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引越しする。

俺は一人暮らしをしているが、そろそろ引越しをしようと思っている。

 なぜか。だって住んでいる家もう飽きたんだもん。

 家賃は月に4万円とそんなに高くはないけど、隣人が……ね。

 隣人の男はそりゃあもう騒音が酷くてね。

 まだ朝の4時過ぎに熟睡している時にわざとか何かは知らないけれど、いきなりチェーンソーで庭の草木を切るんですよ。ヴィイイイイイイイン!!!っってやかましいったらありゃしない。しかも毎朝です。つうか俺はその家の庭を見るんですけど、全然草なんて生えてやしないんですね。これがまた。で何をしているかって思ってね。腹だたしかった俺はその隣の男に聞いたんですよ。そしたら「チェーンソーアートを作っている」って無愛想な声で言うんだよね。

 俺がもっと遅くにやって下さいませんか? って言おうとしたら、「俺も他の仕事があるからこの時間帯にしか出来ないぜ。ぐふふ」って言うんだよ。なんか小馬鹿にしたような口調でさ。絶対あいつ嘘ついているよ。俺の睡眠を邪魔する為にやっているんだよ。間違いないよ。だって更に抗議しようとしたら、いきなりチェーンソーの電源を入れて刃先をこちらに少し向けるんだよ。威圧的な目をしてさ。あれ絶対脅迫だよね。訴えれば勝てるよね? でも相手は俺がそんな風に訴えるような人間じゃないと思って完全に強気に出ているだよね。でも実際に訴えることなんてやらないけど。だってあいつ訴えたら俺のことを本当にチェーンソーで襲い掛かってきそうだもん。チェーンソーアートの作品を見せてもらえませんか? って聞いたら持ってきてくれたよ。一応、証拠の為にそれらしきものは作って入るらしい。でもその内容がこれまた酷い。全部ただ木を細かくチェーンソーで切り刻んでいるだけなんだよ。それで俺が「これは一体何ですか?」って聞いたらその男は「これは木を拷問している場面なんだ。素晴らしいだろう」だってさ、やっぱりあいつは危ない奴だよ。ただ木をでたらめに切り刻んでいるだけなのに何が拷問だよ。まあ、ある意味木にとっては拷問なのかもしれないけれど。だから俺は隣にそんなやばい人間が住んでいるこの場所に嫌気が差したんだ。だから実際は家に飽きたというよりは、この家の周りの環境が怖くなったという方が近いかもしれない。今まで住んでいた場所は少し郊外の田舎で、俺のお気に入りではあったんだけど、背に腹は変えられないよね。まずは安全が第一だ。だから俺は引越しをすることにしたんだ。引越し先は今度は田舎をやめて少し都会に行こうと思う。俺が通っている会社も都会にあるから、実際は通勤距離は短くなるし、通勤時間も短くなる。しかし、都会に住むので家賃は今までよりも2倍近くはかかるようになる。薄給の身としては厳しいが、まあ命には代えられないのでね。また田舎の他の場所に住もうかとも考えたが、またあのチェーンソー人間みたいな男が隣に住んでいたらと思うと、身震いがして出来なかった。でも実際は都会だからと言って安全かと言われれば、そうではない。むしろ都会の方が犯罪は多い。でも、一度都会に住んでみたかったというのもあるし、都会に住んでみて田舎と比べて見てどちらが自分が住むのに適しているのかを知りたいというのもあって都会にしたんだ。

 さあて、なんやかんやで、俺は都会のマンションの部屋を契約した。

 駅からは徒歩10分で、近場である。様々な店が軒を連ね、俺興奮。

 繁華街も側にあり、今は昼なのでひっそりとしているが、夜になるとどう変貌を遂げるのかがとても興味がある。上司にお水のお店に誘われたことがあるけど、俺は今まで断り続けてきていたが、なんかこんな場所の近辺に住むとなると、どこか親近感みたいな気持ちが湧いてきて、無性にお水の世界を覗いてみたい気持ちに狩られる。でも俺はまだ社会人になって日が浅いので女にうつつを抜かしている暇はない。真面目に行こう。真面目にね。そんなことを考えていると頭の中に天使と悪魔が出てきて頭の中をぐるぐると飛び回りながら俺に色々と囁いた。『いっちゃえよ。キャバクラ。ストレスを発散させないと仕事が持たないぜ。行きたいのに行かないと体に毒だぜ。ヘイヘイ』と悪魔。『まだあなたは新社会人なのですから。そんな所に行ってどうするのですか。うつつを抜かしてはいけませんよ。もし女に嵌ったらあなたみたいな、女性と手も繋いだことがないような男はコロッと騙されますよ。騙されて金を搾取されて連帯保証人にされて、借金を背負わされて、消費者金融から金を更に借りて、金利が高くていくら働いても金利の分で手一杯で借金をいつまで経っても返せなくなって、夜逃げするか、最悪あなた首を吊らなくてはいけなくなりますよ』と天使。

 なんかやけに天使の諭す口調がどこか重みがあって、俺は天使の言うことを聞くことにした。

 すると天使は『良い子ですね。あなたは真面目で更に慎重でよろしいです。あなたみたいな人は不幸になって欲しくありません。私みたいにね』

 頭の中の天使はどこか意味ありげな口調で俺に呟いた。天使の過去に一体何があったというのだろうか。それを知るすべは俺にはない。

 というわけで契約をした俺は今日からその都会のマンションに暮らすことになった。家賃は8万円とちょっとだ。部屋1LDKで風呂とトイレがついている。風呂とトイレは別になっている。外観はどこかオシャレな雰囲気で、デザイナーの先鋭的なセンスが感じられるような外観だ。

 管理人から鍵を受け取った俺は自分の部屋の前につくと、鍵を差込みドアを開けた。中に入ると、見学した時と変わらない空間が目に入った。

「やっぱり面白いよな。この部屋」

 言葉が自然と出た。

 1LDKなんだけどその空間内に、畳とフローリングがある。段差などは全くない。なんかまるでオセロみたいに見える。キッチン部分の場所が階段で5段降りた所にある。意味もないのに螺旋階段が部屋の四隅に置いてあり、天井に触れるまで続いている。

 何で俺、こんな物件に住むことを決めたんだろう。

 やっぱり、チェーンソーの男が隣に住んでいたので頭が恐怖でどこか混乱していたのだろうか。ここに契約して実際に住むことになってようやくどうして、ここに住むことにしたんだろうという疑問が頭に浮かんできた。まあいいや、いずれにせよ、契約した以上はしばらくここに住まなくてはならない。荷物は今日の夕方にはこの部屋に引っ越し業者が全部運んでくれるだろう。ちなみに今日は土曜日だ。明日は日曜日で明後日は祝日だ。そうだ。俺は3連休だ。わーい。

 俺は年甲斐もなく無邪気にはしゃいだ。

 ここに来るまでで相当神経を使ったのだろう。体が疲れでだるいし重いし、眠い。まだ昼ちょっと前だけれど、昼飯を食べる前に寝ることにした。って、そうだ。昼飯何にもないや。冷蔵庫もまだ届いていないし。仮に届いても中身は何にもないし。そうだな昼寝が住んだら昼飯を食いに外食にでも行くか。この近所の散策もかねてな。そんなことをソファーの上でうとうとしながら考えていたら、強い眠気が俺を襲いそこで俺の意識は睡眠へと誘われていった。

 ふぁーあ。目がぱちくりと開いた。

 だが、視界がどこかぼやけている。ああそうだ。俺っち昼寝をしていたんだっけ。

 次第に視界がクリアになっていき、天井の白の壁が細かな柄まではっきりと分かるようになった。

 今何時だろう。

 俺は視線を天井から自分の左腕へと向ける。

 セイコーの時計が13時25分を刻んでいた。

 ふーん。もうこんな時間か。

 眠っていた時間は約2時間だ。

 目が覚めたことにより、胃腸が活発になってきたのか、俺の腹がめっさすいてきた。

「あー、腹減った」

 ぺっこぺっこのぺこりんちょだよ。

 俺は「はぁーあ」っとソファーに寝ながら両腕を大きく伸ばし、欠伸をすると反動をつけて起き上がった。

「ただいま参上」

 ヒーローのような声を出すが、もちろんこの部屋には俺以外には誰もいないので、俺の声はむなしく部屋に響き渡るだけだった。

 寂しいなあ。俺の声が誰にも届かないだなんて……。と思ったら、天井からドン! と大きな音が聞こえた。上の階に住む住人の足の音だろう。なるほど、どうやらおれの声は上の住人には聞こえていたようだ。だが、困ったことに俺の声は上の住人にとってヒーローどころか、悪役のようだった。

「なんだよ。このマンション。防音設備全然だめじゃん。俺、そんなに大きな声を出してないよ」

 と思ったけど、実際はどうだったのかは自分では分からない。なぜなら俺は昔から声が異様に大きいと言われていたからだ。まあ、普通に生活していれば問題はないだろう。俺はそう思い、すぐにさっきの上の住人がやった床ドン! を忘れることにした。

「あー、腹減った」

 二度目である。流石に二度、無意識のうちにそういった声が出るということは本当に腹が減っている証拠なのだろう。だから俺っちは外食をするべく財布と鍵と、スマホを手にしこの部屋を後にした。

 外食って言ってもどこにいけばいいのだろうか。

 俺は色々と思い浮かべてみた。スペイン料理、イタリア料理、フランス料理、ブラジル料理、インドカレー、喫茶店、すし屋、創作和食店、洋食屋、うどん屋、そば屋、串かつ屋、天ぷら屋……。でもいくら都会だからといってそれらの店が近くに全てあるわけではなく、俺はスマホで近場の店を検索した結果、あったのはチェーン店のすし屋とインドカレー屋だった。

 インドカレー屋に入ると、インド人と思しき男が俺を出迎えた。

「何名様ですか」

「一名です」

「ではこちらにどうぞ」

 俺は店員に案内され、二人座れるテーブル席に着いた。客はまばらだったが、店内にはカレーの良い匂いが充満していて、食欲を沸き立たせた。

 メニュー表を見ながらどの料理を食べるか、思案することしばし、インド人と思しき店員がしびれを切らしたのか、俺の前までやって来て言った。

「お客さん、優柔不断ですね。早く決めてくださいよ」

 店員が客に言う言葉ではない。俺はかなりむっとしたが、なぜか怒りよりもインド人の流暢な日本語の方が気になって店員に聞いた。

「ところで、日本語凄い得意ですね。ぺらぺらじゃないですか」

「あたりまえじゃ。だって私は生粋の日本人だからな」

「は? でも、見た目は完全にインド人ですよ」

「そりゃあそうだよ。だってインド人メイクを施しているしね。肌も日サロに毎週通っているし。俺のインド人メイクを甘く見すぎ」

 なんだよ。インド人メイクって。

 俺は更にインド人メイクについて追求した。すると。

「だから、これはインド人の特殊メイクなんだよ。弟がそういった専門学校を卒業してね。だからこのお店で弟は店員をインド人に特殊メイクする仕事を毎日しているんだよ」

「本当に? インド料理を作る手伝いとかはしないんですか?」

「しないしない。弟はインド料理を美味しく感じさせる為に、直接は手伝わないけど、特殊メイクを店員に施して、間接的にこのお店の美味しさに貢献しているんだよ。よく言うだろう? 料理は器が大事だって。器が綺麗だったら、その器に盛り付けられた料理も更に美味しく感じだろう? それと一緒なんだよ。インド料理店なんだから、インド料理を更に美味しく感じさせるためにどうすればいいかと考えた末にたどり着いたのが店員のインド人の特殊メイクなんだよ。オーケー?」

 やはりちょっとどこか小馬鹿にしたような口調のインド人メイクの日本人。だけど、そんなことはもうどうでもいい話題だった。何でかっていったら本当に、腹が減っているからなんだよおおおおおおおお。

 というわけで俺は少しぶちきれてテーブルをドン! っと力強く叩いた。その衝撃で、テーブルに置かれていたグラスの中の水が波打ちコップから僅かにこぼれた。

「早く何でもいいから持ってこいよ!」

「か、かしこまりました」

 突然豹変した俺の態度にインド人もびっくりしたのか、そそくさとインド人は厨房の中へと駆けて行った。まあ、インド人ではないけど。

 待つこと10分、インド人日本人が金属のお盆を両手で下から持ちながら俺の前までやってきた。

「お待たせしました。時間がかかってしまい申し訳ありませんでした。ナマステ」

「いいってことよ」

 テーブルの上に料理が置かれた。

 俺はとても仰天した。口がぴくぴくと痙攣している。

「何だこれは……?」

 皿の上にはピザの具が何も乗っていない生地のようなものがドーンと三つ重なって置かれていた。

「ナンでございます。それもナンを三枚重ねたスペシャルナンです」

「ナンだっていうのは見れば分かる。何でこんな物を持ってきやがったのかって聞いているんだよ」

「いや、お客様がナンでもいいから持ってこいっておっしゃったので、その言葉の通りにしたまででございます」

「何でもって、そのナンじゃねえよ。どんな料理でもいいから持ってこいって言ったんだよ」

「ですが、ナンも立派な料理でございます」

 た、確かに。

 俺はどこかしたり顔をしている店員をちらっと見ると、はあっーとため息をついてナンを食べ始めた。

 ナンを食べては、水で流し込む。またナンを食べては水で流し込む。それを繰り返し、ようやく30分して俺はようやくナン3枚を全て胃袋の中に収めることが出来た。

 ナンで胃袋を満たすってどんな外食だよ。

 俺はインド人日本人にお金を払うと、インド料理屋を後にした。

 ナンで腹を満たした俺は住んでいるマンションへと直行することにした。

 だが、腹に入っているのはなんだけなので、どこか変な気分だった。栄養がどこか足りない感じ。体が足りない栄養を欲している感じ。

 マンションにに帰ったら生卵をコップに入れてそのまま飲もう。

 そんなことを思った。だけど、冷蔵庫にはいや冷蔵庫自体がないことに気付いて俺はスーパーによることにした。 

 スーパーに入ると、生鮮食品コーナーに向かい、生卵のパックを手にするとレジへと向かった。

 お金を払い、スーパーを後にする。部屋で生卵を飲もうと思ったけど、なんかマンションにたどり着くまで待ちきれなかったので俺は、食べ歩きをすることにした。

 生卵を一つパックから取り出すと、俺はそれを額へと力強くぶつけた。生卵にひびが入り、ひびからドロッとした卵の液体が漏れ、額に僅かにくっつく。だが俺はそんなことは気にしない。ひびが入った卵を上手に中身がこぼれないように半分に割ると、中身が入った方の卵を口に持っていき、口の中へと放る。どろりとした液体が口一杯に広がる。丸呑みする。美味しいとは言えないが、体には良さそうな気がする。だが、この行為は日本の衛生が徹底管理された卵だからこそ出来る行為だな、なんて生卵を飲みながら考えた。結局俺は歩きながら、生卵ワンパック10個入りの内9個を歩きながら中身を飲み込んだ。マンション前に来ると引越し業者がちょうど、荷物を運び入れる為に来ていた。

「今、インターホンを鳴らそうと思っていたところなんですよ」

 引越し業者のガタイの良い、若い短髪の二十歳前後の男が、きらりと額に光る汗を右腕で拭きながら俺に言った。

「そうですか。ちょうど良かったですね。ご苦労様です」

 俺はふうっと大きく息を吐き出したその男を見て、少し疲れているのかなと思った。だから俺は今日の夜に食べようと思って残していた、生卵の最後の一個をパックから取り出すと、それを引っ越し業者の男に見せて「よろしければどうぞ」と言った。

「いいんですか? ありがとうございます」

 男は生卵を受け取ると、左肘に卵をぶつけ、ひびを入れるとそれを半分に割り、生卵の中身を口へと放り込んだ。

「はあっー、生き返ったー」

 男は生卵を飲み終えるとまるで仕事帰りのサラリーマンのビールの一杯のような口調で言った。

「ありがとうございます」

「いやいや良いんですよ」

 その後、たわいもない会話をしばしすると、男は「じゃあ、今から荷物を部屋へ運びますね」と言った。

「助手はいないんですか?」

「そうですね。普段はいるんですけど、今日は俺一人です。でも荷物そんなにないんで、一人でも大丈夫です」

 男は言った。だが、俺はとても心配だった。荷物がそんなにないって? そんないやいや、一杯あるだろう。冷蔵庫やテレビ、洗濯機、電子レンジ、ソファー、机、ベッド、椅子、小物類。それらの荷物が少ないだって? そんな馬鹿な。

 俺が心配している顔をすると、男はにこりと笑った。

「大丈夫ッす。俺、力比べ世界大会で準優勝を果たしたことがあるんで、何も問題ないです」

「そうなんですか。それは凄いですね。俺も昔力比べ世界大会の番組を見たことがあるんですよ。あの番組面白くてよく見ていたなー。最近は見てなかったですけど、まさかあの番組に出場されていて、しかも準優勝になったことがある人と、会話が出来るなんてすごい光栄です」

「ははっ。そんな大それたことじゃないですよ。それに準優勝したのも3年前ですしね」

「でも、十分に凄いですよ。あの世界大会まじ半端ないですからね。軽自動車をぬんって言って片手で持ち上げる人がいたり、樹齢300年の木を回し蹴りで幹を割って倒す人とかざらにいますからね」

「そうですね」

「もしかして、引越し業者さんもそんなことが出来たりしますか?」

「はい。腐っても元準優勝ですからね。今やってみましょうか?」

「え? 何か見せてくれるのですか?」

「いいですよ」

 そう言うと、引越し業者は乗ってきた10トントラックの真横に行くと、体をトラックの方へと向けて、両手をトラックの下へと滑り込ませた。そして。

「ぬんっ!!」

 引越し業者は声を上げると、10トントラックを両手で持ち上げ、一メートルほど地面から浮かせた。

「う、うおー! す、すげー!」

 俺はその光景にただただ、感嘆の声を上げることしか出来なかった。

 そのパフォーマンスが終了すると、俺は盛大な拍手を引っ越し業者へと向けて送った。するとどこからかパチパチパチパチと拍手のような音が聞こえた。何だろうと思って回りを見回してみると、周辺にいた様々な人が拍手を送っていた。どうやら引越し業者のトラック持ち上げパフォーマンスを偶然目にし、俺と同じように感動して、拍手を送ったらしい。マンションのいたる所の階の住人、道行くサラリーマン、主婦、妊婦、その妊婦に背負われた赤ちゃん、ペットの犬、様々な人や動物達がその光景に感銘を受け、拍手を送っていた。

「いやあ、照れるなあ」

 引越し業者は顔をほんのりと赤く染めながら、うぶな少年のように笑って言った。

 だけど、これで俺は安心したし、納得した。この人なら確かに、引越しの荷物なんてへっちゃらだ。ベッドだって、テレビだって片手でらくらくと持ち運べるだろう。

「じゃあ、早速お部屋に荷物を運びますね」

 ほとぼりが冷めると、引越し業者のあんちゃんは俺の部屋へと荷物を運び始めた。

 作業が終了したのは一時間後だった。スピーディーに終了することが出来た。

 俺はあんちゃんに引越し代金を支払うと、あんちゃんは「また引越しする時はよろしくお願いします」と爽やかな笑顔で言って、会社へと帰って行った。

 いやあ、楽しかったな。

 俺は部屋に戻ると、一杯やるべく冷蔵庫を開けた。

「あっ」

 当たり前だが、冷蔵庫には何も入っていなかった。引越しする前に中身を空にしていたからだ。スーパーでは生卵以外に何も買ってこなかったので、当然のことながら、飲み物はもちろんのこと、食べ物も何もなかった。

 しょうがない。夜はまた外食にするとしよう。

 その夜、俺は居酒屋で酒を飲み、食事をすると部屋へと帰った。

 部屋に帰ると、俺は真っ先に布団を敷いた。

 風呂に入ろうかと、思っていたが、酒に酔っている状態なので入浴中に寝てしまったら危険で、まずいと思ったので今日は風呂に入るのをやめた。明日は日曜日だし、休みだ。来客の予定もどこかに出かける予定も今のところは全然なかったから何の問題もなかった。まあ、たしかに色々と昼に動き回ったりカレーを食べたりして汗をたくさんかいたので臭い気はするけどさ、いいだろう別にそんなに気にしてなんかはいられないんだよ。

 俺は布団を敷くと寝る前にトイレに行くことにした。

 そういえばここのトイレ、入居前に入った時、驚いたよな。全部金色だった気がする。便器も壁も。

 トイレの電気を点けドアノブを回し、開けると眩しい光が俺の目に飛び込んできた。

 やっぱりまぶしいや。

 見学に来たときは曇りだったので、あまり眩しくは感じられなかったが、こうして夜にLEDの電気を点けると黄金の壁、便器、床、スリッパ、窓、全てに光が俺の目を突き刺すように反射する。

