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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: 伊達ジン
第5章:独立国家マザーランド

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第49話 それぞれのその後

 『テラ・テルマエ』が、永世中立の保養都市国家として独立を宣言してから、数ヶ月が経過した。

 王国の消滅という混乱は周辺諸国にも波及したが、ソフィアの完璧な法務手続きと、ララの商会を通じた巧みな外交交渉により、この地に戦火が及ぶことはなかった。

 難民たちもすっかり新しい生活に馴染み、街は日々拡張を続けている。

 俺の「スローライフ」計画は、想定よりもかなり規模が大きくなってしまったが、それでも充実した日々であることには変わりない。


 ある晴れた日の昼下がり。

 俺は居住ユニットの広大なリビングで、珍しく何も予定のない休息の時間を過ごしていた。

 足元では、すっかり大型犬ほどの大きさに成長したシロが、俺の足に顎を乗せて幸せそうに昼寝をしている。大きくなっても甘えん坊なところは変わらず、その銀色の毛並みは相変わらず極上の手触りだ。


「……たまには、こういう何もしない時間も必要だよな」


 俺が温かい薬草茶を啜りながら呟いた、その時だった。


「アルド! 探したぞ!」


 バンッ! と勢いよくドアが開かれ、リーリャが飛び込んできた。

 彼女は新しい収穫物のリストらしき木簡を抱えている。


「第3温室の『星屑の果実』が予想以上の収穫量になった。これなら、保存食に回しても十分に余る。新しい料理の開発を頼めないか?」


「ああ、分かった。後で厨房に……」


「あら、抜け駆けはズルいですわよ、リーリャさん」


 リーリャの背後から、ソフィアが優雅な足取りで現れた。

 彼女の手には、分厚い羊皮紙の束がある。


「アルド様。隣国からの通商条約の締結案です。最終確認のサインをお願いします。……ついでに、最近お疲れのようですから、私の膝で少し休まれては?」


「ちょ、ちょっとソフィア!? 膝ってなんだ、膝って!」


 リーリャが顔を赤くして抗議する。

 そこに、さらに賑やかな声が割り込んできた。


「お二人とも、硬い話ばかりでアルドさんが休まらないじゃない! アルドさん、新しく仕入れた南方の絹織物があるの。私の部屋で、肌触りを確かめてみない?」


 悪戯っぽく笑うララだ。


「アンタの部屋に行ったら、そのまま骨の髄まで搾り取られそうだな。……おい領主、昨日約束した手合わせの続き、今日こそやろうぜ。いい酒も手に入ったんだ」


 大剣を肩に担いだヴァネッサが、ニヤリと笑う。


「暑苦しいわね、野蛮人。アルド、私の部屋の冷房ユニットの調子が悪いの。今すぐ直しに来なさい。……お礼に、とびきり冷たい氷菓子を振る舞ってあげるわ」


 銀の髪をなびかせるシルヴィアが、ツンとした態度で要求してくる。


「皆様、アルド様を困らせてはいけませんよ? ……アルド様、地下遺跡から発掘された未知の魔導具の解析が終わりましたの。二人きりの密室で、じっくりと動作確認をいたしませんか?」


 ヘレナが眼鏡を光らせ、艶めかしい声で誘惑してくる。


「ちょっとヘレナ、貴女の実験に付き合わせたら、また彼の魔力がすり減るわ。……アルド。私が新しい滋養強壮の薬湯を調合したの。服を脱いで、全身に擦り込んであげるわよ」


 最後に現れたザラが、怪しげな小瓶を揺らしながら妖艶に微笑んだ。


「お、おい……ちょっと待て、お前ら」


 気がつけば、俺は7人の女性たちに完全に包囲されていた。

 農業、法務、商業、武力、研究、そして医療。

 テラ・テルマエの屋台骨を支える最強の幹部たちが、それぞれの武器を使って俺に迫ってくる。

 甘い香水の匂い、薬草の香り、そして熱気。

 リビングの空気が、まるで戦場のように張り詰めている。


「順番だ、順番! 一度に言われても困る!」


 俺が助けを求めるようにシロを見ると、シロは「ボクは寝るから」とばかりに前足で両目を隠してしまった。裏切り者め。


「……仕事よりハードだな、これは」


 俺が頭を抱えて呟くと、天井のスピーカーから、どこかウキウキとしたマザーの声が響き渡った。


『ふふふ。大変結構な状況ですね、マスター。我がテラ・テルマエの繁栄は盤石ですが、領主としての「後継者」問題はまだ白紙です。私としては、そろそろ可愛い「孫の顔」が見たいところなのですが?』


