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(4)

 目の前にいる女の子を見て、俺は思わず息を飲んだ。


 日本人離れした整った顔立ち。すっと通った鼻立ちとほんの少し垂れた目が小顔に収まっており、おっとりとした雰囲気を周囲に与える。陶磁器のような真っ白な肌とは対照的に、長く伸びた髪はまるで黒水晶のように輝いている。

 一度見たら二度と忘れないほどの美人。

 だが何より、よく知っている人に『似ている』ことに驚きを隠せなかった。


「って久我山どうかした、めっちゃボーっとしてんだけど」

「……あ、いや。何でもない」


 かぶりを振って良く知っている『誰か』を頭から消す。ベッドの上にいるはずの彼女がこんな所にいるはずがない。


「えっと、……君は?」


 俺が視線を向けると、ボーっとしていた黒髪の子は一瞬ぽかんとしたような顔になった。


「え、あ、はい。あの、こちらの方は坂御崎咲良さんと言って……」

「いやそりゃ知ってる。同じクラスだし。俺が聴いたのは君のことなんだけど」

「あ、わたしのことでしたのね」


 得心した彼女は柔らかな笑みを浮かべた。

 他に誰がいると言うのか。天然なのだろうか? だとしたら随分深刻な天然だ。


「申し遅れました。アヤヨリミヤコと言います」


 姿勢正しくお辞儀し顔をあげる。指で右手の甲を叩き自らの情報ウィンドウを表示させた。頭上に『彩依 美弥子』という固有名詞、それに10桁の英数字が表示される。


 これは違法ログインしていない事を証明するソウルクラウンでの挨拶みたいなものだ。

 ソウルクラウンはDNA登録による個体識別登録制度が実施されている。大きな特徴。基本的に性別と顔は現実と同じ。年齢や身長、体格といったデータも元々は本人と一致させていたが、これはユーザーの反発を受け、自由に変更できるようになっている。

 であるから、彼女の造形は少なくとも現実と一致していることになる。


「俺は久我山鈴夜。咲良……そこにいる女子と同じクラス」


 同じようにIDを表示させ自己紹介すると、彼女は顎に指を当てしばらく何かを考えていたが、やがてうんと頷いた。


「久我山さま……ですね。覚えました。あ、それでわたしが咲良さんとお知り合いになったのはつい先程なのですが、気が付いたら突然ログイン状態になってびっくりしていましたら、咲良さん……先程であったばかりで名前でお呼びするのはどうかと思ったのですが、咲良さんから良いと仰って頂きましたのでそう呼ばせて頂いているのですが、咲良さんかがイベントの悪魔さんに襲われていましたので、ちょうどわたしが―――――」

「待って待って。長い、長いよ!」


 息継ぎいつしたのか聞きたくなるくらいの一気喋りを中断させる。おっとりとした雰囲気の割にせっかちな子だ。


「ああ! すみませんつい……。おうちの人にもよく言われるんです。何で美弥子さんはそんなに慌てん坊なのかしらって。あの、これは別に怒られているというより笑い話の類なのですが、昔従兄弟の男性の方にも呆れられて。雑木林で遊んでいた時に――――」