 欠陥品じゃねえか。まあ豪華な感じは凄いするけどさ。

 文句をぶつぶつといいつつトイレを済ませると、何かトイレに音が聞こえた。

「な、何だ? がさがさっていう音が聞こえたぞ」

 何やら不吉な予感を抱きつつ俺はトイレを見回す。

 すると、黒い影がサササっと物凄いスピードで床を移動したのだ。

「う、うわあ、ゴ、ゴキブリ??」

 思わずのけぞり、危うく床に倒れそうになる。

 俺は急いで、トイレを抜け出すと、すぐにトイレのドアを閉めて完全閉鎖した。

 まいったなあ。まさかゴキブリが出るなんて。せっかくの黄金のトイレの高級感も一気に台無しになった気分だよ。

 どこか萎えた気分になった俺だが、いつまでもくよくよと悩んでいたってしょうがない。

 まあ、いいか。どうせ明日は何の予定もなかったんだから、これも外出する為のいい理由になったかもな。

 ネガティブな思考をポジティブな思考に切り替えることにした。

 これで、明日の予定は決まった。

 ゴキブリ駆除が置いてありそうな、ドラッグストアーみたいなお店か色々日用品やら大工用品やら、ペットの餌やら総合的に置いてあるようなお店に行ってゴキブリ駆除剤を買って、ついでにお店の中も見て、何かいいアイテムがないか探しに行こう。そう思った。

 酔いはまだ醒めず、頭の中がどこかゆらゆらと揺れている感じがする。

 居酒屋で支払いの時にレジに置いてあり、会計と一緒に支払った、ウコンとシジミのミックスドリンクを俺は思い出し、ポケットから取り出すと、蓋を回し、一気に口の中に放り込み、飲み込んだ。

 不味い。だが、これで明日の二日酔いがいくらかでも軽減されればな、と思い俺は布団の中に入ると、電気を消さないでその日、就寝した。

 何で電気を消さないのかって? だってお化けが出てきそうで怖いじゃんか。

 カーテンの隙間から差し込んだ朝の光が俺を優しく起した。

 これいいね。天然の目覚まし時計じゃん。

 まだあまり頭が働かないぼんやりとした状態で、そんなことを考える。

 ちなみに目覚しはセットしていない。今日が日曜だということもあり、いつものように強制的に起されるのが嫌だった俺は自然起床をすることにしたのだ。そして、その目論見どおり、朝の優しい光が俺の顔に当たり、俺は心地よく目覚めた。今の時刻を確認する。朝の7時5分だ。いつもより幾分か起きるのは遅い。寝る時間もいつもより早かったこともあり、体の調子はいつもより良いように思う。朝飯を食べようと思ったが、冷蔵庫の中には何もないのが分かっているので、諦めた。まあ、普段仕事に行くときは俺は飯は食べないので全然問題はなかった。二日酔いの方も昨日自分にしては結構酒を飲んだはずなのに、昨日寝る前に飲んだウコンシジミミックスジュースが効いたからだろうか、全然その感じはしなかった。

 日が差し込んでいる方のカーテンを真ん中から両端に寄せて全開にすると、一気に部屋の中に光が広がり、女性歌手の有名な曲が頭の中に流れた。

 俺は普段は体操などしないのだが、とても気分が良かったので窓を全開にして、朝の空気を取り入れゆっくりとストレッチをした。体の中に酸素が取り込まれ、体が活性化する感じがする。ウリイイイイイッ。まるで吸血鬼が人間の血を吸って体の力を得たかのように俺は中腰になり、体の力を入れて叫んだ。もちろん小声で。

 昨日風呂には入らずにそのままの格好で寝たのでやはりどこか臭い。寝汗もかいたことも原因の一つにあるだろう。というわけで俺は朝シャワーをすることにした。

 濡れたタオルにつけた石鹸で体をゴシゴシと洗い、シャワーで体を洗い流し終え、着替えた後、リビングに戻ると、俺はテレビを点けた。

 テレビでは前に住んでいた所では見れなかった番組が映っていた。流石都会だなあ。

 そのテレビ番組ではちょうど旅番組をやっていて、その旅をしている場所が俺が今現在住んでいる場所の近辺を旅していた。まさか、俺の家に来たりしてな。

 その時ピーンポーンと玄関のチャイムがなった。

「は、はい」

 う、嘘だろ。まさか本当に家に旅番組の人が来たのか? 

 ワクワクドキドキしながら髪を整えた後、玄関をゆっくりと開けた。覗き穴の所はドアを開けたときのお楽しみの為にあえてのぞかなかった。

「はい」

「え?」

 見ず知らずの女の人が言った。

「え?」

 俺も言った。

「す、すいません。部屋を間違えました。隣の家の人に用事があったんです」

 部屋番を確認すると女の人は頭を下げて隣の部屋へと向かった。

 そりゃあそうだよなあ。ここはオートロック式のマンションだしなあ。わざわざ俺の家に来るわけがないよなあ。

 なんで、こんなわけの分からない妄想をしたのだろうかと、少し俺は反省した。サラリーマンのこんな妄想は中二病じゃなくてなんていうのだろうか。

 俺は部屋の中へと戻るとさっきやっていた旅番組の続きを見ることにした。

 番組では旅先の珍しい企業や、歴史ある建物、変わった建造物やその場所独自の風習やイベントや祭りなどを紹介していた。

 そこで俺は気になる情報を見つけた。

 何々? トイレの神様神社? 

 その場所は今俺が住んでいる場所からそう遠くない場所にある神社だった。トイレの神様を祭った神社とのことらしい。へー、面白そうじゃん。

 俺は今日、ゴキブリ駆除剤を買いに行った帰り、ついでにその神社に寄ってみることに決めた。

 ただいまの時刻は8時半だ。

 シャワーを浴びてテレビを見ていたらあっという間に一時間以上が経過した。

 だいたいお店は9時か10時ぐらいには開くだろう。

 俺はそんな予想を立て、早速出かけることにした。もしお店が閉まっていたら先にトイレの神様が奉られている神社に行けば良いだけの話だからな。

 マンションを出ると、俺は手にしたスマホを頼りに近辺のお店を検索する。すぐに検索結果が出る。

 ここから徒歩で15分ぐらいはかかる場所に、複合商業施設があった。お店が開く時間は朝の9時なのでゆっくりと歩いていけばちょうど9時ぐらいには着くだろう。と思ったけど、買い物をしたら荷物を持って帰らなくてはいけないので、重労働になりそうだと思い、俺はやっぱり自転車で行くことにした。ちなみに俺はまだ、車の免許は持っていない。前住んでいた場所から会社までは通勤にバスと電車を使っていたので必要なかったからだ。早いところ車の免許をとらなくちゃ、やっぱり不便かもなあ。

 俺はそんなことをぼんやりと思った。

 昨日家具や家電などと一緒に引越し業者によって運ばれてきた自転車にまたがりペダルを踏む。

 やっぱり自転車は気持ち良いや。

 風を感じながら、緩やかな坂道を下り、目的地目指して進行していく。

 都会の道路は混んでいて、交通量は田舎に比べて多かった。

 皆思い思いの服装で、どこかに出かけている。

 自転車を漕ぐこと約10分巨大な商業施設が姿を現した。

 まあ、巨大って言っても俺の前住んでいた田舎にもショッピングモールなどは自転車で30~40分行けばあったので、特別驚くようなことではなかった。

 さあて、では入るとするか。

 こんな所に言って買うのがゴキブリ駆除剤とは。もしかして選択を間違ったのか? コンビニなんかにでもゴキブリ駆除剤ぐらいだったらあるかもしれない。そんあことをついてから思ったが、こういった人が多く集まる場所は活気があり、自分も元気を貰えるし、最新の様々なアイテムが置かれているので見て周るだけで好奇心も刺激され少年の頃のようにワクワクした気持ちにもなれるので、来て失敗だったという気にはならなかった。

 ゴキブリは放置していたらすぐにウジャウジャと増殖すると思ったので、早いところやっつけたかった。

 バルサンとゴキジェットを買った後、俺は複合商業施設をざっと見回し、早めの昼飯をうどんやで済ませると、ショッピングモールを後にした。

 さあて、帰るとするか。自転車にまたがるとマンションに帰ろうと思った時、朝テレビでやっていた神社のことを思い出した。

「たしか、トイレの神様を奉っているんだよなあ」

 俺は左腕の腕時計を見て時刻を確認する。

 あと数分で12時になる所だった。急いで見回ったつもりだったけど、食事をしたこともあってか結構ショッピングモールに長居をしていたらしい。

 まあでも、この後も特別な用事は何一つないのでゆっくりと自転車を漕ぎながらトイレの神様が奉られている神社へと向かった。

 神社に到着すると俺は神社がある階段下の所に自転車を止め鍵をかけた。

 階段は何段かは分からないけど、かなり段数があって昇るのがとてもしんどかった。

 階段を上りきると鳥居があってその鳥居の上の真ん中部分に便器の形をした石の飾りのようなものがくっ付いていた。

「手が込んでいるなあ」

 感心しつつも俺は敷居を潜り、境内を進んで行った。

 財布から良いご縁がありますように、という意味を込めて五円玉4枚で二十円分を取り出すと、賽銭箱に放り込んだ。

 そして鈴をカランカランとならして、お願いをした。

 良いご縁がありますように。お金がたんまり入りますように。楽しい人生が送れますように。

 そんなことを目をつぶりながら考えていると、閉じていた目の暗闇の空間が怪しく光った。

「なんだ? やけに目の奥が眩しいぞ。目をつぶっているのに。もしかして誰かが俺の目を目掛けて懐中電灯でも当てているのか? こんな真昼間から。それとも近所のガキがレーザーポインターで俺の眼球を破壊しようとでもしているのか?」

 俺は無性に腹立たしくなって歌舞伎役者の睨みのようにギロリと目を見開いた。だけど、目の前には誰もいなくて俺の目にもどこからも光は当てられていなかった。

 何だよ。一体どうなっていやがるんだよ。

 俺は再び目をゆっくりと閉じた。

 すると再び目蓋の裏が光に包まれた。

 その光は徐々に大きくなっていき、その光の遥か彼方のど真ん中から影のようなものが姿を現した。その影は顔の作りなどの細かな所は全く分からないが、座禅を組んでいて人の形をしていた。

「え? 何これ? 俺は白昼夢でも見ているのだろうか? それとも俺は何らかの奇跡を目の当たりにしているのだろうか?」

 戸惑いながら考えていると、その影の姿がだんだんと大きく感じられるようになってきた。ネットで地図を見ながらだんだんと目的地に近づけていくようなあんな感じで、影は次第に俺の目蓋の裏まで迫ってきた。

 なんだよこれ。こええよ。

 その影の形は完全に人間のそれをしていたが、座禅をしたまま身動き一つせず、ただただ回転寿司の寿司のように一直線にぶれることなく俺の目蓋の裏に迫ってくる感じは、まるで映画でサメがどんどんとすぐ迫ってくるような恐怖を感じ、俺は咄嗟に目を開けた。

「ふ、ふうー。やばかった何なんだよ。あの現象は。怖すぎるだろ」

 俺がはあはあと息を荒げながら呟くと。

「怖すぎるとは失礼な」

 突如として俺の目の前に座禅を組みトイレットペーパーを両肩に乗せ、背中に男性用便器を背負った男が姿を現した。

「な、何なんですか。あなたは」

「何だとは失礼な。ここにいる俺をどなたと心得る。俺はこの神社に奉られているトイレの守護霊だぞ」

「え? それは本当だすか?」

 俺はびっくりしてしまい、つい生まれ故郷の田舎口調が出てしまった。

「ああ本当だ。俺は偉いんだぞう」

「でも、テレビではトイレの神様って言っていましたが」

「ああ、本当に腹が立つ奴等だ。テレビとかいう奴は。俺の守護霊という事実を、面白さ目当てに捻じ曲げ歪曲し、勝手に神様に奉りあげやがった」

「でも守護霊よりも神様の方が格好いい気がしますが」

「じゃあ、お前は自分がそんなことをされて納得出来るか?」

「そうですね。なってみないと分からないですね」

「無責任な奴だなお前は。例えばお前は今どこに住んでいる?」

「昨日引っ越して来たばかりですけど、都内の家賃8万円ぐらいのマンションです」

「そうか、では誰かがお前の知らない所でお前の住んでいる所が六本木にある家賃200万円の所だって言ったらどうする?」

「それは嫌ですね」

「何でだ」

「だって、自分のこと勘違いされそうじゃないですか。セレブだって思われて。皆からそう勘違いされたら、コンビニでご飯なんかもヒソヒソ話をされて気軽に買えないかもしれないですし、皆からはおごっておごってって催促されそうでウザイですしね」

「そうだろう。それと一緒だ。俺だって神様になんて思われたくないんだ。俺はただこの神社のトイレの守護霊で神様の力には毛ほども及ばない」

「じゃあ、実際のトイレの神様はどこにいらっしゃるのでしょうか?」

「そんなの俺に聞くなよ。俺が知るわけないだろう。会ったこともないのに」

「でも実際にトイレの神様はどこかに存在しているのですよね」

「そうだなあ。どこかにいるんじゃね?」

「雑、返答が雑ですよ! トイレの守護霊さん」

「そりゃあそうだよ。俺だって好きでトイレの守護霊になった訳じゃないからな」

「え? そうなのですか?」

「うん。俺は前世は人間の男でこの神社で働いていたんだよ」

「本当ですか? 驚きです」

「そうだろう? で、まだ下働きだった俺は、毎日この神社の男子便所を丁寧にピカピカに掃除していたんだよ」

「ほうほう」

「で、ある雨の日のこと。便器掃除を終えて、やっと終わったーって解放された気分になって立ち上がって伸びをした所、床にあった石鹸につるりと滑って転んでさあ大変。俺は打ち所が悪くて死んじゃったんだよ」

「そうなのですか……」

「そうそう。可哀想な男なんだよ俺は。そして次に目覚めた時は何でか知らないけれど、この神社のトイレの守護霊になっているしさ。まあ、細かく言うならこの神社の男子便器の守護霊だけどな。たぶん天国の来世を決めるお偉いさん方の誰かが、俺のこの神社での真面目な便器掃除っぷりを見ていて俺の来世をこの神社のトイレの守護霊に決定したんだろうよ。ファックユー」

 トイレの守護霊は左肩に乗っかっていたトイレットペーパーを掴むと、神社の境内に向かって思いっきり投げた。トイレットペーパーはコロコロと転がっていき、ほつれて、徐々になくなっていく毛糸のようにその姿を小さくしていった。

「行儀が悪いですよ。トイレの守護霊さん」

「ああ、怒りに身を任せて悪かったな。すまん積もりに積もった感情を抑えることが出来なかった。でもあのトイレットペーパーなら問題はない。少ししたら跡形もなく消えるし、俺の左肩のトイレットペーパーもすぐに再生する」

「再生するんですか? 肩のトイレットペーパーが」

「ああ、トカゲの尻尾のようにな。なんたって俺はトイレの守護霊だからな」

 トイレの守護霊の不思議な能力の一部を垣間見ることが出来て俺はとても感動した。

 「ところであなたは何でこんなへんぴな神社に来たの?」

「ああ、それは今朝テレビの旅番組の旅人がこの神社を訪れていて面白そうだなと思ったからです」

「なんだ、そんなことなのか。やっぱりテレビとかいうやつはクソだなあ」

「そんなこと言わないで下さいよ。仮にもトイレの守護霊がクソだなんて。確かにクソなテレビ番組もたくさんありますけど、それと同時に良い番組もたくさんありますよ。要は上手く取捨選択すれば良いだけの話ですよ。嫌な番組なら見なければいいだけの話ですよ」

「取捨選択? そんなの皆が皆出来るわけがないだろう?」

「どういうことですか?」

「だからさ、例えば外食する時に外食先で勝手にテレビが点いていて、チャンネルが変えられないとかあるだろう? あるいは、病院でも良いさ、病院内のテレビのチャンネルが固定されている時とかあるだろう、そういった時はどうしたって見るしかなくなるんだよ」

「ああ、たしかにそういった時はありますね。親戚と集まっている時に、テレビが点いていたりして、見たくもない番組を見なくてはならない時が」

「そうなんだよ。だから簡単に嫌なら見なければいいとか言わないほうがいいと思うぜ」

「そうですね。これからは簡単には口にしないように気をつけますね」

「何だお前。実に素直な奴じゃないか。もし良かったら俺の背中に背負っている、便器に用を足しても別に構わないぜ?」

「いやいや、いくらトイレの守護霊がいいって言っても俺が嫌ですよ。何か失礼でバチが当たりそうで……」

「何だお前えらく謙虚なんだな。今まで俺が見えていた奴は数十人はいたが、便器を貸すと言ったら皆が皆ありがたがって俺の背中の便器に用を足したぜ?」

「そうなのですか……。皆さん度胸があるのですね」

「度胸があるのか、ただの優越感に近い感情なのかは分かんないけどな。でもよう。俺はさあ、お前のこと気に行ったぜ。例えこの神社にテレビを見て興味本位で来たとしてもだ」

「それはどうもありがとうございます」

「気に入ったお礼として、お前に何かしてやりたんだけどよ。何が良い?」

「え? 何か俺にして下さるんですか?」

「ああ。嫌か?」

「いや。嫌ってわけではないです。むしろ嬉しいですけど」

「けど?」

「何て言うか、やっぱり申し訳ない気がするんですよね。こんな俺の為にトイレの守護霊さんが何かしてくれるなんて」

「かーっ。本当にお前は謙虚な奴だなあ。お前そんなんじゃ彼女の一人も出来ないぞ。そして出来ないままに一生が過ぎて行って死ぬぞ。それでも良いのか?」

「いやよぐないです」

 何かトイレの守護霊の話を聞いていたらいつの間にか俺の目から汗が滴り落ちてきていた。

「おい、お前大丈夫か? 泣いているぞ」

「泣いてなんかいまぜん。これは本当に目から汗が出ただけですので」

「そうか。そう言うことなら俺はもうお前にはそのことについて何も言わない。だけど、俺がお前にお礼をしたいっていう気持ちは変わらないよ」

「そうですか。でもお礼と言っても何をして下さるのでしょうか?」

「まあ、俺の能力にも限りがあるからな。俺の能力の範囲内でお前にお礼をしたい。例えばお前に能力を授けるとかだな。俺に出来るのは」

「能力を授ける? それは一体……」

「おっ、やっと興味が湧いてきたか。いいね。いいね。人間好奇心は大事だよ。若くある為にね」

「何か年寄りみたいなことを言いますね。まだ見た目は随分若く見えますけど」

「俺が若く見えるって? 嬉しいねえ。でも俺は実はここの守護霊になって300年以上は経っているんだよ。この見た目は俺が人間だった時と変わらないよ。死ぬ直前の姿とほとんど同じだな。違うのは両肩にトイレットペーパーがくっ付いたのと、背中に男性用の便器がくっ付いたことだけだな。たぶん。ああ、あとトイレの様々な能力を得たことだな」

「そうなのですか。この姿は人間の時からなのですか。随分と若い時にお亡くなりになられたのですね」

「ああ。そうだな。本当はもう一度人間生まれ変わってみたいけどな。いい加減トイレの守護霊も飽きたし。なあ、お前俺の代わりに人間に生まれ変われる方法を探して来てくんない?」

「え? 俺がですか?」

「うん。そうそう。俺も移動は出来るんだけど、あまりこの神社から遠くに行くと、体がすっげーだるくなるんだよなー。まあ、死にはしなけどさ。たぶんこの神社の守護霊だからこの神社から離れれば離れるほど、力が弱くなるんだと思うよ」

「そうなのですか。ちなみに今まで最高でどこまで行ったことがあるのですか?」

「ブラジル?」

「全然力弱まってあらへんがな! 地球のどこでもいけるやおまへんがな」

 俺はトイレの守護霊に正しいかどうかも分からない関西弁を使って全力で突っ込んだ。

「いや、でも体の力が抜けるっていうのは本当なんだよ。何か力が出なくなってさ。ブラジル美女のサンバのケツばかり見ていたんだよな」

 それだだ単にブラジル人の美女に見とれていただけじゃないのか?

