Ⅰ カラスは夢を見るか?(前)
今日はゴミ収集の日だったため、僕は指定された近所のゴミ捨て場に向かった。久しぶりの朝日を見て僕は目が眩んだ。さて何日ぶりの光だろう。数えようと一瞬試みたが、すぐに無意味なことだと悟りやめた。
「そう俺は引きこもりだ」
大学生という肩書きはあるが、大学にはほとんど通っていない。一人暮らしを始めたのが悪いのか。大学が下宿先から少し距離があるのが悪いのか。いやきっと俺が悪いのだろう。それは分かる、分かるんだが――。
「はあ」
朝からため息が漏れる。このようにゴミ収集の時と食料が尽きた時に外へ出るわけだが、特にこの時間はサラリーマンや学生が目につくので、自分の堕落さも思い知らされる。あいつらは真面目に学校だの会社だの通ってるというのに俺ときたら。だんだん外を歩くことさえ苦痛に思えてくる。早く帰ろう。ゴミを捨てたら早く帰ろう。そしてもう一度寝よう。こんな嫌な記憶などさっさと忘れよう。
よく厨二病と揶揄されるようなアニメや漫画にはこのような展開が多い。
「ある日、いつものように一日を過ごしていたら美少女に出会い、運命が変わった!」
もはやありきたりすぎてつまらない展開かもしれないが、俺がこれから話す出来事はつまりこれなのだ。
そう美少女がいた。
ゴミ捨て場に着くと、美少女がいたのだ。
ゴミ捨て場と書くと広場のようなものを連想するかもしれないがそんな大層なものではない。所詮、電柱の近くに設けられた小さなスペースだ。最近カラスにゴミを荒らされる事件が話題になっているせいか二重の網が設置されていて、その中にゴミ袋を収めるのだ。俺が着くときには大抵先客によって大量のゴミ袋が包まれていて、キャパオーバーで網からはみ出ているゴミ袋も多い。今日もその通りで俺が捨てる場所など既に用意されていなかった。(とはいえ持って帰るわけにもいかないから、その辺に置いて帰るんだけどね。)
少女はただゴミを見ていた。
黒いパーカー、黒い髪、黒いスカート、黒いタイツ、黒い靴。――何もかもが黒かった。カラス。ふいにカラスのようだと思った。場所が場所だからか、余計に。
身長は僕よりも一回り小さく、まだ中高生くらいだと予想する。しかし何故ゴミをガン見しているのかは分からない。
俺はその少女を視界に捉えてから、全く足が動かなくなっていた。まるで金縛りにあったかのように。ここから一歩も少女へ近づくことを許されない。世間の目がどうとかではなく、本能的に動けなくなっていた。勿論口を動かすこともできない。雰囲気が異質なのだ。あと単純に俺が人に会うこと自体久しぶりでキンチョーしているというのもある。悲しいことに。
やがてずっと棒立ちしている俺の存在に少女の方が気づき、こちらの方へ目を向けた。
「!」
目が合い、少女は驚いたようだ。まさか人がいたとは。そう言わんばかりの目。そりゃそうでしょう。存在感無いから、俺。
「わたしのこと見えるの」
とても透き通った声だった。黒く不気味な姿とは程遠い、愛らしい声。しかし俺には声は聞こえても言葉は聞こえなかった。そもそも俺に対して言っているのか?返事を失念し、棒立ちを続ける。少女はもう一度言い直す。
「わたしのこと見えるの」
見えるの?ああ、見えるよ。何故そんなことを訊く?
「あ、ああ。見えるよ」
喉の奥から出てきた声は掠れていた。もっと良い声は出ないのか……。
「見えたら、だめだよ。わたしゆーれいだもん」
「――え」
「ゆーれい。わたしゆーれい」
「え」
少女は目を背けた。言ったことに後悔しているようである。
俺の脳内は突然の言葉に思考停止してしまい、俺は瞬き一つできなくなってしまった。