「なっ……! ま、マザー!?」


 マザーの爆弾発言に、俺だけでなく、7人のヒロインたちの顔が一斉に沸騰したように赤くなった。


『さあ皆様、私の愛するマスターの遺伝子を射止めるのはどなたでしょうか! 私は全員応援していますよ!』


「だ、誰がそんなこと……!」

「私はいの一番に出会ったのだぞ!」

「関係ないわ、商売も色恋も早い者勝ちよ!」


 マザーの煽りによって、女性陣の口論はさらに激化し、リビングは完全な修羅場と化した。

 俺はそっと立ち上がり、気配を消して部屋を抜け出した。

 逃げるが勝ちだ。


 夕暮れ時。

 昼間の喧騒から逃れ、俺はテラ・テルマエの東側に新設された、迎賓館のテラスにいた。

 高台に位置するこの場所からは、夕日に染まる街並みと、遠くの荒野が一望できる。

 今日はここで、一人だけと「約束」をしていた。


「お待たせ、アルドさん」


 振り返ると、そこにはララが立っていた。

 商談用のきっちりとしたドレスではなく、肩を出したゆったりとした薄紅色のドレスだ。

 髪も緩く編み込まれ、夜の逢瀬にふさわしい、大人の女性の艶やかさを放っている。


「いや、俺も今来たところだ」


 俺は彼女を席にエスコートした。

 以前、勇者カイルの一件が終わった夜に、彼女と交わした約束。


 『私だけの時間を予約しておく』という約束を果たすための、二人きりの夕食だ。


「ふふっ。昼間はあんなに囲まれていたのに、よく抜け出せたわね」


「マザーの失言のおかげだよ。みんなが言い争っている隙に逃げてきた」


 俺が苦笑いすると、ララもコロコロと笑った。


「さて。今日はララのために、特別な料理を用意したぞ。商会の激務を忘れられるような、美味いものをな」


 俺はテラスに備え付けられた、マザー特製の魔導調理台に立った。

 今日のメインは、海の幸をふんだんに使った「黄金色の海鮮炊き込みご飯」だ。


「まずは、具材だ」


 先日の転移ゲートの実験で、遠方の港町から仕入れることに成功した新鮮な魚介類。

 殻付きの大きな海老、アサリに似た二枚貝、そして筒状の軟体魔物。

 これらを、強い香りの根菜と、たっぷりのオリーブ油で炒める。

 ジュワァァァッ!

