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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: 伊達ジン
第5章:独立国家マザーランド

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第51話 北へのドライブ

 巨大な無限軌道が、荒涼とした大地を力強く噛み砕きながら進んでいく。

 ズゴゴゴゴ……という腹の底に響く重低音は、俺たちにとってはもはや、揺り籠の子守唄のように耳慣れたものとなっていた。


 テラ・テルマエの日常を、頼れる仲間であるリーリャやララ、ソフィア、ザラたちに一時的に任せ、俺たちは北の未踏地帯を目指して遠征に出かけていた。

 目的は一つ。マザーの広域探査センサーが捉えた「未知のエネルギー波形」――すなわち、新たな超古代文明の遺跡の調査である。


 今回マザーの機体に同乗しているのは、遺跡の鑑定と解析を担う考古学者のヘレナ。そして、護衛として同行を志願したSランク冒険者のヴァネッサと、ガレリア帝国の将軍シルヴィアの二人だ。

 さらに、俺の足元には、もう一人の重要な家族が同行していた。


「……くぅ〜ん」


 銀色の毛玉……いや、もはや毛玉と呼ぶには大きすぎる巨体が、俺の足首に顎を乗せて甘えた声を上げていた。

 愛犬のシロだ。

 テラ・テルマエでの栄養満点で豊かな食生活のおかげか、ここ数ヶ月で急激な成長を遂げ、今や体高1メートルに迫る立派な「銀狼」の姿になりつつあった。

 太陽の光を反射する白銀の毛並み、引き締まった四肢、そして鋭い牙。外見だけを見れば、荒野の頂点捕食者としての威厳を十分に放っている。


 だが、中身は瓦礫の下で拾った時の、甘えん坊な子犬のままだ。

 現在、マザーの拡張された居住スペースの中で、シロは俺が座っている椅子の下に潜り込もうとしている。しかし、いかんせん体が大きくなりすぎたため、頭と前足しか入っていない。

 残りの立派な胴体と、フサフサの尻尾が、通路に完全にはみ出している状態だ。


「おいおいシロ、もうそこはお前には狭いぞ。こっちの広い敷物の上で寝ろ」


 俺が苦笑いしながら、はみ出している大きなお尻をポンポンと叩く。

 するとシロは「そんなことないもん!」とばかりに、さらにズリズリと無理やり体を押し込もうとしてくる。

 結果として、俺の足がシロの背中に乗り上げる形になり、最高級の毛皮が足置きのようになってしまった。

 シロはそれで満足したのか、ふぅ、と深い息を吐いて目を閉じ、尻尾をパタパタと床に打ち付けている。


「相変わらず、主君にべったりね。図体は立派な狼のくせに」


 向かいの席で足を組んでいたシルヴィアが、呆れたように、しかし口元を微かに緩ませて言った。


「可愛いからいいじゃないですか。……それに、これだけ毛並みが良いと、とても温かいですし」


 隣の席のヘレナが、そっとシロのはみ出た背中を撫でる。

 シロは誰に撫でられても嬉しそうに喉を鳴らすので、今やこの遠征チームの立派な「癒やし担当」だった。


「それにしても、ずいぶんと気温が下がってきたな。マザー、現在地の気温は?」


 俺が天井のスピーカーに向かって問いかけると、すぐにマザーの落ち着いた声が返ってきた。


『現在、外気温は摂氏マイナス2度。テラ・テルマエを出発した時から20度以上低下しています。……間もなく、完全な氷雪地帯へと突入します』


「マイナス2度……。どうりで冷え込んできたわけだ」


 分厚い防弾ガラスの窓の外を見ると、先ほどまで見慣れていた赤茶けた荒野の景色はすでに消え失せ、地面にはうっすらと白いものが積もり始めている。

 空は重苦しい鉛色の雲に覆われ、日差しは完全に遮られていた。

 生命の息吹を拒絶するような、凍てついた世界だ。


「寒いわけだ。……私の古傷が少し疼く」


 ヴァネッサが肩を回しながら、持参した厚手の毛皮の外套を羽織った。

 南方の砂漠出身であるザラほどではないにせよ、荒野の暑さに慣れていたヴァネッサにとって、この急激な冷え込みは体に堪えるらしい。

 一方、シルヴィアは薄手の軍装のまま、全く寒がる素振りを見せない。


「ふん。この程度の冷気、私の『氷華』の魔法に比べればそよ風みたいなものよ。むしろ、テラ・テルマエの暑苦しさから解放されて清々するわ」


「アンタの体、どうなってんだ? 血の代わりに氷水でも流れてるんじゃないか?」


「失礼ね。魔力による体温の最適化よ。……まあ、貴女みたいな筋肉ばかりの戦士には理解できないでしょうけど」


「なんだと? もういっぺん言ってみろ」


 ヴァネッサとシルヴィアが、いつものように火花を散らし始める。

 この二人の口喧嘩も、今やすっかり平穏の象徴のようなものだ。


「はいはい、喧嘩はそこまでだ。マザー、居住スペースの温度管理の出力を上げてくれ。それと、体を中から温める飲み物を頼む」


『了解しました。室温を22度に設定。温水パイプの循環効率を上げます。……お飲み物は、蜂蜜と生姜を効かせた熱い発酵茶でよろしいですか?』


「ああ、助かる」


 ウィィィン……という微かな駆動音と共に、壁面に埋め込まれたパイプから心地よい熱が放射され始める。

 マザーの動力炉の排熱を利用した暖房設備だ。

 どんなに外が極寒の吹雪であろうと、この鋼鉄のオカンの胎内は常に春の陽気で満たされている。


 ピポッ、という電子音と共に、テーブルの中央がスライドし、湯気を立てる陶器のカップが四つ現れた。

 生姜のピリッとした香りと、蜂蜜の甘い香りが、冷えかけた空気を優しく解きほぐしていく。


「……はぁ。生き返るな」


 ヴァネッサがカップを両手で包み込み、深く息を吐いた。

 ヘレナも眼鏡を白く曇らせながら、美味しそうにお茶を啜っている。


「それにしても、ヘレナ。この北の未踏地帯について、何か古い文献に残っている情報はあったか?」


 俺が尋ねると、ヘレナはカップを置き、居住まいを正した。

 彼女の目が、考古学者としての知的な光を帯びる。


「はい。マザーさんのデータベースと、私が王立学術院時代に書き写していた古文書の断片を照合しました。……この北の大地は、古代においては『永久の白銀』と呼ばれ、特殊な環境下での魔力実験施設や、重要物資の永久保管庫が存在していたという記述があります」