 そんな考えは言葉には出さなかった。

 まあでも、そのことは置いておいて、俺に能力をくれるって一体どんな能力なのだろうか。

 俺は詳しく、トイレの守護霊に聞いてみることにした。

 「あのう、トイレの守護霊さん。聞いてもいいですか?」

「うん? 何だ?」

「俺に下さる能力って言うのはどんな能力なのでしょうかか?」

「ああ。そうだな。それについてはまだ言っていなかったな。だが、あんまり期待はするなよ。俺は所詮ただのトイレの守護霊なのでな。それなりの能力しかお前に付加してやれないんだよ。で、肝心のその能力だがな。全国にあるトイレ間を移動する能力なんだよ」

「トイレ間を移動する能力? ちょっと意味が分からないです」

「そのままの意味だよ。全国、いや世界中にある個室トイレの空間内を移動することが出来る能力なんだよ」

「ええ? 世界中の個室トイレ内を移動出来るのですか? それ凄くないですか?」

「まあ、凄いっちゃあ、凄いかもな。だけど制限もいくつかある」

「制限?」

「ああ。俺は男子便器の守護霊だし、個室トイレ内を移動出来るのは基本的に男子トイレの個室空間のみだ」

「そうなのですか。でも基本的にっていうのは?」

「男子トイレと、認定されている場所、あるいは男が一度でも使用したことがある個室トイレの空間は移動することが可能だ」

「じゃあ、男女共用トイレは移動することが出来るということですね」

「その通りだ。後は、女子便所に男がこっそり侵入して用を足した場合などは、その個室トイレも移動することは可能だ」

「へー。面白いな。どこぞやのアニメの空間移動ドアみたいだな」

「だが、さっきいった通り制約もある。移動できるのは個室トイレのみで、その個室トイレからは出ることが出来ないんだ」

「個室トイレからは出れないって言うのはどういうことですか?」

「だから、空間移動はできるけれども、トイレを開けてその土地の観光をして、おみやげを買うなんてことは出来ないんだ。あくまで移動できるのはトイレ内だけなんだ。トイレ内に見えないバリアーが張られていて、ドアノブを回す事も、トイレの上や下の隙間から抜け出すことも出来やしないんだ」

「そうなのですか」

 俺は少しがっかりして、ため息を吐き出した。でも、トイレ内を移動できるだけでも相当凄い能力だよな。トイレの臭いとは言えその土地の臭いは感じることが出来るし。

「ああ、まだ能力の制限はあったな。実はその空間移動は人が使用している空間内には移動が出来ない。だから、個室トイレに人と一緒に入ることは出来ないんだ」

「なるほど」

「あとは監視カメラが取り付けられている個室トイレも移動は出来ない」

「そうなのですか。でも例えばですけど、俺が個室トイレに能力を使って移動している時、個室空間内で叫んだりして助けを求めた場合はどうなるのでしょうか? 誰かが外からドアノブを回したり、強制的にドアを開けたりした場合です」

「それがな。個室の外からはお前のことは見えないのだよ。バリアーの効果で、お前の声は個室の外へ漏れることがないし、上から覗いても下から覗いても光の屈折効果でお前の姿も見えないしな」

「ほうほう」

「それに、もし誰かがお前が入っている個室ドアを強制的に壊して入ろうとしたら、その時、その能力の危険回避能力が作動してお前はその個室トイレから強制的に移動してしまうんだよ」

「おお、面白いですね」

「うん。そうだろう。だから本当に移動できるのは誰も使用していない世界中の男子個室トイレ、あるいは男女共用トイレのみだ」

「でもその個室トイレ内に窓がついていて景色が良い所だったらその土地の景色は眺めることが出来ますね」

「ああ、そうだな。そういう場合もあるな」

「その能力凄い欲しいです」

「そうか。そう言ってくれて俺は嬉しいぞ」

「その能力を是非俺に授けて下さい」

「本当に良いんだな? 能力をあげてからやっぱりこの能力いりませんでしたは通用しないからな」

「はい。大丈夫です。そんなことは絶対に言いませんから」

「そうか。では、お前に能力を授けよう」

 言うと、トイレの守護霊は両肩にあったトイレットペーパーを外した。あ、いつの間にかトイレの守護霊の左肩のトイレットペーパーが再生していたんだ。さっき言っていた、トカゲの尻尾のように再生するっていうのは本当だったんだな。

 トイレの守護霊はその手に持ったトイレットペーパーを俺に近づけてきた。

「一体何をすると言うのでしょうか?」

「ああ、これからこのトイレットペーパーをお前にぐるぐるに巻きつける。ミイラのようにな」

「このトイレットペーパーをですか?」

「ああ、この二つのトイレットペーパーをまるで編み物でも編むかのように交互にぐるぐると巻きつけることによってケミストリー的な何かしらの反応が起こってトイレの守護霊の能力を付与することが出来るようになるんだ。詳しくは知らないけど」

「何か、適当な口っぷりですね。トイレの守護霊さんなのに」

「だから、俺だって自分の能力についてよく分かっていないんだよ。でも身についているものなんだから、使うことは出来る。お前は意識的に歌を歌うことが出来るか?」

「はい。もちろん出来ますよ」

「それと一緒だよ。俺もそれと一緒で自分の意思で身についている能力を意識的に与えているだけなんだよ。自然と身についていた能力だから詳しくは分からないっていうだけなんだよ」

「なるほど」

 トイレの守護霊は俺の目の前に来ると、しゃがみ込み、二つのトイレットペーパーを足から交互に織り込むように巻き始めた。

 右足を巻き終えると、左足、左足を巻き終えると腰、次にお腹、背中、胸、肩、右手、左手、首、そして顔、頭全体をぐるぐると、呼吸する部分以外隙間なくトイレットペーパーで巻くと、トイレの守護霊は深呼吸をして、フーッと大きく息を吐き出した。

「あー、疲れた」

「だ、大丈夫ですか? 相当しんどそうですけど」

「ああ、トイレの守護霊になってから碌な運動をしていなかったからな。体力もそりゃあ、落ちるってもんよ。それに能力付加は今回が初めてのことだから、すげえ神経を使ったし」

「は、初めてなのですか。だ、大丈夫でしょうか」

「心配すんな。心配すんな。俺を信じろ、トラストミーだ」

 俺は一抹の不安を覚えたが、能力付与の儀式を見守ることにした。

「では、行くぞ。覚悟を決めろよ!」

「は、はい!」

「アブラカタブラ、ブラタモリ、ヒラケゴマ、ヒラタケ、マイタケ、エノキダケ、シメジタケ、キタノタケシ、ヒガシノコウジ、ニシノカナ、ミナミノヨウコニ、ミナミコウセツ、トウザイナンボク、ボクドラエモン、ウンバラウンバラ、アイアイアイア、フゥアフゥア、ライライライ、コノノウリョクノチカラハアッタカインダカラー、アトカライラナイナンテコトハダメヨーダメダメ」

 訳の分からない呪文をトイレの守護霊が唱えると俺の全身は様々な色に変化する眩い光に包まれた。

 白、赤、オレンジ、黄色、緑、紫、赤、黒、茶色。まるでマジシャンの衣装替えのマジックのように光は色彩を次々に変化させていく。そしてその光が混ざり、融合し、一つになって俺の体に吸い込まれていった。

「あああああ!!」

 まるで、細胞の一つ一つに光が取り込まれていくような感覚。

 この感覚はどちらかと言うと、付与というよりは覚醒と言った方が近いかもしれない。それほど、自分の体と一体している感じがするからだ。

 そして、光が収まると。

 俺の体に白い湯気のような物がシュワシュワと発生していた。

「どうやら上手くいったようだな」

 トイレの守護霊が言った。

「こ、この溢れるようなパワーは……。これが能力か」

 俺は高揚感、ワクワク感を感じ、思春期の若かりし頃を思い出し、どこか中二病臭い台詞を吐き出した。

 「どうやら上手くいったようだな」

 トイレの守護霊がどこかほっとしたような口調で言った。

「なんて言うんですかね。体の心から力が溢れるようですよ」

「そっか、そりゃあよかった」

「さっきトイレの守護霊さんが言っていた、上手く説明できないけど、力は使えるっていう感じが今ならよく分かりますよ」

「そうか。じゃあ、早速その力を使ってみたらどうだ?」

「はい。そうしたいと思います」

「あ、そうだ力を使うに当たってまずは拠点となる個室トイレを決めなくてはだめなんだよ」

「拠点となる個室トイレ?」

「そうそう。まずはそれを決めないと他のトイレへは行けないんだよ。で拠点を決めてから能力を発動させる。で、色々と移動をして、拠点となる個室トイレに戻って来て、拠点を解除したらトイレの外へと出られるんだよ」

「そうですか。面白いですね」

「ちょっと試しにやってみなよ。この神社のトイレからお前のマンションの自分の部屋のトイレへと『飛んで』みなよ」

 トイレの守護霊が言ったので、俺は試しにやってみることにした。

 男子便所の個室に入ると、俺は鍵を閉めた。

「能力の使い方は分かっているな」

 トイレの守護霊が言ったので、「はい」と答えた。

 頭の中に能力を付与されたと同時に回路が開かれ、能力自体の使い方は全部ではないがだいたい感覚で分かっていた。

「トイレの便器に触りながら、自分の生まれた家を想像するんだ」

 言われた通りにすると、便器が黄金色に輝いた。

「黄金色に輝きました」

「そうか。成功だ。これで、拠点は作りは上手くいった。後は、どこへでも飛べる。イメージしない限りはランダムに飛ぶけどな。じゃあ早速お前の住んでいるマンションへの自室トイレへと飛んでみろ」

 俺は目をつぶり瞑想をした。

 そして、家賃8万円の自分の部屋を想像して、飛びたいと念じた。

 音が一瞬途切れた。

 不思議に思い、目を開ける。

 目の前には黒い光沢を身に纏ったゴキブリがキラキラした壁に張り付いていた。

「う、うわあああああっ!!」

 俺は混乱し辺りを見回す。

「買ってきた、ゴキジェット、バルサン!!」

 しかしいくら探せど、それらは見つからなかった。どうやら神社に置きっぱなしにしてきたらしい。

 ゴキブリやだやだ、最悪最低、うぎゃーー。

 俺は、一刻も早くこの空間から抜け出そうともがく。

「助けて助けてよ。トイレの守護霊さん」

 しかし、トイレの守護霊は俺の声に全く反応を示さない。

「何で何で、何にも言ってくれないんだよ」

 俺は激怒するが、反応はない。

 とそこで俺はあることに気付いた。

「あ、あれっ? さっきのトイレの便器とちょっと違くないか?」

 神社にあったトイレの便器は薄汚れていて、見るからに汚かったのだが、この便器はとても綺麗な便器だった。というか金色に光っていた。

 そこで、俺は思いだした。

「あれ。ここ俺のマンションのトイレにそっくりじゃない?」

 辺りをよく見回すが、窓の配置やトイレの広さ、そして何より黄金色のトイレ。壁から、床からスリッパ、何から何までが黄金色に輝いていたのだ。

「ああ、じゃあ俺、本当に自室のトイレに飛んだんだ……」

 目を開けた瞬間にゴキブリが出現したことで、頭の中が混乱し、すぐには飛んだことに気付かなかったのか。

 俺はほっと一安心すると、トイレのドアノブを回し部屋へと行こうとする。

 しかし、トイレのドアは固く閉ざされていた。

「な、何で? あっそうか。そう言えば、トイレの空間内しかジャンプすることが出来ないって言っていたな」

 本当にトイレにはバリアーが施されているのか。 俺は納得すると、神社のトイレへと戻ることにした。

 神社のトイレをイメージして目を閉じ、瞑想をする。

 そして、音が一瞬途切れ……。俺は無事に神社の男性用個室トイレへと戻ってくることが出来た。

「戻って来ましたよ。トイレの守護霊さん」

 俺が個室トイレの外へ声をかけるよ、「おお、無事戻って来れたか。じゃあ、もう一度、拠点の便器に手を触れてみろ。そうすれば拠点は解除され、トイレから出られるから」とトイレの守護霊の声が聞こえた。

「分かりました」

 俺は黄金色に光輝く便器に手を当てた。すると黄金色の便器は輝きを失い普通の白色の便器に戻った。

 俺はそれを確認すると、トイレのドアを開けた。

 すんなり滞ることなく、ドアは開いた。

「おかえり」

 トイレの守護霊が言った。

「ただいま」

 俺は何かやりきった感を覚え、笑顔で返事をした。

  「で、どうだった? トイレ内空間移動は」

「うーん、あまり空間を移動したっていう感じはなかったですね。音が一瞬途切れたぐらいですかね。変わったところは」

 俺は空間を移動した瞬間の感じがあまり実感出来なかったので、正直な感想を述べた。

「そうかそうか。まあ、そんなものだろうな。能力を使える奴はそれが当たり前に感じられるから、息を吸ったり吐いたりするような特別意識するような感覚ではないのかもしれないな」

「そうかもしれないです。あ、そういえば気になったことがあるんでけど」

「何だ?」

「どうして、トイレの守護霊さんはトイレ越しに俺の声が聞こえたのでしょうか。そしてトイレの守護霊さんの声も俺に聞こえたのでしょうか。バリアーが張ってあるから俺とは会話出来ないのではないのですか?」

「何だ。そんなことか。だって俺はここのトイレの守護霊だぞ。ここのトイレは言わば俺のホームだ。バリアー越しに会話をすることぐらい、わけはないさ。まあ、この神社の男子トイレ以外だったら俺の力は及ばないがな」

「ああ、なるほど。そういうわけですか」

「ああ。だから、お前がこの神社の男子トイレ以外のトイレに入っても俺とは会話することは出来ないからな。あしからず」

「あ、そうですか。じゃあ、この神社のエネルギーがトイレの守護霊さんのパワーの源なんですね」

「そうそう、そういうこと。じゃあ、俺は能力を授けたからもう用なしだな。帰るとするわ」

 トイレの守護霊さんは、言うと背中を向けて去ろうとした。すると。

「あ、そう言えば、まだ授ける能力あったわ」

「え? まだあったんですか?」

「うん。どうする? 聞く? 聞いてみる? 聞いちゃう? 聞いちゃってみる?」

 若干ウザイ、トイレの守護霊さんの問いかけ。どうやらトイレの守護霊さんはその能力について聞いてもらいたいらしい。

「は、はい。是非」

 俺は能力を授けてもらった恩と純粋にどんな能力なのかの興味もあり、説明を聞いてみることにした。

「じゃあ、教えるね。実は、トイレ内で変身して、武装したり、魔法が使える能力なんだよ。

「え? それなになに? すごい気になる」

 俺は流行に敏感な女子高生のような口調で言った。

「そのままだよ。トイレ内で能力を使い、武器を操ったり、魔法を使って、トイレ内の虫や動物を攻撃したりすることが出来るんだよ。あるいは虫や動物と会話もしようとと思えば出来る。あんまりおすすめはしないけどね」

「うおー、まじぱねえっす。トイレの守護霊さん」

 能力を授かってからというもの、感情が高揚しっぱなしで、どこかテンションがおかしくなってきていた。

「で、どうする? その能力? 興味ある? いる? 獲得してみる? 使用してみる?」

 またしても若干ウザイ質問だったが、俺はそれよりも嬉しさの方が勝っていた。

 俺は二つ返事で返答した。

「その能力下さい。トイレの守護霊さん」

 「本当にいいのかい? 能力を授けても」

「はい。めっちゃ凄そうな能力じゃないですか。武装出来たり、魔法を使えたり出来るなんて。何か胸が高鳴って青春時代の若かりし頃を思い出しましたよ」

「まだそんな年でもないだろうに」

 トイレの守護霊が少し呆れた様子で言った。

「あ、でもその能力を授かって、特に副作用なんかはないですよね」

「うん。そんなのはないよ。たぶん」

「い、いやたぶんって」

「だって、能力を授けるの初めての経験だしね」

「は、初めてーっ??」

「そんなに驚くなよ。大の大人が」

「いやいや大人だろうが関係ないでしょ。初めてってことは要は実験台ってこと?」

「何でそんなに、ネガティブなんだよ、お前はさ。そんなんじゃないよ。ただ純粋にお前に喜んでもらいたかっただけなんだよ。じゃあ、聞くけど初めてって知っていたら、さっきのトイレ空間移動能力いらなかった?」

 そう言われて、俺は考えた。

「う、うーん。そう言われると悩むな。初めてで心配ではあるけど、世界中のトイレの空間を移動できるんだもんなあ」

 悩んでいる俺を見て、トイレの守護霊はにやりと笑った。

「その様子だと、初めてと知っていようが、そうでなかろうが答えは出ているようだな」

 にやにやとトイレの守護霊は笑っている。能力を授けられるのが、初めてにせよ、そうでないにせよ、俺が結局能力を授かるだろうという結論に達したのだろう。

「そうですね。たぶん俺は、初めてと知っていても能力を授かったと思います」

「そうか。素直でよろしい。お前に対する好感度がアップしたぞ」

「それはどうも。で、さっきの話しに戻るんですけど、副作用があろうがなかろうが、気にしないので能力を下さい」

「分かった。じゃあ、お前に武装能力と、魔法能力を授ける。だが、分かっているとは思うが、その能力は男子トイレの個室内でしか使えないからな」

「あ、そっか。そうですよね」

「ああ、何度も言うが俺はトイレの守護霊なんだからな。トイレの以外では能力は使えないんだ」

「今度の能力も個室で使った場合、バリアーが張られるのでしょうか。あとボットン便所では能力は使えますか?」

「いや、今度の能力はバリアーは張られない。だけど、やはり個室を閉めた状態で、カメラが設置されていなければ使える。ボットン便所でも問題なく使える」

「そうなのですか。じゃあ、草むらを仕切って穴を掘ってトイレのした場合は?」

「誰か男がそこでトイレをしていたなら、能力は全部使えるだろう。でもボットン便所にしろ草むらにしろ空間移動能力を使って行った場合はやはりバリアーがあるので、ボットン便所や、草むらの仕切りから外へは出られないぞ」

「じゃあ、個室を閉めた状態で魔法を使っているときに、誰かから下や上の隙間から覗かれた時はどうなりますか?」

「うーん。まず覗かれている時は、魔法自体が使えない。で、魔法を使っている最中に覗かれた場合はどうしようもない。だけど、魔法自体は目に見えないので、何らかのマジックやトリックをお前が行っているようにしか見えないだろうな。例えば、火の能力を使ってトイレの個室内の虫を焼いたとしよう。その場合は、魔法の炎なので、炎自体はお前以外には見えない。で、覗いている奴からは煙とただ、どんどんと焼け焦げて形が変わっていく虫しか見えないわけだ。だから、お前が魔法を使ったとは思わないだろうな。虫に何らかの、液体をかけたり、虫の内部から何らかの方法で焼いたとしか見えないだろうな。どっちみち、覗かれた瞬間から覗かれなくなるまで、次の魔法は使えない。それは覚えておいた方がいい」

「じゃ、じゃあ。トイレ空間移動の能力も覗かれていたら使えないのですか?」

「そうそう。だから、気を付けてな。何かしら追い詰められてトイレに閉じこもっていても、覗かれていたら空間移動でその場から逃げることは出来ないから」

「うわー、怖えぇ! 何かその状況怖えぇ! 何だよ何かしら追い詰められた状況って。絶対にそんな状況に陥りたくないわ。さぼいぼが立ったわ」

「まあ、こんな所だな。俺がお前に言えることは。じゃあ、早速能力を授けようとしようか。もう俺には時間がないんでな」

「時間がない? どういうことですか? もしかして、一日に数時間しかその姿を保つことが出来ないとかそういうことなのですか?」

「違えよ。お昼寝の時間なんだよ。俺はここに生まれてからほぼ毎日決まった時間に昼寝をして、疲れを癒しているんだよ。言わせんなよ恥ずかしい。こう見えても俺はトイレの守護霊なんだから、やることは結構あるんだよ」

「そ、そうなのですか。分かりました。ではお願いします」

「ああ。では行くぞ」

 そう言うと、トイレの守護霊は、背中に背負ったトイレの便器を外し、地面へと置いた。

 「その男性用便器をどうするのでしょうか?」

「いや、たいしたことはしない。ただ便器の前に立って、パンパンと2回手を合わせた後、能力を授けて下さいって言葉に出して、三回お願いするだけだ」

「そ、それだけですか?」

「ああ、それだけだ。簡単だろう?」

「そうですね」

「じゃあ、やってみな」

 俺はトイレの守護霊に言われ、地面に置かれた男性用便器の前へと立った。遠くからは分からなかったのだが、近くに行くと、男性用便器の上に小さな点ぐらいの大きさの赤いランプが点いていた。

「この赤い光は何なのでしょうか?」

「ああ、それはお願いが聞き届けられると、青いランプへと変わるんだよ。特に気にすることはないさ」

「分かりました」

 俺は男性用便器の前でパンパンと二回手を合わせた。そして目を閉じた後、お願いの言葉を発した。

「俺に能力を授けて下さい。俺に能力を授けて下さい。俺に能力を授けて下さい」

 俺は目を開けた。

 しかし、目の前の男性用便器は何の反応も示さない。

「ど、どうなっているのですか?」

 俺はトイレの守護霊に聞いた。

「今、トイレの守護霊教会が審議中だ。ちょっと待ってろ」

「は、はい」

 そして待つこと数十秒。

 目の前の便器の赤いランプが青色へと変わった。

「ランプの色が変わりましたよ。トイレの守護霊さん」

「ああ、良かったな。願いは聞き遂げられたようだな。後はしばらくそのままで待っていろ」

「は、はい」

 ランプの色が変わってから、少し会話をした後、男性用便器から音がして便器の上部から水が下へと流れ始めた。

 俺はそのままで待っていろと言われていたので、その場でほとんど動かず待機していた。

 便器から流れ出す水は透明から、しだいに色を変えて行った。

 赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫。そしてそれらの色は一つに融合した。

「に、虹色??」

 なんとトイレから流れる水の色が虹色に変化した。

 直後、そのトイレの虹色の水は男性用便器から勢い良く飛び出した。

 飛び出したトイレの水は俺の上空付近に来るとしばらくの間、まるで俺を値踏みするかのようにくるくるとゆっくりと周った。

 そしてそのトイレの水は、回るのを止めると俺の頭の真上に一塊になって集まった。塊になったトイレの水は、上空へとまるで花火を打ち上げした時のように、数10メートル昇った。そして急降下すると俺の頭目掛けて勢い良く落ちてきた。

「う、うわああああ!!」

 まるで、滝行でもしているかのようだ。激しい衝撃が体全体に響き渡る。

 衝撃の中、俺は目を開けてみると、水が一切地面に落ちておらず地面は乾いた状態だった。

 ど、どういうことだ? 

