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1ページ目~記憶を失った少女

―…あれ…私……―


「……では、…れで…」


―…何か聞こえる。誰かが…いる?―


「……葵、…く、…きになっ…」


―…うまく、聞こえない。でも、誰かいる―


「…じゃあ、俺、いきま……で」


「ごめ……。またお……い来てね?」


「は…い…!?」


―…やっと光が見えた。…でも、この人たちは…誰?―


「…葵?目が覚めたのね!?」


「…あ、お、い?」


「…葵、良かった。心配したんだぞ?」


―…葵って、誰?この人たちは、誰?私は…―


「…ここは、どこ?」


「病院よ、葵。車に轢かれてここで入院していたの」


「一時はどうなる事かと思った…俺が近くに居たのに、ごめんな?」


―……私は…―


「…あなたたちは…私は……誰なの?」


「「…!?」」




「…どうやら、これは結構重く残ってしまった様ですね」


「先生…本当に記憶が…」


「…残念ながら、頭を強く打ってしまっているようですから…。私どもも最善は尽くしましたが、これ以上の回復は…」


「…そんな…」


あの事故から1ヶ月、俺の友人だった川原(かわはら) (あおい)は退院することとなった。身体的な面は回復し、後遺症も無いらしい。…ただ、彼女は記憶をほぼ全て失ってしまったらしい。それが彼女にとってどれほどの意味があるか…俺には分からない


「…さ、葵。帰りましょう、貴女のお家へ。勇樹君もごめんね、今日もお見舞いに来て貰ったあげく、退院のお手伝いまで…」


「これは俺がしたくてしてるだけです。罪滅ぼし…と言ってもこんなんじゃ許されないでしょうけど」


「…勇樹君、罪滅ぼし…?」


「あ、いや…気にすんな、葵」


俺、浅井(あさい) 勇樹(ゆうき)は4月から高校2年になった。葵も俺と同い年。家が隣で昔からよく一緒に遊んでいた。そんな彼女と1ヶ月前、学校の帰りで事故は起きた




「…おい、今屋上から女子生徒が飛び降りたぞ!?」


「マジ!?誰々!?」


「…お前ら、どけよ!!野次馬風情が…どけっ!!…おい、目を覚ませ葵!!葵ぃっ!!!」




俺が来たときにはすでに葵は屋上から飛び降りていた。幸か不幸か花壇に落ちたため、命を落とすことは無かったが…こうして記憶を無くした。それほどまでに学校生活に苦悩をしていたらしい。…もっとも、記憶を無くした今となってはその苦悩も分からないが


「…では先生、私たちはこれで」


「はい。お身体に気を付けて。葵ちゃん、元気でね?」


「…はい、せんせ」


「…失礼します」


そして俺たちは病院を後にし、帰宅の途につく。…家族でも無いのにこれ以上俺が一緒にいるのもあれかな…


「…お母さん、俺は用事があるのでこれで」


「あら、そうなの?これからうちで晩御飯でも、と思ったのに…」


「…勇樹、君。居なくなるの…?」


「…あ、いや…」


…川原家はどうやら俺と葵を一緒に置いておきたいらしい。今俺の自宅には両親はおらず、葵の母さんは俺も息子みたいに可愛がってくれているのだ


「葵はほとんど何も覚えてないみたいだけど、勇樹君が居ると安心するみたいだから」


「…勇樹、君。近くに…居てくれる?」


「…あぁはい、分かりました。ご一緒しますよ」


…俺は昔から、葵のおねだりに弱かったな。控えめながらにしっかり目を合わせてお願いをしてくる…それをされたらはいと言ってしまうんだよな…




「今日はお母さん、腕によりをかけた…オムライスで~す」


川原家の晩御飯にお邪魔することになり、食卓につくと出されたのはオムライスだった。これは葵の大好物で機嫌が悪くてもオムライスを出せばなんとかなるくらい好きだったのだ


「…オムライス、おいしそう」


「…前はすごく喜んで食べてたからな。とりあえず食べようぜ、冷めちゃうからな」


葵はスプーンを握ったまま目を輝かせ感動していたのでとにかく食べるよう促した。すると「いただきます」と手を合わせて一すくいして口に運ぶ。そしてさっきまではあまり表情は無かったが笑顔に変わっていった


「…お母さん、おいしい」


「そう?良かったわ~、母さん頑張ったのよ?さ、勇樹君も食べて?」


「はい、いただきます。…うん、おいしいです」


葵は夢中になりながらオムライスを口に運んでいる。すると葵の母さんが突然声を殺しながら泣き出してしまった。…え?


