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魔王。

部屋に帰ると、俺は買ってきた夕食をテーブルの上に綺麗に並べ、その後全てそれらを平らげた。

「いよいよ明日か」

 カーテンを開け、俺はベッドに横になり、星の瞬く夜空を眺める。

 魔王との戦い。現実離れした話しだ。本当に魔王なんかこの世に存在するのだろうか。もしかしてトイレの守護霊さんは嘘でもついているのではないだろうか? 

 そんな考えが今更ながら浮かぶが、胸に去来する恐怖に近いざわつきが、それを否定する。

 こんな状態で俺は寝れるのだろうか。俺は羊を数え始めた。

「羊が一匹、羊が二匹……」

 そこまで数えた所で俺の意識は夜空に吸い込まれるように途絶えた。

 次の日、目覚めたのは朝の4時過ぎだった。

 近所の家から聞こえてきた、鶏の元気の良い声が、俺の意識を再び現実に引き戻したのだ。

 何か目覚めと共に吹っ切れたような感情が芽生えてきた。それが熟睡したことによる効果なのか、それとも会社をくびになったことが、原因なのかは分からない。だが、もう俺に迷いはなかった。

 俺は服を着替え身支度を整えると、トイレへと入った。

 そして能力を発動させた。

「魔王は地底にあるトイレにいるんだよな……」

 俺は地底にあるトイレをイメージして飛んだ。

 風を感じられない。空気の流れはほとんど感じられない。だが、酸素は十分にあった。

 随分と広い空間だ。王宮のような造りの建物内に俺はいた。

「ここは、本当に魔王がいる場所なのか? というより本当にここはトイレなのか?」

 辺りを見回すが、魔王の姿はどこにも見当たらない。

 建物内に電灯のような物はないが、建物内は人が歩くには十分なほどの光があった。それはまるで建物自体が光を放っているように感じられた。

「もしかしたら、ここは魔王がいるトイレではなくて、過去に栄えていた文明の成れの果て、古代遺跡か何かじゃないだろうか」

 そう思った俺は建物内を散策してみることにした。

 しかし進んでも進んでも道が続くばかりで、どこにも魔王の姿は見当たらなかった。

 まるで無限回廊にでもいるかのような錯覚を覚え、急に寒気を感じた。

「どうやらここは魔王の封じられているトイレではなくて、古代遺跡で間違いないだろう。魔王がいなければこんな所にいたってしょうがないな。別に俺は考古学者でもなんでもないんだから、ここにとどまる必要はない。もしかしたら、古代文明の産物でお宝やら科学兵器やら、貴重な物が眠っている可能性も否定はできないが、やっぱり一旦ここから出ることにしよう。なんか薄ら気味が悪いんだよな。ここ」

 俺は自室へと帰るために、飛ぼうとした。が、ふと思った。

「あれ、俺の能力ってトイレの個室間しか移動が出来ないんだったよな。よしこのいる場所に行った時も、あの牧場自体がトイレとみなされてあそこに飛んだんだよな。じゃあ、もしかしてここはこの王宮みたいな空間自体がトイレなのか?」

 その時、空間に声が響いた。

「「その通りだ」」

「だ、誰だ!?」

 突如として空間に響いた声に、俺は警戒心を強めた。

「「ふっふっふ。ふふふのふっ」」

 声の主は腹の底から笑うかのような、それでいて人を小馬鹿にしたような笑い方で言った。

「お前は一体誰なんだ?」

「「私が誰、だって? もう分かっているんじゃないのか? お前さんは」」

「俺が顔も見たことがないお前のことを分かるはずがないじゃないか」

「「本当に私が誰だか分からないのか? お前は。もうこの鈍感ちゃん」」

「その喋り方をやめろよ。気持ちが悪いんだよ。さっきから人を小馬鹿にしたような口調で話しやがって」

「「ふうっー。お前は何しにこんな場所へ来たんだ? 思い出してみろよ」」

「思い出すもくそも、忘れるわけがないだろう? 俺は魔王を倒す為にここへ来たんだよ」

「で、その魔王はここにいたのかい?」

「いや、どこを探してもいなかったね。どうやらここは古代遺跡のようだ。だから俺はこれからここから帰る所なんだ」

「「で、お前が話している俺は誰だと思う??」」

「は? お前? お前のことなんか知るわけないだろう? ただの古代遺跡の王宮トイレを調べに来た考古学者か何かじゃないのか?」

「「おい、まだお前分からないのかよ。大体この場所は地底一万メートルの場所にあるんだよ。そうたやすくこの場所に来られると思うか?」

「ち、地底一万メートル? そんなに深い場所にある場所なのかここは? でもお前は姿は見えないけれど、現にここにいるではないか? まだ声しか聞いていないけれど。も、もしやお前は……」

