6ページ目~変わりはじめた心
「…あぢー…」
学校は夏休みに入り、俺は自堕落な生活を過ごしていた。…実は学校祭の踊り場での一件以降、葵は俺によく笑顔を見せるようになった。会う回数は僅かに減ったが、会う度に常に太陽の様な笑顔を見せていた。…良い兆候だとは思うが、何か不気味だ。まさかあのときのあれは、葵は気付いてないのか?恐怖が勝ったが故に…?
「…ん?」
そんな事に考えを巡らせていると家のチャイムが鳴った。…もう昼か、なんかの業者かな…
「…はーい…」
俺は玄関のドアを開ける、すると…
「…よ、元気か、青年」
「…松田先輩?」
やってきたのは松田先輩だった。…珍しい客だな…
「…お茶で良かったですか?」
「あぁ、構わん。むしろ気を使わなくても良いんだが…」
「来客にお茶を出さないなんて事出来ないです」
「そうか、ならありがたくいただくぞ」
先輩にとりあえずお茶を出す。先輩の向かいに座って取り合えず本題を切り出してみようと思う
「…で、先輩。何の用ですか?」
「ん~?特に用事は無いぞ。私も時にはこんな風に適当に動くこともあるのさ」
「…普段は計算ずくなんですか?」
「さてな。…ん~っ、こう庶民的な家は良いな、自分の空間って感じがする」
「…先輩の家、広いんですか?」
先輩の本名は十和田雫、十和田高の学校長の一人娘なのだ。ただ先輩はその事で悩み、自分の名字を変えて学校に通うことにより克服しているらしい
「しかしあれだな、普段着の浅井と言うのも中々だな。年頃の男子ならTシャツ短パンかと思ったが」
「短パンは持ってないです、別に暑いからって短パンにする必要は無いですし」
「私はTシャツ短パンだぞ、夏は」
「…男ですか」
でも少しそんな格好をした先輩を想像してしまう。…ただでさえスタイル良いから、意外と似合うかも…?
「…川原は来てないのか?」
「え?…ああ、今日はそういえば来て無いですね。まぁ毎日来てるわけでは無いんで…」
「そうか。…いや、別に深い意味は無いんだが、やはり君たちの仲は強い絆で結ばれてるようでな、是非二人に確認してみたかったのだ」
「は?」
俺が呆けた声を出す中先輩は俺の方にテーブル越しに乗り出してきた。…うわぉ
「これは私にとって凄く大事な話なのだ。知っておけばいつ祝言を挙げる事になっても友人としてのスピーチが出来るからな」
「…あのですね、決して俺と葵の関係は…」
そういいかけて口をつぐんだ。…そういやあの日、俺は葵に…
「…む、まんざらでも無いのか。いかんな、まだ君たち二人は高校生、稼ぎもないのだ、祝言はまだ先にした方が…」
「…勝手に話を進めないでくれますか。俺と葵の関係はそんなんじゃないですから」
「…そうなのか?」
なおも先輩は疑いの眼差しを向けてくる。確かに周りから見れば仲が良いように見えるとは思うが、正直恋愛となると分からない。と言うよりこれは恋愛とかとは違う…気がする
「…ふむ、まぁいい。でも私は川原とも話がしたい。呼んでくれないか?」
「…え?まぁ…良いですけど」
俺は先輩の言う通りに葵に連絡を入れる。…
『…もしもし、勇樹君…?』
「おぉ、俺だ。…今からこっち来れるか?」
『…急だね?』
「あぁ、お前に会いたいって人が居てな。…前話していた会長さんだ」
『…かいちょさん?かいちょさんが…私に?』
「何がしたいか分からないがな…大丈夫か?」
『…うん、分かった。少し待っててね?』
そして電話が切れる。…来るみたいだ
「こちらに来るときはいつも準備に時間がかかっていたのか?」
「そうですね…高校入ってからは少し準備するようになりましたね」
「…ふむ」
「…先輩、何が聞きたいんですか」
「いやなに、少し思うところがあってな。…来たみたいだぞ?」
玄関が開いた。…来たようだ。葵はいつものピンクのワンピースにジーンズと比較的軽装だ
「…こんにちは、勇樹君、かいちょさん」
「悪いな、急に呼び出して」
「まぁ、ここに座りたまえ、川原よ」
「?…はい」
葵を隣に座るよう促す先輩。…いったいなにがしたいんだ…?
「川原よ、最近何か良いことがあったか?」
「…え?…あった…かも?」
「ふむ、どうりで前より可愛くなったと思った」
「…前…?」
「うむ、川原は"覚えていない"だろうが、昔の川原は何となく女性的にはさっぱりしていたからな」
「…」
先輩は今"覚えていない"と言う表現を使った。…この人、葵を一体どう見てるんだ…?
「…さっぱり?」
「自分を着飾ろうとしなかったみたいでな、淡白と言うか…」
「…そうだったの…?」
「え?あ~…別に可愛く無かった訳ではないとは思うが…」
「…えへへ…ならいっかな…?」
葵は照れ笑いを浮かべている。…なら、いい…?