 俺は水の行方をなんとか目で追った。

 トイレの水はなんと俺の頭と体に当たった後、俺の体に吸収されていた。良いのか?

 心配した俺はトイレの守護霊を見た。

「大丈夫大丈夫。その水には何の害もないから。むしろその水によって能力がもたらされるから」

 トイレの守護霊は俺の視線に気付くと、落ち着いた口調でそう言った。

 そしてすべてのトイレの水が流れ終わり、俺の体に吸収された。

「オッケー。これで能力付与の儀式は終了したぞ」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 俺は急にどっと疲れが出て、地面にどかっと座り込んだ。

 「これで本当に全部お前には能力を付与した。もうお前に与える能力はないよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「ああ。どういたしまして」

「ところで、このあなたはこの神社の男性用トイレの守護霊なのですよね。じゃあこの神社には女性用トイレの守護霊もいらっしゃるのですか?」

「いや、それがな。何かトイレの守護霊自体が人手不足らしくな。まだこの神社にはいないんだよ」

「そうですか」

「じゃあ、もうなければ俺は本当に帰るな。まあ、何かあったらまたこの神社に来て、お参りでもしてくれ。そしたら気が向いたら俺、出てくるから」

「はい」

 俺は神社の男性用トイレで守護霊と別れた。

「さあ、どうするかな」

 俺はこの後、どうするか考えた。

「早速能力を使って世界のトイレ旅行をするか、それとも今日は落ち着いて、家でゆっくりと過ごすか……。あっ、そう言えば家のゴキブリを退治するのを忘れていた!」

 トイレでゴキブリが繁殖をしたらたまったもんじゃない。神社の境内に置いていたバルサン、ゴキジェットが入っている買い物袋を手に取ると、家へと向けて歩き出した。

 でも、俺には能力があるんだから、バルサンとかゴキジェットはもういらないのかもしれないな。うーん。どうしよう。まあせっかくだから能力を試してみるか。そうだ。能力で虫とか動物とかと会話も出来るんだったな。もしあれだったらゴキブリと会話でもしてみるか。

 ゴキブリと会話が出来るということで、心の中がぞわぞわと波立つ。ひえー。何か怖いな。ゴキブリって一体何を考えているんだろうな。まあ、虫だからな。そこまで深くは考えていないだろう。

 家に着くと、キッチンでドリップコーヒーを淹れリビングに置いた。やっぱり一人では初めて能力をしようするので、緊張していてそわそわしていたので、一呼吸入れる為だ。テレビのスイッチを入れると、騒がしい声が流れてきたが、まるで頭に入ってこなかった。

 コーヒーを飲み終えると、俺はスクッと立ち上がった。さあ、いざ行かん。

 俺は一人で初の能力を使用するべく、トイレへと向かった。

 「トントントン。入りますよ。ゴキブリさん」

 俺は馬鹿丁寧にトイレにいるであろうゴキブリに向かって、声をかけ中へと入った。

 トイレを開け中に入ると、ラベンダーの芳香剤の甘い香りが漂ってきた。

 体の内側から活力が湧いてくるのを感じた。一人になって冷静になってトイレに入ったことで、トイレに入った瞬間の、自身の力の変化に俺は気付いた。

「トイレに入った瞬間。ぞわっと一気にパワーが宿る気がするわ。まじぱねえ」

 俺はトイレのドアを閉めると、早速ゴキブリを探し始めた。

 天井、壁、便器の外回り、便器の内回り、スリッパの中、マットの下、手拭タオル、水洗タンクの中、掃除道具の中。でも、ゴキブリはどこにもいなかった。

「嘘だろ? まさかどこかの隙間からどっかに逃げたのか? 逃げたなら逃げたで嬉しいけどな。まあ、家の外に逃げてくれたらの話しだけど」

 俺は一人ぶつぶつと呟く。

 でも、一応確認する為に俺は授かった能力を使ってみることにした。

「えっと、じゃあ何の能力を使うかな。武装能力か、それとも魔法を使うか……。そうだ。虫と動物の言葉を喋れる能力を使ってみよう。でもゴキブリ語なんて喋れるのか?」

 俺は頭にゴキブリの言語をイメージした。すると……」

 頭の中に、無機質な白い文字がまるで溢れるように、湧き出した。頭の中で文字が大きく回転し、上下にも動き、頭の中を勢い良く駆け巡る。

 何だこれは? やばいやばい。

 でも、それは一瞬のことだった。それが治まると俺はなんかゴキブリと意思疎通出来るような気がしてきた。

 俺は頭の中でゴキブリに話しかけるつもりで言った。

「ゴキブリさん、いますか? ゴキブリさん、このトイレにいますか? いたら返事をして下さい」

 すると。

「何だ? 誰だ? この私に話しかける奴は?」

 声が返ってきた。

 でも、俺はゴキブリに頭の中でしか話しかけていなかったはずだ。もしかして、この俺の能力は実際に口に出して会話をするのではなく、頭の中でテレパシーみたいに虫や動物と意思疎通を図る能力なのか?

 俺は再び頭の中でゴキブリの言語を話した。

「おらあ、出てこいや! クソゴキブリが。早く出てこないとバルサン焚いて、殺しちゃうよ(やっちゃうよ)?」

 俺が言うと、「何だ? てめえは私に喧嘩を売っているのか?」というゴキブリの声が頭の中に返ってきた。直後俺の目の前に黒いゴキブリが姿を現した。おいおい、いやがったよ。トイレに。さっき散々さがしても見つからなかったっていうのに。本当にこいつらは神出鬼没だな。

 俺は苦笑し、首を横に大きく振った。

 「な、何だ? 人間がいる」

 ゴキブリは俺の姿を見ると、便器の後ろへとササッと隠れた。

「おい、隠れていないで出て来いよ! 俺はお前と話がしたい!」

 ゴキブリは便器の後ろから、家政婦は見たよろしく顔をちょこっと出した。

「な、なぜお前は私と会話することが出来るのだ? というか私もなぜお前と意思疎通が出来るのだ? 私は普段こんなことは考えたことがないはずだ。分からない」

 ゴキブリの方も意思疎通できることに戸惑っているようだ。

 一体どういうことだ? まさか俺のこの脳内の会話能力は虫や動物と意思疎通を果たす為に、虫や動物の脳も能力アップさせるんじゃないだろうな。

「おい、お前は何でこんな所に住み着いているんだ?」

 するとゴキブリは俺の声に反応し、考えていたことをやめたように動きを止めた後、こちらを向いた。

「何でって。お前は馬鹿か? 食べ物を食べる為に決まっているじゃないか。ああ、あと繁殖ね。この家実は隙間だらけで、身を潜ませやすいし」

「そりゃあ、そうだな。じゃあさ、早速悪いんだけどこの家から出て行ってくんない?」

「はあ? 何言っちゃってんの? 人間ごときが。大体お前見ない顔だよな。たぶん新しく引っ越して来た住人だろう? じゃあ、私の方が先に住んでいるんだよ。ドン!」

 威圧感のある擬音を語尾に使いながらゴキブリは強い口調で言った。

「いやでも、だいたいこのマンションは人間が住む為に建てたマンションなんですが」

「人間の物はゴキブリの物。ゴキブリの物はゴキブリの物。そうだろう? だいたい私達の種族の方が昔から地球に住んでいるんだからな。つーことは、この地球はゴキブリの物だっていうことになりますよね」

 何だよこのゴキブリ、何となくだけど色々と詳しいんじゃね? 本当にこれは会話能力を使ったせいで、ゴキブリの能力も高まったのかもしれない。これは色々とまずい気もする。

「なあ、お願いだから出て行ってくれよ。じゃないと俺はお前を追い出さなくちゃならないことになる。だって俺ゴキブリ大嫌いだし。一緒に居住することなんて出来ないし」

「かーっぺっ。お前等人間は本当に傲慢な種族だな。虫唾が走るぜ」

 ゴキブリは出もしないタンを吐き出す真似をしながら言葉を脳内で喋った。

「じゃあ、俺達は互いに相容れない存在なんだな」

「ふん、そんなことは分かりきっているだろう? 我が物顔でこの地球を支配している気になっている人間なんかと私達種族が相容れるはずはなかろう。もう結論は出ただろう? 私とお前は闘うしかないってことだ」

「そういうことらしいな」

 俺は便器の後ろにゴキブリを強く睨んだ。

 睨んでいるのかは分からないが、ゴキブリも俺の方をじっと見つ続けている。

「いざ尋常に勝負!」

 俺はゴキブリに声をかけると床にあったスリッパを手に取った。

 金色のスリッパを力強く握りしめると、俺はしゃがみこみ、素早くトイレの便器裏を数回叩いた。

 パンパーンという乾いた音が、トイレの空間内に響き渡る。スリッパを引き戻し、スリッパの裏を確認する。スリッパの裏にはゴキブリを潰した形跡は一切残っていなかった。

「流石に早いな」

 舌打ちをする。心の中には焦りと、不安が僅かながら広がる。

 ゴキブリは今何処に身を潜ませているのだろうか。考えていた時だった。

 背中に妙な感覚が走った。背中を誰かにすっと撫でられたかのような感触。ま、まさか……。

「う、うひゃぁああああ!?」

 俺は咄嗟に上半身の服を脱ぎ捨て上半身裸になった。

 脱ぎ捨てた服の隙間から、ゴキブリが顔をちらりと覗かせた。

「やるじゃん。いい動きしているよ。君」

 舐めやがって。俺はぷちんとして、ゴキブリがいる俺の服目がけて、足を振り上げ、力一杯踏み降ろした。もう服の中でゴキブリがつぶれたって関係ない。

 だが、ゴキブリは踏み降ろす瞬間に、服の中から脱出し、まるで蜃気楼のように消えた。

 しばし膠着状態が続く。

 が、次の瞬間。ゴキブリが俺の顔目がけて勢い良く飛んできた。

 うぉう!?

 俺は反射的にスリッパで俺の顔を払った。バシッという音が鳴り響いた。

 見ると、ゴキブリがトイレの手洗い場所にひっくり返っていて、ぴくぴくと痙攣していた。

「やったのか?」

 俺はまだ警戒心を保ちながらも心の中で呟いた。

「う、うおお。い、痛い。痛い。や、やられた」

 ゴキブリの声が聞こえた。

「どうやら俺の勝ちのようだな」

 俺はゴキブリに向かって言った。

「ああ、私の完敗だ。もう裏返る余裕もないよ。どっち道、人間にゴキブリの私が勝つ方法なんてなかったんだ。だからどうせ負けるなら、人間に一杯食わせてやろうと、玉砕覚悟で特攻をかましたが、結果は見ての通りだ」

「そうか。だが、いい戦いだったぜ」

「そう言ってくれてありがとう。私の命はもうそろそろなくなる。なあ、一つお願いがあるんだけど聞いてくれないか?」

「お願い? 何だ? お前の死体を埋葬する場所か何かか?」

「いや、違う。私の子供のことだ。実は私はメスで今卵を体に宿している。私の体をよく見てくれ」

 俺はそうゴキブリに言われて、顔を近づけた。ゴキブリの体にはびっしりと卵がくっついていた。

「なんと、お前は子持ちだったのか」

「ああ、そこでお願いなのだが、私の子供をお前が育ててはくれないか?」

「お、俺がお前の子供を育てる?」

「ああ、別に部屋で放し飼いをしろということではないんだ。虫かごで育てるとかでもなんでもいいんだ。私の体に宿っている、我が子の命。孵化させてあげて、我が子に日の目を一度でも浴びさせたいんだ」

「じゃあ、虫かごで孵化させて、孵化して日の目を浴びた瞬間に、駆除してもいいのか?」

「ま、待ってくれ。そんな薄情な。少し、もう少しだけでいいんだ。子供たちを自由に走らせてはやってくれないか?」

「おいおい、最初に言っただろう? 俺はゴキブリが大嫌いなんだよ」

「すまん。無理なお願いなのは分かっている。だが、だが。子供達の未来のことを思うと、悲しくて悲しくて。う、うわぁぁぁぁん!」

 ゴキブリは大声で泣いているかのように叫び出した。

「ゴ、ゴキブリ……」

 俺はどこか、悲しい気分になり瞳がなんとなくうるうるしてきた。

 どうしようか。だってゴキブリだぜ? ゴキブリを家で飼う? 冗談はよしてくれよ。でも目の前のゴキブリの悲痛な叫びに心は揺れ動いている。

 俺は、はあっーと大きなため息を吐き出した。

 次の瞬間。

「ギャハッ。チャンス到来! この時を待っていたんだ。馬鹿め! 油断したな」

 ゴキブリの声が聞こえた瞬間、ゴキブリはひっくり返っていた体を元に戻すと、羽を広げ俺の顔目がけて再び飛んできた。

「死ね氏ね死ね死ね~!! 人間ごときが、高貴な私達ゴキブリを育てる? 片腹痛いわ。人間ごときに飼われるなんて考えただけでも吐き気がするわ。お前が大嫌いなゴキブリの子供を育てるつもりがないなんて、最初から分かっていたわ。子供は私が死んだ時点で生き残っていたとしてもどっち道殺される。そして、私達ゴキブリが人間を殺す方法など、思い浮かばない。だが、唯一可能性があるとすれば……。この方法ぐらいだー!! 口の中に入り込み、胃の中に潜り込み、体内でゴキブリの卵を孵化させて、人間を殺す! 都市伝説だが、可能性がゼロではない限り、私はその可能性に賭ける!」

 うわぁぁぁああああ!!

 俺は咄嗟に、真剣白刃取り、いや拝むように両手を合わせた。

 ぶちゅ。

 ぐにゅっとした感覚が、両手の平に拡がる。

 まだ生きているかもしれないので俺はとどめとばかりに両手で更に力強く挟み込む。

 手の平を開くと、無残なゴキブリの死骸がそこにあった。

 俺はゴキブリの死骸を袋に入れ、更に袋を何重にも重ねると、外にあるゴミ捨て場に捨てた。

 ゴキブリの死骸を処理し終えて、部屋へ帰ると緊張感から解放されたことが原因なのか一気に汗が出た。

 洗面所に行って、顔をジャブジャブと洗う。そこには疲れ果てた男の顔があった。俺だ。

「なんか、ゴキブリとの闘いで一気に老けた気がするな」

 苦笑しながら、自嘲気味に笑うと俺はアロマの香りの柔軟材でふんわり仕上げた、タオルを引き出しから取り出し、顔をゴシゴシと拭いた。とても柔らかい。この柔らかさと甘い匂いが、先ほどの戦闘の緊張感を一気にクールダウンし、俺を心地よい天国へと誘っていく。

 ずっとこの感触に浸っていたい。

 鏡を見る。そこには締まりのないにやけた、男の姿があった。俺だ。

 どうしよう、今日はもうトイレで能力を使うのをやめるか? それともまだ時間はたっぷりあるし、明日も祝日だし、今日は休んで明日また能力を使うか? おい! どっちにするんだい? 俺の能力、使うのか、使わないのかどっちなんだい? 

 俺は筋肉芸人のネタのように言った。

 そして、「使う!」

 俺は今日、更に能力を使うことにした。だって、もっと色々と能力を試してみたいじゃん?

 冷蔵庫に入れてあった、冷えた缶のドクターペッパーを取り出すと、プルタブを開けてゴクゴクと喉へと流し込んだ。

 炭酸の刺激が渇いた喉に心地よい。あっと言う間にドクターペッパーを俺は飲み干した。

 一息ついて元気が出た俺は、再び部屋のトイレへと向かった。

 トイレに入る。まだ、ゴキブリとの死闘はさきほどだったので、脳裏にゴキブリのあの恐怖が甦る。

「そういえばトイレの守護霊さん、会話の能力はあまり使わない方がいいって言っていたっけ。もしかして、あれか? 会話を出来るようになることによって、虫や動物に裏をかかれて騙されるかもしれないから、そう言ったのか? それとも虫や動物の顔からは想像できないような、おぞましい思考を読み取ってしまうから、萎縮してしまうとか。あるいは情が湧いてしまうからとか、それとも虫や動物の思考力がアップしてしまい、俺が不利になるからか?」

 考えても、答えは出なかった。まあ、それはまた今度トイレの守護霊さんがいる神社に行った時、守護霊さんに聞いてみよう。

 俺は先ほどのゴキブリとの対戦では使わなかった能力、武装能力を試してみることにした。

 じゃあ、何と対戦することイメージして武装してみようか。

 俺は考えた。ここはトイレだよな。トイレと言えば、ハエか? 

 俺はハエと闘うことをイメージしながら、武装能力を解放した。

 体が淡い光に包まれる。まるでこれは魔法少女が変身する時のような感じだ。その光は俺の上半身と顔と手に集まって来た。

 そして光は徐々に何か物へと具現化されて行った。

 まず俺の上半身には、エプロンが装着された。その次に顔(具体的には口)には、白いフキンを逆さまにした物が、巻かれた。最後に俺の右手にはラメをたくさんあしらったキラキラのハエ叩きが握られていた。

 シャキーン!!

 妙な音が俺の体の周りから聞こえた。これは装着音なのだろうか、それとも武装が終了したという合図だろうか。俺には分からなかった。

「しょ、しょぼっ!!」

 俺はトイレの中で大声で叫んだ。

 「何だよ。この武装能力って……。これじゃあ、ただのトイレ掃除している人みたいじゃん」

 呆気に取られた俺は何の気なしにハエ叩きを数回振った。

 すると、ビュンビュンビュンビュンと物凄い速さでハエ叩きが振られた。

「何これめっちゃスピード速いんですけど。というか早すぎて手の動きが見えないんですけど」

 どうなっているのか、手を動かしている俺でさえよく分からなかった。

「これだけの速さがあったら、ハエなんて瞬殺だよな」

 武装したことによって、体の身体能力が飛躍的に向上したのか、あるいはこのハエ叩き自体の能力なのかそれはよく分からないが、とりあえずこの能力はすごいと純粋に思った。

「ただのハエ叩きを武装しただけで、この凄さ。これがもっと凄い武器になったら一体どれだけ強くなるんだろうか」

 俺の頭に妄想のお花畑がどんどんと膨らんでいく。

 俺は他の武装もしてみたかったので、一旦武装を解除した。そして再び武装をすることにした。

「今度は何と闘うことをイメージして武装してみようか」

 しばし逡巡した後、俺は今度は蜂と闘うことをイメージして武装することにした。

 イメージしながら、武装能力を解き放つ。

 再び俺を淡い光が包み込んだ。

 そしてしばらくすると、再び物が具現化され俺の体にシャキーンという音と共に装着された。

 俺は自分の体を見回す。

 頭から足先まで全てを包み込む、防護服。頭の部分は強度に富んだ透明な物で覆われていて、呼吸をする為の無数の穴が開いている。体の部分は蜂の針を通さないと思われる、強度の高い、硬い服だ。そして肝心の手に持っている武器は蜂駆除と書かれているスプレー缶だ。っていうかこれじゃあまるで。

「ただの蜂駆除業者じゃん。俺」

 またしてもどこかおかしな武装に突っ込みはしたものの呆れの方が勝ってしまう。

 俺は試しにスプレー缶を噴射してみた。

 スプレー缶から物凄い勢いで、白い煙が噴出される。まるで消火器でも使っているかのようだ。だけども、全然俺は苦しく感じない。防護服のおかげなのだろうか。呼吸穴は開いているのだが、どうやら有害なガスなどは穴の中に入ってこないように上手く出来ているらしい。

 ガスが消えると俺は再び武装を解除した。

 二つの武装を使ってみて、落ち着いて武装能力について考えてみると、案外武装能力便利かもしれないなと俺は思った。見ため的にはどこか格好悪かったり、業者さんみたいだったりしたけれど、能力自体は戦う相手に合わせて、上手く武装できているのではないだろうか。これなら相手と戦うときになんだかんだで、とても約に立つ。俺はそう思った。

 俺はトイレから出ると一息入れる為にテレビを点けた。

 「さあ、今度はどこに行こう」

 ちょうど、テレビでやっていた旅番組が終わり、一息ついた俺は再び能力を使うべくトイレへと向かった。

「なんか面白そうなトイレはどこかないかな……。トイレと言えば。ん? ああ、トイレと言えば花子さんか。花子さん。面白そうだな」

 俺は学校の七不思議によく出てくるトイレの花子さんをふと思い出した。

「これ、けっこうスリルがあって面白いかもしれないな。トイレの花子さんがいると評判のトイレを巡ってみることにしようか……」

 俺は、ネットサーフィンをして、トイレの花子さん情報を探し始めた。

「うーん。この情報はうそ臭いな。次っ!」

「うーん、この情報も怪しいな。次っ!」

 ぶつぶつと呟きながら、俺は有力な情報を見つけるべく、次から次へと情報収集をしていく。

 その結果、有力というか本物っぽいいくつかの情報を得ることが出来た。それらの場所は当たり前かもしれないが、全部ばらばらの場所で、北は北海道、南は沖縄までで小学校が3件、中学校が2件だった。

「いやあ、トイレの花子さんも行動範囲が広いなあ」

 笑いながら俺は選んだ情報を見つめる。

 一つ目のトイレの花子さん情報は北海道の小学校だった。

「じゃあ、早速そこから行ってみるか」

 俺はマンション自宅のトイレを拠点にすると、情報にあった北海道の小学校のトイレをイメージして飛んだ。

 「ううっさぶっ」

 北海道の小学校の男子個室トイレに到着すると、気温の急激な変化に俺は身震いした。

 というか到着した場所が本当に北海道のトイレなのか実際には証拠がないので分からないが。まあ、この気温なら北海道で間違いがないと思う。俺は花子さんが実在する証拠を集めるべく、個室トイレの中をくまなく探し始めた。

「あっ」

 トイレのドアの内側に落書きが書いてあった。

「何々? 北海道はでっかいどー!」

 駄洒落かよ。でも北海道って書いてあるな。ここが北海道だっていう証拠としてはまだ乏しいけれど。

 あ、また落書き発見。

「北海道拉麺小学校は永遠なり。ばんざーい!」

 何だこれ。あ、そういえば花子さんがいるっていう北海道の小学校の名前は北海道拉麺小学校だったな。じゃあ、やっぱり俺はちゃんと北海道に飛ぶことが出来たんだな。流石は俺。

 瞬間移動できたことに喜びはしたものの、ここでは花子さんの証拠を見つけることが出来なかった。

「うーん。残念」

 俺は自分がここに来た証として、トイレに落書きをすることにした。でも、落書きしようにもペンがなかったので、俺は気のトイレのドアにあったささくれで指を少しわざと切り、血を出した。

 そして血を使い、指でトイレの内側に「ここはさむい」と書いた。なんかトレイの花子さんの噂を助長するような気がしたが、まあいいや。

 俺はネットで調べた次の個室トイレをイメージして更に飛んだ。

 次のトイレでも花子さんの痕跡を探すことは出来なかった。

 更に移動を繰り返し、とうとう次が最後のトイレとなった。

「次で終わりか。次のトイレで花子さんの痕跡がなければ花子さんなんて存在しないってことだろうな。だいたい花子さんなんているわけないよな。都市伝説だよ。ただの都市伝説」

 俺は花子さんの証拠を見つけることが出来ない苛立ちから、愚痴を吐き出すように呟いた。

 最後の個室トイレのある場所は沖縄にある中学校の個室トイレだ。

 最初のトイレが北海道で、最後が沖縄か。いいね。面白いね。何か日本一周しているかのような気分だな。

「さあ、何が出るかな。何が出るかな」

 俺はこれから一人でサイコロを振るかのような緊張感のない口調で言うと、沖縄の花子さんがいると噂の中学校の男子トイレをイメージして飛んだ。

「……到着ー!!」

 あっという間だったな。時間にして一秒かかっていないんじゃないか? どれぐらい移動に時間がかかるのかは今度、時計で測ってみるとしよう。まあ、それは置いといて早速花子さんの証拠を探すとするか。

 俺はそう思い、トイレの壁とドアをぐるりと見回す。うん。特に何もない。そして最後にトイレの便器を見た。

 え? 

