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プロローグ



 青く澄んだ空間に、僕は漂っている。水に浮いてるようなのに、濡れてはいない。

 だがこの状態に驚くことはない。僕は幾度となくこれを体験している。ただ全体に青が広がる空間。ここに来たのは二日ぶりだ。

 ここがどこで、何のための場所なのかは大凡の見当はついている。

 ここは僕の夢の中で、嫌な思いを忘れさせてくれるのだ。しかし完全に忘れることはない。そのときの話をされれば思い出す。たぶんまだ完全ではなく、いずれ何があっても思い出さないようになる。

 何となくではあるが、そんな気がするのだ。

 だから安心して目を瞑る。次に目覚めたときには嫌なことを忘れ、爽やかな朝を迎えることができる。

 そうだ。これから毎日、自分にとって嫌なことをしよう。例えば自傷行為なんかどうだろう。

 いや、それでは傷跡を見て思い出してしまう。では他に考えなければ。

 自分が嫌な思いをして、しかし後に何も残りはしないこと。

 ああ、一つあるじゃないか。誰からも気付かされないことが。他の誰もが知っても、僕だけは気付き得ない方法。


 翌日、僕は学校の屋上に向かった。まだ誰も来ていない。誰も僕に気付いていない。

 誰にも気付かれないうちにと、飛び降り防止用のフェンスをよじ登り、反対側の狭い足場に降りる。

 地上五階。もしかしたらこの高さでは目的を果たせないかも知れない。だがここじゃないといけない。

 ここが始まりなんだ。いや、すでに始まっている。僕は六人目だ。

 ふと、学校の校門を一人の女子生徒が通った。

 一人しかいない。だが、これからも数は増えるのだ。もっと多くの人間が救われるためにも、一歩を踏み出す。

 全身で空気を感じられる。まるで僕に羽が生え、墜落する寸前には飛べるのではと錯覚した。だがそれはない。それにここで飛べば、僕は救われない。僕は僕のために。そしていろんなことに苦しむ人たちのために。

 女子生徒が僕に気付いた。頭から落ちる僕に。

 彼女の顔は、一瞬にして驚愕、そして恐怖の表情へと変わった。

 彼女が悲鳴をあげるのと、僕が赤煉瓦の花壇の角に頭から落ちたのはほぼ同時だった。



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