「保管庫、か。なら、今回マザーが捉えた波形の反応も……」


「ええ。単なる廃墟ではなく、何らかの『機能』を保ったまま眠っている遺跡である可能性が極めて高いですわ」


 ヘレナの頬が、興奮でほんのりと赤く染まる。

 彼女にとって、未発見の古代遺跡は、世界中のどんな財宝よりも価値のある宝石箱のようなものなのだ。


『マスター。前方の天候がさらに悪化。猛吹雪の領域に入ります』


 マザーの警告通り、窓の外は横殴りの雪が吹き荒れ、視界が真っ白に染まり始めた。

 風が装甲を叩く甲高い音が、壁越しにも聞こえてくる。


「マザー、走行に支障はないか?」


『問題ありません。無限軌道に氷雪用のスパイクを展開。さらに、装甲表面に微弱な排熱を循環させ、着氷を防ぎます』


 ガキンッ、ガキンッ! という重い金属音と共に、マザーの足回りが雪山仕様へと変形していく。

 本当に、この機体はあらゆる過酷な環境に適応するように作られている。


「わふっ!?」


 その時、俺の足元で寝ていたシロが、バッと跳ね起きた。

 窓の向こうで荒れ狂う白い吹雪に気づいたのだ。


「きゅぅん! わんっ!」


 シロは窓際に駆け寄り、前足をガラスに乗せて、外で舞う雪を不思議そうに見つめている。

 そして、ガラスの向こう側を流れていく雪の粒を捕まえようと、パクパクと口を動かしていた。


「ははっ、シロは雪を見るのは初めてだったな」


 ずっと温暖な荒野で生まれ育ったシロにとって、空から降ってくる白い冷たいものは、完全に未知の物体だ。

 興味津々で、千切れんばかりに尻尾を激しく振っている。


「そんなに外が気になるのか? ……マザー、少しだけハッチを開けられるか? 走行に影響のない範囲で」


『了解しました。上部観測用ハッチを数センチだけ開放します。冷気が入りますのでご注意を』


 プシュッ……。

 天井の一部がスライドし、外と繋がる細い隙間ができた。

 ヒュオオオオッ! と鋭い風切り音と共に、粉雪が居住スペースに舞い込んでくる。


「わふぉっ!」


 シロは歓喜の声を上げ、その隙間から顔を突き出そうと背伸びをした。

 舞い込んできた雪が、シロの黒く湿った鼻の頭にペチッと当たる。


「クシュンッ!!」


 強烈な冷たさに驚いたシロが、見事なくしゃみをした。

 そのままビクンと飛び上がり、慌てて俺の後ろに隠れてしまう。

 大きな体のくせに、俺の足にしがみついてブルブルと震えている姿は、笑ってしまうほど愛らしかった。


「はははっ! 冷たかったか、シロ。あれは食べ物じゃないぞ」


「ふふふ、好奇心旺盛ですね。でも、氷雪地帯の厳しさを身をもって学べたようですわ」


 ヘレナが口元を隠して優しく微笑む。

 シルヴィアも、肩をすくめながらも楽しそうにシロを見つめていた。


「まあ、魔物とはいえまだ子供だものね。……ほら、こっちへ来なさい。私が少し温めてあげるわ」


 シルヴィアが手を伸ばすると、シロはおずおずと彼女の足元へ行き、その膝に顎を乗せた。

 氷の将軍の膝は冷たそうに思えるが、彼女は魔力で体温を自在にコントロールできる。今はシロのために、心地よい温かさに調整しているのだろう。

 シロはすぐに安心したように目を細めた。


「平和な道中だな。このまま目的地まで何事もなければいいが」


 ヴァネッサがお茶を飲み干し、再び大剣の柄に手を添えた。

 彼女の言う通りだ。ここは未知の領域。どんな危険が雪の下に潜んでいるか分からない。


『マスター。目標座標まで、残り約10キロ。……ですが』


 マザーの電子音が、微かに警戒のトーンを帯びた。


「どうした?」


『広域レーダーに反応。……前方の猛吹雪の中に、巨大な生体反応が複数。こちらを待ち受けるように展開しています』


「生体反応……魔物か。やっぱり、すんなりとは通してくれないみたいだな」


 俺はため息をつきつつも、口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

 ヴァネッサが立ち上がり、首の骨をバキリと鳴らす。

 シルヴィアがレイピアを手に取り、美しく冷気を纏わせる。

 ヘレナは安全な位置で防護結界の準備を始め、シロも危険を察知して低い唸り声を上げた。


「マザー。強行突破するぞ。……道を塞ぐ奴は、全部撥ね退けろ!」


『了解しました。――前面排土板、魔力充填。蹂躙を開始します』


 吹雪の向こうで待ち受ける未知の脅威。

 だが、俺たちには最強の重機と、最高の仲間がいる。

 北の古代遺跡を目指す、熱く激しい遠征の旅が、今まさに本格的に始まろうとしていた。


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