協力か対戦か
「いやあ、この間のホラーゲームは実に有意義で楽しかったよねッ」
満面の笑みと弾んだ声で言うつぐみ。
「またなにを言い出すんですか?」
その不自然な表情に警戒心バリバリの透。
それは、いま現在プレイするゲームソフトを思案中であるという状況まで含め、ふたりにはお決まりの光景だった。
「ホラーをホラーとして楽しむ余裕もなくふたりで必死にクリアまでこぎつけたあれが、そんな有意義なものでしたか? 別に楽しくなかったとは言わないですけど、お互いプレイの下手くそさ全開でしたよ?」
クリア後につぐみも、もうホラーゲームはこりごりだよ~、なんて時代錯誤なテンプレ台詞を言っていた。本気の不快感はないにせよ、笑顔で楽しかったなんて言える状態でもなかった。
「それが、わたしは気づいてしまったんだよ」
「なににですか?」
「聡明なわたしは上辺に騙されず真理を見抜いてしまったんだよ」
「その言い直しって必要あります?」
「その様子じゃ透くんは気づいてないみたいだけど、わたしは気づいた。――――あの時のゲームは協力プレイって感じがして楽しかったよね! と」
一気に声量マシマシで言い放つつぐみ。
一方、透は当然そのノリにはついていけない。
「協力プレイって感じじゃなかったと思いますけど。単に交代でやってただけですし」
「ふたりでひとつの目標に向かって手を取り合う。それを協力と言わないでどうするのさ透くん。わたしたちはあの時確かに協力プレイをしてたんだ」
「そんな定義でいいなら、いつも僕がRPGやってる時に横からなんやかんや口出してるあれも協力プレイじゃないですか」
「なんやかんや口出してるってなんだよぉ。助言って言うべきだ、助言って」
「別につぐみさんの言葉で助かったこともないしなあ……」
「顔を曇らせない! ――ともかくそれはそれ、これはこれ。早い話、わたしの中にはいま猛烈な協力プレイ願望が発生してるんだよ!」
「だよ! って言われても、つぐみさんは幽霊だから普通の協力プレイはできないでしょ」
一般に協力プレイと言えば、複数のプレイヤーがそれぞれコントローラーなり携帯機なりを持って同時に同じゲームをプレイすることである。透の体を借りなければコントローラーを持つことのできないつぐみの場合、透との協力プレイなんてものは実現不可能だ。
無慈悲かつ至極当然な現実を突きつける透に対し、しかしつぐみは焦らない。
「そんなことドヤ顔で言われなくてもわかってるよ、透くん」
「ドヤってはいないですよ」
「だからわたしはすでに考えていたんだ。透くんの体を借りずにゲームをプレイする手段を得る。つまり、触れなくても思念のみでコントローラーを操作する力を身につけようとね!」
「要はポルターガイスト的なやつですか?」
透に大した驚きはなかった。それは透も手段のひとつとしてかねてから考えていたことだし、そうなれば随分楽になるだろうと思っていたことだ。
「その通り。しかもわたし、これまでにも密かに特訓してたからね。ゲームの操作と言えば複雑そうだけど、動作自体はボタンを押すことだけ。それぐらいならすでに難なくできちゃうから」
その言葉は透にとって予想外で、その口から思わず感嘆と称賛の声が漏れた。
「地道に特訓できるんですねー。そういうの苦手なタイプだと思ってました」
「まあ、まだ実戦には不安が残るんだけど、とりあえずいまのわたしの実力を見せてあげるよ。それでわたしとの協力プレイの可否を考えてもらえばいい」
「いま実際にプレイしてみせるってことですね?」
「そう。ただわたしが普通にプレイするだけじゃ面白くない。ここはひとつ――」
そう言いながら、つぐみは一本のソフトを指差した。
「透くんにわたしの操作を体感してもらいたい。協力プレイの前に、対戦プレイという形でね」
つぐみの顔には不敵な笑み。そこには、ありありとした自信の思いが浮かんでいる。
画面には向かい合うふたりのプレイヤーキャラ。画面の上端と下端にはそれぞれ体力と気力を表すバーが伸び、上部中央には残り時間を示す二桁の数字が鎮座している。
