第8話 荒野の大掃除
魔力接続によるエネルギー充填から一夜が明けた。
今日の荒野は、昨日までとは打って変わって穏やかな風が吹いている。
だが、これから始まるのは、そんな静寂を粉砕する一大イベントだ。
『マスター、本日の作業工程を確認します。』
居住ユニットの前で、ギガント・マザーが威風堂々とそびえ立っている。
その機体は朝日でピカピカに輝き、昨日までの「サビついた古代兵器」という印象は微塵もない。
俺の魔力をたっぷり吸って、エンジンの調子は絶好調らしい。
「ああ。予定通り、拠点周辺の整地作業だ。このあたりは岩山と枯れ木の森が入り組んでいて、畑を作るにも建物を増やすにも邪魔だからな」
俺たちが拠点を構えたこの遺跡周辺は、かつては森だったのだろうが、今は石化した枯れ木と、隆起した岩盤が複雑に入り組む悪路だ。
昨日、ワイバーンを撃ち落とした時に多少は更地になったが、生活圏を広げるには本格的な造成が必要になる。
『了解しました。障害物の排除、および地盤の平坦化作業を開始します。マスターはコクピットで「特等席」からの眺めをお楽しみください』
ウィーン、とハッチが開き、俺は慣れた手つきでコクピットへと乗り込んだ。
シートに収まると、いつものように身体が優しくホールドされる。
「よし、頼むぞマザー。派手にやってくれ」
『お任せください。――換装・アタッチメント。「バケットホイール・エクスカベーター」モード、起動』
ズウンッ……!
マザーの巨体が低く沈み込み、機体の左右から新たなアームが展開された。
それは、巨大な回転ノコギリのような形状をしていた。円周上に無数のバケットが取り付けられた、直径5メートルはあろうかという巨大ホイールだ。
本来なら鉱山で露天掘りに使われる超大型重機の装備だが、マザーはそれを標準装備として内蔵しているらしい。
『エンジン出力、安定。回転数、上昇させます』
ヒュオオオオオオオ……。
高周波の回転音が響き渡る。
静止していたホイールがゆっくりと回り始め、次第にその輪郭がブレるほどの高速回転へと達した。
『作業開始』
マザーが、その巨大な回転輪を、目の前にそびえる高さ10メートルの岩山へと押し当てた。
ガガガガガガガガガガガッ!!!!!
凄まじい破砕音。
だが、コクピット内の俺には、不快な振動は一切伝わってこない。
聞こえるのは、岩が豆腐のように削り取られていく重低音と、小気味よいリズムだけだ。
ゴリッ、ゴリッ、ゴリッ。
回転するバケットが岩肌に食い込み、土砂を掻き取っていく。
掻き取られた土砂は、そのままアーム内部のベルトコンベアへと吸い込まれ、機体後部の排出口から細かく粉砕された「砂利」として綺麗に排出されていく。
「すげえ……」
俺はモニター越しの光景に息を呑んだ。
岩山が、見る見るうちに消えていく。
魔法で爆破するような破壊ではない。
もっとシステマチックで、圧倒的な「切削」だ。
硬い玄武岩の層も、絡みついた石化木の根も、マザーの超硬度バケットの前では等しく無力だった。
『右舷、クリア。続いて左舷の枯れ木森へ移行します』
マザーが旋回する。
今度は、ノコギリのようなチェーンソー・アームを展開した。
ヴィィィィィン!
太さ1メートルはある枯れ木が、一瞬で切断される。
倒れる前に、もう一本のアームが幹を掴み、瞬時に枝払いをして、薪として使えるサイズにカットして収納していく。
その手際の良さたるや、熟練の木こり百人分にも匹敵するだろう。
バリバリバリ、ドスン。
ズゴゴゴゴゴ……。
破壊と創造の音が交錯する。
荒れ果てた凸凹の大地が、マザーが通った後には定規で引いたように平らな更地へと変わっていく。
それは一種の芸術的な光景だった。
混沌とした自然が、秩序ある平面へと上書きされていくカタルシス。
俺はモニターを見つめながら、背筋がゾクゾクするような快感を覚えていた。
(これが……俺たちの力か)
王都では、ちまちまとした配管修理や、魔導具の微調整ばかりやらされていた。
だが今、俺は大地そのものをデザインしている。
この圧倒的な全能感。
俺の手一つで、世界地図を書き換えているのだ。
『マスター、心拍数が上昇しています。興奮しすぎですよ?』
「あ、ああ、悪い。あまりに爽快でな」
俺は苦笑いして、高ぶる気持ちを鎮めた。
『ふふ、男の子はこういう「工事現場」が好きですね。……おや?』
突然、マザーの作業が止まった。
回転していたホイールが急停止し、静寂が戻る。
「どうした? 故障か?」
『いえ……センサーに微弱な生体反応あり。作業エリアの瓦礫の下です』