「ちょ、どうしたんですか…」


「…やっと、葵の時間が動き出したと思うと嬉しくて…」


「…あ…」


葵は気付かず笑顔でオムライスを頬張っている。…久しぶりの笑顔かも知れない。病院に居るときはほとんど表情は変わらなかった。前はよく笑ったり泣いたり怒ったりしてたんだが…


「…ん?顔に何かついてる…?」


「あ、いや、何でもない。おいしそうに食べるなぁ、と…」


「…うん、おいしいよ?勇樹は…おいしくない?」


「いや、おいしいさ」




「…今日はどうするの?戻るの?」


「まぁ、ご飯もご馳走になりましたし、これ以上は…」


これは普段の流れだ。葵の母さんは俺と葵を出来るだけ長く一緒に居させる様にしていた。数少ない記憶に居た俺とそうすれば少しでも記憶が戻るかも、と。だがさすがに俺も葵もお年頃、断ってきていた。葵も拒むしぐさを見せていたし。ただ今日は違った


「…帰るの?勇樹…」


「…え?」


パジャマに身を包んだ葵が影から俺を見ていた。…控えめながら甘えの目線を向けている。…なんか雲行きが怪しいような…


「あら、葵も勇樹君に居てほしいの?そうよね~?」


「…お母さん、さすがにまずいですよ。一応年頃なんですよ?間違いが100%ない訳じゃない…」


「…間違い?勇樹、何を間違うの?」


「う…」


記憶を失っているせいもあるのか、どうも色々な感性が鈍くなっているらしい。…正直困る


「勇樹君、良かったら…葵の言うことを聞いてあげて?私、君は信用してるし、葵が望んでる事は叶えてあげたいの」


「…」


葵の母さんは俺を引き留めようとしている。俺も帰った所で隣だし、一人暮らしだから問題も無いが…


「…ダメ?」


葵は枕を二つ持っている。…という事は恐らく一緒に寝てほしいという意思表示だ。…さすがに困る。だが葵の母さんは希望に満ちた目だし…


「…分かりました、今日はお世話になります」


「あら本当?良かったわね、葵?」


「…うん」




「…」


そして就寝の時、危惧してた事は現実になった。ベッドの中、俺の背には葵が居る。もう既に寝ているようで寝息が聞こえてくる。…


「…ったく、昔と変わらず無防備だな…」


記憶を失っても、やはり葵は葵だ。なら俺は葵が無くした物を取り戻したいと思う。…せっかくいままで色んな思い出を作ったのに、それが無いなんて、可哀想だ


「…ゆうき…」


「っ!?」


寝言で俺の名を呼んだ葵は俺の寝間着の裾を掴んでいた。…どこかに行く夢でも見てるのか?それとも…何か思い出そうと?


「実際、どうやったら葵の記憶は戻るんだ…?」


自問するが当然分からない。だけど…頑張ってみよう。再び葵の満面の笑顔を見たいから…




「…お、勇樹おはー!…って、何か随分眠そうだね?眠れなかったの?」


「…おう相模。まぁ、一人暮らしは色々あるんだよ」


「ふ~ん?」


クラスに着くなり俺に話しかけてきた女子は相模(さがみ) 真実(まみ)。クラスの人気者で皆に好かれているが、俺の姿を見つけると何故か絡んでくる奴だ。まぁ、素直でいい奴だから嫌いじゃない


