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シごらく  作者: 吉水ガリ
2/6

感性の違い

「本当に便利ですよね、これ」

 目の前のノートパソコンの画面を見たまま、透はしみじみと呟いた。

「え?」

 左後ろに浮かんでいるつぐみが、間の抜けた声を返した。

「ごめん。読んでてよく聞き取れなかった」

 透は画面から視線を移す。

 透の背後にいるつぐみの左手はいま透の左手と重なっており、結果透の手は思い切り左側へ伸ばされた格好になっている。そしてその手は、ゲーム雑誌のページの端を摘まんでいた。

「便利ですよね、これ」

「ああ! 部分憑依のことね! 便利だよー、ホント。こうして雑誌まで読めちゃうんだから」

 つぐみは弾んだ声でそう言った。

 彼女はいま、透の左手を借りてゲーム雑誌を読んでいるのだ。貸すのはあくまで左手のみ。透の方は自由な右手でマウスを掴み、パソコンに向かっている。

 片手でゲームの操作は無理があるが、この程度のことなら二人がそれぞれしたいことをできるのだ。つぐみが自分でゲームを操作することに成功してから早五日。彼女はこの部分憑依の恩恵により快適なゲームライフを送っていた。

「いやー凄い。凄いよこれは。能力名とかつけたくなっちゃうよね」

「いや、唐突にそんな同意を求められても……」

「なんで? 透くんはリアル中二でしょ? まさかもう高二病入っちゃってる?」

 わざとらしくきょとんとする幽霊に、透はツッコミを放棄して話を促す。

「ちなみにどんな名前を付けるんですか? 洋楽から? 漢字の羅列とか? バリバリの横文字ですか?」

「ちっちっちー」

 つぐみは人差し指をピンと立てて左右に振った。

「そのどれでもない」

「じゃあどんなのつけるつもりですか? 縛りプレイはめんどくさくなるだけだと思いますけど」

「甘いよ透くん。実はすでに名前は考えてる。あとわたしは縛りプレイは全然しない派だ」

「その情報はどうでもいいですけど、それじゃあ名前の方は?」

 前フリはいいからさっさと答えてくれという態度ありありの透の言葉に、つぐみは顔に微笑を浮かべて言う。

「ずばり、ラブリーゴー○トラ○ター!」

「パクリだ」

「ラブリーで女の子らしさを出しつつ、ゴーストって部分が幽霊であるわたし自身とかかってるんだなぁ、これが」

「しかもバリバリの横文字だし」

 微笑をドヤ顔に進化させたつぐみには怖いものなどない。透のツッコミも気にせず、自信満々である。

「つぐみさんは十八歳なのにいまだに中二病なんですね」

「なに言ってんの、ゲーマーなんて一生中二病だよ」

「その認識は雑すぎますよつぐみさん」

「そこはまあ否定しないけど、そんなことより透くんが興味なさすぎな方がわたし的には気になるかな」

「そんなノリノリにならないですよ。ぼくは体操られてるだけですし」

「いや、そこは逆に考えるんだよ。体を操られる=自分の体を制御できない=くっ、静まれ俺の右腕! ってことでしょ? ほら、楽しいよ」

「えー…………」

 思わず呆れ顔でつぐみを見る。

「友達の前でやろうよ! 絶対面白いって!」

「それ黒歴史確定のやつじゃないですか」

 現実に自分の体が制御できていなくとも、傍から見ればただの演技と変わりはない。つぐみがなんとなく楽しくなるだけで、透も友達も得しないのは明白である。

「妙なことを考えてないで大人しく雑誌を読んでてください」

 透はそう言って顔を画面の方へ戻した。この話題を続けるとろくでもない案ばかりが飛びだしそうだ。

「つれないねえ、透くんは」

 不満げな子を漏らしながらも、つぐみは言われるまま雑誌の方に意識を戻した。

 その様子を目の端で捉え、透はふと思った。ゲーム雑誌をあんなに熱心に読む人って珍しいな。ゲームの情報を得る手段はもっぱらインターネットというのが透や友人たちにとっての普通である。いまつぐみが読んでいる雑誌は彼女にねだられて透が買ってきたものだが、透がこれまでの生涯でゲーム雑誌を買った回数は数えるほどしかない。

「雑誌を読むよりインターネットの方がよくないですか?」

 大人しく読めと言っておいて声をかけるのも矛盾している気がするが、透の頭に浮かんだ疑問はするりと口から出てしまっていた。

 対するつぐみの方はそれを気にする様子もなく、

「おやおや、透くんもそんなことを言っちゃう系ゲーマーだったわけだねえ」

 何故かにやにやとした笑みを浮かべながら透の方に顔を向けた。

「変な系統分けはしないでくださいよ」

「だってありがちな問いかけすぎるんだもん。愚問だよ、それは」

「愚問?」

「ゲームの情報を得るだけなら公式サイトとかネットの記事の方が早いけど、雑誌に載ってるのはそれだけじゃないからね」

「他に載ってるって言ったら、攻略情報?」

「それだってネットでいいでしょ。わたしが読んでいるもの、それはコラムやインタビュー、そしてなにより読者投稿欄!」

「あぁー……」

「反応薄いなぁ」

「確かにそれはその雑誌にしか載ってないですね」

 透はあっさりと納得した。なるほどそれなら理解できる。そのためだけに雑誌を買うかどうかはさておき、動機としてはよくわかる。

「特に読者投稿欄は唯一無二だから、なにより価値ある物だと言えるんだよ。自分と同じくゲームを楽しむ同志たちがそこにいる。それを実感できる場所なんだ」

「その口ぶりからすると、つぐみさんもよく投稿してたりしたんですか?」

「…………まあ、ちょいちょいね。絵を描くのは好きだったから」

「常連だったり?」

「載ったり…………載らなかったり……。普通って感じ」

「ふーん」

 しばしの無言空間。

「なんだよ! 興味ないなら聞くなよう!」

「なんで急にキレるんですか!?」

「恥ずかしいじゃん! 年下相手に自分語りして悦に浸ってる感があるじゃん!」

「自虐的すぎるでしょ!」

 部分憑依も解いて空中で身悶え始めたつぐみは、透が言葉を尽くして宥めてもしばらくの間落ち着くことはなかった。

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