 顔があった。和式便器の中から人間と思しき存在が便器の中から顔を出し、下から俺を見上げていた。

 ひっ、ひいっ?

 あまりの恐怖に俺は声すら出せなかった。

 ま、まさか。ト、トイレの花子さん??

 背筋が一気に凍りつく。

 や、やべえ。

 年齢は小学生ぐらいだが、目が顔のバランス的に大きく、口も大きい。鼻は少しだごっ鼻で髪の毛は黒でボサボサだ。大きな口からはこれまた大きな長い舌が口から時々顔を出している。

 俺はこのままでは間違いなくトイレの便器に引き込まれると思ったので、咄嗟に逃げようと能力を発動させようとした。

 その時、「アイエナー!」と花子さんらしき存在が言った。

 俺は沖縄に昔、行ったことがあり方言はいくつか覚えていたので、花子さんが沖縄の言葉であらまあ、と言ったことが分かった。

 それで、俺は一瞬判断が鈍り、瞬間移動をストップさせた。

「あ、あなた花子さんですか?」

 俺は恐る恐る聞いた。

「そうだ。ヤッサー。ひひひっ」

 やはり花子さんだったのか。

 俺はもしかしたら花子さんとちゃんとした会話が出来るかもしれないと思い、その場から逃げるのを一旦やめた。

 「それにしても驚いたさー。私が住んでいるトイレに入ってくる奴がいるなんてさー」

 花子さんは言った。

「お、俺も驚きましたよ。いきなりトイレの花子さんが現れるんですもの。でも、俺の思っていたイメージとはちょっと違いました。花子さんはおかっぱ頭なんだとイメージから勝手に思っていました。それに沖縄言葉も話しますし」

 言いながらも、俺の心臓はまだ緊張で速くドクンドクンと動いている。

「まったくこれだから、困るさー。人間は。勝手に固定観念で人を決め付けないで欲しいさー」

 呆れ口調で花子さんは言った。

「ところで、その沖縄言葉はどこで覚えたのですか?」

「この言葉? 独学さー。だから合っているのかどうかすら、自分でも分かっていないさー。でも嫌だったら標準語に変えるさー」

「標準語も話すことが出来るのですか? 花子さんは」

「そりゃあそうさー。だって、昔人間だった時は、都会に住んでいたからさー。で、沖縄に旅行で来た時にトイレで死んで俗に花子さんって呼ばれる存在になったさー」

「じゃあ、本当の名前は花子さんじゃないのですか?」

「そうさー、本当は違うさー。でも、私がトイレで妖怪になって一人で閉じこもっている時に、誰かが『花子さん? 花子さん? ここにいるの?』って私のことを呼んださー。たぶん呼びかけた誰かがいなくなった花子さんという人を探していたさー。で、私は良い名前だと思ってこれからは花子さんにしようと思ったさー。それが私の始まりさー」

「そうなのですか。でも一体なんであなたは亡くなられたのですか」

「私? 私は間違って男子トイレに入ってしまったさー。そして出るに出れなくなって餓死して死んださー」

「ああ、だから男子トイレに出現されるのですね。花子さんは。ってなんか自分の話しなのに軽く言いますね」

「そりゃあ、そうさー。だって死んだものは仕方がないさー。だから私は明るく生きるさー」

「そうですか。じゃあ、探されていた花子さんっていう方は見つかったのでしょうか」

「そんなこと私は知らないさー。もしかしたらどこかのトイレで私みたいにトイレの花子さんになっているかもしれないさー」

「そうですか。花子さんにも色々いるのかもしれないですね。なんか怖くなってきました」

「なんくるないさー。そんなに心配しなくてもいいさー。ちょっと心を落ち着かせて深呼吸するさー」

「あ、ありがとうございます」

「じゃあ、ちょっと私がここのトイレについて案内するさー」

「案内?」

「そうさー。私がトイレの便器の中を案内するさー」

 そう言って花子さんは便器から手をにゅっと取り出し、俺の手を掴もうとした。

「うおっ?」

 俺はびっくりして手を瞬間的に引っ込めた。

 その瞬間、花子さんの、ねめつけるような鋭い眼光が俺を刺した。

「大丈夫さー。心配ないさー。早く私の手を掴むさー」

 フランクな口調とは裏腹に花子さんの表情は無表情で、見ているといつの間にか闇に吸い込まれる、まるで底なし沼のような得たいの知れない表情を浮かべていた。

「ま、まさか俺をトイレの中に引き込むつもりじゃないでしょうね」

「そんなことないさー」

 言いながら、花子さんは、にたりと気味の悪い表情を浮かべた。

 その瞬間、俺は悟った。やっぱりこいつはあの凶悪な花子さんなんだと。フランクな口調で安心し、気を緩めていたが、それがこいつの狙いだったのだ。やっぱりトイレの花子さんはトイレの花子さんなのだ。虫や動物に習性があるように、妖怪である花子さんにも習性があるのだ。例えそれが沖縄の言葉を話すフランク口調の花子さんであってもだ。

 あぶないあぶない。

 俺はさっとトイレの壁に背中を預けると、花子さんに向かって言った。

「危うく騙されるところだったよ。花子さん」

「なんのことさー?」

「そうやってフランク口調で人を騙して、トイレの中に引きずり込むんだろう? やりかたが下衆いよ。沖縄の花子さんは。下衆の極み花子さんだよ」

「あらあら、ばれてしまったさー。でも沖縄に住んでいるからって関係ないさー。どこに住んでいたって同じさー。私以外私じゃないさー」

「何で流行の歌を知っているんですかねぇ」

「なんのことさー。単なる偶然さー」

「まあいいや。とにかくもう花子さんが凶悪だってことが分かったので、もう俺、花子さん退治しますね」

「私を退治する? 出来るものならやってみるさー。でも、私には普通の武器は効かないさー。だって私、妖怪さー」

「そうですよね。あなたは妖怪のトイレの花子さんですもんね。でもね。実は俺も普通の人間じゃないんですよ」

「普通の人間じゃない?」

 花子さんは怪訝な顔をした。

「はい。よく考えてみて下さい。どうやって俺はこのトイレの中に入ってきました?」

「そういえば、不思議さー。普通は三回トイレの外からノックして花子さんって呼ばなきゃ私は出てこないさー、そしてトイレも開けないさー」

「でしょう? でも俺はこの個室トイレの中にいる。つまり俺は能力が使えるんだ。トイレの中でだけ使用できる、強力な能力が」

 言うと、俺は目を閉じ、トイレの花子さんと闘うことをイメージして、武装能力を発動させた。

 俺の体にいつもより多くの光の粒子がどこからか集まってきた。

 武装が完了すると俺は自身の体を見回してみた。

「おお、何か陰陽師みたいな格好だな」

 服の名称などは分からないけど、テレビで見た陰陽師の格好とそっくりだった。手には数珠が具現化していた。

「なるほど、妖怪退治には陰陽師か。いよいよ本格的になってきたな」

 俺の格好を見た花子さんは便器から少し這い出してきた。

「何だお前。本当に面白い奴だな」

「面白い? 楽しんでいられるのも今のうちだぞ」

 俺は数珠を試しに振ってみた。

 すると数珠のいくつかが赤青黄色緑、様々な色に光った。

 数珠の光が治まると、俺の目の前に鎌を持った死神のような人物が現れた。

「な、何だこいつは?」

 花子さんが言った。花子さんの口調はいつの間にか標準語に変わっていた。

 俺も目の前にいる死神のような人物が何なのか分からずに、戸惑った。

 すると、「なんなりとお申し付けくださいませ。ご主人様。私はあなたによって呼び出された式神でございます」とそいつが言った。

「呼び出されたって、まさか。俺がこの数珠で呼び出したのか?」

「はい。そうでございます。私はご主人様の命に従う式神でございます」

 やべえ。式神呼び出しちゃったよ。俺。かっけー。まるでスタンド使いみたいじゃん。

「すごいな。ところでどんな能力をお前は使えるんだ?」

「私ですか? どんな能力と言われましても。ただこの鎌を使って幽霊や妖怪などの人ならざる者の首や体を刈るだけでございます」

「おお。そいつはすげえや」

「ありがとうございます」

 俺と式神が話をしていると、花子さんの顔がどんどんと青ざめていった。

 花子さんは、何かを決心したかのごとく、勢い良く便器の中から飛び出してきた。

「ふざけんな。やられる前にやってやるよ」

 花子さんはいきなり男口調になって俺に襲いかかってきた。

 瞬間、花子さんの首目がけて、式神が鎌を素早く振るう。普通の人間ならば何が起こったのか分からないぐらいの凄まじいスピードで鎌は振り下ろされた。しかし、俺は武装化されて、陰陽師になっているからだろうか。かろうじて式神の振るう鎌を残像でだが捉えることが出来た。

「びぎゃー!!」

 花子さんが断末魔の声を上げた。

 見ると、花子さんの腕が吹き飛んで個室トイレの中で宙を舞っていた。

 花子さんはかろうじて首に振り下ろされた鎌をかわしたが、腕まではかわすことが出来なかったようだ。

「お、おのれえ」

 花子さんは顔に青筋をいくつも立てながら、激高していた。

 だが、今回はかわせたが次はないだろう。なぜなら、式神がこう言ったからだ。

「あれえ、2割の力でやっつけられると思っていたけど、案外やるねえ。どこの誰かは知らないけれど。でももうお遊びは終わりだよ。今度は100%全力で君を刈るから。だってご主人様に、恥は晒したくないからね」

 それを聞いていた花子さんは、体がガクガクと震えだした。花子さんは直後、ジャンプをすると頭からトイレの便器に向かってダイブをした。

「ばーか、ばーか」

 便器の中に逃げるつもりなのだろう。だが……。

「うおぅ。おうっ!?」

 花子さんが飛び込もうとした便器には既に飛び込む花子さんを待ち構えるように鎌が上を向いて先回りしていた。

 トイレの花子さんはそれに気付いて、体を体操選手のように器用に捻り、何とか式神の待ち構えていた鎌をかわした。

「逃がすわけないじゃん」

 式神が右手の甲を口元に当て、くすくすと笑いながら言った。

 トイレの花子さんは観念したのか、トイレの冷たい床にどかっと座り込んだ。

 「おっ、ようやく観念したか」

 にやにやと式神が笑いながら言った。

 トイレの花子さんは式神をきっ、と睨んだ。

「ふん、さあやるならとっととやりな! もう私はここから動かんから」

「ほう。やけに往生際がいいな。何か最後に足掻こうと企んでいるのか?」

 式神は表面上は笑いながらも目の奥は少し警戒したような感じで花子さんの動向を探っている。

「もう何も企んじゃいないよ。どうせ私が何をしたところで、どうやらお前には通用しそうもないみたいなのでな」

「よく、分かっているじゃん。じゃあ、もう思い残すことはない?」

「ああ。もう何もないね。一気に私をその鎌で刈ってくれ。そしたら私も妖怪の魂ごと成仏出来るだろう。花子さんとしての、妖怪花子さんとしての役割はまったく果たせなかったけど悔いはないね」

「じゃあ、行くよ」

 式神は鎌の刃をトイレの天井すれすれまで持ち上げた。

「ちょ、ちょっと待って!」

 俺は式神を制すように式神の前に手を出した。

 式神はぴたっと鎌の動きを止めた。

「ねえ、花子さんとしての役割は果たせなかったってどういうこと?」

 俺は花子さんに聞いた。

「そんなこと、どうでもいいだろう?」

 花子さんは俺を睨みつけるように見つめた。

 俺はもしかしてと思い、花子さんに聞いてみた。

「もしかして花子さん、人間をトイレの中に引きずり込んだことないんじゃない?」

 花子さんの顔がみるみる憎しみの表情に変わっていく。どうやら俺の予想は的中したようだ。

「やっぱりそうだ。トイレの花子さん、まだ妖怪になってからトイレの中に引きずり込んだことがないんだ。そしてそれをトイレの花子さんは恥に思っている」

「お前、ふざけんなよ。だったらなんだっていうんだよ」

「うーん。もし本当にそうなら、俺、トイレの花子さんを退治する必要ないなと思ってさ」

「あ? 何言ってんだ? お前は? お前はもう私に勝ったんだよ。私はもう負けたんだ。はよ殺せ」

「いやいや。トイレの花子さんが人を殺したことがないんなら、退治する必要はなくなるんだよね。あっでもトイレの花子さんがこれから人を殺さない前提ならだけどね」

「いや、それは自分のことながら不可能なことだと思うな。だってトイレの花子さんが人を引きずり込むのは鳥が巣を作ったり、猫が鼠を追い掛け回したり、蜂が巣に近づいた者を攻撃するのとなんら変わりがない行為なんだよ。だから今までは私は人間をトイレに引きずり込むことに成功はしていないけど、結局ここで私を見逃したところで、いずれは私はトイレにやってきた人間を襲うと思う。だから殺せ。それしか人間が安全になる方法はないよ。私は人間という蟻を待つ、あり地獄みたいな存在なんだから」

「ああ、そっか。そうだよね」

 言いながらも、俺の心の中は葛藤を続けていた。

 殺すべきか、それとも殺さないべきか。

 何かいい方法はないのか? 

 そう思っていた時、頭にピカっとあるアイデアが浮かんだ。

 俺のトイレ内での能力は人間がいたり、見られたりしている時は発動できない。でも虫や動物あるいは妖怪なんかの人間以外では発動が可能だ。俺のトイレ内移動能力は俺の服や靴、装飾品なんかも一緒に移動出来る。ということはもしかしたら、虫や動物、トイレの花子さんなどの妖怪とかも俺と一緒に移動出来るかもしれないってことだ。つまり何が言いたいかっていうと、俺に摑まり、俺と一緒にトイレの花子さんも移動することが出来れば、トイレの花子さんはこのトイレから脱出して他のトイレに移動することが出来るってことだ。で、もし人間が現れない廃墟や孤島なんかのトイレに花子さんを連れて行くことが出来れば、花子さんは妖怪の習性だろうがなんだろうが人間を襲うことはどうやったって不可能ってことだ。人間を襲えない。つまりトイレの花子さんは人畜無害の存在になり、妖怪駆除をする必要がなくなるってことだ。まだ虫や動物、妖怪なんかをトイレ空間移動したことがないので、出来るかどうかは分からないがやってみる価値は大いにあるだろう。

 俺は左の掌に丸めた右手の拳をぽんと置き、よっしゃ! と思った。

 だが、次の瞬間。

「早く死ねよ。オラ!」

 式神の鎌がしゃがみこんでいたトイレの花子さんを勢い良く襲った。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ」

 俺は咄嗟にトイレの花子さんの前に飛び出し、庇うような格好をとった。

 しかし。

「あっ!」

 俺は振り返るとトイレの花子さんを見た。

 トイレの花子さんの体は無残にも真っ二つに切り裂かれていた。

 俺の体には式神の鎌が貫くような形で振り下ろされたままの状態で止まっている。

 だが、俺には全くダメージはなかった。式神の鎌は妖怪や幽霊専門の鎌なので、勢いよく振り下ろされた鎌は俺の体を全く傷つけることなく通過して、俺の後ろにいたトイレの花子さんの体を真っ二つに切り裂いたのだ。

「そ、そんな。良いアイデアがせっかく見つかったっていうのに……」

 俺は茫然自失状態になり、頭が真っ白になった。

「す、すいません。振り下ろした鎌は急に止められませんでした。でも仕方がありません。私だって妖怪や幽霊を刈る習性みたいなのがあるものですから……」

「じゃあ、もしかしたら今振り下ろした鎌止められたのかもしれないのか?」

 俺は言葉に怒気を含ませ、式神に言った。

「は、はい。もしかしたらですけど。ですが、やはり式神としての習性の方が勝ってしまいました。で、でも良いではないですか? この妖怪は今はまだ人間を殺してはいませんが、いずれ必ず人間を殺す妖怪です。それはこの妖怪本人も言っていたではないですか」

「だから、それを解決するかもしれない良いアイデアを思い付いたところなんだ! だが、せっかく思い付いたアイデアもその本人が死んでしまったらどうしようもないじゃないか!」

「す、すいません」

 式神は平謝りをした。

「お前はさっき言っていなかったか? 俺の命令には従うって。だが、お前は俺が『待て』と言ったのにその振り下ろした鎌を止めようともしなかった。止めることがもしかしたら出来たかもしれないにも関わらず、だ。お前は式神失格だよ」

「そ、そんな。ご主人様……」

 式神はがくっと肩を落とし、下を向いた。

 「そうですか。私は式神失格ですか……」

 式神はどこか上の空のような状態でぶつぶつと呟いている。

 ちょっと言いすぎたかな……。

 そんなことを思っていると。

「死を持って償います」と式神が言った。

 直後、式神は手に持っている鎌を自身の体へと突き刺した。

「お、おいっ!」

「今までありがとうございました。ご主人様。短い時間でしたが、ご主人様に出会えて私はとても感謝しています」

 式神はそう言い残すと、次第に影を薄めてやがて俺の目から見えなくなった。

「おいおいおい! どうなってんだよ。一体。式神が自殺って。俺か? 式神を責めた俺が悪いのか?」

 俺が混乱していると、「おい、お前」と俺の後ろから声が聞こえた。この声は……。トイレの花子さんの声だ。まさかまだ生きていたとは。

 俺は一瞬で再び戦闘モードに入り、戦闘の構えを咄嗟にとると、後ろを振り向いた。

 だが、花子さんはもう攻撃するだけの力は残っていないようだった。なぜなら花子さんは消えかかっていたからだ。

「お前。私を庇おうとしてくれたんだな」

「ああ。まさか式神が勝手に攻撃するとは思わなかったがな」

「私はお前に感謝をしている。こんな気持ちは妖怪花子さんになってから初めての気持ちだ」

「そうか。それは嬉しいな」

「だが、あの式神をどうか責めないで欲しい。そしてお前はお前自身も責めないで欲しい。式神は私と一緒で自身の習性に従ったまでなのだ。人間は膝の皿を叩くとポンと膝が跳ねるだろう? あれみたいなもんだ。私は生物をトイレで見たら引きずり込みたくなる。式神は妖怪や幽霊を見たら鎌で刈りたくなる。だからもう終わったことはしょうがないんだ。どっち道、私は人間に害をなす以上トイレにいてはいけない存在なんだ」