「「そうだ。そのもしや、だ」」

「お前は、地上から監視カメラを地底に送り込み、その監視カメラで俺のことを見ていて、中継をしているということか?」

「「ち、違ーう!」」

「じゃあ、一体お前は何者だっていうんだよ。姿も俺の前に現さないし、その喋り方だとシャイボーイっていうわけでもなさそうだし。まさかお前、俺が探している魔王とか言うんじゃないだろうな」

「「……ご名答だ。なんか知らんが適当な感じで当てられてあまり嬉しくはなかったがな……」」

「う、嘘だろーー!! お前が魔王だと??」

「「ああ、そうだ。俺が魔王だ」」

「そんな、こんなちゃらちゃらした口調の威厳の欠片も声に感じられない、お前が魔王だと?」

 俺は魔王と名乗る奴に向かって挑発的な口調で言った。話している奴がどう考えても魔王には感じられなかったし、もし仮に話している相手が魔王だったとしても、声のトーンやら、ちゃちゃらした雰囲気がとても恐ろしい奴には感じられなくて、俺の気持ちが強気になったからでもあった。

「「そうだ。って威厳の欠片もないって酷いこと言うなお前は」」

「おい、魔王。じゃあ、なんだって姿を俺の前に現さないんだ? 俺が怖いのか? 怖いんか? 怖いのんか?」

「「何で言い方を三回変えて言った?」」

「いいから、答えてみろよ。何で俺の前に姿を現さない!」

「「ふっふっふ」」

 魔王名乗る存在は再び人を小馬鹿にしたような口調で言った。

「何がおかしい!」

「「ふふふのふ」」

「くそー、舐めやがって」

「「ペロペロペロ」」

 流石にむかついた俺は能力を使い変身することにした。

 「ふ、ふははははっ。何だこの溢れるパワーは。今まで変身した時に感じたことのないエネルギーと高揚感だぞ」

 俺は体の底からみなぎってくるパワーに驚愕した。

 やはり、魔王と戦うということで、変身も最強クラスへと変わるのだろう。ゴキブリと戦った時や、トイレの花子さんと戦った時とは段違いのパワー、まるで覚醒とでも呼べるかのようだ。

 変身が完了し、俺は自身の体を見回した。

「お、おおお!」

 古代風の金属の鎧を俺は身に纏っていた。その鎧は銀色と黄金色を足して2で割ったような色をしていた。金属はとても軽く、それでいて触ると硬い。しかし、その硬さはただ硬いのではなく、しなやかさや弾力もそなえている、まさに自分の思い描いていた理想の鎧だった。

 顔にもそれと同様の金属が使われているヘルメットが装着されていて、手首にも、足首にも同様の金属の装備が付いていた。

 そして、俺の手には太陽を濃縮した、とでもいうような黄金色の刃の剣が握られていた。

「すげえ、めちゃめちゃ強そうな剣だ」

 俺は試しに、その剣を軽く振ってみた。

 剣先から線香花火の弾け飛ぶ火花のように溢れ出ていたエネルギーの一部が床に一直線に凄まじい勢いで伸びていく。

 その伸びと共に床にはまるで地割れでも起きたかのように遥か先まで床に切れ目が走る。

「まじかよ。すげえ、この剣最強じゃん。もしかして、これ伝説の剣なんじゃねえ?」

 この剣があれば俺はもういくら魔王が相手であろうと無敵なのではないだろうか。

 俺は勝利を確信し、高笑いを上げた。

「ひっひっひっ。ひゃっひゃっひゃっひゃっ。あっはっは。あーっはっはっはっは」

 自分で言うのも何だが、まるで自分が悪代官や、魔王にでもなったような気分だった。

「おい! 魔王。いるんだろう? 出て来いよ。いや、出て来いや!」

 俺は高○信彦の真似をして、魔王を挑発した。

 しばし沈黙の後……。魔王の声が空間内に響き渡った。

「「うーん。凄い剣だね。もし私が君と直接対決していたら負けていたかもしれないな。君のその鎧も丈夫そうだから、攻撃も通用しなさそうだし」」

 直接対決をしていたら……、だと? 一体どういうつもりだ。魔王は何を言っているんだ? 

