#2 曖昧な記憶
砂は青かった。
そして、ほのかに独特な匂いで鼻先が痛い。
◆
「げっほ! げっほ!」
入江が大きく咳込む。
「口を抑えなさいよ」
五十嵐が入江の服の胸のところの布を持ち上げ、口に当てさせた。
「サーセン」
「いいよ、いいよ」
その上下関係に。
小林の口先がへの字になっていく。
「五十嵐君。その禿、甘やかし過ぎじゃないの?」
小林はは強い口調で聞く。
「え~~そうっスかね~~」
五十嵐が苦笑交じりに聞き返した。
「「さて、と」」
五十嵐と小林が声を揃えた。
「ぅ、うう…」
入江は目に砂が入ってしまい、泣いていた。
◆
銀河アミューズメント施設は五階建てだ。
一階に入江がいたメダルコーナー。五十嵐はここの所属だ。
二階に小林が牛耳るコインコーナーがある。
三階にカラオケ。
四階にマンガ喫茶。
ここには休憩中に入江が来ている。
五階にはマニアックな店舗が入っている。
R18のエロを始め、健全なマンガショップもある。
このフロアーのみ、OBオンリーで賄っている。
勿論、休憩中入江がーー以下、略。
「あ゛~~ノドかわいたわ~~!」
従業員用の自動販売機は裏にあった。
そこに行くには、休憩室を通り越してしまう。
ガコン!
「あ゛~~冷たいッッ‼」
嬉々として喜ぶ入江の目に彼が映る。
仏頂面の小林が。
「っち!」
ふてぶてしく、本人の前でやる。
「別にいいけどね、いつものことだし」
小林は全く、動じない。
そして、第四更衣室へと向かう。
そこは通路の一番奥にある。
小林が前を通り過ぎた、第一と第二更衣室。
在校生が着替える場所だ。
一部屋は、大体ーー20畳はある。
その中に、ロッカールームがありーー二百人収容する。
第三はOBや社員が入り混じる。
そして、第四更衣室は他三室と異なる。
極端に狭かった。
臨時社員や派遣社員などが一時的に使う場所だからだ。
9畳にも満たない。
そこを律儀に使っていた入江は、そのまま居座っていた。
しかし。
そこにはーーあろうことか、小林のロッカーも。
「アンタさー、そろそろ、第三行ってくんない??」
「引っ越すなら、入江君ではないですか? 元々は、ここには先に僕が居るわけなんだし」
ぐぎぎぎ!
そして、二人とも同じ更衣室に入っていく。
無言で。
ただ、他にもロッカーを使うなスタッフがいた。
その原因は、小林だった。
この仏頂面で、愛嬌もない彼を慕うスタッフがいるからだ。
バタン。
「あ。すーちゃんさん、っはよっす!」
「うん」
「? あれ? 風邪っすか??」
「うん」
三階のカラオケ勤務の鈴又三好も、その一人だ。
この第四更衣室のロッカーは三十ほどしかない。
床にはカーッペトが他の更衣室と違い引かれていて、靴が脱ぐことが出来た。
ゆっくりとを延ばせる。
煙草が吸えるのはここだけだった。
「あ゛~~すーちゃんさん! のど飴なら持ってますよ!? 食べます??」
「うん」
ニコニコと入江が手渡す。
入江は大概、人なつっこい属性だった。
そんな彼は小林にだけ牙を剥ける。
「何を、そんなに気に障るんだか」
小林が、小さくぼやいた。
◆
着ていた蛍光オレンジの服の上から、制服の蛍光ピンクのポロシャツを羽織った。
「本当に、この新しいはずの制服だせェ~」
入江が腹のあたりの布を見た。
「店長に言っても意味がないからね。入江君、君ちょっと店長に言い過ぎだよ」
「サーセンね!」
バチバチ‼
「ん」
そんな二人に割り込むように、鈴又が小林にお茶を手渡した。
とても、冷えている。
「? ありがとう」
よく分からないものの、お茶を受け取る。
バタン。
無言で出ていく鈴又に、
「なんっだったんだ??」
「--こっちが聞きたいですよ」
二人は首を傾げた。
ガチャリ。
また、誰かか出勤してくる。
(ったく。落ち着かねぇ~~)
「おはろーーう! 社畜ども~~~~--ッッ」
変なポーズで入室する五十嵐を、無言で小林は突き飛ばし、ドアを閉めた。
鍵も。
ドン! ドドン‼
「小林 主~~~~~任ッッ‼」
呆気に取られていた入江は、小林を突き飛ばした。
そしてドアを開けてやった。
「おはよっス! いい加減落ち着いたほうがいいっスよ??」
ムムム、と五十嵐の顔が歪む。
「おーまーえーにいーわーれたーらーおしーまーいだーーっつの‼」
ブシ!
五十嵐の必殺目つぶしが、入江の目に炸裂する。
「目っ、目がぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ‼」
◆
「んで~~朝から目を攻撃されて~~、あ゛~~ーー!」
入江は目を抑える。
「いたたたたあたぁーー」
思い出して、また、目が痛みだす。
「で。どうします? 小林サン」
「行くしかないじゃない?」
「ははは。どこにっスか」
小林も言った本人でありながら、首を傾げた。