(3)
『WARNING! HUNTER COMES HIRE!』
眼前に表赤く太い文字列が甲高い警告ともに現れる。
直訳すれば狩人の来襲。
NPCエネミーに襲われ戦うという、ゲーム内でたまにあるイベントだ。勝利すればレアカードが貰えるため、プレイヤーが一喜一憂する瞬間でもあるのだが……。
「ちょ、これ審判の悪魔じゃん⁉」
文字が消えると同時に出現した4本腕に6枚の翼の黒影を見て、咲良が驚愕の声をあげた。
驚くのも無理はない。上位悪魔として上位ミッションのボスにも設定される程の強敵だ。
その異形が、更に2体追加される。
「ちょ待って! しかも3体⁉」
「みたいだな。明らかにイベントの適正キャパシティを超えている気もするけど」
そもそも大きくない教室にMサイズの敵が複数出現させればマップの適正キャパシティを超えてしまうため、プログラム側である程度制御されてるはずなのだが……やっぱり何処かおかしい。
脳内に警鐘が鳴り響く。
「とりあえず咲良、お前は外に出ろ。ここはバトルフィールドとしては狭すぎる。速度を重視したお前は広い方がいい」
「え? 戦うのこれ? 別にやらなくてもいいんじゃ。勝てなさそうだし」
「……ヤバい嫌な予感がする。今は『正常』な状態じゃないんだ。普通なら負けたらログアウトして終わるだけだけど、もしかしたら最悪データロストまであるかもしれない」
「冗談でしょ。そんなバカな話……」
一瞬何か呟いた咲良だったが、ともかく頑張る方向に意を決したようで、スリットの入ったスカートを翻らせ窓から飛び出た。何人かの秘札師も同時に窓から外に飛び出し、それに呼応するかのように2体の悪魔が続いた。
俺は残った一体と向き合う。教室にいる他の秘札師は2人だが、訳も分からず立ち竦んでいる所を見ると初心者なのは明らかだ。戦力としてはカウントできない。
猛禽類が出すような甲高い咆哮をあげ、審判の悪魔が襲いかかって来る。俺はその右腕の強烈な一撃を躱しつつ。距離を取った。
確実に回避できた筈のタイミング。だが悪魔が持つ『神器を持っていない相手に対しての特殊効果』により、ライフが僅かに削られる。
「くそ。神器を召喚しなきゃ話にならんってか」
俺がデッキにセットしている神器は終の聖剣。その召喚に必要なソウルコストは15。バトル開始時点での手持ちソウルは5であり、不足分は10。一回目のフレッシュポイントで得られるソウルは8なので、どこかで差分の2を調達しないとならない。
不足があれば手持ちのカードで補う――――カードをソウル化させて傘増しさせる――――のがセオリーなのだが、それは攻撃と防御に何も使用しなければの話である。
魔王の吐息。前方120度に600ダメージを与えるという強力なスキルに、俺は衝撃の拡散を使わざるを得ない。
ダメージを無効化した代償としてソウルと手持ちのカードが消費させられる。
「ま、これくらいは計算のうち……」
強がりの呟きをした瞬間、リィンというシステム音が鳴り響き、フレッシュポイントが訪れたことを告げる。
デッキから一枚補充されたカードを『三泡の意思』。
「相手に10のダメージを与える。または10のダメージを軽減する」という性能の低いカードであまり使われないカードの代表例なのだが――
「ソウルチェンジ。三泡の意思を生贄にしてソウルに」
ソウルに変えた時にのみ特殊効果があるのはあまり知られていない。
普通なら1しか増えないソウルが3増加し、俺の周囲を漂う六角柱の合計が16となる!