「おい、魔王。お前は何を言っているんだ? お前は俺とこれから直接戦うんじゃないのか?」

「「残念ながら違います。そして実はもう勝負はついています。私の勝ちです」」

 魔王は落ち着いた淡々とした口調で言った。

 「お前の勝ちだと? どういうことだ? 俺に勝てないからただの負け惜しみを言っているのか?」

「「いや、負け惜しみなどではない。お前はもう負けているのだよ」」

「じゃあ、俺の前に姿を見せやがれ!」

「「ふうっ」」

 魔王と名乗る者のため息のような声が聞こえた。

「お前は一体どうしたいっていうんだよ。決闘するなら決闘する。しないならしないでいいが、詳しく説明しやがれ」

「「そうだな。そうさせてもらう。このままでは議論は平行線のままだからな」」

「議論っていうほどのこともしていないけどな」

「「お前はこの場所をどこだと思う?」」

「この場所? トイレなんだろう? さっきお前がここはトイレか? って言ったらお前が『その通りだ』って言っていたじゃないか」

「「そうだな。さっきそう言ったな。じゃあ、この空間の広さはどの程度だと思う?」」

「広さ? 東京ドーム10個分ぐらいか?」

「「いや、違う。ここはもっと広い。ここの東京ドーム実に230個分の広さもあるんだ」」

「ちょっと聞いていいですか? 何で封印されている魔王が日本の野球球場の広さを知っているんですかね」

「「なあに、最近封印が解けたので、色々と世界の事情について調べていた所なんだよ」」

「世界の事情について調べていたら東京ドームの広さに突き当たるものなんですかねえ?」

「「まあ、そんなことはどうでもいいじゃないか。俺が言いたいのはそんなことではない。なんで、この王宮みたいた造りの個室トイレがこんなに広いのか、ということだ」」

 「何でこのトイレがこんなに広いか、だって? そんなこと知るはずがないだろう。そんなのは作った奴に聞いてみなきゃ分からないだろう?」

「「作った奴……か。ふふふっ」」

「なんだよ。その笑い方は……ま、まさか?」

「「どうやら気付いたようだな。そう、そのまさかだ。このお前がいる個室トイレの建物を作ったのは、この私だ」」

「な、何だと!? そんなことがお前に出来るのか? っていうかお前は勇者に個室トイレに封印されたんじゃないのか?」

「「ほう、誰に私のことを聞いたのかは知らないが随分と詳しいじゃないか」」

「別に知りたくって知っているわけじゃないさ。で、お前は一体何の目的でこんなに広い個室トイレを作ったんだ?」

「「目的か。知りたいか」」

「ああ、教えてくれよ。」

「「では、教えてやろう。お前が今さっき言った通り、私は勇者の命を賭した力で1000年前にトイレに封印された。勇者は強かった。力では私の方が圧倒的に勝っていたのにも関わらず、勇者は友情、努力、勝利の法則で、実力で上回っている私を打ち破り、自身の命を犠牲にして私を個室トイレに封印することに成功したのだ。それは敗北した私でも賞賛したぐらいの素晴らしい勇者の戦いっぷりだった。だが、だが、しかし。待って欲しい。勇者に敗れた私は一体どうなるというのだろうか。勇者は私を封印して死んだ。だが、私は個室トイレに封印されたまま、もしかしたら狭い個室トイレから永遠に封印されたまま出られないかもしれないのだ」」

「何言っているんだよ。さんざん、人間にお前は悪さをして来たんじゃないのか? それが当然の報いだとは思わないのか?」

「「その通りだ。当然の報いかもしれんな。だが、やはり私は狭い個室トイレに永遠に封印されるのだけは、どうしても嫌だったのだ」」

「狭い? この個室空間が? さっきは広いって言っていたのにどういうことだ?」

「「私は勇者に封印される時、永遠に封印されるのは構わない。だが、狭い個室トイレに封印されるのだけはなんとしても避けようと思った。せめて永遠に封印されるのならば広い空間に封印されるのを希望したのだ」」

「それで?」

「「方法は一つしかなかった。それは私が全ての魔力を解き放ち、あることをするしかなかったのだ。魔力を解き放って封印される、トイレからは脱出することは出来なかったがその方法ならばかろうじて、可能だった」」