 鉄鍋から、磯の香りと香ばしい匂いが立ち上る。


「ここに、米を投入する」


 洗わずにそのままの米を入れ、油を吸わせるように炒める。

 米が透き通ってきたところで、魚介の粗で取った濃厚な出汁を注ぎ込む。


「そして、魔法の粉だ」


 俺が取り出したのは、ごく少量の、赤い糸のような香辛料。

 南方でしか採れない、金と同じ重さで取引されるという最高級の香辛料だ。

 これを加えると、出汁が瞬く間に黄金色に染まり、独特の甘く高貴な香りがテラス全体を包み込んだ。


「綺麗……。まるで、黄金の海ね」


 ララが身を乗り出して鍋を覗き込む。


 蓋をして、じっくりと炊き上げる。

 その間に、飲み物の準備だ。


「今日は特別なお酒だ。果実を漬け込んだ赤き葡萄酒」


 大きなガラスのピッチャーには、深い赤色の葡萄酒に、切り分けた林檎、オレンジ、そして少しのシナモンと蜂蜜が漬け込まれている。

 これを氷の入ったグラスに注ぐ。

 果実の甘みが溶け出した、飲みやすくも華やかな一杯だ。


「お待ちどうさま。炊き上がりだ」


 鍋の蓋を開けると、黄金色に輝くご飯の上に、色鮮やかな海老と貝が美しく並んでいた。

 鍋肌の少し焦げた部分の香りが、食欲を強烈に刺激する。


「いただきます!」


 ララはスプーンで黄金のご飯と海老をすくい、大きな口を開けて頬張った。


「……んんっ!!」


 彼女の目が、キラキラと輝く。


「すごい……! お米の一粒一粒に、海の旨味がギュッと詰まってる! この高貴な香りは何!? 海老の歯ごたえも最高よ!」


「底の方の、少し焦げたところも美味いぞ」


「本当だ! パリパリしてて、香ばしい!」


 ララは夢中でスプーンを動かし、時折、甘い葡萄酒で喉を潤す。


「ふぁぁ……。お酒も甘くて果実の味がしっかりしてて、すごく飲みやすいわ。……アルドさん、あなた本当に魔法使いね。胃袋を掴む魔法使い」


「商会のトップを満足させられたなら、光栄だよ」


 俺も炊き込みご飯を堪能しながら、彼女の笑顔を見つめた。

 いつもの計算高い商人の顔ではない。美味しいものを食べて、ただ純粋に喜ぶ一人の女性の顔だ。


 鍋が空になる頃、空は完全に夜の闇に包まれ、星が輝き始めていた。


「さて、食後の甘味だ」


 俺は新しいフライパンを用意した。

 作るのは、極限まで薄く焼いた小麦の生地を使った、大人のための菓子だ。


 あらかじめ焼いておいた薄焼き生地を四つ折りにし、フライパンに並べる。

 そこに、バターと砂糖、そして搾りたてのオレンジの果汁をたっぷりと入れる。

 グツグツと煮詰め、果汁がシロップ状にトロリとしてきたところで。


「仕上げだ。少し下がるんだぞ」


 俺は、度数の高い果実の蒸留酒をフライパンに注ぎ込んだ。

 そして、指先から微小な魔力の火花を飛ばす。


 ボワッ!!!


「きゃっ!?」


 フライパンから青白い炎が立ち上がり、夜の闇を幻想的に照らし出した。

 アルコール分を飛ばすと同時に、香りを生地に閉じ込める技法だ。

 炎は数秒で消え、後にはオレンジと焦げたバターの、むせ返るような甘い香りが残った。


「『極薄の焼き菓子、柑橘の熱い果汁ソース掛け』だ」


 皿に盛り付け、冷たい乳菓を添えて提供する。


「……こんな美しいお菓子、見たことないわ」


 ララはうっとりとしながら、熱い生地と冷たい乳菓を一緒にすくって口に入れた。


「……あぁ……」


 彼女から、感嘆の吐息が漏れる。


「熱さと冷たさが、口の中で溶け合う……。オレンジの酸味と、お酒の芳醇な香りが、甘い生地に染み込んで……。これは、反則よ」


 彼女はゆっくりと、最後の一口まで味わうように食べた。

 食事が終わり、テラスには穏やかな静寂が降りた。


「……美味しかった。本当に」


 ララはグラスの葡萄酒を揺らしながら、俺を見た。

 その瞳は、夜空の星を映して潤んでいる。


「ねえ、アルドさん」


「ん?」


「私、色々な国を見てきたわ。お金で買えるもの、買えないもの。人間の欲の深さも、美しさも」


 彼女は立ち上がり、俺の隣へと歩み寄ってきた。

 そして、そっと俺の肩に寄りかかる。


「でも、ここに来て分かったの。私が本当に欲しかったのは、莫大な富でも、商会のトップという地位でもなかったんだって」


 ララの手が、俺の手に重ねられる。

 少しだけひんやりとした、滑らかな指先。


「私が欲しかったのは、こういう時間。……誰かと美味しいものを食べて、心から笑い合える、温かい居場所だったのよ」


 彼女は顔を上げ、至近距離で俺を見つめた。

 甘い果実酒の香りと、彼女の香水が混ざり合う。


「アルドさん。……私、あなたのことが好きよ。商売の道具としてじゃなく、一人の男の人として」


 まっすぐな、偽りのない告白。

 昼間のように誤魔化すことはできない。


「……俺は、ただの不器用な職人だぞ。金勘定もできないし、気の利いた言葉も言えない」


「知ってるわ。でも、あなたは誰よりも優しくて、誰よりも温かいものを作り出せる。……私の計算は、あなたという存在の価値を、『無限大』だと弾き出したわ」


 彼女は背伸びをして、俺の頬にそっと口づけをした。


「予約、確定よ。……これからも、ずっと私の隣で、その魔法を見せてね」


 俺は彼女の細い腰を抱き寄せた。


「ああ。最高のパートナーには、最高の飯を約束するよ」


 夜風が心地よい。

 国を作り、仲間を集め、そして大切な人たちと生きていく。

 俺の望んだスローライフは、思い描いていたよりもずっと騒がしく、そしてとびきり甘い味がした。


 テラ・テルマエの夜は、優しく更けていく。


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