「いや。いい方法を思い付いたところだったんだ。俺は男子トイレの個室空間内を移動できる能力を持っているんだ。そしてそれを使えば、花子さん。君を人里離れた、人間が誰も来ないようなトイレに運ぶことが出来たかもしれないんだ。そうすれば君は人間に害をなすことなく、そこで暮らすことが出来たかもしれないんだ」

「そうか。お前はこんな私の為にそんなことを考えてくれていたのだな。ありがとう。でも、やっぱり一人じゃ寂しいしな」

 花子さんの体が徐々に薄れていく。どうやら花子さんにはもう時間がほとんどないらしい。俺は早口で花子さんに向かって喋る。

「花子さん、君は独りじゃない。全国にはたくさんのトイレの花子さんがいるはずなんだ。そして俺はその花子さんを見つけて、人が来ない孤島などにたくさんのトイレを作って人を引きずりこんだことのない、無実の全国の花子さんを集めたいと思っているんだ。そこは決して人間の来ない花子さん達の楽園だ」

 花子さんは俺の話を聞いて、にっこりと笑った。

「いいなあ。花子さんの楽園かあ。私もそこに暮らしてみたかったなあ」

 花子さんの目から涙が一筋頬を伝った。

「君もいけるよ。だからまだ死ぬな!」

「私はもうだめみたいだ。もし生まれ変わりがあるのなら、来世で君みたいな人間に出会いたいなあ。それとも妖怪も幽霊になるのかなあ」

 花子さんはそう言うと、トイレの個室空間に溶けるように消えて行った。

「花子さん!!」

 あああああ!! くそうっ。くそうっ。

 俺は自分の無力さに、学校の個室トイレ内でただただ叫ぶことしか出来なかった。

 式神が死んだ。花子さんも死んだ。

 花子さんは式神を責めるなと言った。だが、そう簡単には気持ちの整理が出来なかった。履歴を消去するように簡単に嫌な気持ちを消去することなど人間には出来ないからだ。

 俺はふらりと立ち上がると、一人呟いた。

「傷心旅行に出かけよう」

 全国、いや世界のトイレを旅して周るんだ。そして自分を見つめなおす旅に出るんだ。良い機会だ。とは言え、時間がたくさんあるというわけではない。今日、そして祝日の明日。この二日間の間だけの旅だ。

 そして俺は何の当てもなく世界の男子トイレをぶらり気ままに旅し始めたのであった。

 まずは、イタリア。俺はセリエAのサッカーの試合が行われている場所のトイレをイメージして飛んだ。すぐに移動は終了した。

 もしかして、俺が移動したこのトイレは有名選手も使ったことがあるかもしれないな。

 なんてことを思いながら、俺はそのトイレを使うと、さらに移動をした。

 その後、ブラジルのトイレ、アルゼンチンのトイレ、中国、韓国、メキシコ、クロアチア、イギリス、北極、南極、アマゾンの未開地域のトイレ、昔人が住んでいた形跡がある、今は無人島のトイレ、洞穴にあったトイレなどを俺は飛んだ。

 洞穴のトイレは一体誰が使ったのだろうか。原始人が使ったのか、それとも誰かが旅の途中で洞穴をトイレ代わりに使ったのか、それは分からない。だが、そんな解明できないトイレもまた、ミステリアスで良いのではないだろうか。

 俺はその日、洞穴のトイレで寝ることにした。洞穴内は高さ10メートルぐらいあり、幅も20メートルぐらいあるのでかなり広い。ここなら寝るのにも窮屈はしない。洞穴の外から嗅いだ事のない草木の匂いが漂ってきて心地よい。やはりその土地でしか味わえない匂いというのは格別なものがあるような気がする。そして俺は暗闇の中で横になるとそっと目を閉じ眠りについた。

 眩しい光が洞穴内に朝の訪れを告げる。

 背伸びと共に大きな欠伸をする。

「あー。良く寝た」

 自然の中で眠ることがこんなに心地よいことだったなんて思っても見なかった。とは言っても、洞穴内には虫がたくさんいて初めは全然眠れなかったので、俺は洞穴内で武装をした。

 洞穴内で虫を退治することをイメージして武装すると、俺の全身が蚊帳のような物に覆われたのだ。これによって虫は全く俺に近づくことが出来なかったのだ。そして武器として煙を発する虫退治の道具が具現化されたので、それを使ったことによって洞穴内の虫は一網打尽出来た。そうして俺の夜の安眠は確保されたのだ。

 俺は洞穴内から外へと出ようとする。洞穴の原始的なトイレなので、もしかしたら外へ出られるかもと思ったのだが、やはりトイレ内からは出られないルールがここでも適用されているようで、俺は洞穴のトイレから外へは出ることが出来なかった。

 さあ、今日はどこへ行こうか。

 今日がトイレ傷心旅の最終日。

 そして俺は昨日に引き続き、気の向くままに世界のトイレを移動することを開始した。

 俺は思い付いた国のトイレをテレビでザッピングするように次から次へと移動していった。

 こんなに短期間で世界のトイレを周ったのは俺が初めてだろう。ということは俺はギネスに認定されることは能力の性質上できないものの、世界一ということになるだろう。トイレの守護霊が過去にトイレ内空間、移動能力を与えていなければ、の話しではあるが。今度トイレの精霊にその件に関して聞いてみることにしよう。それまでは保留だ。

「だけど、世界一かー。いい響きだな」

 俺は自己陶酔しながら笑った。

 時計を見ると、夕方になっていた。明日からは仕事だ。というわけで俺の傷心旅行はこれで終了することにした。

 周った国々を思い出し数える。約40カ国の国々の男子個室トイレを俺は移動することが出来た。うーん大満足だ。また今度休日に、あるいは仕事が終わったら、世界のトイレを移動しよう。

 そう思い、俺は今いるハンガリーのトイレから自宅のマンショントイレへと帰ることにした。お腹ももう、ハングリーだからだ。

 俺はマンションのトイレをイメージして、飛んだ。

 あっという間に俺は、マンションのトイレへと到着した。

「海外で一泊しかしていないのに、なんか随分と経った気がするな」

 感傷に浸りながら俺は言うと、能力を解除してトイレのノブを回した。

 ……開かない。

 再度挑戦する。

 ……開かない。

 もう一度、レッツトライ。

 ……開かない。

 何度やっても飽きない。いや開かない。

 現在進行形で開かない中。

 春夏冬。

 秋がない。それは商い中だ。

 頭の中にまるで虫が湧いたような状態になり、混乱する。

 開かない開かない開かない開かない開かない!!

 トイレのドアを蹴飛ばそうとするが、その前にバリアによって遮断されドア自体に攻撃を加えることが出来ない。

 武装能力を使ってトイレを攻撃するが、それもバリアによって遮られトイレに攻撃は加えることが出来なかった。

 そ、そんな。このままじゃ俺は一生、トイレという名の監獄に囚われなくてはならなくなる。というかまだ監獄の方がましかもしれない。だって監獄だって食事は出るし、運動だって出来る。でもトイレじゃあ、飯だってないし、運動だってほとんど出来ない。昨日行った洞穴ぐらいの広いトイレならば運動は出来るかもしれないが、ボールなどがあるわけではないので、運動って言ったって限られている。一緒に運動をする相手だっていない。相手と言えば、能力を使って虫や、動物、妖怪や幽霊と会話出来るぐらいだ。人間とは会話することが出来ないのだ。本当にこれじゃあ、まるで俺一人が世界で取り残されているような気分だよ。なんだよトイレから出られないって。冗談はよしてくれよ。どうすればいいんだよ。何か他に方法はないのかよ。助けてくれよ。

 絶望に浸っている時、俺は思いだした。

 そうだ、トイレの守護霊さんに聞けば良いんだ。

 俺はどこか安堵感を覚えると、トイレの守護霊が奉られている神社へと飛んだ。

 移動を終えると、俺は辺りを見回した。

「ああ、ここはトイレの守護霊が奉られている神社のトイレだな」

 初めて能力を使った時のトイレと同じ作りのトイレだったので、俺はそう思った。

 早速俺はこの神社にいると思われるトイレの守護霊に向かって話しかけた。

「トイレの守護霊さん、トイレの守護霊さん。いらっしゃいますか? どうか助けてください」

 俺はその言葉を数回繰り返した。

 すると。

「誰だ、我が眠りを妨げるものは……」

 トイレの守護霊さんの声が俺の頭の中に直接響いた。たぶんテレパシーだろう。

「トイレの守護霊さん俺です。この間、トイレの守護霊さんに能力を授かった奴です。助けて下さい」

「なんだ。お前か。一体そんなに緊迫した様子で、どうしたと言うんだ。ちょっと待っていろ。今からお前のいるトイレの前まで行って直接会話をするから」

「は、はい」

 待つこと数分、トイレの守護霊さんは俺の入っているトイレの前までやって来た。もちろん個室トイレなので、トイレの守護霊さんの姿は見ることはできないが、テレパシーで話をするのと、直接会話をするのではやはり安心感が断然違う。俺はトイレの個室内から抜け出せなくなったということをトイレの守護霊さんに話した。

「何? トイレの個室内から出られないだと? そんな馬鹿な。一体なぜ」

 俺は今まで使った能力や、移動した場所など全てをトイレの守護霊さんに話した。

 寝ぼけ口調のトイレの守護霊さんは、節々に欠伸を混ぜたりしながら、能力の使い方が間違っていなかったのかどうかなど、俺と色々と会話をした。

「うーん。能力の使い方はどこも間違ってはいないな。だとすると何かのバグが発生しているのかもしれないな」

「バグ? そんなものが発生するのですか?」

「いや、今まではそんな話を聞いたことないけどな。でも実際こうなった以上なんらかのバグが発生しているのかもしれないな。ちょっと聞いてみるか上のお偉方にでも」

 そう言うと、トイレの守護霊さんは「あれっ、どこだっけ」と言った。個室トイレの向こう側から何か自分の体を探るガサゴソという音が聞こえる。何かを探しているようだ。

「あ、あった」

 トイレの守護霊さんは言うと、トイレの向こう側からピッポッパという機械音のようなものが聞こえた。

「何をしていらっしゃるんですか?」

「ああ。ちょっとお偉いさんに電話で聞いてみるんだよ。能力の不具合について」

「で、電話で? トイレの守護霊さんも電話を使われるのですね」

「そりゃあ、そうだよ。人間の世界では、日夜科学がどんどんと発達しているのに、守護霊だけ取り残されるわけにはいかないからね。守護霊界だって負けちゃあ、いられないよ」

「そうですか」

 しばし、電話の発信音だけが、トイレ内に響き渡った。

 「あ、もしもし。○○神社のトイレの守護霊をしているものですが、ちょっと困ったことが起こりまして」

 トイレの守護霊さんは今までとは違う丁寧な口調でお偉方と思われる誰かと話し始めた。俺はトイレの便器の蓋を閉めてその上に腰を下ろしながら、個室トイレ越しに会話を聞いていた。

「いえ、実はトイレで使用する能力についてなのですが。はいはい。そうです。つい先日私はある神社を訪れた人間に能力を付与したのです。はい。そうです。そしてその人間が能力を使用して世界中のトイレを旅していたのですが、いざ旅を終えて家に帰ろうと思ったら、トイレの扉が開かなかったらしいのです。開かなくてトイレから出られなくて、困ってしまい私の元を訪れた、とそういう訳です。はい。あ、そうですか。今原因を調べて下さいますか。分かりました。お願いします。はい。電話はそのままで、ですね?」

 トイレの守護霊は言うと、「ふうっ」とため息をついた。

「ど、どうでしたか? 何とか俺ここから出られそうですか?」

「今、原因を調べてくださるみたいだ。ちょっと待っててくれ」

「は、はい。分かりました」

「それにしても、めっちゃ緊張するな。なんだかんだで」

「トイレの守護霊さんも緊張なさるのですね」

「まあな、国際世界トイレ守護霊センターの本部役員との会話だからな、緊張もするさ」

「そんな機構があるのですか」

「ああ」

 俺とトイレの守護霊さんは静寂の中、数分間トイレの中で待った。

 「あっ、もしもし? トイレの守護霊です」

 トイレのドア越しに守護霊さんの声が聞こえた。どうやらトイレから出られない原因の調査結果が出たようだ。俺はトイレの個室ドア付近に近づき、耳を澄ました。

「え? そ、そうですか。なるほど分かりました」

 トイレの守護霊さんの声はどこか暗く沈んでいるように聞こえた。まさかトイレから一生出られないってことはないよな。そんなことは絶対に勘弁だぞ。

 通話が終了すると、俺は待ちきれず、焦る気持ちでトイレの守護霊さんにすぐに声をかけた。

「で、どうでしたか? 結果の方は?」

 口調は冷静を装ってはいるが、気持ちは心臓がばくんばくんと脈打っている。

「ああ、それがな」

 さっき役員の人と会話していた時と同じように、トイレの守護霊さんの声音はどこか暗い。

「ふうっ」

 一旦大きくため息を吐き出すと、トイレの守護霊さんは再び話しの続きを話し始めた。

「なんかな。与えた能力が完全じゃなかったみたいで、能力の不備が原因で能力の完全な解除が今現在出来ないみたいなんだよ。だからお前はトイレから出ることが出来ないんだよ。例えて言うなら、テレビを消したいのでリモコンを使ったけど、リモコンが壊れていてテレビが消せない状態っていう感じかな」

「嘘でしょ? でも、そういうリモコンが壊れている状態に近いなら、能力で言うなら、能力のリモコン部分をを直せば済むってことだよね」

「うん。そういうことだ」

「なあんだ。じゃあ、安心したよ。じゃあ、俺はここから出られるっていうことだよね」

「まあ、そうだな。だけど、すぐには出られないんだ」

「えっ?」

「リモコンで言うところの電池部分の電池がなくなったというわけではなく、能力のリモコン部分自体がぶっ壊れているらしいんだ。だから、細かな修理をしなくてはならないらしいんだ。それには時間がかかるんだよ」

「はあ? ちょっと、勘弁して下さいよ。時間がかかるってどれぐらいですか? もちろん今日中ですよね。今日は祝日ですが、明日から俺は仕事なんですよ。休むことなんて出来ないんですよ」

 俺が言うと、トイレの守護霊さんは申し訳なさそうな声で俺に言った。

「なんか、能力の不備を直すのに一ヶ月ぐらいかかるみたいです……」

 トイレの守護霊さんは心底申し訳なさそうに俺に敬語で言った。

「い、一ヶ月ーー!? 嘘だろー!? はい、死んだ。俺死んだ」

 一ヶ月も俺はトイレの中から出られず、トイレの中で過ごさなくてはいけないっていうのか? いくら世界中の男子トイレを移動できるからと言ったって、限度っていうものがあるだろう。しかもそれが本当なら一ヶ月近くも仕事を無断欠席しなくてはならなくなる。と、いうことは……。間違いなくクビだな。あー、マジかよ。最悪だよ。一ヶ月もアンモニア臭の立ちこめるトイレの中で過ごすのかー。あー、考えただけでも神経が擦り減るぜ。

 俺は「ちっくしょー!!」と大声で甲高く叫ぶと、トイレの床めがけて何度も何度も足を力一杯踏み下ろした。

 地団太を踏んでいた俺だったが、ふと気付いた。

「あれっ? じゃあ、ご飯はどうすればいいの?」

「……ご飯ですか。ああ、そうですね。人間はご飯を食べなくてはならないのでしたよね……」

「当たり前だよ。俺を何だと思っているんだよ。ご飯はちゃんと食べられるんだよね」

「……実は、申し上げにくいのでございますが、ご飯は出ません。その件に関しては本当に申し訳なく思っている所存でございます」

 いやいやいやいや、申し訳ないで済む話ではないよね。

「ちょ、ちょっとご飯が出ないってことは俺一ヶ月間絶食しなくてはいけないってことなの? 水はトイレの水があるから水は何とかなるけどさ」

「そうですね。そういうことになります。申し訳ありませんが、何とか耐えてくれませんでしょうか」

「おいおいおい、俺は冬眠中の熊さんじゃないんだよ。なんだよこの欠陥能力は。一ヶ月近くも食料がなくて生きていくことなんて不可能なんだけど。俺に死ねって言うのか?」

「本当に申し訳なく思っています。どうかトイレに出没する虫や動物を見つけ出して、それを食料にしてどうにか耐え切っていただきたく思っています」

「なんだよその他人事みたいな言い方はさ。こんな欠陥があるならあるって最初に言えよな」

「今回の欠陥は今までに起こったことがありませんでした。なぜこんなことになったのか。そもそも能力の電池部分が切れることなどあるはずがないのですが」

「でも、実際に起こったじゃないか」

「はい。そうですね。もっとこの不具合について調べたいと思っています。なので、どうか一ヶ月間だけ耐えてください。私から今言えるのはそれだけです」

 今いくらトイレの守護霊さんに文句を言っても、仕方がないことなんだ。起こってしまったことは起こってしまったことで、今俺が考えなければいけないことはどうやって一ヶ月の間、食料を確保して耐えることかということだけだ。トイレの守護霊さんに文句を言うのはトイレから脱出することが出来た時だ。俺はそう思って「分かったよ。トイレの守護霊さん。俺は俺で何とか生き抜いてみせるからトイレの守護霊さんは原因をもっと詳しく調べてみてくれ」

「分かりました」

「じゃあ、俺はまたどこかのトイレに行くから」

 俺はそう言うと、食料を探す為に新たなるトイレへと向けて飛び立った。

 実にしんどい日が続いた。

 トイレで見つけた蟻や蝶々、蛾などを捕まえた俺は武装能力の火を使い、軽く焼いてから食べて腹の足しにした。

 移動を重ねるごとにどんなトイレに虫が集まるのかが分かり、収穫も少しずつではあるが増えて行った。最近芸能人が一ヶ月間の絶食にチャレンジしていたが、やはり俺は虫だけで一ヶ月も過ごすことは不可能に思えた。

 トイレ移動での食料探し20日目になると流石に力が入らなくなってきた。

 能力を発動するのにはそれなりのエネルギーを必要とするらしく、使えば使うほど体の消耗が激しく、頭に血が周らなくなってきていたのが分かった。

 もしかしたらあと、一、二回トイレ移動能力を発動させたら、エネルギー切れで倒れてしまい、そのまま死んでしまうかもしれない。そんな風に感じた。

 俺は次が能力移動の最後かもしれない、と思い慎重に移動場所を考えた。

「虫じゃなくて動物の肉が食いたい。肉、肉。肉といえば牛肉、牛と言えば牧場。牧場でトイレとして使用したことがある、牧場なんて存在するのだろうか」

 俺は僅かな望みをかけて牧場のトイレへをイメージして飛んだ。

 澄み渡る空、まるで吸い込まれるようだ。爽やかな乾いた涼しい風が肌を優しく撫でるように通り過ぎていく。風は青草の匂いを含んでいて、若かりし頃、公園で無邪気に遊んでいた記憶を思い起させる。

「ここは……」

 俺は辺りをぐるりと見渡した。

 見渡す限り、自然に囲まれたこの場所、広い広大な敷地内の柵の中に俺はいた。四方八方山に囲まれていて、まさに壮観の一言に尽きる。だが、俺がここにいるということは……。ここはトイレなのか?

 景色は日本の牧場のそれそのものだが、今の所、牛の姿は見当たらない。ここは本当にトイレなのだろうか。と、ふと地面に視線を落とすと、地面に穴が開いておりそこに板がかかっていてその板に穴が開いていて、トイレのようになっていた。俺の能力は一度でもトイレとして使用したことがあるのなら、そこはトイレとして認識するので、この牧場を能力がトイレと認識して、俺をここまで運んできてくれたのだろう。だが、たぶん柵の外には出ることは不可能だということは経験で分かっていた。

「後は、家畜がいることを祈るのみだな」

 俺は家畜を探して、柵の中をくまなく歩き始めた。

「モーモー」

 すると、遠くの方から、牛の鳴き声が聞こえた。

「やった、牛だ。やっぱりここは牧場で間違いがなかったんだ。よっしゃー、肉が食えるぞ待望の肉が。これで一ヶ月間は何とか耐え切ることが出来そうだ」

 俺は残る僅かな力を搾り出して、声の聞こえた方へと、歩を進めた。

 進むにつれ次第に鳴き声は大きくなっていく。

 やがて視界に牛を捉えることが出来た。

 白と黒の柄の牛で、乳牛と呼ばれている牛だ。

「ほう。これなら新鮮な牛乳も手に入れることが出来るな」

 にやりと笑い、俺は牛へと近づいた。

 放牧されている牛は俺が近寄っても逃げるそぶりを見せずに、そこにいるだけで絵になる、牛としてのオーラを存分に感じさる堂々とした佇まいだった。

「この牛は何か只者じゃないな、こいつは牛乳も肉も極上に違いない」

 くっくっく。

 俺は忍び笑いを漏らしながら牛へとさらに近づいた。

 牛は俺が近づいているのを知りながらも瞬き一つせずに俺のことをじっと見続けている。ほうっ。俺のこの人とは違う雰囲気を感じ取ったのか? まあいいや。

 牛まで一メートルの距離まで近づくと、俺は体をかがめて、牛の乳へと顔を近づけた。牛の乳を直飲みする為だ。

 さあて、どんな味がするかな? 