「あること? 勿体ぶっているねー」

「「そのあることとは、私自身がトイレになることだった」」

「何? 何だって? よく聞こえなかったから、もう一度、言ってくれないか? トイレが何だって?」

「「もう一度言おう、私自身がトイレになることだったのだ」」

「はあ? 言っている意味がよく分からないんだけど」

「「だから、今言っただろう。私は狭い個室トイレに閉じ込められるのが嫌で勇者の封印した個室トイレを私の最後の魔力で吸収し、私自身が巨大なトイレに変身したのだ」」

「じゃ、じゃあつまり……。こ、この個室トイレは……魔王であるお前自身だって言うことか? 魔王。お前はこの巨大トイレなのか?」

「「その通りだ。私が魔王トイレだ。初めまして」」

「ば、馬鹿な。この俺が今いるトイレ空間が魔王の腹の中にいるみたいな、状態なのか?」

「「そう、その通りだ」」

「ど、どうすればいいんだ? と言うか一体どうやったら魔王と戦うことが出来るんだ? まさか、トイレと戦うこになるだなんて」」

「「お前の能力については実はもう調べがついている。お前はトイレの空間内でのみ能力を発動することが出来るんだよな」」

「くそう。もう調べられていたとは……」

「「だが、お前がここに来た時点でお前はもう負けていたんだ。なぜなら、お前がここに来た時点で私は私自身のトイレ空間に結界を張ったからだ。その結界はそう大して強いものではない。私を封印した勇者ならば簡単に封印を破ることが出来たであろう。だが、お前は勇者ではない。お前は能力を授かりはしたものの、ただの虎の威を借る狐だ。お前はただのリストラされたサラリーマンだ。お前にこの空間を破ることは出来ないだろう」」

「お前。俺のことをどこまで知っているんだよ。orz。っていうか俺だって好きでリストラされたわけじゃないんだよ。ただお前が目覚めたことで、能力にバグが生じてトイレ空間から出ることが出来なくなっただけなんだよ」

「「言い訳は見苦しいぞ」」

「言い訳じゃねえ! くそう。でもこの空間から俺が脱出出来ない、だって?」

「「その通りだ、お前はもう駕籠の中の鳥だ」」

「ならここから脱出してやろうじゃないか」

 俺は能力を使い、トイレ空間を移動しようとした。が、何か能力に網が絡まったようなそんな束縛感を感じて、俺は能力を発動することが出来なかった。

「ば、馬鹿な」

 急に俺の心に焦りが生じてきた。

「「だから、言っただろう? ここから脱出することは不可能だって」」

「くそう、そんな」

 武装能力はこの空間内で使用することは出来たので、俺は太陽の輝きの剣を使い、トイレの内部を手当たり次第に攻撃した。だが、傷はつくものの、トイレ空間から脱出するだけの傷を与えることは出来なかった。

「「諦めろ。お前はもうここからは出られない。お前は能力のルール上、入ったトイレからは出ることが出来ないんだろう? もう諦めるんだな」」

 そうだった。俺は能力の都合で、トイレ空間を移動することは出来ても、バリアーが張ってあるので、トイレを破壊して外に出ることは出来ないのだった。

「「ジ・エンドだな」」

 トイレ魔王の無常な、無慈悲な声が広い個室トイレ空間内に響き渡った。

 打つ手がなかった。八方塞がりだった。人生に希望を見出すことが出来なかった。

 トイレの守護霊さんに助けを求めたけど、その願いが届くことはなかった。

 力は日に日に弱まっていき、やがて俺は床に崩れ落ちた。

 最後の願いと思い、トイレ魔王に助けを求めたが、トイレ魔王は俺の願いにただ勝ち誇ったように笑うだけだった。

 考える力すらもはやほとんど残ってはいなかった。

 これが力を手にしたいと欲に眩んだ俺の末路か。やはり世の中うまい話などないものだな……。

 このトイレ魔王も目が覚めたとはいってもトイレなのだから地上に出て、人間を滅ぼすことなどは出来はしないだろう。つまり俺が魔王を成敗する必要などどこにもなかったのだ。ただの取り越し苦労だったのだ。トイレの守護霊の話を真に受けて、能力が剥奪されるから、のこのこ、この場所へやってきたけれど、本当にただ無駄死にに来ただけになってしまった。