とりあえず雑談に花が咲き気付いたら夕方、今日は葵は家の用事で先に帰ってしまった。部屋では先輩も帰り仕度を始めていた
「…そうだ浅井、晩飯はどうする」
「え?…まぁ適当に有り合わせで」
「丁度良い、今私の懐はかなり温かくてな。晩飯奢ってやる」
「え、でも…」
「ここは私に任せろ。それに一人飯は味気ないのでな、付き合ってくれると助かる」
「…はぁ…」
両親が忙しいようでよく一人でご飯を食べることが多いそうで、ようするに寂しいから付き合え、ということだろう
「…分かりました、ごちそうになります」
「…店長、SDラーメンを2つ頼む」
「あいよ!今日は連れもかい!いつもどうもなぁ!」
「…」
やってきたのは住宅街の中でひっそりとやってるラーメン屋だった。家柄的にこんな所来るイメージは無いが、店長の反応を見た感じかなりの常連なんだろう
「勝手に注文したんだが、良かったか?」
「はい、別にラーメンは嫌いじゃないですし」
「なら良かった。ここの店長とは馴染みでな」
「へぇ…。で、SDラーメンって何ですか?」
「スーパーデラックスラーメンさ。普通の醤油ラーメンにいろんな具材をこれでもかと入れたもんさ」
「…へぇ~…先輩って結構食べるんですか?」
「そうだな、かなりの大食らいだと思うぞ」
「はいよ、SD二丁お待ちどおっ!!」
そのラーメンが俺たちの前に置かれる。…あまりにもたくさんの具がありすぎてイマイチ麺が見えないんですけど…
「じゃ、食うか」
「はい。いただきます」
二人して食べ始める。…さっぱりしててうまい。そして煮卵が滅茶苦茶うまいな
「…浅井は、色恋沙汰には興味ないのか?」
「…え?何ですか急に…」
「お前とは付き合いが長くなってきたが、どうもそんな話を聞かないからな。…で、どうなんだ?」
先輩は豪快にラーメンをすすりながら聞いてくる
「…興味が無いと言えば嘘になりますけど、でも別に好きな人は…」
いない、そう言い切ろうとしたが言葉が出なかった。…え?何で言いきれない?
「…思い人が居るのか?」
「…どうなんでしょう、分かんないです」
「分からない…?」
結局俺はうやむやな答えをするに留まった。…俺は、誰かに惹かれてるのか…?
「…まぁ別に良い。そこまで深く聞こうとは思わないしな。そんな事よりどうだ?ここのはうまいだろ?」
「…そうですね、とにかくメチャクチャ重たいですけど」
「これくらいペロッといけよ、男だろ?」
「…こうみえてそんなに食べないんですよね」
そして話はうやむやのまま、食事が終わり…
「…じゃ、店長。また」
「おう!ありぁしたぁー!」
「…帰りますか?」
「そうだな…。…」
店を出て別れようとしたが、急に先輩は立ち止まり、辺りを見渡しだした。…どうしたんだろう
「…どうかしましたか?」
「いや、…川原、気付いてないと思ったら大間違いだぞ?この私をなめるなよ?」
「…っつ…」
すると近くの電信柱から走り去る人影が見えた。…今、川原って…まさか葵?用事があったんじゃ…
「…追え、浅井」
「え?でも誰だか分からないのに…」
「間違いなく川原だ。私の友人なんだ、間違えるわけがないだろう」
「…」
でも辺りは真っ暗、こんな時に女子を一人には…
「…心配は要らん。むしろ今この場に川原が居たことの方が不安だ、そんな彼女を助けられるのは…浅井、お前だけだ」
「…は、はい。…じゃあ、また」
「おう、また学校でな」
先輩に背中を押され俺は走り去った人影を追った…
「…川原、記憶が僅かに戻り始めているのかも知れんな。そうなれば…これからつらいぞ、浅井。私は…その支えになってやる…」
「…はっ、はっ…」
気付いたら家の近くにある公園にたどり着いた。…こっちに走って行ったような気がする。とりあえず辺りを見渡してみると…ベンチに腰かける人影が見えた。…あれは…
「…葵?」
「ひぅっ…!?」
俺に声をかけられ驚く人影。…振り返ったその人影は先輩の言った通り葵だった。ただ目は真っ赤で涙が止まらなくなっていた
「え!?あ、葵…!?」
「…ふぇ…?…う…」
「どうしたんだよ葵、何で泣いてるんだ?怪我したのか?それとも他になにか…?」
「…分かんない…分かんないけど…つらいの…」
「…つらいって…」
…そういえば、今日の葵には僅かに違和感があった。それに気付いた先輩の言葉の中にヒントがあったのだ。…「前より可愛くなった」、先輩と葵が会ったのは学校祭、そんなに懐かしむような期間あってない訳ではなかったのだ。…何かよそ行きな感じだと感づいてたのか。ただ…それでも葵のこの行動、そして涙の意味がまだ分からない…
「…この気持ち…分からない…でも嫌、つらい。もやもやする…」
「…それだけじゃ分からない、なんか理由があるはずだろ?」
俺は困りとりあえず葵の肩を抱き寄せる。ティッシュを渡し涙を拭かせる。だけど涙は止まらない。…まさか、思い出した…?
「…分かった、何があったかは聞かない。俺に何が出来る?お前が泣いてたら、俺もつらいからさ」
「…手を…握っててくれたら…いい…よ」
「…分かった。…ごめんな?」
「…大丈夫…」
泣いていた理由は分からない、だが…とにかく最近の葵は不安定だ。記憶が消えた不安などの負担が大分大きくなって来たのかもしれない。…どうしようもないのが歯がゆい…俺は…
この気持ち、なんだろう
とってももやもやする
かいちょさんと居た勇樹君は楽しそうだったな
でもそれを見てて
つらかったかも知れない
勇樹君…
私は…もしかしたら
君が…
…