 俺は牛の乳首を口元まで運ぶと、優しく滑らかな手つきで指を動かし乳首を搾った。乳搾りはテレビで以前見たことがあったので、何となくだが、イメージはできていた。

 数度搾るのを繰り返すと、乳首からピューっと勢い良く、牛乳が飛び出してきた。

 俺はそれをこぼすことなく口の中へと入れる。

「う、旨い。まさに新鮮そのものだ」

 自然と笑みがこぼれる。

 俺は今まで牛乳が大嫌いだったのだが、この牛乳は別だ。なんて新鮮で、臭さもまったくなく、体の隅々まで染み入るようだ。

 はっはっは。

 俺は満足するまで牛乳を飲むと牛の乳首を手から離し、牛の下から抜け出した。

 乳を搾られた乳牛はどんなことを考えているのだろうか。俺は率直な感想を聞いてみたくなり動物と話すことが出来る能力を発動させた。

「なあ、お前乳搾られている時と搾られた後はどんなことを考えていたんだ?」

 俺が乳牛に聞くと、乳牛は目を少し見開き、驚いたような顔を見せた。

「君、人間なのに牛語を喋れるんだ。すごいね」

「ああ、俺は特別な能力を持っている人間なんでね」

「そう」

「えらくそっけない態度だな。というか物怖じしないというか……」

「よく、他の牛に言われるよ」

「よく言われるんだ。で、さっきの質問だけど」

「乳を搾られている時か。そうだな。まあ、おしっこをするような感覚に近いっちゃあ、近いかな」

「聞くんじゃなかった!!」

「あと、牛乳を搾りとられた後は、開放感と脱力感が同時に襲ってくるね」

「そうなんだ。まあ、納得っちゃあ、納得の答えだけどね」

「そう。で、他に何か聞きたいことはあるの?」

「他に? うーん。そういえば、この牧場は君の他に牛はいるの? 見たところどこにも見当たらないけど」

「いや、いないと思うよ。牧場主さん、引越しちゃったし……」

「ひ、引っ越した?」

「そう。何か他の牧場に行くって言っていたから、引越しの当日、私は牧草にまみれて擬態して隠れていたのさ。だって私この牧場を離れたくなかったんだもの。でも、心の中では照れ隠し的な気持ちも存在していて、結局私は他の牧場に行くんだろうなって思っていたら、牧場主さん、私のことをちゃんと探さないで、他の牛さん達だけ連れて出て行っちゃった。それがかれこれ一ヶ月ぐらい前の話し。だからこの牧場には私一頭しかいないの」

「そうなんだ。でも、一頭じゃあ寂しいだろう?」

「寂しくないと言えば嘘になるよ。でも、なんだかんだ言ってここでの暮らしも悪くはないかななんて思ってはいる。連れて行かれた牛達も他の牧場に行ったとは断定できないしね。もしかしたら、処分された可能性だって否定できないし」

「処分?」

「そう。乳牛だって乳が出なくなったら処分されて、人間に食べられるらしいんだよね。実際見たわけじゃないから詳しい話は分からないけれど。あなた人間なのに知らなかったの?」

「そうなんだ。乳牛も肉として食べるんだ。まさか牛に教えられるとはな」

 俺は苦笑して言った。

「で、あなたは私の牛乳だけここに飲みに来たの? それとも私の肉も目当てなの? あなたは私の体を肉として処分する為に、引き取りにきた業者さんには見えないけれど」

「俺はただ、君の牛乳を飲みに来た男だよ」

「その話、本当に信じてもいいの?」

 本当はこの牛の肉も目当てで俺は近づいたのだが、なんだかこの牛の話を聞いていると、一頭でこの場所で暮らしており、他の牛もどこに行ったのか、処分されているかもしれないのに俺が他の牛を心配するこの牛を食べて良いのか? という同情心に近い感情が芽生えてしまい、肉を食べたいという気持ちはいつの間にか薄れていた。

「ねえ、あなた本当は私の肉を食べたいんじゃないの?」

「え?」

 乳牛は唐突に俺に語りかけた。

「そ、そんなことないよ」

「あなた純な人ね。顔に書いてあるわよ。私の肉が食べたいって」

 俺の額には汗が浮かんでいるのが、自分の顔の感覚で分かった。まさか、牛にそんなことを見抜かれていたなんて。牛ってこんなにも洞察力に優れていたのか。普段はモーモーなんて呑気に鳴いているから気付かなかったけど、実は牛は策略家なのかもしれないな。この穏やかな大きな丸い瞳には何が映り、一体何を考えているのだろうか。それとも、もしかしたら、この牛だけが特別なのだろうか。だけど、そんなことをいくら考えても仕方がないことだ。俺は素直な気持ちを乳牛に吐き出した。

「実は、そうなんだ。俺はお前の牛乳だけじゃなくて、肉目当てでやってきた。訳あって、俺はしばらくご飯を食べていなかったんだ。食べた物と言えば、虫だけだ、そしてお前に出会い、俺は久方ぶりに虫以外の栄養を補給した所なんだ」

「あなたも大変なのね」

 哀愁漂う、牛の瞳に吸い込まれそうになる。何だこの牛は。完全に俺はこの牛の手玉になっているじゃあないか。まるで、どこかのベテランホステスと会話をしているようだ。何と言うか、全ての悩みを受け入れてくれるような、悩みを曝け出したくなるような、不思議な感覚。

 俺はいつの間にか、この乳牛の虜になっていた。

 「君と会って話してみてやっぱり、俺君の肉には興味がなくなったよ。だから後10日ぐらいの間だけでいいから、君の牛乳を飲ませて欲しい」

 俺が言うと、乳牛は俺の瞳をじっと見つめた後、言った。

「ねえ、私の肉を食べて頂戴」

「は? 何を言っているんだ? 乳牛! 俺はお前の肉に興味がなくなったって言ったばかりだぞ。自分の命を粗末にするような真似をなぜ自分からするんだよ! 俺はお前の肉を食べるつもりは毛頭ない!」

 すると乳牛は首を大きく横に振った。

「まず、私の名前は乳牛じゃあないわ。よしこという牧場主さんが私が生まれた時につけてくれたちゃんとした名前があります。そして次に私は自分の命を粗末にしているわけじゃあないわ。むしろ逆よ。ねえ、私はもう寿命がないと自分で感じているの」

「じ、寿命がない?」

「そう。あなたは感じたことがない? 自分の寿命について」

「い、いや特には……」

「あなたはまだ若いものね。でもね。私みたいな牛は人間の半分も生きないわ。それに家畜の牛とはいっても、第六感の感覚で私は自分の死期について感じているの、もってあと一週間よ」

「そ、そんな。まだそんなに若いのに……」

「ふふっ。そう言ってもらえてうれしいわ。でも、私子供を5頭も産んだのよ? どこかに連れていかれたけど……」

「そうですか。色々と大変だったのですね」

「私の心配なんてする必要はないわ。さあ、遠慮なさらずに私の肉を食べなさい。私もここで一頭寂しく孤独に死ぬよりは、あなたに食べられて、血肉となり、まだ未来ある若いあなたの寿命を延ばすことの方がずっと良いことよ。そして私もそれを強く望んでいるわ。私、乳牛として生まれて初めて人間に食べられてみたいと思ったわ。あなたは素敵な人間よ」

「乳牛……」

「乳牛と呼ばないで! よしこと呼んで!」

「よしこ」

 俺は、もしこの乳牛、いやよしこが人間だったならば恋に落ちていたかもしれないなんて、そんな夢物語を抱いた。

「さあ、やって! 私を殺して私の肉を食べて! 私の肉はまだ肉厚でジューシーなはずよ。私の肉が死んで腐る前に、あなたに美味しく食べてもらいたいの!」

「よしこ」

 俺は胸の奥から込み上げてくるものを感じ、下を向いた。瞬きをすると涙がぽたりと一粒地面へ落ち、土へと染み込んでいった。

 乳牛よしこは俺の瞳をじっと見続けている。そこには揺るぎない強い信念の篭った燃えるような瞳があった。

「よしこ、苦しませないからな」

「さあ、やって!」

 俺は武装能力を発動させる。

 体に解体業者がよく着ているようなエプロンが装着され、手には注射器があった。

「これが、よしこを楽に死なせる為の武器か……」

 俺は乳牛よしこに近づき、注射針をよしこの体にゆっくりと刺していった。

「ありがとう。出会えて嬉しかったわ」

「ああ、俺もお前と出会えて嬉しかった。今度生まれてくる時はお前と一緒の時代に、お互いに同じ種族として生まれたいな。出来れば人間として」

「そうね。私も人間として生まれたいわ。そしてあなたの側に生まれたい……」

 よしこの瞳が虚ろな瞳に変わっていく。

「よしこ!」

 俺はよしこの体をぎゅっと抱えるように抱きしめた。

「あ……り……が……と……う」

 よしこはそう言うと、ゆっくりと地面へと横に倒れた。

「よしこ。よしこーー!!」

 俺は決して結ばれることのなかった、二つの種族の苦悩葛藤に揺れ、空に向かって叫び続けた。

 乳牛よしこが死んだ。肉を食べる為に俺が殺したんだ。

 俺は心の中にぽっかりと大きな穴が開いたような感じがした。

 だけど、それはよしこ自身が望んでいたことでもあった。よしこは言った。私の肉を食べて欲しいと。肉が腐るまだ、肉厚でジューシーな時に俺に食して欲しいと。そうだ、ここで俺が肉を食べなかったらよしこが死んだ意味がなくなる。俺がよしこの肉を余すことなく食べて、血肉として、よしこを俺の体に宿し、よしこと共に生きていこうじゃないか。

 俺は武装を繰り返し、何かいい捌く為のアイテムが出ないか模索した。

 3回目の武装で、雑草を焼いたりする為の巨大バーナーみたいな武器が出た。

 俺はそれを使いよしこの体を焼いた。

 よしこの体はしばらくするとこんがりと良い色に焼けてきた。

 香ばしい香りも届いてきて、食欲が刺激された。

 もういい頃だろう。

 体に火が十分通ったのを確認すると、俺はよしこの体を食べ始めた。

 よしこ自身が言っていたように、よしこの体は肉厚でジューシーだった。

 一ヶ月まで残り少し。もうよしこを食べなくても餓死する心配はないが、俺はよしこの全てを食す為によしこの肉を燻製にして、腐らないようにした。

 一ヶ月がようやく過ぎた。俺はここを移動してトイレの守護霊の元へと帰ることにした。よしこの肉は全て平らげ、よしこは骨を残すのみとなっていた。

 能力を使いトイレ空間移動をする。

 移動を終えると、そこには見慣れたトイレがあった。

「さあ、到着したぞ。神社のトイレへと」

 俺はトイレの守護霊へと声をかけた。

「一ヶ月経ちましたよ。トイレの守護霊さん。早く出てきて下さい」

 俺が数度呼びかけると、トイレの外から声が聞こえた。

「おお、お前か。生きていたのか!」

 トイレの守護霊は喜びを滲ませたような声で言った。

「はい。なんとか、なんとか生き延びることが出来ましたよ。つらく厳しい一ヶ月間でしたが、やりきることが出来ました」

「すごいな。お前は。でも食料は一ヶ月間どうしたんだ?」

「はい。虫やよしこを食べて一ヶ月過ごしました」

「よしこ? 誰だそれは? 人間とは一緒にトイレに入ることが出来ないはずだが、まさか能力の更なるバグでもあったのか?」

「いえ、よしこは人間ではありません。俺が名前をつけた乳牛のことです」

「乳牛?」

「はい。俺はよしこと出会い、よしこの牛乳と肉を食べ、生き延びることが出来たのです」

「そうか。色々とたいへんな経験をしてきたのだな」

「はい。つらく悲しい出来事でした。でも同時にこれからの人生、よしこの為にも強く生きなきゃとも思うようになったんです」

「そうか」

「それで、能力のバグの方は直ったのでしょうか? もし直っていなかったなら、また振り出しに戻って俺はまた餓死寸前の体験をしなくてはならなくなります」

「その心配はない。もう能力のバグは直った。お前は能力の拠点の自室トイレから出ることが出来る」

「そうですか! ありがとうございます。一ヶ月長いようで短かった気もするし、短いようで長かった気もします。それで能力はいつ直ったのですか? 今日は能力がバグってちょうど一ヶ月目ですが」

「ああ、実はあの後、お前が食料を探す為に世界中のトイレを転々と旅をし始めたその次の日には能力のバグは直ったんだ。だからお前が虫やよしことかいう乳牛を食べなくても、餓死する心配はなかったんだ」

「そ、そんな! なら何でそれを俺に教えてくださらなかったのですか?」

「すまん。だが、お前を探そうとしたら、すぐにお前が違うトイレに移動してしまうので、バグが直ったと教えようとしていた、トイレ教会の使者が何かいたちごっこをしているみたいだから、面倒くさいという理由でお前を追うのを諦めたんだ」

「そんな、ひどい! なら虫を食うこともよしこを殺すこともしなくて済んだんじゃないですか! この乳牛殺し!」

「それはすまないと思っている。だが、お前が一ヶ月間食料探しの為にトイレを移動していなければ、よしこと出会うこともなかったんじゃないか?」

「そ、それは……」

 そうだ。トイレの守護霊さんの言う通りだ。俺が一ヶ月間トイレを移動したことによって、愛しのよしこに出会うことが出来たのだ。それにもし俺がよしこに出会わなければ、よしこはどうなっていたのだろうか。そういえば、よしこは自分の寿命がもってあと一週間と言っていた。ということはよしこはもし、俺が来なかったらあの牧場で一頭寂しく死んでいたのだ。誰にも看取られることなく。そして、死んだら肉は腐り、蟻や虫、鳥などに食べられて土に還っていたのだ。だから俺があの牧場に行ったことによってよしこの方もよかったのではないだろうか。だが、能力が直っていたのを知っていのなら、俺はよしこを殺さなくて済んだ。殺さないでよしこの残りの寿命をよしこと共に過ごすことが出来たかもしれなかったのだ。

 よしこは自分の肉をまだ美味しい時に俺に食べて欲しいと言った。

 よしこの肉はたしかに肉厚で脂が乗っていて美味しかった。今まで人生で食べた肉の中でナンバーワンの美味しさだった。ランクで言えばA5ランク級の肉だと思った。腹が減っていたこともあるとは思うが一度だけ食べたことのある松坂牛よりもよしこの肉は美味しかった。

 だけど、餓死する心配がないなら殺さなくても良かった。

 よしこは俺に肉を食べられたいのと俺と一秒でも長くいたいという願いのどちらを望んでいたのだろうか。もしよしこが俺が餓死する心配がないと分かっていたなら、よしこは自身の肉を俺に提供したのだろうか。考えれば考えるほど、思考が出口のない迷路に迷い込んでしまう。

 だが、もうよしこを殺して食べてしまったことに変わりはないのだ。もう今更考えた所で時は戻ってこない。

「時間と言うのは残酷だなあ」

 俺は自分の中の色々な葛藤を吐き出すように、はあっと大きくため息をついた。

 俺はこれから、よしこを殺し食べたことで一生葛藤を背負って生きていかなければならないかもしれない。だけど、それはよしこと共に過ごしたことの証でもある。だから、答えが見つかるその日まで俺は歩き続けていこうと思う。

 部屋のトイレへと帰ると、俺は若干緊張しながらトイレのノブへと手を近づけた。

「トイレの守護霊さんはもうバグは直ったって言っていたけど、やっぱりなんか不安だな」

 初めて異性と手を触れ合う時のような気持ちが込み上げる。

 俺はドアノブを掴むと、ゆっくりと回した。

 ガチャリという音がしてトイレの扉が開いた。

「や、やったー!!」

 思わず、少年のように叫んでしまった。

 直後、上の階の部屋からドン! と床ドンをされた。

 時計を確認すると、今の時刻は午前11時ちょい過ぎだった。

 日付と曜日を確認する。今日は平日だった。

「あっ!」

 急に色々なことが思い出し、頭の中が焦り出した。一ヶ月間どうやって餓死を免れるかを考えていたので、意識の外に追いやっていたが、そうだ。会社があったのだ。一ヶ月間もの間、会社を無断欠勤していたのだ。

 絶対くびになっているよなあ。

 俺は恐る恐る会社に電話をかけた。

「はい。もしもし……」

 電話の声は上司の声だった。上司にかけたわけではなかったのだが、誰もいなかったからなのか上司が電話に出たようだ。

 嫌だなあ。心の中で、そんなことを思う。

「あの、私ですけど……」

 名前は言わなかった、いや言えなかった。後ろめたさが勝ってしまっていたからだ。

「おお! ○○君か。生きていたか」

 上司は俺の名前を驚きの声と共に呼んだ。

 俺はその上司の反応にまだ会社はくびになっていないという、希望を感じ急に元気が出てきた。

「は、はい。諸事情で会社は無断欠勤してしまったのですが、またよろしくお願いしたいと思っております」

「いやあ、○○君もうくびになっちゃったから、それは不可能な話だけれど、○○君と連絡取ろうにも取れないからさ、部屋に行っても誰も出ないし、もしかしたら旅行か何かに行ったんじゃないかって会社の皆で言っていたんだけど、流石に音沙汰なくなってもう一ヶ月になるだろう? もしかしたら何かの事件にでも巻き込まれたんじゃないのかって心配になってさ、今日辺り警察に話そうと思っていたところなんだよ」

「そ、そうですか」

 あ、危なかった。今月の部屋代もまだ払っていないし、色々とギリギリだったらしい。それにしてもやっぱりくびか。分かってはいたつもりだけれども、やはり直接聞くと、胸の中をぐさりと刺された様なショックを受けるな。

「あ、で色々と手続きがあるから近いうちに会社に来てよね」

「分かりました」

 電話を切ると、俺はソファーに寝そべった。

 天井の模様を見ていると、だんだんと人の顔に見えてきて、そしてその人の顔は俺と目が合い、俺を見て、笑っているように見えた。俺の今の心模様を如実に表しているかのようで、俺はいたたまれなくなり、目をぎゅっと閉じ、しばし仮眠することにした。

 会社もくびになり、しばらくは就活で忙しくなるだろう。だが、それ以外は就職が決まるまで時間があまるはずだ。

 明日また、神社に行ってトイレの守護霊に詳しい話を聞いてみようと俺は思った。

 トイレ空間移動能力を使うのではなくて、自分の足で神社へと行こうと思う。トイレ移動能力を使うと、直接トイレの守護霊の顔を見ることが出来ないというのも理由の一つだが、それ以上にしばらくトイレの移動能力を使いたいと思わなくなっていたからだ。それはまたバグが起こってトイレから出られなくなったら、今回のバグのように上手い具合に行くとは限らないからだ。今回の場合は虫がいて、よし子の牛乳と、肉が食べられ餓死の危機を免れたが、次にどうなるかは分からないし、俺は今度の件でしばらく、いやもしかしたら一生牛肉は食べられないかもしれない。そんな気がしていたからだ。それほどまでに乳牛よし子との出会いは俺にとって衝撃的、運命的な出会いだったのだ。

 よし子のことを考えると瞳の中に涙が浮かんでくる。

 よし子。

 俺はいてもたってもいられなくなり、その日、本屋さんで乳牛の写真集を買い、夜、枕元でランプの灯りを頼りにそれを眺め、よし子の面影をその中に探した。

 次の日、朝5時少し過ぎに目覚めた俺は、頬を両手でバチンと叩き気合を入れた。

「しっかりしろ、俺の人生はまだまだこれからだ」

 失業、失恋(よし子)、これからの自分の人生の方向性は完全に見失ってしまった。だけども手探りで俺は歩いていかなければならない。

「負けないで!」

 よし子のそんな声が聞こえてきそうな気がした。

 身支度を整えると、俺はさっそく神社へと向かった。

「あれから何かバグの原因分かったかなあ」

 朝の優しい光は荒んでいた俺の心を包み込む。

 排気ガスなどが少ない、朝特有の澄んだ空気はまだ街が眠っているように俺には見えた。

「昼間と同じ場所だとは思えないな」

 朝と昼とで全く違う顔を見せる街並みにノスタルジックな感情を抱きながら時も忘れて歩き、俺は神社へと到着した。

 神社に着くと、さっそくトイレの守護霊さんを呼んだ。

 トイレの守護霊さんはすぐに来てくれた。

「おお、いい所に来てくれた! この間のバグの詳しい原因がついさっき分かった所だったんだよ」

「そうですか。で、原因というのは一体何だったのですか?」

「君は、超常現象とかオカルトの類は信じる方かい?」

「え? 急にどうしたんですか? うーん。守護霊さんに会うまではそんなこと信じた時はなかったです。でも、実際に一般の人間には見えないトイレの守護霊さんは俺の目の前に存在しているし、そして俺自身も守護霊さんから能力を授かったことによって、もう俺自身が超常現象みたいなものになってしまったので、信じるとかそういった次元ではもうないです」