「ストーップ! ストップでお願いします! 悪いけど要点だけ頼んでいい?」

「す、すみませんっ! つい……」


 それでも所々で脱線する彩依の話を咲良がフォローしつつ、何とか一通り聞き終えた。

 要約すれば、他のクラスメイトを一瞬で消し去った審判の悪魔ドームズディ・デーモン(しかも2体!)を倒したのは彼女、彩依美弥子だという。

 ニコニコおっとりした割に、中々どうして、かなりの上級プレイヤーのようだ。


「結局クラスで勝てたのは俺と咲良、あとは……えっと彩依さんだけか」

「あ、わたしはこちらのクラスではないですけど」

「そりゃ知ってるよ」


 彼女がクラスメイトではない事ぐらい俺でも分る。

 どこのクラスかは知らないが、ログインした時にこの場所にいたのならこの学校の生徒に違いないだろうけど。


「で、どこのクラス?」

「あ、はい。えっと」

「なになに鈴夜。会ってまだ数分しか経ってないのにもう口説いてんの?」

「どういう思考回路を通ったらその答えに至るのかはともかく、単に気になったから聞いてるだけだっての」

「へーどうだか。だって鈴夜が自分から女子に話しかけてるの見た事ないんだけどー? あたしの時はあたしがめっちゃ話しかけてあげたからだし」

「いや勝手に話しかけて困ってたんだが?」

「ほほーう! 超可愛い女子が男子に話しかけていたのに困ってたってぇ~ゆうのかぁ~」

「お前男だろうが女だろうが構わず話しかけてたじゃん」

「男から口説かれた回数がカウントされていればとんでもない数字になってるだろうな、とは口には出さなかった。

「でもこんな可愛い子うちの学校にいたっけなぁ」


 咲良は人差し指を顎に当て、ふむぅと首を傾げた。

 少子化による幾度かの合併を経て、都立神津野高校の生徒数は4000人を超えている。ハッキリって顔を見たことが無い生徒がいても不思議ではない。


「まいっか。あ、ねね、鈴夜。さっきこのカード拾ったんだけど」

「ん、これって報酬のレアカードか。……あれ? でも何か妙に枠が赤いな」


 咲良が手にしたカードを見て俺は訝しむ。

 全てのカードはレアリティに関わらず白い枠で、赤い枠のカードなど見たことはない。


「これってVer4で追加されるってアナウンスされてたやつじゃない? 確か赤枠は新しいレアカードだって。あ、ほらあそこにも落ちてる」


 咲良が指さした方向を見ると、確かに2枚のカードがゆっくりと回って浮いていた。


「ん、2枚……?」


 イベントモンスターが落としたのなら1枚のはずだが……。

 カードが落ちている場所は、偶然かクラスメイトの秘札師(ワンダラー)が散った場所と一致する。


「あのぅ。グラウンドには倒された秘札師(ワンダラー)の数だけ、カードがドロップしていました。つまりこれは秘札師(ワンダラー)の果てではないでしょうか?」


 俺が一瞬脳内で否定した考えを、彩依さんは平然と口にした。


「ひゃー彩依さんって結構ぶっ飛んだ考え方するね」

「あ、すみません。よく言われます」

「でもそういうのあたしも結構好き。なんていうかこう、ファンタジーっぽくてさ! 魂が抜き去られたみたいなイメージなのかな」


 見た目は遊び慣れてそうな咲良から「ファンタジーが好き」なんて言葉が飛び出てくるのは意外だった。

 もし女慣れしていない男子が聞いていたら「あれ坂御崎さんって意外と……」みたいな好印象を与えられたんじゃないだろうか。


「あ、たまに勘違いされるけどあたしオタクは嫌いー」

「ふふ。わたしは嫌いじゃありませんよ。清潔にして自己主張するだけではなく他の人のお話を聞く人なら、喜んでお話しますし」

「えーそれってつまり殆ど対象外ってことじゃん? あはは、彩依さんも結構言うね」


 オブラートに包んで女の子2人は顔を見合わせて笑った。

 いや漏れまくってるけどね?

 俺は何も言わずため息をついた。

 俺が「勘違いしているオタク、或いは自己主張が激しく人の話を聞かない人」に分類されていないとも限らないのである。

 ともあれどうやら会ったばかりの彼女達だが、それなりに意気投合したようだ。

 もう少し話していても良かった(何より女の子同士の和気藹々とした雰囲気は嫌いじゃない)が、今は先にする事があった。


「ともかく一旦出て運営に連絡しよう。ああ、公式チャンネルの確認が先かな」

「あの久我山さま」

「なに、彩依さん?」

「いえ単純な質問なのですが、久我山さまはどうすれば出られるのかご存じなのですか?」

「え?」


 思わず間の抜けた声を出してしまった。


「いや普通にログアウトするだけど」

「はい。通常ならそれだけでいいと思うのですが……現状システム関連の情報ウィンドウがグレーアウトされています。なのでログアウトもサポートセンターへの連絡もできません。周りの景色にテクスチャが張られていませんし、そもそも空間が止まったかのように動いていません。これも不具合なのでしょうか?」


 慌てて右手の甲を叩き情報ウィンドウを操作する。幾つかの階層を潜って確認したが、彼女の言った通りシステム関連のコマンドは全てグレーアウトの状態になっていた。


「んー……さっきのイベントもそうだし、少なくとも正常動作じゃないのは確実っぽいな」

「あ、あのさ。これってもしかして……あれ……だったりするのかな」

「あれとは何でしょう?」


 咲良が小さく手を上げて不安気な声を出すと、彩依さんが小首をかしげた。


「……意識が消える(ロストソウル)ってやつ。ソウルクラウンやってるなら聞いたことはあるだろ?」


 薄々は考えてはいたが口に出すのは憚られていた答えを、俺が代わりに答えた。

 意識が消える(ロストソウル)

 プレイヤーが植物人間のような状態になってしまう正体不明の病気。その殆どがソウルクラウンのプレイヤーである。

 脳となんらかの関係があるといわれているが、脳死と異なり正常に動いているのが植物状態と違う。

 