モニターの一部が拡大表示される。
先ほど切り倒した枯れ木の根元、積み上がった瓦礫の隙間だ。
サーモグラフィーが、小さな赤い点を捉えている。
『ネズミ……にしては体温が高い。魔物……にしては魔力反応がありません』
「生き物か。巻き込むところだったな」
俺はマザーを待機させ、コクピットから降りた。
瓦礫の山へと駆け寄る。
マザーのアームが作った山はまだ温かい。
俺は慎重に岩をどけ、枯れ木の枝を払いのけた。
「……キュゥ……」
小さな鳴き声が聞こえた。
瓦礫の奥、土埃にまみれて、何かがうずくまっていた。
俺は手を伸ばし、それを抱き上げた。
それは、手のひらに乗るほど小さな生き物だった。
灰色の毛並みをした、子犬だ。
いや、耳が少し尖っているから、ウルフの子供かもしれない。
ガリガリに痩せていて、肋骨が浮き出ている。片足を引きずっており、怪我をしているようだ。
「お前……こんなところで……」
震えている。
親とはぐれたのか、あるいは群れから捨てられたのか。
俺たちの整地作業の音に驚いて、逃げ遅れたのだろう。
「キュゥ……」
子犬は、俺の手の温もりにすがるように、弱々しく鼻先を押し付けてきた。
その瞳は潤んでいて、助けを求めるように俺を見つめている。
……重なる。
王都から追放され、荒野で一人、死にかけていた時の自分と。
誰にも顧みられず、無価値だと捨てられた命。
「……マザー」
俺は子犬を抱いたまま、振り返った。
『はい、マスター』
「この子、助けられるか?」
マザーの単眼が、ジジジと子犬をスキャンする。
『左後脚に骨折。栄養失調レベル:重度。脱水症状あり。……放置すれば、あと数時間の命でしょう』
冷徹な診断結果。
だが、その直後、マザーの声色がガラリと変わった。
『――ですが! 私の医療ポッドなら完治可能です! それに、こんな可愛い赤ちゃんを放っておくなんて、オカンの名折れです! さあマスター、早く中へ! 温かいミルクと離乳食を準備します!』
「はは、そう来なくちゃな」
俺は笑みをこぼし、急いでコクピットへと戻った。
数時間後。
居住ユニットの中。
「……ワンッ!」
元気な鳴き声が響いた。
ふかふかのタオルの上で、灰色の毛玉が転げ回っている。
マザーの治療を受けた子犬は、驚異的な回復力を見せていた。
骨折していた足には添え木代わりのナノギプスが巻かれているが、痛みはもうないらしく、元気に尻尾を振っている。
お腹もマザー特製のミルクでパンパンに膨らんでいた。
『あらあら、元気ですねぇ。もう私のセンサーコードを噛んでいるわ。ダメですよ、それは食べ物じゃありません』
マザーの小型端末が、部屋の中を飛び回りながら子犬をあやしている。
子犬はそれを親だと思っているのか、キャンキャンとじゃれついている。
「よかったな。一時はどうなるかと思ったが」
俺はベッドに腰掛け、その光景を眺めていた。
子犬がトテトテと俺の足元へ寄ってきて、ズボンの裾を引っ張る。
抱き上げると、温かい舌で俺の頬を舐めた。
「くすぐったいって。……お前、名前はどうするかな」
『シルバーウルフの幼体ですね。成長すれば立派な銀狼になりますよ』
「銀狼か。なら……『ポチ』でどうだ?」
『却下します。ネーミングセンスが数千年前の遺物レベル……いえ、古すぎます』
マザーに即答で拒否された。遺物レベルって、古代兵器のお前に言われたくないんだが。
『この子は銀色の毛並みが綺麗ですから……『シロ』はどうでしょう?』
「それも大概だと思うが……」
まあいい。呼び名は追々考えればいいだろう。
「それにしても、家族が増えたな」
俺が呟くと、マザーのドローンが静止した。
『家族……。はい、そうですね。マスターと、私と、この子。賑やかになりますね』
独りぼっちだった俺。
遺跡で眠っていたマザー。
そして、荒野ではぐれた子犬。
行き場のない者同士が、こうして寄り添っている。
「これからは、この子の分も稼がないとな。……マザー、整地の続きをやるぞ。畑を作って、肉も確保しないと」
『はい、マスター! 育ち盛りの子供には栄養が必要です。張り切って開拓しましょう!』
俺はシロを撫でてから、居住ユニットを出た。
目の前には、午前中の作業で平らになった広大な更地が広がっている。
ここが、俺たちの庭だ。
これからここに、畑を作り、家を建て、街を作っていく。
足元でシロが「ワンッ!」と一声吠えた。
まるで「俺も手伝うぜ!」と言っているようだった。
荒野の風はまだ冷たいが、俺たちの心は、温泉のように温かかった。