「そうか、そうだよね。じゃあ、話をしても特に問題はないね」

「話って、結局どんな内容なのですか? まだ全然話しの全容が見えないのですが……」

「そりゃあそうだ。じゃあ、単刀直入に言うね」

「はい」

「魔王が目覚めました」

「は?」

「だから、地底に封じられていた魔王が目を覚ましました。目を覚ましたと言っても、封印から解かれ、封印場所から脱出出来るようになるには、まだまだ時間はあるけれど」

「時間があるってどのくらい? っていうか魔王ってあの魔王? 世の中を恐怖に陥れる的存在の」

「そうそう、あの魔王だよ。で、魔王が地上に出てきたら、まあ、人間は間違いなく皆死ぬだろうね」

「って何でそんなに淡々とした口調なんですか?」

「え? ああ、だって守護霊からすれば特に関係ないしね。俺達幽霊的存在だし」

「冷徹な守護霊だ……」

「まあ、俺達からすれば、対岸の火事みたいなものだからなぁ。でも魔王が脱出するって言っても、まだまだ、1000年以上先の話しだよ?」

「そ、そんなに先の話しなの?? じゃあ、俺達の時代全然関係ないじゃん!」

「そうだね。でも、君達の子孫達の時、魔王が復活することになるよ」

「子孫って言っても、俺子供作れるか分からないし。だって恋人もいないし」

「そうだね。君、恋人がいるっていうより、君変人みたいなものだしね」

「失礼なことを言うな!」

「ご、ごめん。ちょっと調子に乗りました」

「でも、1000年後って言っても、全然想像がつかないなあ。その頃までには勇者が復活して魔王をやっつけてくれるっていうことはないのかなあ」

「それはないね」

「何で、断言!?」

「だって勇者は魔王を封印した時に力果てて死んだからね。だから勇者は子孫を残していないんだよ。魔王を封印したら恋人と結婚する約束をしていたんだけど、あまりにも魔王が巨大な力を持っていたから想定を大きく越えるエネルギーを使ってしまって、果ててしまったんだね」

「だから、その冷静な、他人事のような語り口調をやめてくださいませんか」

「ごめんごめん」

「でも、それじゃあ、尚更俺達に出来ることはないじゃないですか。勇者がいないなら。まあ、ある意味気楽になったと言えば気楽にはなりましたが」

「何を言っているんだい? 気楽になっただって? おいおい、だからさっき聞いたろう? 超常現象やオカルトの類を信じているかって? 人間は死んだら肉体は土に還るけど、魂は輪廻をするんだよ?」

「輪廻?」

「そう。宇宙には数多くの人間が住んでいる星があるんだけど」

「ええ? それ本当?」

「うん。本当。で、地球の人間は死んだら、宇宙の地球以外の、人間がいる星に生まれる可能性もある。それは地球での人間の行いというか、魂の進化ぐらいによるんだけれど、もし、君が死んだら、地球に近い、文明の星に生まれる可能性もあるし、もっと科学が発達した星に生まれる場合もある、だけど、地球に生まれる可能性もあるんだ」

「つまり、どういうこと?」

「だから、俺が言いたいのは、君が死んで、生まれてを繰り返して、魔王が地球上に復活した時に、君が地球人として生きている可能性も否定は出来ないっていうことだ」

「は、はあーーっ??」

「つまり、君は1000年後だから無関係だって言っていたけれど、実際の所、無関係ではない。それどころか、輪廻はどういう仕組みかは知らないけれど、同じ星に生まれる可能性の方が高いんだ。もしかしたら神的存在が魂を移動させるのが面倒臭いからそうしているのかもしれないけれど、そんなことは関係がない。つまり、君はもし、1000年後も進化しなかったとしたら、君はまた地球で生まれ、魔王の復活に立ち会うことになるっていうことなんだよ」

「ガ、ガビーーン!」

「何か、リアクションが古いというか何というか……」

「や、やかましいわ」

 何だよ、輪廻って。そんなことがあるのかよ。って言うか、今日のニュース欄にもそういえばそんなことがついていたな。本当かどうかは分からないけれど、3歳が4年前の記憶を持っていて、前世の自分を斧で殺した犯人に君に殺されたって言ったり、自分の前世で殺され、埋められた場所を当てたっていう話が。それがもし、仮にもし本当だったとするならば、輪廻ということは存在しているということになるな。じゃあ、俺が1000年後、魔王復活の時に、地球のどこかの国に存在している可能性は否定は出来ない。

 あーあ。何だよ。関係ないって思っていたらこれだよ。むしろ俺は今までの人生、結構運が悪かったから、何か嫌な予感がするんだよなあ。魔王が復活し、人間界に降り立ち、立ち寄った最初の村や、町に生まれそうな気がするんだよなあ。

 俺は首を大きく振りながら、「うあああああぁ!」と叫んだ。

 「ということです。どうする?」

「いやいや、どうすると言われましてもトレイの守護霊さん。俺には何一つ出来ることなんかありゃあしないですぜ」

「そうなのか?」

「なぜ、俺に疑問文を投げかけるのですか? 誰がどう考えたって、俺には何も出来ないでしょうよ。俺はただのパンピー(一般人)なんですからね」

「果たしてそうかな?」

「何ですか、その含みを持たせた問いかけは?」

「この世から勇者は消えてしまった。でも、勇者がいないなら、救世主を作ればいいじゃない!」

「何なんですか? そのパンがなければお菓子を食べればいいじゃない的な言い方は……っていうかさっきからトイレの守護霊さん何かおかしいですよ。だいたい救世主っていったって、そう簡単に安々と誕生するはずあるわけがないじゃあ、ないですか。そんなに簡単に救世主が上手い具合に現れるはずがないです。まあ、上手い具合に現れるから救世主なのかもしれないですが。危機が起こった時に救世主が毎回現れるなら、それは救世主のバーゲンセールですよ」

 俺は彦○呂風に言った。

「たしかにそんなに何でもかんでも救世主が現れたら、おかしいし、そんなことはありえない。救世主とも呼べない。真の救世主とは人類絶望の危機に扮した時に現れるものなのだ」

「そうですよね。分かってくれましたか。トイレの守護霊さん」

「うむ。だが、その危機はまさに今起こっているのではないか!」

「ぐっ。たしかに。でも、だからって救世主なんて簡単に現れるはずがないですよ。たぶんもし救世主が現れるとしても、1000年後の魔王が封印から脱出した時だと俺は思います」

「いや、それでは遅い。たぶん予想だが、魔王は脱出したと同時に地球を滅ぼし、人類を皆殺しにすると思う」

「なんでやねん。それにそんなことをしたらいくら魔王といえども地球なしでは生きられないのではないでしょうか」

「いやいや、相手は魔王だぜ? 地球がなくても宇宙空間を移動出来ると俺は思うんです」

「ただの感想かい! っていうかどこのフ○ーザだよ!」

「でも勇者ですら自らの命を捧げてまで封印した魔王だぜ? よっぽどの力があるとは思わないかい?」

「そりゃあ、凄まじい力はあるとは俺も思うけれど、流石にそこまではしないだろう? 封印が解かれた瞬間に地球を破壊は……」

「分かってない、分かってないよ。君は。君は人間が皆平等で、生まれた時は天使だと思っている、性善説を信じているのかい? ベイビーは皆ピュアなハートを持っているとでも?」

「まあ、思っているは思っているけどね。赤ちゃん可愛いし」

「甘いよ。甘すぎるよ。熟して全体が黒くなったバナナぐらい君は甘いよ。甘ったるいよ。甘ったるくて食えたもんじゃないよ」

「なんか、言い方酷くない?」

「いや、でも本当に君は甘いと思うよ。さっきも言っただろう? 人間は輪廻を繰り返すって。もし、前世で人を数十人殺した連続殺人をした奴が赤ちゃんとして生まれ変わったとして、その赤ちゃんが現世で急に人を救う人間になれると思うのかい?」

「うーん。それは分からん。でも、不可能ではない気がする」

「たしかに教育によっては不可能ではないと思う。だが、やはり俺は時間がかかると思っている。それは木が少しずつ成長するように、人間も俺は少しずつ成長すると思っているからだ。人間によっては成長の度合いが変わり、他の人より、ずっと早く成長する人はいると思う。だが、やはり、一日、二日で急に変わることはないと思っている。人間は色々な人と触れ合って、様々なことを学んだり、経験したりして成長すると思うからだ。そして学んだり、経験するのにもやはり時というのは不可欠だ。つまり、教育によって人間は成長して、悪人でも善人になることが可能だけれど、人間は一日では変わらないよっていうことが言いたいんだ。だって昨日まで人殺しをしていた人が急に次の日に善人になって人殺しをやめて、ボランティア活動を開始したり、人助けをしだし、他人の為に尽くし、喜びを感じるなんてことはないと思うの。俺は」

「うーん。一理あるかもしれないですね。で、結局何が言いたかったんですか?」

「魔王は、封印されたままで、教育をされたわけでもないし、赤ちゃんとして生まれ変わったわけでもない。つまり封印された当時のままの魔王なんだよ。だから、魔王は悪いやつのままだっていうことが言いたかったのです。つまり脱出した瞬間に地球を滅ぼす可能性もあるよと」

「ああ、そういうことか。たしかにその話を聞くとありえるかもしれないね」

「わーい。俺の主張が通った!」

「子供か!」

「あ、そうそう、でバグの原因についてなんだけど、魔王が目覚めたことと関係しているらしいんだよね」

「ほうほう」

「魔王が目覚めたことで、魔王の膨大なエネルギーによって何か電波障害的な何かを起してバグが起きた、と」

「なるほど」

「納得していただけましたか?」

「ガッテンガッテンガッテンガッテン!」

「わーい!」

「じゃあ、原因も分かったことだし、俺マンションに帰るね?」

「ちょっと、待てーぇい!」

「へ?」

「さっきの話を聞いていなかったのか? お前は?」

「さっきの話し?」

「お前、どこのうっかりボーイだよ。だから救世主の話しだよ」

「救世主? ああ、さっきの話ね。それで救世主が何なの?」

「いやいやいやいや、だから、お前がその救世主になるっていう話だよ」

「ふーん。俺が救世主か。なるほどなるほど…………って、なんでやねーーん!!」

 俺は盛大に全国に轟くぐらいの声で、突っ込みを入れた。

 「ちょっと、どういうことですか? トイレの守護霊さん。意味が分からないです」

「意味など分からなくてもいいんだよ。考えるな感じろ」

「何も感じないんですが」

「じゃあ、感じるな。従え」

「ブラック過ぎる!」

「というのは冗談だ。だが、お前に救世主になってもらいたいというのは俺の本心だ」

「何で俺なんですか? こんなしがない、一人の今となっては無職の俺に……」

「いや、お前はしがなくなんかない。十分に救世主としての素質を備えている」

「俺が??」

 俺は純粋に不思議に思ったので聞いた。

「世の中の人々になくて、君に持っているものはなあんだ?」

 いきなりトイレの守護霊さんはクイズをするみたいに聞いてきた。

「世の中の人々になくて、俺に持っている物……愛?」

「うぬぼれるな。うつけが! むしろお前が持っているのは愛ではない。アイアイ並の知能だ」

「アイアイって猿ですよね……。なんかトイレの守護霊さん、だんだん毒舌になってきているように感じるのは気のせいですか? いや、毒舌に愛が感じられないから、暴言に近く感じるんですが」

「そ、そうか。すまなかった。どうやら言い過ぎたようだ。俺のことが見える人間と久方ぶりに会って、しかも何か妙にシンクロニシティーみたいなものをお前と俺の心の根底に近いどこかで感じたからつい、たがが外れて抑制が効かずにはっちゃけてしまったよ。すまない。許してくれないか。俺のお前に対する暴言の数々を」

「あ、たしかに人間と話す機会なんてトイレの守護霊さん、あんまりないですものね。はっちゃけたくなる気持ちもよく分かります。はい。大丈夫です。それを聞いて安心しました。もう全然嫌な気持ちはなくなりました」

「許してくれるのか? この俺を」

「はい」

「お前は何て心が広い男なんだ。まるで空と海と太陽を足したような男だな」

「それは褒めすぎですよ」

「いや、晴天のように、心は澄んでいて正義感が強く、海のように広い心、そして太陽のような絶対的な存在感で世の暗闇から人々を照らし出す」

「そ、そうかなあ。そうだったらいいんだけどなあ」

「人々が悩み苦しんでいる時は、率先して行動を起し、人々を導き、道しるべとなる」

「言い過ぎですよ。トイレの守護霊さん。なんか背中の方がむず痒くなってきましたよ。ハハハ。これじゃあまるで俺は……」

 そこまで言いかけて俺ははっと気付いた。

「まさにあなたはこの世界を救う救世主的存在。いや救世主様!」

「おい!」

「は、はい。救世主様!」

「あのさ。俺を救世主に祭り上げたい気持ちは分かるけれど、流石にやり方が下衆いよ。トイレの守護霊さん」

「すまん。俺の中のロマンスがありあまってしまい、このような無意識下の行動に出てしまったみたいだ」

「トイレの守護霊さん、絶対流行に敏感な人だよね」

「そ、そんなことはないぞ」

「あ、そういえば新国立競技場のデザインなんだけどさ。あれどう思う?」

「ああ、あれか。何か自転車のヘルメットみたいだよね」

「やっぱり、詳しいじゃん」

「い、いやたまたまだな。テレビでやっていたのを見ていただけだ」

「そう」

 もっと色々とトイレの守護霊さんに流行のことについて聞いてみたかった気がしたけど、粗探しみたいなことをしたって意味はないと思い、そこでやめることにした。

「でも、やっぱり俺に救世主は無理ですよ。他の人は持ってなくて、俺が持っているって言ったらトイレの守護霊さんに授かった能力しか思い浮かばないけれど、その能力はトイレ内でしか使えない制約があるから何の役にも立ちそうにないし」

「そんなことはない。お前の能力は役に立つ。救世主になるのはやはりお前しかいないのだ」

「いやいやいや、だって俺の能力はトイレの中でしか使えないんでしょ?」

「そうだ」

「じゃあ、いくら俺がトイレの中で強力な能力を使えるって言ったって意味がないじゃないですか」

 すると、トイレの守護霊さんはにやりと笑った。

 俺はその笑みの意味を考えてみた。

「ま、まさか??」

 俺が言うと、トイレの守護霊さんは力強く、首を何度も縦に振り頷きながら言った。

「そうだ。そのまさかだ。魔王を封印した場所は、地底の奥深くにあるトイレの個室内だ」

「そ、そんな馬鹿な!!」

 衝撃の事実の発覚に俺の全身から血の気が一気に引いていった。

 「この意味が分かるな?」

 トイレの守護霊さんは言った。

 魔王が閉じ込められいる場所が、地底とは言え、トイレということはつまり、俺が能力を使えば魔王のいる場所へと移動することが可能と言うことになる。

 くそー! まさかこんな展開になろうとはただのちょっと前までは何の変わり映えのない日常を過ごしていた俺がいきなに能力を手にして、そして夢物語でしか見聞きしたことがない、あの人間を恐怖に陥れる魔王と闘うことが現実味を増してくるとはな。でも、魔王と闘うことが出来る権利を手にしたといっても、それを受け入れるかどうかは、別だ。

「やっぱり少し考えさせてください」

 俺はトイレの守護霊さんに言った。

「少しとはどのぐらいだ?」

「最低一週間、最高で5年ぐらいです。じっくり自分の考えを発酵させて、熟成させて、自分なりに考えがまとまったら、返事をしたいと思っています」

「長い! 却下! そんなに待てないな。もし魔王と闘う勇気がないならば君に与えた能力を返してもらう。そして別の人間を探し、そいつに魔王と闘ってもらう」

「そ、そんな。能力を変換って。ようやく能力の使い方みたいなのが、少しずつ分ってきた所なのに。も、もしかしてトイレの守護霊さん魔王と闘わせる為に俺に能力を授けた?」

「そんなことはない。ただ、魔王が目覚め活動を再開したとなると話は別だ。俺は魔王と闘う奴を探さなければならない。人間がいなくなっても俺達精霊は死にはしないが、やはり、人間の生活を精霊界側から眺めるのはとても楽しいし、人間が作る神社などの建物も俺達精霊にとって必要不可欠なものだからだ。それによって俺達精霊は能力を高めることが出来るし、人間とも話しが出来たりする媒介場所になったりするからな」

「あーなるほど」

「では、5秒以内に決めてもらおう。決められなければ、能力を剥奪する。5……4……」

「ちょ、ちょっと、早すぎるよ! まるで、買う時間と数量が決められた通販番組みたいな、急かされ方だよ。あああ、焦る。焦らせるのはやめてくれよ」

「2……1……」

 俺の頭の中に、今までの人生が走馬灯のように流れてきた。

 2歳の頃、母ちゃんにおぶられていた思い出。

 6歳の小学校の入学式。

 中学校、高校、大学……。流れてくる映像は何も映っていなかった。おい! 

 何だよ。俺の人生の思い出、小学校の入学式で止まっているじゃないか。

 何だよこれ、俺何もしてないじゃん。今までの人生。思い出という思い出が特になかった。

 充実した人生というのは、死ぬ間際に後悔なく笑って死ねるかどうかと誰かが言っていた。たしかにそうかもしれない。だが、このままでは死ぬ時、笑って死ねるだろうか? 否!

「0……、残念だが能力は剥奪させ……」

「や、やります! 魔王と戦わせて頂きます!」

 トイレの守護霊さんは、少し驚いた顔をした後、俺のことをまじまじと見つめ言った。

「いいのか? 魔王と戦うんだぞ? 死ぬかもしれないんだぞ?」

「はい、後悔はありません。その任務やらせて頂きます。いえ是非やらせて下さい!」

「分かった」

 トイレの守護霊さんは俺の手をぐっと握った後、肩を力強く叩いた。

 「よしっ! では早速行ってこい!」

「え? 今からですか?」

「そうだ。当たり前だろう。今やらなくていつやるというんだ?」

「で、でも心の準備がまだ整っていないのですが、まだ魔王もどんな奴なのか詳しいことが分かっていないですし」

「そうやって、君は何かと理由をつけて、時間を延ばし延ばし、時が流れ、記憶が風化してやがて私が忘れるのを狙っているのではないだろうね?」

「そ、そんなことはありません。約束した以上必ずそれは守りたいと思います。いや守ります。しかし、地底のトイレに封印されているという情報以外何一つ、俺は知らないのでやはり何の下調べもしていないので、無謀だと思うのですよ」

「じゃあ、君は何か? ナイフをちらつかせ、君を狙っている不審者が現れた時、わざわざその不審者の情報を調べるのか? あなたの名前はなんですか? どこに住んでいるのですか? と」

「い、いえ。そんなことはしませんよ。もしそんな場面に陥ったら、真っ先に逃げますよ」

「そうだ。それが正しい選択だ。魔王に関して言えば、魔王のことについて調べることは意味をなさない、というか逆効果だ」

「逆効果?」

「そう。調べれば調べるほど、恐怖心が芽生えてしまい、君は萎縮してしまうだろう。萎縮して足が動かなくなり、頭も真っ白になってしまう。そうなったら魔王と戦う以前の問題だ。だから悪いことは言わないから魔王のことを調べるのはやめなさい」

「じゃ、じゃあどうやって戦えば良いのですか? 戦術なしに勝てる相手だとは到底思えませんが」

「だから、戦術なんて無意味なんだよ。魔王には。戦術とかそういったレベルの相手ではないんだよ。もう魔王のいる場所に突入して、魔王が驚いている隙に当たって砕けろの精神で、突撃するしかないんだよ。魔王に隙があるのかどうかは分からないけれど」

「そ、そんな」

「格闘技で、いくら技術がある人でも圧倒的パワーの前になすすべもなくやられてしまう場合があるんだけど、君は格闘技を習った経験も見たところないだろうし、戦術に長けているとも思えない。だから君も技術で何とかしようというのではなくて、その今の話と同じように、圧倒的パワーで魔王をのしてしまえばいいんだよ」

「俺に、それだけのパワーがあると?」

「それは分からない。だけど、魔王を目にして魔王の前で能力変身を使ったらもしかしたら魔王以上の力を得られるかもしれない。そして君は魔王がわけも分からず、混乱している隙に、圧倒的パワーで叩く! これしか君が勝つすべはないと思うんだけれど、どうだろうか?」

「な、なるほど、圧倒的パワーで魔王をねじ伏せる……か」

 か、かっけー。魔王をパワーで圧倒する場面をイメージしたら、何か自分が妙に自分が格好良く、ヒーローのように見えた。

「わ、分かりました。ただ、やはり心を一旦落ち着かせるのと、魔王と戦う前に心を清める意味も込めて、身辺の整理と、腹が減っては戦は出来ぬということで、最後の晩餐をしたいと思っています。いや、最後の晩餐じゃあだめですね。景気付けにですね。景気付けに豪華な食事をしたいと思います。そして今夜は十分に睡眠をとって明日の朝一で魔王の所に行きたいと思っています」

「明日の朝一か。そうか。それならば良いだろう。今日は自分の思うがまま、好きなようにして、明日の決戦に向けてベストコンディションで挑めるように任せる」

「はい」

 俺はトイレの守護霊さんと別れると、スーパーで刺身やウナギ、カレー、ハンバーグ、とんかつ、天ぷらなどの自分の好物を今夜の夕食分として買うとマンションへと帰った。



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