さよならのかわりに①
静かな廊下に一人分の足音が響く。
チ、ヨ、コ、レ、イ、ト。
パ、イ、ナ、ツ、プ、ル。
ずんずんと普段より大きな歩幅で進んでいく。
グ、リ、「なにやってるの」
声が聞こえてきたほうに顔を向けると、
「あ、遥先輩こんにちは」
そこには怪訝そうな顔をした遥先輩がいた。
先輩とは去年の体育祭の応援団で一緒で。
私の指導係、詳しくは私と私の友人と少年Aの指導係をしてくれたふたつ上の先輩である。
ちなみに少年Aと言うのは同じ組の「教室の中までまで聞こえてきたけど、声」
「静かな所って、無性に大声を出したくなりませんか?」
「ならない」
「じゃあ、ペンキ塗りたての所に指を「やらない」
「横断歩道の白線「しない」
むっと顔を顰めると先輩は笑った。
くしゃりとしたあどけない、笑顔。
その武器で今まで何人のおんなのひとを落としてきたんだろう。
「あれ、意外と保守的なんですね」
「君が予想外過ぎるの」
そんなことないと思います、と言うと「そうなんです」とやんわり言い返される。
「じゃあ、常識人の先輩がそう言うならそうなのかもしれません」
「ちょっと待って、君の中で俺は常識人枠なの?」
「ストライクど真ん中で常識人です」
「なぜだろう。全然、嬉しくない」
もう、せっかくひとが褒めているのに。
ポケットに入れていたせいで少し柔らかくなってしまったミルクキャラメルを口の中に放り込む。甘い。
「あげませんよ」
「いらないよ」
相変わらず食い意地張ってるね、と先輩は笑う。
窓から差した太陽の光に当たってアプリコットブラウンの髪がきらきらと煌っている。
それはまるで彼自身が発光しているみたいで。
近いのに、遠い。
「先輩」
「今度はなに」
「ご卒業、おめでとうございます」
その言葉に遥先輩は驚いたようにぱちぱちと瞬きを数回して
くしゃりと顔を破綻させた。
「私が卒業おめでとう宣言第一号ですね」
「少しフライングだけどね」
なんで、そんな嬉しそうな顔、するの。