「で、葵ちゃんはどう?元気そう?」


「あぁ、相変わらず記憶は無いけどな…と言うより、真実も来たら良いだろ、お見舞いに」


「ダメだよ、記憶無いのに行っても葵ちゃんが困るだけじゃない?」


「…それもそうか。悪いな」


真実は葵の事件とはおそらく無関係だと思っている。二人は仲がよく、一緒に居るところをよく見掛けていた。…それなのに忘れられてるのはつらいだろうな


「最近葵ちゃんの所にベッタリだけど、あまりクラスをないがしろにしちゃダメだよ?」


「…あぁ、善処する」


そして真実はそのまま自分の席に戻っていった…




「…んでさー、昨日のその話でさー」


「…ほぅ…」


昼休み。俺は真実と一緒に昼飯を食べていた。最近はよく真実と何気なく集まり弁当を食べているのだが、その時、教室に担任がやってきた。そして俺の姿を見つけるなりこっちにやって来る。…え?


「居た居た、なぁ、浅井」


「…なんでしょうか」


「君に"来客"だ。今ごろ屋上に向かってると思うから、行ってみたらいい」


「…?は、はぁ…」


「行ってらっしゃ~い」


とりあえず担任の言葉の通り、屋上へ来てみると…


「…?」


「…あ、居た、勇樹…君」


「…なんで来た、葵」


策に寄りかかって居たのは葵だった。制服に身を包み、手には四角い包みがあった


「…来ちゃった?」


「来ちゃった、じゃない。…よく来れたな、お母さんも来てるのか?」


「…ううん、あたし一人…だよ?お母さんはお仕事で家に居ないの」


「そういわれればそうか。…で、何か用事か?」


俺の問いに葵は首を振った。そして手に持っていた包みを解いた。それは…弁当箱か?


「…おべんと、作ってきたの。…お昼、食べた?」


「…あ…えっと」


今日はまだお昼を食べては居ない。真実と食べようとしてた時だったからな。だが俺は躊躇していた。…葵は料理が下手だったのだ。何かひとつアレンジを入れたがる為味が変になるのだ。…食べれないことは無いんだが…


「…食べちゃった…?」


俺が答えられずにいると、葵の表情が次第に雲っていくのに気付いた。…やばい、今の葵に感情をコントロールするのは難しい…泣いてしまう!?


「い、いや!食べてないぞ?まさか葵が弁当を作ってきてくれると思わなくてな…もらっていいのか?」


「…!う、うん…!食べて?」


弁当箱を開けてみる。そこには見た目は至って普通なお弁当だ。五目ご飯に玉子焼きにタコウィンナーにおひたしに…


「じゃ、いただくな」


「…うん、…」


俺はまずご飯を口に運ぶ。…あれ、普通…だな。次は玉子焼き…ふむ…ん?普通…?


「…おいしい、かな?」


「…あぁ、うまいぞ?」


「良かった…頑張ったんだ、作るの。本読んで、頑張ったんだ…」


「そっか…ありがとうな、葵」


そして俺は葵のお手製弁当を食べ切った。…これからどうするか


「葵、帰るのか?」


「…?あ…勇樹、君はまだ…学校だもんね…帰ろうかな…」


帰る、と言うが表情が曇る葵。退院してからはずっと家に居た葵、ここに来るだけど相当な勇樹が必要だったはずだ。…仕方がない、か


「…よし、葵、帰ろうか?」


「…え?でも、勇樹君は…学校が…」


「あぁ、だから一言だけ言って帰る。ついて来てくれるか?」


「う、うん…」


そして俺は葵の手を引き、屋上を後にする…この時、葵は何か様子が変な気がしたが、おそらく俺の帰るって言葉だろうな


「……ここに…なんで来たんだろう…」




「あ、もう少しで授業始まる…って、あれ?後ろに居るの…」


「ん?あぁ…葵が来たみたいでな、どうせならと思って」


「…ど、どうも」


葵が俺の影から少し顔を出す。それを見た真実はみるみる笑顔になっていった


「葵ちゃんじゃない!怪我は良いの!?」


「え?あ…はい…」


「あ、そういえば覚えてないんだっけ?それじゃあ改めて、私、相模真実。よろしくね、葵ちゃん!」


「…う、うん…」


真実は記憶を失った葵にあくまで"初対面"として接し始めた。ただ彼女らは元はとても仲がいい親友だったはず、そんな簡単に関係を一から…?


