#8 入江の前の亡霊
入江が撒いた種から《標識調》が生えた。
>赤。
>緑。
⇒虹色>アイテムっぽいボタン。
赤か、緑のーー二択だ。
「っつぅ~~かよーーアンタ、さっき言い当てたじゃねェ~~か! こんなときにしらばっくれんじゃあねェよ!」
入江が小林に砂を蹴飛ばした。
「出口」
ガコン‼
「いっっっっってェ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ‼」
入江は頭を殴った五十嵐を睨みつけた。
「悪いのは出口だから! いい加減に主任を目の敵にーー……?」
ペタ。
「?? 主任???」
標識調に小林は手を置いた。
「本当に、不愉快だ」
眉間にしわが寄せられる。
この表情の時の小林には、スッタフは誰も近寄らない。
五十嵐は別として。楡店長しかり。
「どーかしましたか? 主任?」
「……別に」
「でも。気になる、って感じでしょ?」
「……別に」
「でも、気になるでしょ? コレ」
「……別に」
「--同時にスイッチ押すってのはいかがでしょうね」
「……そうだね」
OBコンビの意見がまとまる。
「「て、ことで」」
入江の表情が歪む。
「で、じゃねェべ! んな話があってたまっか!」
要は、ボタンを同時に押せば、何か起こんじゃね? なるもので。
しかも、OBコンビは緑ボタン。
残った入江がーー赤を一人で押すなる展開。
「本気ねェーーわぁ~~~ッッ‼」
五十嵐と小林が見つめ合い、
「「っふ」」
入江を蹴飛ばした。
ズベベベベベベベベーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ‼
この理不尽なやり方に、
「わぁーーったよ! やりゃあぁ~~いいんだべ‼」
従うほかなかったが。
同時に。
(手前ら、二人ともどっかに飛ばされちまえ‼)
あのOBコンビがどこかに飛ばされることを想像し、ほくそくんだ。
っざ!
「「「よし」」」
>赤⇒小林、五十嵐 OBコンビ。
>緑⇒入江のみ。
ボチ!
三人は同時にボタンを押した。
◆
「のわ゛‼」
眠っていたらしい。
そして、入江が辺りを見渡した。
「何だ? ここはー」
至ってシンプルなバスの車中ーだが、しかし。
「俺はバスになんか乗れねェのに。本気で、ここは何なんだよ」
そして、窓から外を見る。
「! 何なんだ?? ここァ‼」
真っ暗闇の中に何かが煌めいている。
「ここぁ、一通の《連鎖の揺り籠》っつーもんだ」
入江の後ろから、聞いて分かるほどにイラつく男の声が語りかけてきた。
しかも、聞き覚えがある。
「っつぅーか。勝手に何乗ってやがんだよ。この禿が」
ふぅーー……煙草の煙が車内に舞う。
入江の身体が震え、彼を見ることが出来ない。
「おう! 命の恩人の顔も視ねぇつもりってか?? この禿が」
この男と会った時から、入江のおでこは後退しつつあった。
それは、今から3年前のーー入江が16歳のときの話。
「……禿じゃァねェし! 髪を上げてるだけだしッッ‼」
「いやいや。禿だろうが」
怒りに入江の身体がーー彼へと向き合う。
「よぉ。この禿野郎」
っに!
ニコチンで汚れた黄色い歯。
食事をせずに珈琲だけを飲む生活でガリガリの身体。
体重が40キロもない。
そして、天然パーマでくせっ毛のある短く、頭部も薄い髪の毛。
2年前の赤チェックのYシャツ姿。
だらしなく、前の三つのボタンが開いている。
ただ、彼は経営者としても、客からの信頼関係も築くーー敏腕な主任で、店長候補でもあったほどで。
1日に1回でも彼を見ればプレミアムものと言われているほどに、常に、どこかにいて会えなかった。
唯一、捕まえることが出来たのは、彼がメダルゲームで遊んでいるときだったが。勿論、キレられる。
「--江頭、保……主任ッッ!」
彼は、2年前に行方を眩ませた。
女や、借金などといった噂話は、すぐに消えた。
江頭の消息も、音沙汰も、誰も話題にもしなくなった。
「なぁんだよ。幽霊を見るような、胸糞の悪い顔なんかしやがってよォ」
そんな主任で店長候補で、店長代理業務も実際していた彼がーー
「ここはーーあの世、なンか??」
入江の前で煙草を咥え、吹かしているのだ。
目を疑い、心臓音も煩く震える。
今、目の前でーー江頭保が微笑んでいる。