「召喚・終の聖剣!」
左右の腕から繰り出された『双鎖の爪』を、ヒットするギリギリのタイミングで白い両刃が受け止めた。
このタイミングでこのカードをドローできたのは、不確定情報部分の運ではあるが、審判の悪魔の四本の腕による攻撃を避けながら使えたのは、予測経験とこれまでの練習の成果だ。
アタックパワーだけ見ればおおよそ互角であり、ここからは純粋な力勝負になる。
俺は柄を握る指に力を込めた。
だが俺の思惑を悟ったかのように、悪魔はターゲットを教室の隅で立ち竦んでいたクラスメイトの秘札師達へと変えた。
完全に予想から外れた行動だった。
2人の1000あったライフは一瞬でゼロへと遷移し、驚いた表情を浮かべたまま電子の糸が解れるかのようにバラバラになって消え去った。
彼の立ち位置は俺から見てちょうど真逆であり、仮に予想できていたとしても凶刃がその身体を凪ぐのを防ぐことはできるはずもなかったのだが――それでも思わず舌打ちする。
名前すら覚えてないクラスメイトとはいえ、防げなかった無力感に対しての自己嫌悪に。
(けど最大値から一発か。もしかしてATKが強化されてる?)
たった今2名を葬り去った2連撃を躱しつつ、攻撃するタイミングを伺う。
攻撃を当てる事自体はさほど難しくはないのだが、このクラスの敵になると硬直を狙った反撃が怖い。
先ほどの威力を考えれば、耐えて一撃。2発目で間違いなく葬り去られるだろう。別の秘札師がいればフォローして貰えるのだが、今この場所にいるのは俺だけ。
つまり一撃で斃す以外に方法はない。恐らくチャンスは一度――――相手の攻撃を紙一重で躱しつつ、そのタイミングが訪れるのを待つ。
悪魔が両腕を振り上げた。次に繰り出される渾身の振り下ろしは、直撃すれば即死……。
だが精神を研ぎ澄ましていた俺にとって、これが勝利と敗北を天秤に賭けるに相応しいタイミングとなった。
「うおおおぉぉぉっ!」
咆哮し両手に持った終の聖剣で正面から受け止める。
だが幾らパワーは互角といっても、面の力を点で受け止めることはできない。受けきれないパワーはダイレクトにダメージへ直結し、600ものライフが一気に減る。
だが残りの力が加算される前に、身体の軸を逸らして両手の力をほんの僅かに抜く。上から圧し掛かるパワーを刃に逸らせて受け流すと、力の行き場を失った両腕が地面を抉った。悪魔の動きが僅かに硬直した。
この隙だ! ここで!
強い意思が、柄を持つ腕、身体、脚、全てを微塵のミスなく動かしていく。
腕に飛び乗り高さを稼いでからの跳躍。眼下にある悪魔の頭部目掛けて、刃を振り下ろす。
叩き降ろし、右凪ぎ、左凪ぎ、回し右振り上げからの左袈裟、そして電光石火の刺突。
俺が持つ技の中で最も高度な6連撃。それを全て頭部へ当てるよう操作する。
終の聖剣による6つの斬撃が正確に1点―――――脳髄――――のみを切り裂いた。
着地し振り向くと、丁度審判の悪魔が倒れ電子の糸が解れるかのようにバラバラになる所だった。
「……あぶねー」
一気に落ち込んだライフを見て、俺は冷やした肝を温めるかのように息を吸った。
完全に躱してしまうと、今の隙は生まれない。即死の危険を冒してまで一瞬受け止めたのは正にその瞬間を作る為だったのだが……2度とやりたくはないと思った。
ともあれこっちのハンターは倒せたが、安堵している場合じゃない。咲良の方は2体もいるのだ。
窓に近寄り外を見る。だが灰色のグラウンドには誰もいない。まさか……。
不安に駆られ、飛び降りようと足を掛けた時だった。
「久我山!」
教室の扉(らしきものがある位置)に咲良が立っていた。
「咲良! 無事だったか」
「まぁね。ぶいっ」
彼女はピースサインを作り笑顔を向けた。その満面の笑みにホッと安堵する。
「下見たらいなかったし、やられたかと思った。全く」
「へへー。心配だった?」
「……いーや、全然」
「ほうほう。その割にあたしの顔を見た時、随分と喜ばしい表情をしておりましたが?」
少し前屈みになり上目使いでこっちを見る。赤い髪の毛を掻き上げると少々緩い胸元が見えそうになりそれとなく視線を逸らす。デジタルデータだと分かっていても何となく気恥ずかしい。
「……ていうか咲良よくあれ倒せたな。俺でも結構ギリギリだったんだけど」
目を逸らしたまま尋ねる。
「あ、えっとね。あたしは助けて貰っただけ。この子が倒してくれたの」
言われてから彼女の隣に立っている女の子に気が付いた。