 やるせない深い絶望感を感じ、俺は無意識に声を出して笑っていた。

 全ての意識はそこで途切れた。


 ……私は魔王だ。

 今、この文章を読んでいる君に私は文章を通じて話しかけている。

 どうだっただろうか、このお話は。面白かっただろうか。

 君はもしかしたら、こう思っているかもしれないな。

 既視感のある文章のような気がする、と。だけど、それは思い出せない、と。

 その理由について教えてやろう。

 実はこの文章を君が読んでいる時、私はもう死んでいる。どういうことかと言うと、私は勇者と決戦をして破れ、殺されたのだ。一対一で戦い、負けたのだ。悔いはない。

 だが、死に行く中で私は思った。

 寂しいなあ。と。

 魔王は人間の憎しみなどの、負の感情などが集まり生まれるのだ。故に魔王に母親などは存在しない。

 私は孤独の中で生まれた。そして私はまた孤独の中で死ぬ。こんな寂しいことがあるだろうか。

 だから、私は死に行く中、残りの一搾りの魔力を使い、魔法を世界に解き放った。

 その魔法は千年間の間消えることなく、世界のいたる所を漂い続けるだろう。

 その魔法に人間を殺す力などはない。

 どんな、魔法か知りたいか?

 それは鎮魂歌さ。私が私自身に捧げる鎮魂歌だ。

 どういうことか、よく分からないだろうと思う。

 この文章を読んでいる君は今、小説を読んでいたはずだ。だけど、その小説は全て嘘っぱちだ。というより、その小説自体が私に対する鎮魂歌なのだ。

 君は既視感を感じているかもしれないと私が言ったのにはちゃんとした理由がある。なぜか。それは先ほどの小説、つまり私への鎮魂歌を書いたのが、君だったからなのだ。君が先ほどの小説を書いた本人なのだ。

 いや、正確には君が書いたのではない。君の頭の、創作などに関する脳内の情報に私の放った最後の魔力が侵入して、物語をつむぎ、そして君の目の前に文章として具現化したのだ。

 つまり、この物語は君の脳内で作られた、君の手を介さない、君による、君だけのストーリーなのだ。

 私の魔力は全世界に解き放ったが、全ての人間に伝わるわけではない。ごくごく僅かな人間にしか届いてはいないだろう。

 私はこの君の脳内で書いた、君が今、目にしている小説の内容は分からない。なぜなら私はもう死んでしまっているからだ。私がいる時代は1759年だ。だから君がいる時代は一体いつなのかは皆目検討もつかない。

 君が読んだ、この小説には最近の出来事や流行などのことがもしかしたらたくさん書かれているかもしれない。だが、それは君の脳内にある情報がストーリーとして現れたからである。私にはその君がいる時代の最近の出来事や流行などは知る由もない。

 どうだっただろうか。このお話は。私の魔力のおかげとはいえ、これは紛れもない君自身が作った、君だけのストーリーなのである。もしこのお話が少しでも面白いと思ったのであれば、魔王である私も生きた、意味があったというものだ。

 孤独で生まれ、孤独で死んだ私だが、最後の最後、本当の死ぬ間際でようやく私は人間とのつながりを持てたんじゃないかと、そんなことを私は思っている。

 この小説を作ってくれてどうもありがとう。本当に感謝している。

 願わくば、私はこの文章を読んでいてくれた君にもっと、小説を作ってもらいたいと思っている。

 これは君の小説でもあるが、私の小説とも言えるからだ。

 これからは、君自身の手で、君だけの物語をつむいでいってはくれないだろうか。私の魔力で書いた小説がきっかけで、君自身が本当に手を使って小説を書き、人々に見せる。これ以上の鎮魂歌はないのではないだろうか。

 君が作ったこの物語は、地面に小説が現れたのかもしれないし、紙に小説が現れたのかもしれない。それとも私が死んだこの時代には考えもつかないようなものに具現化して小説が現れたのかもしれない。

 だけど、時代や読む小説の形が違えど、私は本当に君と間接的だが、私の魔力を通じて出会えたことを嬉しく思っている。改めてどうもありがとう。

 では、そろそろ私は行きたいと思う。

 行く先はどこになるのかは分からないが。

 君が作ってくれた鎮魂歌が私を安らかな眠りに誘ってくれるだろう。

 さようなら。

 私が人間に生まれ変わる時まで。


 この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

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