暑い日
あいかわらずの暇つぶし分にございます。
視界の端にちらりちらりと淡い色の欠片が映る。
見ればそれは散る桜、この道を通る者の新たなる門出を祝うように花びらが喜びに踊る。
新しく母校となるであろう場所へはこの長い坂を通らなければならない。
学校に近づけば桜の名所と言っても誰も疑わないであろう光景が広がっている。
しかしここは坂の半ば、しかも道沿いではなく他の木々に隠されるように奥まった部分にその樹はあった。
それこそ花びらが飛んでこなければわたしも気付かなかっだろう。
「なんだい、こんな所に一人で。寂しくないの?」
君がきてくれたから寂しくない、むしろ楽しいくらいさ
と桜にアテレコ、
新年度早々何をしているのだろう、
自分で自分の行動を軽く笑い飛ばし桜に挨拶。
またくるね、もう一度笑って元の道に戻る。
道草を食っている間に丁度いい時間になったのか、人がちらほらと見える。
過ぎる表情をみればみな期待と不安を一緒にしたような困惑顔。
あぁきっとピカピカの新入生仲間達だろう。
通う場所がかわるだけ、と思い気楽にいたこちらまで不安になってしまう。
するとだんだんこの坂がとても長く見えてきて、
それまで感じなかった色々な事が気になってしょうがない。
服は大丈夫だろうか髪ははねてないだろうかクラスはどうなるだろうか、
頭の中を思考が巡り巡り遂にはその脚が動かなくなる。
私らしくない、私らしいってなんだ?私は何故ー
「桜の精ちゃん?」
思考に変な言葉が紛れ込む、桜の精?
春だから頭の中までお花畑なのだろうか。
「学校、いくんだよね?やっぱり桜の樹がないと弱ったりするの?」
横からぬっと覗き込まれ私が話かけられていたと気づく、と同時に驚きで後ろに飛び退く。
「え、あ、なに...なん、ですか」
「さっき桜と話してたでしょ?」
にんまりという擬音がぴったりな笑顔でそう言われる。
「み、たの...?」
「なんか誰かが茂みのほうに入ってくようにみえたから気になってさ」
独り言を聞かれる事程恥ずかしい事もないんじゃないだろうか、羞恥から顔が熱くなる。
「その、わ、忘れて!ちょっと、そう演劇好きなの!それでつい...」
口からでるのはただただ思いつきの言葉、
「そうか、じゃあ演劇部とか入るんか?さっきのもさまになっててこう、奇麗だったしな」
「え、その、ありがとう?」
「疑問系?そうだ、早めにいってクラス見ようと思ったんだ!お前も早くいかんと混むぞ、たぶん!」
言いつつ軽く駆け出す彼。
まだ動かない私を振り返りおーいなんて手を振っている。
まだ人が少ないとはいえこれでは注目の的だ、羞恥でうつむきながらもすこし早足で何故か待ってくれている彼のほうへ向かう。
「おんなじクラスだといいな、早速できた友達だしさ」
自然とならんで歩く形になる、あまりこういう事に縁のない私には少し新鮮で不思議な気分。
「さっき急に元気無くなったみたいだったから、ごめんな目立つ事しちゃって」
うつむいていた顔を上げ彼を見る。
しっかりと目があって、またにんまりと笑顔。
やられた、何かは分からないが私の中の何かがやられた気がした。
また顔が熱い。
そこからは無言で歩き続けた、何て言葉を発していいか分からなくなってしまった。
目的地が近づいたのかあたりが桜景色に変わる。
「おぉ」
「わぁ」
絶景、と言うほどではないが坂を上った苦労も報われそうな景色だった。
もう不安はない、頭もすっきりしている。
さっきはありがとう、伝える言葉もするりとでてくる。
そうだまだ聞かないといけない事がー
「名前、なんていうの?」
慣れない新品の制服のせいか、小走りで坂を上ったせいか、春にしては強い日差しのせいか。
今日は暑い、春の日。