「けどこうして意識はあるわけだし、変な心配する前にまずできることをするべきだな」

「なるほど。久我山さまは随分と落ち着いておられるのですね。頼もしいです」


 彩依は緩んだ表情で胸の前で手を合わせると、こくりと頷いた。


「出来ることがあるとすれば、アプリケーションの強制終了でしょうか」

「あ、そっか! さすがみーちゃん!」


 咲良がぱんっと手を叩いて顔を輝かせた。

 ていうかみーちゃんって誰だよ。彩依美弥子だからみーちゃんか。仲良くなると一気に踏み込むタイプでしたか。


「確かに強制終了は出来るな。あまり……というかかなりやりたくないけど」


 強制終了した場合は敗北と同じ扱いになる。つまり敗北時のペナルティ(ゲーマーにとっては結構辛いレベル)を受ける。

 と、ふと。浮かんでいるカード―――まるで血を吸って染まったかのように赤い――――が視界に入った。


「プレイヤーの果て、か」

「……え、ちょっと鈴夜までへんなこと言わないでよ! 怖いこと想像させないでよぅ……」

「そうですね……。今ある情報を組み立てた感じでは、ありえる仮説だと思います」

「うう、ちーちゃんまで……」

「ふふ冗談です。それでどうしましょう? 強制終了してみますか?」


 そう言って彼女は俺を見た。

 つか何故俺を見る。おい、咲良お前もだ。

 俺は頭を掻き溜息を一つつくと近くにある机に座った。こういう感じで何となく「男だから」とリーダーを任されるのはあまり好きではないのだが……仕方ない。


「ハンターの襲撃イベントは連続で発生しないし、公式のアナウンスもその内あるだろうから、暫くは待機が妥当だ。下手に動くよりは静観した方がいい」


 脳内でまとめた案を語りつつ2人を見た。

 特に異論はないようで「りょ!」「わかりました」

 とそれぞれ返答してくれた。


 音も色彩もない真っ白な灰を被ったような静寂の世界。

 ここにいると、まるで時間が止まった世界に存在している気分になる。長いことソウルクラウンをプレイしてきたが、こんな感覚を抱くのは初めてだった。


 やや間抜けな表情で座っている『自分』を見ていると「ポン!」と軽快な音と共に、お馴染みのシステムメッセージが眼前に表示された。


『ようこそ、リアルタイムカードアクション『ソウルクラウン』へ。秘札師(ワンダラー)の皆さまにご連絡申し上げます…………』


 どうやら運営が動き始めたようだ。


「良かったぁ。珍しく次の数学の宿題をやってきたのに、提出できなかったらバカみたいじゃん。あ、みーちゃんは何の授業?」

「あ、えっとわたしはその、まだ――――」


 彩依が何か言いかけた時、システムメッセージが次の表示に進んだ。


『クロノ粒子によって生命体の電気信号は止まり、今この世界を闊歩しているのはハンターを打ち破った56万7902名の秘札師(ワンダラー)のみとなりました。世界の時は、予定通り停止したことを報告させて頂きます』

『これより全秘札師(ワンダラー)の最終目標は、ある秘札師(ワンダラー)を倒すことになります。なおソウルクラウン内での勝負に敗北した場合、あなたの魂はカードとなり、精神は時が停止した世界に戻されます』


 ウィンドウもフォントもいつも通り。それだけに内容の異常さを際立たせていた。


「なんだよ……これ……?」


 その内容を目で追う内に、俺の口から思わず呻きが漏れる。背筋に冷たいものが流れるのを感じ、もう一度驚いた。

 デジタルデータである存在に感覚なんか存在しないはずなのに、確かに感じたのだ。冷たさを。


『説明は以上になります。引き続きソウルクラウンをお楽しみください。では良い魂の座を』


 そのメッセージを最後に、ウィンドウは出た時と同じ軽快なシステム音と共に消え去った。突然の出来事に誰も言葉を発することができない。

 静謐な教室に残されたのは、石膏を塗られ固められたように動かないクラスメイト多数と教師1名、それに俺たち3人だけ。


「え、なに、いまの。新イベントの告知?」


 暫くして咲良が戸惑った口調で言葉を紡いだが、その問いに答える者はいない。

 俺は浮かんでいた赤枠のカードを手にする。

 これがもし本当に魂なのだとしたら、この持ち主はどういう状態になっているのか?

 口に出さなかったのは先程の咲良の問い同様、誰も答えようがない問いであり、答えを知る人もまたいないと分かっているからだ。

 隣の席の動かないオブジェクトになっている男子生徒を視界の隅に入れつつ、ゆっくりと机から立ち上がった。


 やがてソウルクラウンのシステムがフィールドを形成し始めた。テクスチャが周囲の机や椅子、教室の壁

へと侵食していき、そして「彼等」をも覆っていく。僅か数秒で灰色の空間は鬱蒼とした森林へと姿を変えた。

 深い藍を称えた新緑、その隙間から見える雲一つない空。鳥のさえずりが響き、遠方に見える小川へと消えていく。まるで灰色の世界こそが非現実的(ファンタジー)だと主張するかのような、生命息づく色鮮やかな世界。


「鈴夜……あたし頭がおかしくなっちゃったのかな」

「安心しろ。元々悪いのが更に悪くなっただけだ」

「あはは……そっか。うん、そだよね」


 普段なら言い返してくる咲良も、余りの事に呆然としていて軽口に返す事すらしない。


「何が何だかさっぱり……ね、これって現実?」


 これは現実なのか? そんなのは判断できない。

 だが確実に分かることが一つだけある。負ければカードになり、消えた彼ら同様、背景の一部になるということだ。


 2026年7月21日午前11時34分。こうして止まった世界が始まった。




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