つぐみが選んだのは格ゲーだった。対戦と言えば格ゲー、格ゲーと言えば対戦、というつぐみの主張により選ばれたそれは、ストーリーモードの充実っぷりに定評のあるシリーズの一本だった。
ふたりはともに真剣な顔で画面を見つめ、コントローラーからは画面上のキャラの動きにシンクロして激しい音がしていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………つぐみさん」
「……なに?」
「実戦には不安が残るんでしたっけ?」
「そうだよ。わたしはちゃんとそう言ってたし。まだまだ修行中だって言ってたし」
「そこまでは言ってなかったと思うんですけど」
「いやほら、力加減とか難しいんだよ。念じてからラグが出たりもするしさあ」
現在、勝負は五戦目に入っていた。これまでの結果は、透の四勝〇敗。うち三ラウンドは一切ダメージなしのパーフェクト。
ただ、透は別に格ゲーが得意なわけではない。
「さっきから全然技出せてませんよね?」
「一回出たじゃん。必殺技出してたよ、わたし」
「あれ暴発しただけですよね? 完全に偶然出ただけだし、おまけに出がかりで潰されたし」
「……………………あッ」
「あー、そんな無防備にジャンプするから」
つぐみの操作するキャラが、エコーのかかった悲鳴とともに吹っ飛ばされる。そして地面に仰向けに転がり動かなくなった。
「全然ダメなんだけど」
「僕に言わないでくださいよ。つぐみさんが勝手に自信満々だったんですから」
「これはわたしの実力じゃない! この力が……ッ! わたしがこの力を使いこなせてないからいけないんだ……ッ!」
「右手を抑えてうずくまらないでくださいよ。それに、つぐみさん僕に憑依してる時も基本ガチャプレイだからそこは大して変わってませんでしたよ」
「ガチャプレイって言うな! こっちはちゃんと考えて動かしてるんだいッ!」
うわーん、と泣き真似を始めるつぐみにつき合うことはせず、透は淡々と話を進める。
「とにかく、格ゲーじゃテンポ早すぎるし練習にもきつそうだから別のにしましょう。やっぱりRPGが無難じゃ――」
「あれがいい」
泣き真似も早々にやめ、つぐみは別のソフトを指差した。
「落ちものですか?」
つぐみが選んだのは同じ色を揃えて消していくタイプの落ちものパズルゲームだった。
「落ちものだってタイミングが重要だし精密な操作も必要そうですけど……」
「ふっ、今度こそわたしの実力を見せてあげるよ透くん」
透的には異論があったが、当のつぐみの希望である。ふたりは格ゲーに代わりパズルゲームをプレイしようとしていた。
「僕もこれ別に得意じゃないですけど、もし負けたとしても大げさにショック受けたりしないでくださいね」
「その余裕綽々の態度をいつまでとってられるかな? わたしの操作で度肝を抜いてやる!」
さっきの体たらくを経て、どこからその自信が湧いてくるのだろうと疑問に思いつつ、透はゲーム画面に集中する。
モードの選択を終え、プレイ開始のカウントダウン。さしたる緊張があるわけもなく、ゆるやかにスタート。最初のブロックが画面内に落ちてくる。
それに意識を向けつつ、ちらりと横目でつぐみの方の画面を見ると、
「はっはっはーッ! 秘技、適当積み!」
落ちてくるブロックが、高速で右端から積まれていっていた。
「その手使います――ッ!?」
「使うもなにも、これがわたしの基本戦法だもん! これなら十字キーを右に入れっぱなしにするだけで複雑な操作も必要ないしシンプル! さあどんどん積むぞぉ――ッ!」
色を合わせることなく適当に積み重ねていき、溜まってきたら消せそうなところを消していって勝手に連鎖してくれるのを待つ。それがつぐみの言うところの適当積みである。
「連鎖開始ぃ――――ッ!」
格ゲーとは打って変わって、落ちゲーをしているつぐみの顔はこれ以上ないというぐらいにイキイキしていた。
結果、落ちゲー勝負はつぐみの勝ち越しだったが、基本十字キー入れっぱなしなんて状態ではコントローラーを操作する練習になるわけもなく、ふたりでの協力プレイの目途はまったく立たずじまいだった。