出するまで、この地獄のような苦しみに耐えぬかなくてはならないのだ。しかも、感覚を鮮明に保ったまま。


「が……あ、ぐ……ぅ」


 苦しみで頭がどうにかなりそうだ。だけど、それでも止めるわけにはいかない。

 ここで止めたら、この苦しみを妃香華に永遠に味合わせ続ける事になるのだ。その方が、この苦痛の何倍も苦しい。


「ぐ……が……あ、があああっ……」


――あと少し。あと少しだ。


 妃香華を覆っていた黒い靄が徐々に無くなっていく。

 そして遂に、全ての穢れが取り払われた。瞬間、僕は妃香華から神器を離す。しかし、そろそろ僕の精神が限界だ。


 とにかく、一刻も早くこの苦しみから逃れようと、僕は必死に穢れを放出する。一度穢れを放出していたおかげで体が覚えていたのだろう。思考がままならない状態でも、何とか穢れを放出できた。


 しかし、休んでいる暇はない。

 一度取り払ったとはいえ、穢れは穢れ。霊体に取り憑こうという本質は変わらない。

 当然、その穢れは再び妃香華の魂に憑こうとする。


「うおおおおおおおおおおっ!」


 僕は最後の力を振り絞り、妃香華を抱き上げる。

 そして勢いよく走り出し、穢れから一気に遠ざかった。


「はあ、はあ……」


 心身ともにもう限界で、いつ倒れてもおかしくない程だった。しかし、それでも僕の心には、暖かな光が灯っていた。

 だって今、僕は妃香華と一緒にいる。それだけで、さっきの苦痛など吹き飛んでしまいそうだ。


 走りながら、僕は妃香華を見る。

 周りの黒い靄は消えており、生前と全く同じ姿になっていた。一瞬、妃香華が生き返ったかのような錯覚を覚えるが、それはあり得ない。状態としては、悪霊から普通の幽霊に戻ったという感じだろう。


「……灯醒志」


 不意に、妃香華が呼び掛けてきた。


「どうした? 妃香華」


「ごめんなさい。たくさん迷惑かけちゃって」


「何言ってるんだ。謝らなくちゃいけないのは僕の方なのに。あの時僕は妃香華を見捨てて……っ!」


「……灯醒志は優しいね」


 そう言った妃香華は、ふと何かに気付いたように顔を真っ赤にした。


「ね、ねえ灯醒志。今のわたしの抱えられ方って……」


 言われて気づく。この抱き方は、俗に言うお姫さま抱っこというやつではなかろうか。


「ご、ごめん妃香華! 咄嗟の事だったから抱え方とか考えている暇がなくて……。その、僕なんかにお姫さま抱っこされるの嫌だよな」


「ううん、全然嫌じゃないよ。むしろ……。で、でも、灯醒志こそ、わたしなんかをお姫さま抱っこするの嫌なんじゃ……?」


「いや、僕も全然嫌じゃないぞ。むしろ、いつまでもこうしていたいくらいだ」


 こうして妃香華と話せている。本来ならありえなかった時間。

 この時間がずっと続いてほしい。そんな風に思い、笑みがこぼれる。


 妃香華も、僕の言葉を聞いて、ほんの少し微笑んだ。だけど、その笑みには陰りがある。心配事を隠そうとする時の表情だ。

 僕はもう、妃香華のそんな表情など見たくはなかった。


「妃香華、まだ何か心配事があるんじゃないのか」


 僕がそう言うと、妃香華は申し訳なさそうに黙っていたが、少し経つと、ゆっくりとしゃべり始めた。


「その……さっき、灯醒志に助けてもらった後の事だけど、あの黒いのがわたしを追いかけてきたでしょ?

 せっかく助けてもらったのに、このままじゃいつか、またあれに取り憑かれる事になっちゃう」


「確かにそうだな……。未練をなくして成仏できればそれに越した事はないんだけど……それがすんなり出来るのなら苦労はしないよな。それ以外の方法となると……」


「一つ、方法があるにはあるけど……」


 そう言った妃香華の表情は、いかにも自信無さ気だった。しかし、例えどんなに実行が難しい事でも、試してみる価値はある。だから僕は、妃香華に聞いた。


「本当か? それはどんな――」


「……わたしの魂を破壊すればばいい。霊になると、自分で自分を殺す事が出来ないから、誰かにやってもらう必要があるけど……」

「ごめん。それだけは、駄目だ」


 思わず、僕は即答した。自分から聞いておいてこの返答はどうかとも思ったが、どのみち僕は自分の考えを曲げるつもりはない。


「ぅ……だって、それくらいしか方法がないよ。他にどうすれば……?」


 ただでさえ小さい妃香華の声量がさらに下がっている。

 そんな妃香華に、一体どのような言葉をかければいいのか。いや、とにかく今は、妃香華を助ける方法を考えなくては。

 ようやく穢れの影響が薄れてきた頭で、僕は考える。

 すると、自ずと一つの答えが浮かんできた。

 魂を破壊する事なく、妃香華が再び穢れに憑かれないようにする方法。それは、いたって単純シンプルだ。


「僕が守る」


 それが、僕の出した結論だ。


「穢れが何度妃香華に取り憑こうとしても、そんなものは僕が全部追い払う。

 妃香華の魂がこの世に存在するかぎり、僕がずっと妃香華を守り続ける。

 一応今の僕は神なわけだし、万全の状態なら穢れを退しりぞける事くらい何とかなるさ」


「……でも、それって灯醒志がずっと神様でいなくちゃならないって事だよね?

 灯醒志がどういう経緯で神様になったのかは知らないけど、人間に戻れないって事はないんでしょ……?

 それなのに、灯醒志はわたしなんかを守る為に人間に戻らないでいる気なの……!?」


「ああ。妃香華と一緒に過ごせるのなら、僕にとってはそれが最上の幸せだ。人間に戻れなかろうと構わない。

 僕自身がそう思ってるんだから、妃香華が負い目を感じる事なんて何もないさ」


 僕がそう言って笑うと、妃香華は釈然としない表情をしながらも、ゆっくりとうなずいた。


「……分かった。本当にありがとう、灯醒志。でも、もし人間に戻りたくなったり、穢れを祓い続ける事に疲れたりしたらちゃんと言ってね」


「ああ、肝に命じておく」


 そんな言葉を交わしながら、僕達は前に進む。


 妃香華と再会できた事による高揚と、それでも消えない――むしろ膨らんだ罪悪感とが頭の中をかき回しているけれど。

 それでも今、目の前に妃香華はいるのだから。


 これから先は、妃香華をずっと守っていこうと――僕は強く決意した。

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