5ページ目~ハプニング・キス
「…昨日の件、そういう事だったんですね」
「ん?あぁ、そういや基本的な学生は知らないはずなんだが、どうにも浅井には気付かれてるから、と言われてな」
「違います。…あの写真を渡すために、わざわざ呼んだんですか」
「うん?…君は何を言いたいんだ?私にはイマイチ話が見えてこないのだが」
「…え?」
学校祭2日目、今日は夜がメインの活動の為昼間は出店以外は活動していない。俺は葵を取り合えず連れて生徒会室に足を運んでいた。…葵が読書をしている中、俺は松田先輩に昨日の出来事の経緯を聞いていた。だが俺の予想とは違い松田先輩は沙亜弥の目的は知らなかったと言う。…偶然だったのか?
「…ふむ、偶然にしてはできすぎてるとは思うな、だが本当に私は知らない。紫谷野にはただステージ出演の依頼を出し、彼女は快諾した。後は時間だけ提示し内容は彼女に一任しただけだ」
「…そうですか、なら良いですけど…」
俺は昨日から沙亜弥の一言がまだ引っ掛かっていた。皆は信じてるから、と言う一言、この真意は…?
「…つまらないことを考えていても始まらないぞ、浅井。とりあえず私はこれから後夜祭の準備がある。生徒会室は好きに使ってくれて構わないぞ」
「あ、はい…」
それだけ言い残し先輩は生徒会室をあとにした。…葵はそれに気付き本を置いて近づいてきた
「…?どうしたの、勇樹君?」
「…いや、何でも無い。それより葵、最後まで観てくか?今日はこれからキャンプファイヤーにフォークダンス、そしてラストは花火とあるらしいけど…」
「…う~ん…」
葵は少し難しい顔になって考えている。…悩むのか、てっきり二つ返事で行くって言うのかと思ったんだが…
「…ちょっと疲れちゃった…」
「疲れた?…あ~…」
そういえばこんな感じに大々的に遊ぶのは事件以来か。昨日結構泣いたのもあるし、大分疲れは来てるか。…う~ん、帰るか…?一応絶対参加って訳でも無いし…
「…どうする?」
「…1つ、お願いがあるんだけど…いいかな?」
「?」
「あれ、勇樹君に…葵ちゃんじゃない~、やっほ☆」
「おう」
「…遊びに、来ちゃいました」
葵が俺にした"お願い"とは「自分が居たクラスに行きたい」との事だった。おそらく沙亜弥が渡したあの写真が理由で、もしかしたら何か思い出せるかも…そう思ったのかも知れない、例え少ない可能性でも…
「皆~、葵ちゃんが来たよ~」
「お、川原さんおひさ~!」
「葵ちゃ~ん、元気だった~?」
「え?あ、その…」
「分かってるって、アタシらの事覚えてないんでしょ?でもヘーキだよ、アタシらは友達だもん」
「そうだそうだ!」
「…ありがと」
「やっべー、川原の笑顔マジ天使~!」
「こらそこの男子!不埒な目で見たらこの相模真実、あんたをボコボコにするかんね!」
葵はクラスメートに囲まれ暖かい気持ちに触れている。表情は緩みストレスも感じてないようだった。…ただ…やはり何も思い出せては無いみたいだが
「…」
「な~に辛気くさい顔をしてるのかね、勇樹君?」
「…うるせ、これでも結構気にしてるんだ」
「葵ちゃんの記憶が無くなってるから?」
一人でしかめっ面をしていたのを見られ真実がこちらの傍で腰を下ろした。そして奢りだと言わんばかりにオレンジジュースを手渡し、もう一本を自分で開け飲み始める
「…葵が何でああなったのか、未だに理由が分からない上に周りはそれを気にしなくなり始めていたる。葵が思い出そうとすると嫌がるって事は事故じゃないはずなのに、誰も気にとめなくなる。…そんなのおかしい、絶対に知らなきゃいけないんだ」
「でもそれを葵ちゃんが望んでいることなの?君が勝手に知りたがっているだけじゃないの?」
「もしあれが誰かが原因ならそいつにあるべき制裁を下さなきゃならない。何かに思い悩んでいたらそれを取り除いてやらなきゃならない。例え記憶が戻っても同じことで苦しんだら葵はまた同じことを繰り返すかも知れないだろ」
「んっ…、…それ、勇樹君が今、考える事なの?」
俺の気持ちを聞いた上で、真実は冷ややかな言葉を繋げた。…真実も、この件を忘れようとしてるように見えて少し頭に血が上るような感覚を覚えた
「…お前は葵が苦しんだままで良いって言うのか」
「そんな事は無いよ。ただ…"今の葵ちゃんには過去の記憶全てが負担になる"って事は分かる」
「…!だけど思い出さなきゃ葵は孤独に苦しむ、お前だってそれが分からない訳じゃないだろう!?」
