キツネとブドウ ~天下無双編~
昔々、ある所に一匹のキツネがいました。
ある日キツネが散歩をしていると、木の上に美味しそうなブドウが実っているのを見つけました。
「あのブドウ、食べたいな」
キツネはブドウを取ろうと飛びつきました。けれども、どんなに頑張ってもブドウには届きません。
「どうせ、あのブドウは酸っぱいから」
諦めたキツネはそんな言葉を残して立ち去りました。
このお話は『自分の力で出来なかった事などに対し、もっともらしい理由をつけて正当化する』という心理を表現したものです。皆さんはこれを教訓に、自分の失敗を素直に認められる人になって欲しいと――――
「……なんて言ってるキツネもいるけど、僕は違うぞ! 今日は無理でも、いつか必ずあのブドウを手にしてやるッ!」
予想外の展開。このキツネは全然諦めてませんでした。
「良しっ、そのためには特訓だ! これから山籠もりをして、跳躍力を鍛えるんだ!」
そして、即座に山籠もりを決定してしまいました。
『道具を使って落とす』とか、『足場を用意する』とかの知性方面での解決策を一切考慮しない辺り、猪突猛進と言うべきなのかもしれません。
しかし、失敗を受け入れ、それを克服するために努力をする、という姿勢は立派なものです。このキツネ君(以後、君付けで呼ばせていただきます)には是非ともブドウを手に入れて欲しいものです。
「あなた、行くのね……」
「ごめん、僕のわがままのせいで迷惑をかけて」
「いいのよ。私達の事は気にせず、あなたはやりたい事をやって頂戴」
「ありがとう。君を妻に出来た事を誇りに思うよ」
「パパ、帰って来たらまた絵本読んでね」
「うん。約束だ」
「行ってらっしゃい、あなた」
「行ってらっしゃい、パパ」
「行ってきます。二人とも」
衝撃の事実発覚。キツネ君は妻子持ちでした。
家族の愛に後押しされ、目的の為に突き進む。応援してやりたいという気持ちもありますが、正直な話とっととブドウの事は諦めてその時間を家族サービスに使ってあげたほうが有意義なのではないか。
その気持ちも否定出来ません。
まあそれはともかく、こうしてキツネ君は山籠もりに出かけました。
そして一週間後――――――
「久し振りだな、ブドウ」
過酷な修行を終え、キツネ君は再びあのブドウと対峙しました。
以前までの彼とは目つきからして違います。
「俺は地獄を耐え抜き、ここまで来た。再び貴様に挑むために」
ついでに、一人称まで違ってます。山で一体何があったんでしょうか。
「今こそあの時の雪辱を果たす! 生まれ変わった俺の力を見せてやるッ!」
そう言うとキツネ君は腰を落とし、臍下丹田に力を入れます。そして……
「ハアァァァーーーーーッ!」
跳躍! キツネ君の体が見る見るうちにブドウに接近します!
「そこだぁぁぁぁぁぁッ!!!」
キツネ君は叫びながらブドウに手を伸ばします! そして――――
「甘いわッ!」
ブドウが光ったかと思うと、キツネ君の体が弾かれ地面に叩きつけられました!
「ぐはッ!」
苦痛に呻くキツネ君!
「ふん、こわっぱめが。この私に挑もうなどとは千年早いわ」
地に伏すキツネ君にブドウは罵りの言葉を浴びせます。
……………………いやいやいやいや。
なんなんですかこの斜め上の展開は。
ブドウまで擬人化されるのは流石に予想外なのですが。
「所詮貴様の『闘気』などその程度の物よ。私の『魔闘気』の足元にも及ばぬわ」
そしてブドウ。勝手に設定を盛らないで下さい。
「くッ……! 俺の力では奴に届かないのか……。このまま諦めるしかないというのか……ッ!!」
キツネ君の心を絶望が支配します。しかし――――
「い……いや。まだ打つ手は残っている!」
キツネ君はそう言うと傷付いた身体に鞭打ち、立ち上がりました。
「師匠は言っていた。『闘気』の更にその上、『極闘気』があると。今の俺ならばその力をコントロールする事が出来るはずだ!」
だから山で何があったんですか。貴方は確か跳躍力を鍛えに行ったんですよね。
そんな事は意に介さず、キツネ君は精神を研ぎ澄ませます。
「はあぁぁぁぁぁ…………ッ!」
「あくまでも私に歯向かう気か。いいだろう、引導を渡してくれる!」
ブドウもキツネ君に止めを刺すべく構え(?)ます。そして――――
「ウオオオオオォォォォォォーーーーーーッ!!!」
「ヌウウウウウゥゥゥゥゥン!!!」
裂帛の叫びと共にキツネ君が跳躍! 両者の気がぶつかり合い、眩い閃光が辺りに広がります!
「行っけええええぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーッ!!!」
「なっ……ッ! 馬鹿な!! こ……この私がぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
轟音!
キツネ君が着地します!
その手には――――ブドウが握られているではありませんか!
やりました! 遂にキツネ君は悲願を達成したのです!
「やった……。俺は遂にやったんだ!! 師匠! あの世で見ておられますか! 貴方のおかげで俺はやり遂げる事が出来ました!!」
キツネ君は感動に打ち震えます。おめでとうキツネ君! 本当に山で何があったのか気になりますが、この際ですからそれは流しておきます。
「さあ、家に帰ろう。その前に、一口だけ食べてみようか」
キツネ君はそう言うと、ブドウを一粒口に含み、咀嚼しました。
キツネ君の口内にブドウの風味が広がって行き――――――
「酸っぱッ!?!?!?」
キツネ君は、世の不条理に涙しましたとさ。