「…で、勇樹君。これからどうするの?まさか葵に授業参観でもさせるの?」


「いや、さすがにそれはない。一応は勝手に入ってきた一般人になるから、俺が送る。早退するからなんか適当に根回し頼めるか?」


「それは良いけど…うちの先生に根回しなんている?」


「…一応体面は取り繕わなきゃな」


そういい俺は後事を真実に任せ、葵を連れ学校を後にする。…とりあえず、家に帰るか




「…で、どうだった?」


「うん、とても…楽しそうだったよ?人が沢山居て、賑やかで…」


「そうじゃなくて…なんか思い出せたのか?」


家について俺はすぐに荷物を置き、川原家にお邪魔することになった。とにかく彼女が学校に足を運んだ事で何が起こるか…それを確認したかった。だが俺の問いには葵は首を横に振った


「…ごめんね、思い出せない、かな。なんとなくここは懐かしい…感じがしたんだけど…」


「…ま、そんな簡単には行かないか」


とにかく、仕方ない。今日は引き上げて寝ようか…と思った時、携帯が鳴った。…相手は…十和田さん?


「…電話…?」


「あ、あぁ。悪い、ちょいと出るわ」


電話をしてきた人は十和田(とわだ) (しずく)。俺と同学年ながら生徒会長をしている。頭脳明晰ながら基本スペックは低めの残念人間だ。その残念さとのギャップがウケて男子の間では"彼女にしたい女子ランキング"第二位だ。…いったい何のようだ?


「はい、もしもし」


『…川原葵が学校に来たそうじゃないか』


電話口からは何やら怒気のようなオーラが感じられる。…なんで怒ってるの?


「は、はい。確かに来ましたけど…」


『なぜそれを私に報告しない!?私の右腕なる彼女が帰って来たのなら彼女と組、再び学校を占める良い機会だったのだぞ!?』


葵は2年に上がる際、生徒会副会長の職が内定していた。現会長が学年末の選挙で当選したときに指名されたのだ。「私と貴女が組めば、学校なんて思いのままだ!!」とか何とか…。この人は生徒会でいったい何をしたいんだ


「そんな事言われても、突然の事でしたし、わざわざ報告する義務も…」


『何を言うか、君も今は私の左腕だろう!?それなら私のために動くと言うものが筋だろう!』


「左腕って…俺を頭数には入れないで下さいよ」


『む、入れたらいけなかったか?私はもう君は仲間だと思ったのだが』


「あくまで俺は代理ですよ。葵の件について、恩がありますから」


『恩、か。前にも言ったが、私はそんな事をしたつもりは無い。当然の事をしたまでだ』


「だからこその感謝です」




――「君たち、退けたまえ。これは見せ物なんかじゃない。君たちも人なら、彼女の無事を黙って祈るんだ。…分かったら、さっさと行け!」――




…十和田さんは、救急車の手配をしてくれたり、やじ馬を一蹴させたりしてくれた恩人だった。あのとき、葵が好奇の目に晒されるのは堪えたが、それを察してくれたのだ。…その恩返しとして、今は帰宅部だった俺は葵の代理として生徒会でお手伝いをしているのだ


「…すいません、今度来たときは生徒会にも顔を出させます」


『まぁ無理に、とは言わない。川原もまだ記憶は戻って居ないのだろう?そんな彼女を振り回すのは気が気でないからな。学校を征服するのは彼女が完全復活してからでも遅くはあるまいしな』


「…征服はさておき、お気遣い感謝します。…用件はそれだけですか?」


『うむ、すまんな。…あ、明後日生徒会を行う。放課後、生徒会室に集まるように』


「…はい。では、失礼します」


『うむ!』


…電話をきると、部屋の扉が少し空いていて、そこからは葵が覗いているのが見えた。俺が見てるのに気付くと慌てて引っ込んだが…モロバレだ


「…うちの学校の会長さんだ。お前とも知り合いだよ」


「…かいちょーさん?偉い人と知り合い…想像できない、かな?」


「でもそれが事実なんだ。…今度会ってみるか?」


「…うん!」


…会長に会えば、葵は何か思い出せるだろうか、俺は少し、期待している…

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