#9 いまを生きる
入江出口は混乱をしている。
大嫌いな小林と朝から絡み、好きな五十嵐とかと何やら砂漠のような場所に行かされ、化け物と闘いーーなんか、勝ってしまったり。
そして、今ーーたった一人で亡霊と対峙している。
「手前は誰なんだよ」
入江は得体のしれない江頭に聞く。
「だぁかぁらぁよ~~俺ぁ、手前の大先輩の江頭保様だっての!」
「嘘を言ってんじゃァねェよ! あいつァ、死んだんだよ!」
「勝手に殺すんじゃね~~よ。この禿」
「だから! 禿じゃあねェよ! 薄ら禿!」
二人は言い合う。
しかし、入江は振り返っている恰好で、少し、首が痛い。
「あ~~本当に面倒くせぇなぁ~~……ったく」
ぐい!
「あ゛?!」
突然、江頭は入江の肩口へ手を伸ばし掴むと、その座席から引きずり出した。
かなり力強く、抵抗は意味がなかった。
「ぐァ‼」
入江の身体が床に勢いよく押しつけられる。
からの、ズーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!
江頭に引きずられる。乱暴に。
「っいってェ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ‼」
ッズ、ズずずずずずずずずずずっずずずっずずずずっずずずず。
「よっ、と」
そして、座らせられる。
優先席と書かれた座席に。
「くそっつ! 痛ェ~~~この薄ら禿ェ~~~~‼」
むくりと入江が起き上がる。
「ふん」
カサーーカチャリ……ッボ!
ぷっはーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー~~~~~
「で。どうやってこんなとこに居るのか、知りてぇかい?」
痛む箇所を入江が抑える。
「何なんだよ! 本当に今さらじゃァねェかッッ‼」
入江が大きな声で叫びと、
「うっせえ~~よ」
江頭がすらりと伸びた足を振り上げ、入江の横を踏みつけていた。
「‼」
「俺は、知りてぇのよ。お前が何でこぉんな場所に来たのかをな」
ギリーー……。
「知らねェよ! こっちが聞きてェぐらいだっつ~~の‼」
「へぇ。知らねえで来たのは本当なんだな」
江頭は足を戻した。
そして、顎に手を置き考え始めた。
入江の前の座席に座り。
(コイツ。本当にーーあの疾風の江頭なンか……?)
◆
銀河高校に入学した入江は、ちょくちょくとあの職場に遊ぶに行っていた。
二歳上の姉にパシられていたのは実情だったが。
「あっれェ~~? あンの野郎、どこに行きやがったァ~~??」
苛立ちに入江が眉間にしわを寄せていた。
ドン!
キョロキョロ、とフロアーを回っていると身体が、誰かとぶつかった。
「ったァ!」
ドサーー……
「おい。体当たりしてきてあんだよ! あ゛? お前ーー入江の弟か??」
大量のファイルを持った江頭だった。
電子煙草を咥えていた。
「ーー勤務中じゃァねェの? あンた」
「お前まで。硬てェこと言ってんじゃぁねぇよ。どいつも、こいつもよぉ」
「いや。言われて当たり前だろうが」
「生意気だな。おい、お前、このファイル持ってついて来い」
ドサドサ!
「!? ぅぐゥーーー」
床に堕ちそうになる入江に、江頭が顎で呼ぶ。
ついていかざるを得なくなった。
こんな他愛もない出会いもあってか、江頭は二年生になった入江を傍において、仕事を教えるようになった。
他のスタッフからも驚きの声と、陰口を叩かれるほどに。
肉体的な関係や、何か握られているのではないかと。
「あンたさァ。いい加減に俺なんかじゃなくて、他のスタッフに頼めや」
さすがに入江も疲れた。男同士で、何もないというのに。
嫉妬されても、どうしょうもない。
ただ原因はーーこの男。
言いくるめて、一旦、離れよう。
「俺を恐れている奴らを傍に置いたって、YESマンにしかなんねぇし」
苦笑交じりに江頭が、本音を漏らした。
っぐ! 入江が息を飲んだ。
何か、可哀想だな。と思ってしまった。
「で? 俺に惚れたんか? 出口」
「‼ 気色 悪ィこと言ってんな、薄ら禿が!」
「何? 図星??」
第四更衣室には二人きりだった。
床に座り、肩を並べている。
すすすすっすすすすすすっすすす。
「近寄ってくんじゃァねェよ! 俺はその気はねェ!」
「じゃあ。出ていけばいいんじゃねぇの?」
顔がすぐ横にある。
女なら楽だな。
ふと入江も思った。
「既婚者の分際で」
「ははは。平子はお前ならいいっつってたぞ」
「‼」
入江の顔が赤くなる。
触れる、と思った瞬間。
ガチャリ。
「--江頭 主任、やっぱりここか」
入って来たのはーー新米の臨時社員になっていた小林理生人。
「そんなのとイチャイチャしてないで仕事しろよ。店長が探し回ってるぜ」
「ったく。おちおち休憩も取れやしねぇなぁ~~じゃあ、行ってやっかな。じゃああな、出口」
たかたかった。
出て行った江頭を見送る入江に、
「卑猥なことは職場では止めろ」
小林は冷ややかに言い放った。
カチン!
この一件もあって、入江は小林が嫌いだった。
そして、怖くなった。
この男は、きっとーー江頭を怖がらない、YESマンにもならない、と。
きっと、自分は必要なくなると。
江頭が失踪したときーー入江は内心喜んでいた。
◆
「さて。この坊やをどうしてやろうかなっと」
江頭は不敵な笑顔を入江に向けていた。
「なぁ、出口?」
ゴクリーー……
入江は江頭との再会に喜びを隠していた。
だが。
頭の中にはーー小林がいた。
「……俺は帰らなきゃなんねェんだよ!」
入江は立ち上がった。
「アイツらがどうなったか知りてェしな」