「でも葵ちゃんはそんな中でも少しは前を向いてる、これからを見ている。ずっと後ろを見せようとしてる勇樹君とは違う」
「……っ!!」
真実は唇を噛んでいた。本当なら自分もつらい、そうしたい、でも親友はその中でもっとつらいのに前を向こうとしてる事に気付いているのだ。…俺は、後ろばかり向いているのかも知れない。過去に囚われ、過去に縛られ、過去に惑わされ…
「記憶が戻るかどうかはこれからの成り行きを見守るしかないよ。だから私たちに出来るのはそれで苦しむ時、手を差し伸べるだけ…違う?」
「…」
「勇樹君の気持ち、私も分かるよ。親友がこんなになってるんだから。でも君だけは僅かでも"覚えている"事は忘れないで。…君が立ち止まっちゃったら、きっと葵ちゃんも後ろを向いちゃうんだから」
「…まったく、同い年とは思えないな、気付かない間に老け込んだか?」
「こう見えても私、精神年齢は高いんだよ?」
「…そうは見えないけどな」
「む、それはなんだい、私ががきんちょに見えるとでも?」
ようやく二人に笑顔が戻る。…前を向く、か
「…勇樹君」
話が終わった頃に葵が戻ってきた。…なんか何やら色々持たされたな。祭り関連の食べ物やらお面やら…
「…随分もらったな」
「葵ちゃんはやっぱり人気者だね~」
「…皆があげるって言ったからだよ?」
「いいかお前ら、こっからが締めだ!!皆、盛り上がれよぉっ!!」
「「うおぉぉぉ!!」」
とうとう学校祭も締めに入り始めた。松田会長の号令で会場が盛り上がる。…本当に人気がないのか、凄い疑わしいな…
「…すごい歓声…」
「これはうちの名物みたいなものだからな」
「…名物…」
そして枕木に火がつけられ燃え始める、そしてそのキャンプファイヤーを囲み歌ったり踊ったりし始める。この光景も伝統だ
「…なんか、ぐちゃぐちゃしてない?」
「…変かも知れないが、これも伝統なんだ、フォークダンスだったら誰もやらないって事でな」
葵と俺は自分のクラスの教室でその光景を眺めていた。初めはあの場に行くことを進めたんだが葵は拒否、でも観てみたいと言うことで先生に許可を貰ってここを借りたのだ。葵は近くの椅子を借りて座っている。…葵は、前を向いている…んだよな。俺が何を考えたところで…
「…わあ…」
「…」
葵が感嘆の声をあげたので視線を追うと、夜空に花火が上がり始めた。これが学校祭の大トリを飾る通称"騒ぎ花火"だ。無数と言える花火がこれでもかと言えるくらいに打ち上がる。葵はそれに目を奪われていた
「…すごい…」
毎日会ってて気付かなかったが、葵は最近大人びてきた様な気がする。…記憶は無くなっても時間は進んでるんだな
「…外に行こ?外で観たいな…?」
「ん?あぁ」
葵が外に出たがったので教室を出る。…花火の光やらである程度は照らされてるが暗いな
「葵、足元気を付けろよ、暗いからな」
「…うん、分かった」
葵は俺の横を歩いていた。そして近くの階段を降り始めたとき…
「っ!?あ…っ!?」
葵が階段を踏み外した。体勢が崩れる…まずいっ!!
「葵っ!!」
動きがゆっくりに見えた。そして俺自身もゆっくり動いてる気がした。だけど葵は…守る!!
「きゃっ…!」
「っぐぅっ…!?」
俺はなんとか葵を抱き止め、背中から踊り場に落ちた。…っつぅ…
「…っ!!!?」
…葵に怪我は無さそうだ。ただ、とんでも無いことになっていた。…唇が重なっていた。直ぐに顔を背けるが、この事実は…
「……ぁ…」
「…そ、その、なんだ、これは…事故で…それで」
「…怖かった…よ」
「え?」
てっきり怒られるかと思ったが、葵は俺の胸に顔を埋めてきた。…泣いてる?
「…前にも…こんな事、あった…気がするの」
「…大丈夫だ、今回は無事だったろ?」
「…落ちるの、高いとこから…すごく怖い…」
「…大丈夫だ、葵、大丈夫…」
花火の光で照らされる学校の階段の踊り場で抱き合う二人。最後まで何かが起きた、濃い学校祭になった…
―…勇樹~、私たちってずっと…緒だ…ね?―
―…だ…、……な―
―………ったら、ここでち………のキ……よ―
―それは恥…かしい…―
―じゃあ、私から………うから―
―ち、ちょ…と………て―
唇を重ねたのは一度じゃない
そんな気がする
相手も同じな気がする
私と勇樹君って
お友だち以上だったのかな?
…温かい気持ちになれたよ
でも同時に
寂しい気持ちにもなったよ